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第十二話「相反する」

「ひとまずはここまでね。ある程度形になったわけだし」



「はぁ……」



「なんでため息をつくのよ」



「当たり前だろ……」



 照川ができたと言って自信満々に見せてきたものは、まるでレポートか論文かと言いたくなる、すべてが文章で埋め尽くされたものあった。



『こんなの、誰が真面目に読むか』



 いやまぁ、照川を信奉している連中なら隅から隅まで読み込みそうではあるが。



 それはともかくとして、流石にアレをそのまま放置するわけにもいかず、文章の要約から作業を開始して、必要最小限の部分をピックアップした。そこから一枚の新聞記事のような形を取るのにまた数時間。その作業のほとんど全てを俺がやったのだ。



「今日はこれ以上頭が動きそうにない……」



 あの記事をまとめ上げるのに、今日分の労力をすべて使い切った。もう何も考えられそうにない。



「でも、まだ記事として出せるようなものじゃないからな……」



「その通りね……。もっとみんなの興味を引くようにしなきゃ。それに、もっと面白くできるはず……」



 ブツブツと考えを進める照川。こういう、自分の好きなものに対して真剣なところは見習うべきところだろう。



「明日はもっと頑張らないと。月曜日には出版なわけだし」



「……ちょっと待て、明日もやるのか?」



「なにを言ってるの、当たり前でしょ。まだ完成してないんだから」



「……そうですね」



 確かに月曜に出版するのだから、今のままではダメな以上明日も作業するしかない。主役の意向には従わなければならないか。……頭が爆発しなきゃいいけど。



「そんなことよりも、この後はどうするの?」



「は? いや、このまま普通に帰るだけだけど……」



 ひとまずは帰宅して家事をしなきゃいけない。あんまり遅くなるとまた絢華が文句を言ってくるだろうから。



「なら何もないってことね、じゃあちょっとついてきなさい」



「は? どこへ?」



「いいから、黙ってついてくる」



「お、おい!」



 そう言って照川はどんどん俺の袖を引っ張って進んでいってしまう。仕方なく黙ってその後をついていく。



(……ん?)



 しばらく歩いて、少しずつその景色が見慣れたものになっていく。いや、確かに自宅も図書館も同じ街にあるのだから、街の景色を見慣れているのは当然だ。けれどもその意味合いは、この場合においては少し違う。



「ちょ、ちょっと照川さん、どちらに向かってるんですか?」



「ついてくれば分かるわよ。もうすぐだし」



「…………」



 照川から教えてくれるということはなさそうだ。同時に俺は、ものすごい嫌な予感がしてきていた。



 見慣れた建物の並び、歩きなれた道。その全てが俺に訴えかけてきている、彼女の目指す先はあそこではないだろうかと。



 そうしてその予感は、間を置かずに現実のものとなる。



「着いたわよ」



「あの……、ここって……」



「名前はナトラエって言うそうよ。ラテン語で自然って意味だって、ここの店員に聞いたわ」



「へ、へぇ。そうなんですか……」



 カフェナトラエ。それ即ち、俺の両親が経営している喫茶店の名前だ。



「少し前に友達と来たけれど、いい店だったわ。特にスイーツがすごくおいしいの」



「そ、そうなのか……そりゃどうも」



 涼香さんが聞いたらさぞ喜ぶことだろう。



「あとは他のお客さんが話してたんだけど、一人ものすごく紅茶を淹れるのが上手な人がいるみたいよ。その日はいなかったみたいだけど、今日ならいるかもしれないわね。しかもその人、イケメンだって噂みたいだから、みんなと会ってみたいって話してたの」



「そ、そうなのか……」



「イケメンな部分はともかく、零斗も紅茶を淹れるのが好きみたいだから、参考になるといいわね」



「……ソウデスネ」



 その噂の紅茶の名手とは、十中八九俺のことだ。



 元々紅茶を淹れる方法については、両親から教わったものだった。そしてそれにどっぷりハマった俺はどんどん技術を身に付けていって、いつの間にか師である両親よりも上手くなっていた。なおその結果が出た時両親は、次の日に店を臨時休業するほどにショックを受けていたけど。



 その逆転関係は今でも健在で、今となっては常連のマダムを中心に俺個人に対してファンがついてしまっているほど。きっと照川の言う他の客というのは、間違いなくその人たちの誰かだろう。



 俺の淹れる紅茶に評価をくれるのはとてもありがたいことなのだが、まずイケメンだという評価がそもそも過大評価だ。いったいどうしてそんな噂が立つようになってしまったのだろうか。



 紅茶を淹れる技術だってまだまだプロには程遠い。確かに店では一番上手いと言われてはいるが、自惚れるつもりはない。



 それに、そんな噂を聞いてしまうと、普段から店に入れないことに罪悪感を覚えてしまう。そのあたりが涼香さんに社畜の才能アリと言われてしまう要因の一つでもあるのだが。



 そんなことを露ほども知らない照川は、そのまだ見ぬウェイトレス(俺)に過度な期待と理想を抱いてしまっているらしい。どうしたものか……。



「なにボーっとしてるの。入るわよ」



「……はい」



 軽い足取りで中に入っていく照川と、重い足取りでそれについていく俺。



「いらっしゃいま……せ~……」



(そりゃそういう反応になるわな……)



