第十四話「照川陽里の秘め事」
「……」
「……」
「……これで」
「……あぁ」
「「完成~」」
一応図書館だから、小声で待ちわびた言葉を口にする。それと同時に、二人揃って脱力。
「疲れたぁ~」
「もう頭動かない……」
情けない限りではあるが、これも仕方ない。特に照川は、夜遅くまで記事の改良に勤めていたらしく、若干寝不足だと言っていた。
そもそも彼女には、こういう記事を作り上げるセンスがあまりないらしい。結局その夜は再びごちゃごちゃさせてしまって、訳が分からないものが生まれてしまったそうだ。最終的に昨日の解散後からなに一つ変わらずに、今日の作業が始まった。
しかし、それで満足できないのが照川。作業を始める前からああしたいこうしたいと、溢れんばかりに意見が飛び出た。考えは無限にあるのだろうが、それを上手く昇華できない
といった様子だった。
だからこそ、その考えを昇華するのが助手である俺の役目。オタクというのはどうにも凝り性な人が多く、俺もまたその例外に漏れるものではない。だから出来る限り徹底的に照川のやりたいことを書き出して、実現可能かをひたすらに吟味。数時間に及ぶ意見の交換(と若干の言い争い)を経て、ようやく完成した。
「それで……、この後どうすればいいの?」
「俺がデータを預かって~、それを成瀬ちゃんに渡して~、印刷~……」
頭が動いてないから結構いい加減な返答になる。しかしちゃんと端的にまとめた発言でもある。
広報誌の印刷手続きをできるのは部長である俺だけ。
一度顧問にそのデータを渡して検閲してもらう必要がある。内容に問題がないことを確認してもらい、初めて記事の印刷が可能となる。そこからさらに生徒会室に赴いて、生徒会に出版許可の印鑑を押してもらってようやく記事を公開できる。加えてバックナンバーとして提出、保存しなければならない。複雑にして重要な作業のため、作業の分散を避けるべくその権限は部長にのみ認められている。
「なんでそんな面倒なのよ……」
「それは俺が聞きたい……」
確かに公序良俗に反するものを出さないためには必要なのだろう。それに監視と管理のためという理由もあるだろう。
「形式というのは必要なことだろうけど、バカバカしいことでもあるってやつだな……」
この煩雑さだけはどうしても受け入れられそうにない。嘆息が出るのはいたしかたないことだ。
「じゃあ、USBに保存して渡すから、預かっておいて」
「分かった」
そう言って照川は小さいポーチからメモリーを取り出して、完成したデータの保存作業をする。慣れた手つきですぐに作業を終えて、俺に手渡してくる。
「本体への保存は大丈夫か?」
「滞りなく」
「了解。それじゃあ預かる」
メモリーを受けとって、すぐに自分の筆箱にしまう。
「それじゃあ帰りましょ、正直、お布団の誘惑に駆られてるし……」
「同感……」
お昼寝と言うには些か遅い時間ではあるものの、そうでもしないと頭がゴチャゴチャしてうまく動きそうにない。
「それじゃあ、あとはよろしくね……」
「はいはい……」
「『はい』は一回……」
「はい……」
いつも通りのやりとりも、疲労の極点で適当な返事の応酬になる。
だから昨日とは違って特に何処かに寄ることもなく、自然と解散していた。
*
「さてと……」
翌日朝イチ、一人部室へと足を運んでいた。理由は、昨日渡されたデータの再確認と検閲までを済ませてしまいたかったから。
部室にはサブカル研時代のパソコンをそのまま持ち込んであるため、メモリー内のデータの確認には最適な場所だろう。
早速パソコンでメモリーを読み込む。だが、
「……どこだ?」
そこにあったのは大量のフォルダーのみ。一体どこに保存したのだろうか。これでは成瀬ちゃんへの提出に手間取ること間違いない。
「……致し方なし、か」
人のメモリーの中身を探るのは不本意だが、記事の保存場所を見つけないとこれまでの努力がすべてが水泡に帰してしまう。ほかにどうしようもない。
心の中で謝りつつも、フォルダー内を漁り始める。
「なんかの研究データ? コピーばかりみたいだ」
「こっちは……、動画ばっかり?」
「これには文章ファイルだらけだな。……でも、肝心の記事はないな」
一つ一つ中身を検めていくものの、どうにも見当たらない。
「これは……写真ばっかり?」
数あるファイルの四つ目。その中身は写真ばかり。
「パッと見た感じは、高校生になってからの写真か」
