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第十一話「執筆開始」

「…………」



 家事と宿題をすべて終えて、ようやく自分の時間を持つことができる。一日に数時間の貴重な時間。普段ならゲームをプレイをしたりアニメ鑑賞したり、ラノベを読んだりする時間だ。



 ただ、ここ数日はそれらに時間を割くことはできないでいる。



 理由は明白。今机に積まれている本の数々。図書室にて照川によって選出された、ナポレオンに関する書籍たち。これを明日の土曜日までに読み切らなければならない。



 幸いにして、この数日間は放課後の部活は全て休ませてもらったから、そのおかげで自由な時間を多く確保できている。だから最低限のノルマはなんとか達成できそうだった。



 それにしても、



「へぇ……。知らなかったな……」



 読めば読むほど、全く知らなかったことが次々と出てくる。知らなかったことを知るのは素直に面白いことだし、こんな知識を有しているということについては素直に感心する。



「やっぱり照川も、歴史が好きなんだな……」



 普段からナポレオンについてあれこれ言って月影先輩と星井さんと言い争って、熱が入った時は彼の名言を口走ったりする彼女だが、その知識は間違いなく本物だ。部活に対して、西洋史に対してはちゃんと本気だということがよく分かる。



『ピロンッ』



「ん?」



 ベッドに置いておいた携帯からの通知音。本をいったん置いて、携帯を手に取る。



「照川から……? しかも俺宛に⁇」



 部活のグループチャットではなく、個別のチャットでメッセージが飛んでくるのはかなり珍しい。まして、それが俺個人に向けたものであるから余計だ。



『明日の一時に、ここに集合!』



 メッセージと一緒に座標が指定された地図が送られてくる。



「市の図書館か」



 指定された場所は、街では一番大きな図書館。確かにここなら調べ物をするにも、一緒に作業するのにも申し分ないだろう。



「…………」



 こういうシチュエーション、もし仮にラブコメだったらどっちかの部屋に突撃ということになっていただろうな。



「いかんいかん」



 一体何を考えてるのか。相手はあの照川だ、あいつが俺を自分の部屋に招き入れるなんてりえないし、向こうが俺の部屋に来ようと思うはずがない。



 そういったラブコメは二次元に限る。画面の向こうにいる可愛い女の子たちサイコー。三次元、そんなものに夢はない。



「……さて、ひとまずメッセージを送らないとか」



 既読無視なんてしたら、明日とんでもなく糾弾されるに違いない。だから忘れないうちにメッセージを返す。



『了解』



 猫のイラストスタンプを添えて一言送信する。いろいろなアニメのスタンプを持ってはいるけれど、照川に送ったら明日が怖い。だからこういう時に備えて購入しておいた、当たり障りのないものを使う。



 既読はすぐに入るが、メッセージは飛んでこない。まぁ特に、返信を期待したメッセージで、もないから、別にいいか。



「さて……」



 読書に戻ると同時に、パソコンを起動する。それぞれの本を読んでいて、何となく照川の書きたい記事の全貌が見えてきた。ならば今度はその次、照川が書きたいことについて詳細に調べておく必要があるだろう。



「…………」



 彼女が書きたいのは、ナポレオンに関することだけではなく……。




     *




「……遅い」



「…………」



翌日、十二時五十分。遅れるのは厳禁、時間ピッタリでも文句を言われるだろうから、一応指定された時間の十五分前には到着するようにした。そのはずなのに、



「なんでもういるんだよ……」



 すでに照川は図書館の前で腕を組んで待っていた。



「……ちょっと早く着いただけ」



「ちょっとって……」



「いいから、早く行くわよ!」



 照川は振り返って、そのまま図書館へ入っていってしまう。



「ちょ、待って」



 その後を追いかける。



 図書室の中は、本の保存のために一定の温度と湿度が保たれている。それは誰にとっても過ごしやすいものだ。



「それにしても……」



 普段は制服姿しか見ないから、私服姿はかなり新鮮だ。



 少しダボっとしたTシャツ、ウエストから足首近くまで伸びている赤色のスカート。シンプルな衣服だが、照川のイメージによく合っている。



「……なに、私のことジロジロ見て」



 気づかれたか。仕方ない、ここは素直に白状しよう。



「いや、照川の私服姿って新鮮だったから」



「えっ?」



「うん、似合ってると思う」



 ファッションセンスなど皆無だから、当たり障りのない言葉だけを連ねる。



「ふ、ふーん。そっか……」



 すぐにそっぽを向いてしまう。怒ってはいないようだから、まぁセーフだろう。



 そんなやり取りをしながらも、足は奥を目指していく。土日は学生を中心に多くの人が集まるから、まずは席の確保から。運よく向かい合える席があったので、ひとまずそこに落ち着く。



