第十八話「仲直りの方法」
「うーん……」
机に顎をのっけてため息を吐き続ける。
「どうしたものか……」
悩みの種は一つ。照川のこと。
「話どころか顔を合わせることさえもまともにできなくなった……」
頻度は少ないが廊下で顔を合わせれば、180度向きを変えてそそくさと逃げてしまう。
部活ではそういうことはないが、目を合わせようとしない話をしようとしないで、コミュニケーションのコの字も存在しない。
そのせいで部内の空気全体がどんどん重くなりつつある。だから早く何とかしたい。
けれども、その方法が全くさっぱり思い浮かばなくて困り果てているのだ。
『パシャッ』
「?」
急なカメラのシャッター音に驚いて目を開ける。開けた視界の目の前にあったのはカメラと、
「おいコラ夢」
それを面白そうに眺めて笑っている夢。
「いや〜、れーとがなんかおもしろい顔をしてたからつい」
「ついじゃない今すぐ消せ!」
「やーだよっ! もううちのパソコンにおくっちゃったからね~」
「うっそだろ⁉」
そうなったら今ここで消すなんてほぼ不可能になる。やられた……!
「それ、あとで僕にも送ってくれない? 零斗の弱みになりそうだから」
「いいよ~」
「おいコラ与一!」
流石にそれだけは何とか阻止しなければ。こいつにそんな危険物を持たせるのは非常にまずい。
「それで、なんでそんな顔をしてるのさ零斗」
スマホを仕舞い込んだ夢が改めて問いかけてくる。もうスマホを奪って画像を消すのは無理そうだな……。
それはともかくとして、
「いや……」
正直相談するか悩む。この二人には全く関係ないことだから、頼って良いのか分からないところがある。
「そうやってしょげた顔をしているのは、零斗らしくないよ」
「そうそう、いつもの営業スマイルで一日一善をやってもらわなきゃ困るしね」
「誰が営業スマイルか」
なんかこの二人と話してると力が抜けてくるというか、悩み事がバカバカしく思えてくる。俺一人じゃもうどうしようもないんだし、相談するのもアリか。
「いやな、人と仲直りするにはどうしたらいいのかなって考えてるんだけど、なんもいいアイデアが見つからなくてさ……」
「仲直りって、喧嘩でもしたの?」
「いや、そういう訳じゃないんだが……」
少なくとも喧嘩とは違うだろう。ただ、ちょっとお互い気まずいというところか。
「だから謝るとかとはちょっと違くて。どうすればいいのか分からないんだよ」
「なーんだ。それなら簡単な方法があるじゃない」
「なんだ与一、いいアイデアでもあるのか?」
「簡単だよ。零斗が謝ればいい」
「人の話聞いてたのか?」
謝って済む問題じゃないと言ったばかりだろうに。やっぱり与一じゃダメだ。
「夢はなんかある?」
「うん。とりあえず話を聞いた限り零斗が悪い。零斗が謝れば解決じゃない?」
「人の話聞いてました?」
やっぱり相談する相手を間違えた。
「まぁ冗談はともかくとして」
「そういう要らん冗談はやめてくれ」
「とりあえず逃げないようにしないといけないんだよね。なら方法は一つだけだね」
「それなら?」
「壁ドンだ」
「……は?」
なぜにそこで壁ドンが出てくるのか。
「だって逃がさないようにするんでしょ? だったら、それしかないじゃん」
「壁ドン、ねぇ……」
ついこの間月影先輩にされた壁ドン。果たしてそれを照川にしたらどうなるか。
(パターンA)
ちょっと想像してみる。
照川を捕まえて壁ドンを仕掛ける。そうした場合の照川の反応は。
「いやダメだろ」
間違いなく叫び声をあげて人を呼ばれるか、あるいは腹パンとかの攻撃を受けるかの二択。それじゃあ何の意味もない。
「え~、いい案だと思ったんだけどな~」
「ひとまず、壁ドン案は却下だ」
最悪の場合教員が出てきかねない。そう言うのはNGだ。
「なら、曲がり角とかで待ち伏せして偶然を装うのは? 漫画とかでよくある系の」
今度は夢から提案される。
「待ち伏せする、か……」
確かにうまくすれば照川を捕まえられるかもしれない。
(パターンB)
ちょっと考えてみる。
廊下の曲がり角で照川を待ち伏せる。そしてタイミングを見計らって出ていく。その場合照川は……。
「……いやナシだろ」
驚いて逃げるか、尻餅をつきながら叫び声をあげるか。そして最終的にはパターンAの時と同じになる。
「え~……」
「結果がさっきの与一の案と変わらない」
そもそも照川にぶつかろうものなら、それを目撃されたら他の男子勢が黙っていないだろう。それ以前に照川一人でいることの方が稀で、ほとんど陽キャ女子たちと一緒に居るんだから、作戦が成り立たない。
「あっ、じゃあじゃあこういうのはどうかな?」
「どんなんだ?」
「物で釣る、何か一つくらい好みとか知ってるんじゃない?」
「物で釣る、か……」
照川の好きなものといえばなんだ?