拡大表示しなくとも、ほとんどが制服姿で収められているため分かりやすい。
「……ほんと、なんでうちの部活にいるんだろ」
そこに映る照川は本当に楽しそうで、だからこそこんな部活にいる理由がなおさら分からなくなってくる。
「そういえば、前にチラッと言ってたな……」
確か、ここが心休まる場所だって。それじゃあこの写真の中の自分がまるで嘘偽りみたいに聞こえてくる。こんなにも楽しそうにしているのに。
「……ん?」
考えことをしながら写真を見つめていたら、一枚異質なものを見つけた。それは今まであった、誰かと一緒に撮っているものではなく、それ以前に照川を映したものでもない。
「なんだこれ?」
その時だけ、後ろめたさよりも好奇心の方が勝ってしまった。だから手は自然とその画像をダブルクリックしていた。
そして拡大表示された画像は、俺を驚愕させると同時に心胆を寒からしめるものでもあった。
「こ……これ、は……」
ガターンッッッッッ‼
「⁉」
瞬間、閉じてあった部室の扉が聞いたことのない音を上げて開かれる。そしてそこにいたのは。
「いたっっ‼︎」
「は? 照川?」
「教室にいないからここだとは思ったけど……。そんなことよりも!」
「はい?」
一体何が起こっているのか、まだ頭が追い付いてない。
「……見た?」
「何を?」
「見たかって聞いてるの!」
ズンズンと部屋の奥に入ってくる照川。そしてパソコンの画面を見て、
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
悲鳴を上げてうずくまる。
「ちょ、あぶっ! うわぁ⁉︎」
「キャア⁉︎」
照川がいきなりしゃがみ込んだ拍子に俺が座っていた椅子にぶつかって、俺まで転げ落ちる。その結果は。
「いつつ……」
「いった……って⁉︎」
「は? ……ん?」
右手には何やら柔らかく、しかし手から少しばかり溢れるくらいの大きさのものが。
「キャアァァァァ⁉︎⁉︎」
「ヘブッ⁉︎」
直後、頭に未だかつてない衝撃が加えられた。
ラッキースケベ。実際やってみて思う。こんな痛みが直後に待っているのなら、経験しないほうがマシかもしれないと。……でも、柔らかかったな。アレに男子のほとんどが心惹かれる理由がほんの少しわかった気がする。
*
「……誠に本当に申し訳ございませんでした」
照川のビンタを受けてから数分。俺は部室の床に正座させられていた。理由はもちろん、照川の……胸に触れてしまったから。
「それ、逆に誠意が感じられないんだけど?」
「本当にその件に関しては反省しています」
「はぁ……まぁぶつかった私にも過失があるから、今回だけは不問にしてあげる」
「寛大な御処置、感謝の念に絶えません」
ひとまずは許しを得ることができたらしい。
「それで、見たのよね……?」
「……その見たというのは、今もパソコンの画面に表示している画像のことでよろしいんですよね?」
恐る恐る、その危険物に指を向ける。
「見られた見られた見られた……。ありえない……これは夢……夢、悪夢……そう悪夢に違いない……そうじゃないとおかしい、こんなこと、ありえないありえないありえない……」
瞬間、ダークサイドに堕ち始める照川。だが俺は、コレについて聞かないわけにはいかなかった。
「……照川さん。コレ、何ですか?」
「……」
「僕にはコレの詳細を聞く権利があるって思うんですけど」
「……やだ」
「人を勝手にコラ画像にしておいて?」
「…………」
そう、照川のフォルダーにたった一枚入っていた画像。それは俺と与一が手を取り合っている画像だった。ただしその服装は制服ではなく、何かの二次元コンテンツからとってきたような衣装を纏っている。いったい何が何だか、さっぱり分からない。
「……つい」
「つい?」
「魔が、差しました」
「魔が差したって……」
そんな理由で、こんな精巧なコラ画像を作らなくたって……。
確かに完成度は高い。画像の編集技術については素直に尊敬できる。
ただこのシチュエーション、なんだか覚えがあるような……。
「昔あんたと山口くんだっけ? 二人が階段で手を取り合ってる場面に出くわして、気づいたら写真を撮ってて。でもあのままじゃまったく映えないから、ちょっと衣装を着せてみました」
「あっ、あぁ~!」
そういえば前に与一が前方不注意で会談でコケかけたことがあって、腕を掴んで助けたことがあった。
「せっかく助けてくれるなら、イケメンな女の子が良かったなぁ~」