 自分の子供が自分の店に客として入ってくれば。それは他の従業員のみんなも同じだ。戸惑いの様子を隠しきれていない。



「二人なんですけど」



「あっ……、はい。……では、テーブル席へどうぞ……」



「はーい」



 従業員(母)の案内でテーブル席へ案内される。



「こちらメニュー表です。ご注文が決まりましたらお呼びください」



 そう言い残して、一気に裏まで退散していく従業員(母)。きっと耐えきれなくなったんだろうな。恐らく裏にいるであろう父さん涼香さん、オマケに絢華にも伝わってるに違いない。もしかしたら後で顔を覗かせに来るかもしれないな。……なんて面倒な。



(なんでこんなことになるのか……)



 そんな俺の胃痛を知る由もない照川は、あたりを見回して件の人物を探しているらしい。



「イケメンのウェイトレスっていうのは……今日もいないみたいね、残念」



 がっくりと肩を落とす。そんなにイケメンに遭いたかったですか。ごめんなさいねウェイトレスの服を着て接客してなくて。というかイケメンじゃなくて。



「あんたも残念だったわね、噂の紅茶を飲めなくて」



「……そですね」



「それで、注文はどうするの?」



「じゃあ、ダージリンをホットで」



「私はアールグレイとザッハトルテかな。すみませ~ん!」



 照川が従業員を呼んで、俺の分まで注文する。



「それで……」



「ん?」



「あの記事、零斗的にはどう思うの」



「どう思うって?」



「……あの記事が、面白いかどうか」



「普通に勉強になるし、よかったと思うけどな」



「そうじゃなくて。……その」



「……あぁ、そういうこと」



 俺は内容を先読みしているし、そもそも照川が説明してくれたから詳しいことまですべて知っている。けれどもこれからあの記事を読む人たちは、前情報が一切ない、完全初見の文章だ。そして内容も、普段あんな陽キャしてる照川とは思えないくらい真面目なもの。そんな記事が、果たして本当に受け入れられるのか、きっとそんな心配をしているのだろう。



(まぁ、照川が出すって時点で完売待ったなしだろうけど)



 なにせその情報をちょっと漏らしたうちのクラスの男子連中が目の色を変えていたのだ。完売どころか重版も考えないといけないくらいには手に取ってもらえると思う。



 けれども、そんなことを言っても照川には何の慰めにはならない。



 彼女が気にしているのはギャップだ。普段の自分と、文化探究部として、研究者としての自分。俺ですら彼女がどうしてこの部活にいるのかと思うのだ。本人が気にしていないはずがない。



 ならば、俺の言うべきことは……。



「知るかそんなこと」



「なっ⁉ なによそれっ!」



 立ち上がって怒号をあげる照川。



「落ち着け、店内なんだから」



「あっ……」



 すぐに視線を受けてきた周囲に頭を下げて座り込む。



「とりあえず最後まで話を聞けって。悪いが俺にはあの研究内容の良し悪しについては分からない。けれども素人の俺が読んでと思う、あの記事は面白い。それだけは確信できる。分かる人には分かるし、きっと大多数の人が賞賛の言葉をくれるはずだ」



「……そう、かな?」



「もしあの記事を非難するってことは、照川を否定するってことだし、ひいては文化探究部の活動そのものを否定するってことだ。そんな奴には俺から行ってやる。かかって来いってんだ」



「…………」



「だから照川はドーンと胸張って、前向きに頑張ってくれよ。じゃなきゃ、こんなに苦労してる俺がなんだってなるだろう?」



 あの冊数をすべて読むなんて無茶ぶりをやらされたが、あれはあれで結構勉強になったし面白かった。あの時間は有意義であって、決して無駄じゃなかった。だから照川の出す記事を無駄になんてしたくないし、俺だって全力を尽くしている。



 しかし、柄にもなく変なことを言ってしまった。話の真っ最中に届けられた紅茶に口をつける。



(……今日のはちょっと蒸らしが足りないかな)



 多分母の作品じゃないだろうな。従業員にはまだまだ紅茶にを淹れるのに慣れていない人もいるから、鍛える必要がありそうだ。



「……あんたってさ」



「ん?」



 紅茶に意識を奪われていたら、照川がゆっくりと口を開いていたことに気づく。



「時々バカよね」



「はぁ?」



 なんでいきなりバカ呼ばわりされるのか。まったく意味が分からない。



「……なんでもない。そんなことよりも、あの記事をどうすればもっと良くなるのか聞かせなさい」



「何でもないって……」



「いいから、私のために役立ちなさい。執筆助手の零斗」



「……はぁ。分かりましたよ!」



 結局何が何だか分からないまま照川はいつもの調子になって、広報誌の話にのめり込んでいった。




「こそこそ……」



「ひそひそ……」



「ざわざわ……」


陽里が何故そんな悩みを抱えるのか。それはまたいつかのお話に……。

頭は回るんですよね零斗は。その力を過たず使えているかは別として。

ところで、自分の店に客として入る気持ちって、どんな感じなのでしょうね?(NDK? NDK?)


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