ちょっと妄想してみるか……。
(パターンC)
照川の好きなものと言えば……BL? 確か何とかってゲームが好きだったはずだけど、俺は全く分からないし……。そうなると次に好きなので思い当たるのは……。
「ダメ、却下」
「えぇ~?」
「なんか俺にまでダメージが来るから……」
「どういうこと?」
「いやなんでもない」
照川が作っていたあのコラ画像を思い出してしまった。その素材になるとか、絶対に嫌だから。あと与一、お前もその対象になりかねないんだぞ?
「だったら……」
「何かあるのか、夢?」
「いっそのことこっちからは何もしないっていうのはどう? こっちは特に何もしないで、向こうがしびれを切らすのを待つんだよ」
「なるほど……?」
その場合どうなるのか。思考してみるか。
(パターンD)
…………………………。
「いや考えるまでもなく却下だよ」
それじゃなんも変わらないじゃないか。
*
「ほんと、どうしたものか……」
結局夢と与一と話しても、いい案は見つからなかった。本当にどうすりゃいいんだか……。
放課後になっても、解決案は見つからない。
「っと⁉」
「キャッ⁉」
考え事をしながら歩いてたから前方不注意になっていた。曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
「すみません、大丈夫ですか……って」
「いたた……。ちょっと! 気を付けなさい……って」
目の前で廊下に尻餅をついていたのは、悩みの張本人である照川だった。
「っ!」
俺の姿を見るや否や、立ち上がって逃げだそうとする。
「ちょ、待って!」
すぐさま追いかける。
「なんで追いかけてくるの!」
「照川が逃げるからだよ!」
いい加減この現状にも苛ついてきた。可能ならここで決着をつけてしまいたい。
だから走る速度を上げる。男子と女子、走破力の差は大きい。一気に追い抜いて彼女の前に出る。
「っ⁉」
それでも逃げようとする照川。逃がさないとするべく壁際まで追い込んで、両手を壁につけて逃げ道を塞いだ。
(……ってこれ)
まさしくこの状況は、壁ドンじゃないか。図らずもさっき夢たちと話したパターンAとBの合作になってしまった。
「こ、これはその……」
追いかけて壁ドンするなんて行為、いくら照川でも脅えてしまうかもしれないだろう。慌てて弁解を図ろうとする。
そうして照川と目を合わせた瞬間、照川の顔が真っ赤に染まる。そしてきゅっと唇を固く結んで、すぐに目を逸らす。
(な、なんだよその反応は⁉)
こんな可愛い反応をされるなんて全くの想定外だ。さっき想像したパターンAと違いすぎて、思考が止まりかける。
「……放して、零斗」
「……嫌だって言ったら?」
「悲鳴、上げる」
「……いいよ、照川の好きにすれば」
こんなことをしている時点で、こっちに非があるのは明らかなのだから。
「……零斗ってずるい」
何か小声で呟くが聞こえない。そして同時にまた顔を赤くする照川。そんな反応をされると、こっちまで恥ずかしくなってくるのだけど。
そうしてお互い動けなくなって、数秒の膠着状態が続く。
「…………も」
「も?」
「もう無理っっっ‼」
そう叫んだ瞬間、腕と壁の隙間から逃げていってしまう照川。
「……えっ?」
訳の分からないままに、照川を逃がしてしまった。
照川の叫びもわけわからないし、自分のやった行為に対する羞恥に限界を超えて、その場にへたり込んでしまう。
「……どういう、ことだ?」
照川陽里という女の子が、さらに分からなくなった瞬間であった。
*
(零斗のバカバカバカバカ‼)
何アレ⁉ 私のことを追いかけてきて。それで、壁ドン、だなんて……。
すごく顔が近かった! まっすぐな瞳が私のことを見つめてた! 走って少し息を荒げながら、私を逃がさまいとしてる姿!
(あんなの……、ズル……、過ぎる……‼)
零斗は何でこんなに的確に私の心を揺さぶりに来るのだろうか……。
「零斗の、バカ……」
あれ以上は私のほうが持たなかったと思う。だからつい逃げ出してしまった。
「どうしたらいいんだろう……」
現状の気まずい空気を何とかしたい。そうしないと、他の連中が零斗のことを毒牙にかけかねないから……。
「……どうしよう」
結局今日もどうしたらいいかわからなくて、考えの無限ループが続くのであった。
夢と与一が考える仲直りの方法、全くさっぱり役に立たない……とか思っていたら、効果は抜群でした。
このお話の構成についての元ネタが分かった人はぜひコメントください!