「おまっ、助けてもらっておいて文句言うなっ!」
なんて話をした記憶が甦ってくる。まさかあの場面に目撃者がいると思ってもみなかった。
「カップリングとしては完璧だなって思ってたら、いつの間にかそれが完成していました」
「いやいやカップリングって……」
「あんたは知らないかもしれないけど、山口くんって有名人だから、普段彼と仲が良くて一緒にいる零斗が何者かって女子の中では色々話をしてるの、知らない?」
「……まじ?」
いやまぁ、確かに与一が女子の間で人気の有名人なのは知ってるけれども。そんな繋がりで俺にまで興味が及んでくるとは夢にも思っていなかった。
「……でも、そもそも照川が、二次元コンテンツに関わってるなんて夢にも思わなかった」
意外も意外。正直照川みたいな陽キャは、俺たちが普段から関わっている二次元コンテンツに対しては否定的だろうと思い込んでいた節があった。
「……悪い?」
「いや、悪いってことはないけれど……」
ただただ信じられないだけだ。しかもそれは今までの照川の態度がそれを裏付けているように思えたから。
「だって、俺が出そうとしていた記事は全否定したじゃないか」
「私はあんたの記事を否定しただけで、一度としてコンテンツを否定したことあった?」
「…………」
今度は俺が黙る番だった。確かに照川は一度として二次元コンテンツを否定したことがあっただろうか。思い出してみれば、確かに彼女が否定していたのは、あくまで俺の行為に対するものであった。
「『異世界と現世界の英雄たち』ってゲーム、知ってる?」
「……名前だけなら」
最近二次元コンテンツが好きな女性の中で流行しているというのは聞いたことがある。いわゆる腐女子ゲーというやつだ。
「そのゲーム、私結構ハマってて……。いろいろと調べていたら、コスプレしてる人を見かけて。私もちょっと興味を持ったんだ、面白そうだなって。それでさっきの絶好のシチュエーションを収めた写真を使って作ってみたら、思いのほか出来が良くて」
「つまり俺に、こういう服を着させようと?」
「零斗って、黙っていれば顔は悪くないから。目つきが悪くてオタクなのを除けば」
「褒めてるように見せかけてさりげなくディスってるよな、それ」
いやまぁ事実だからいいんだけどさ。目つきが悪いなんて言われ慣れてる。ナトラエでの接客の時は優しくなるように表情を意識してるほどだ。
「だからって、こんなものつくるかよ普通……」
「さすがに引いてる……よね?」
「気持ち悪いな……お前……」
「そんなはっきり言うことないでしょ‼」
うつむき顔だった顔を上げて、涙目で俺を睨む。確かにはっきり言いすぎた……だが。
「いやでも、さすがに、これはない……」
「仕方ないでしょ! これ以外に方法がなかったんだから‼ むしろあんたが実際にこれをやって私に跪いて詫びなさいよ!」
「なんで俺が詫びなきゃいけないんだよ!」
「これを見たからに決まってるでしょ‼」
その後、肩で息をするほどに言い合いの応酬を繰り返し、予鈴の音で冷静さを取り戻したことによってこの口論の生産性のなさをお互いが悟ったために収められた。
つまるところ、照川陽里は隠れ腐女子オタクだったということらしい。しかも俺をコスプレさせて色々弄ぶ気満々らしいということが分かった。
「……マジかよ」
誰もが知りたいと思うであろう照川陽里のこと。だがその中において唯一知りたくはなかった秘密であった。
ちなみに広報誌のデータは、あの写真があったものとは別のファイルにあり、今度は俺のメモリーへとすぐさま移動することになった。
*
「頭が動いてなかったとはいっても、迂闊すぎたぁ~……」
今思い出しても、やはり頭を抱えるほかない。穴があったら沈み込みたいくらい。
「……零斗のばか。あんなに拒否らなくたっていいじゃん」
スマートフォンで見つめるそれは、零斗に見られたものとは違う一枚。零斗を使って作った大量のコラ画像の中にあって、けれども何一つ加工していない、私にとっては最高の一枚。
「責任を取ってこれくらい許してくれたっていいじゃん。……私のために」
あの日、私の心を数瞬の内に持って行ってしまったのだから。その責任くらい、と……。
今明かされる衝撃の真実!(ナドト
零斗の悩みはさらに増えていく……
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