 照川は持参したバッグから本やらノートパソコンやらを取り出す。それに倣って俺も学校の図書室で借りてきた本や、自分で持ってきた資料を取りだす。



「それで、ちゃんと読んだの?」



「なんとか。部活を休めたおかげで、全部読めた」



 あの時間を確保できたのも、照川が他の二人に、俺が少しの間部活を休むこととその理由とを告げてくれたおかげだ。それに報いるためにも、余すところなく読み切った。



「そう、それならよかった。それで、私のやりたいことは分かった?」



「あぁ。『ナポレオン五法典』だろう?」



「正解」



 照川の指定していた箇所は、全てナポレオン五法典に関するものだった。



 『ナポレオン五法典』とは、十九世紀初期のフランスにおいてナポレオン主導の下に制定された、フランス人の民法典・商法典・民事訴訟法典・刑法典・治罪法典の五つのことを指す。



 特にフランス人の民法典は幾度の改正はされているとはいえ、フランスの現行民法典として存在し続けている。しかもその内容には、法の下の平等や私的所有権の絶対、契約の自由、過失責任の原則、国家の世俗性、信教の自由、経済活動の自由など、現代の民法などにも通じる法文が明記されている。



 つまり照川の意図することとは、



「ナポレオン五法典と、現代日本の法律の繋がりを中心にした記事を書こうっていうことだろう?」



「……ちゃんと分かってるみたいね」



「だから俺も少し調べてみた」



「は?」



「これだ」



 バックから出した資料たち。数は多くないものの、いずれもこの執筆に役立つであろうと思ってプリントアウトしてきたものだ。



「同じようなことを考える人っていうのはいるんだな。まぁ俺たちみたいな学生が思いついて、研究者たちが思いつかないわけがないんだろうけど」



「これって……」



「見たまま。ナポレオン五法典と現代日本の各法典についてを題材にした論文だ。少しは参考になるかなって思ったんだけど……」



「…………」



 受け取った資料をただ眺めるだけの照川。



「照川?」



「へっ、あっ、うん。ちゃんと分かってるみたいで何よりだわ。それじゃあ私は執筆を始める、あんたは適当にしていなさい」



「はいはい」



「返事は一回」



「……はい」



 作業の邪魔をしないように、静かになる。照川はすぐに執筆に集中し始め、かなり速いペースでタイピングしていく。



(……さすがに好きなことをしているときの集中力は半端なじゃないな)



 俺だって好きなことをしているときはすぐに集中できるし、気が付くとかなりの時間が経っていることがよくある。そしてそれを邪魔されるとイラつくということも。



 だから俺のやるべきことは、なるべく静かにしていて、照川の気を逸らさないことだ。



(……適当にラノベでも読んでるか)



 執筆するのは照川がメイン、そして知識量も圧倒的に彼女の方が上だ。手伝い係といえば聞こえはいいが、実際はやれることなんてほとんどないのだ。これが部室とかなら紅茶を淹れたりができるが、ここではそういうことは一切できない。……俺、なんでこの場所に居るのだろうか。



 数十分後、突然照川の手が止まる。



「ん?」



 照川が顔を顰めて、画面を眺めてるだけになっている。



「どうかしたのか?」



「別に……」



「……はぁ」



 仕方なく、席を立って隣に行く。



「なっ」



「それで、どこで躓いたんだ?」



「……別にアンタの意見なんて必要ないから。これくらい、自分で解決できるわよ」



「けど手が止まっていただろう? 俺はサポート役なんだから、こういう時に役立たなくてどうするんだよ」



「ちょ、ちょっと!」



 照川の言葉を無視して、タブレットに打たれた文章に目を通していく。



「……なるほど、そういうことか」



「……は、え? 今のでわかったの?」



 きっと照川にはメイン執筆者が自分だというプライドがあるのだろう。それを犯そうとは思わないが、しかしこういう時に俺が助けなかったら、本当に俺の存在意義がなくなってしまう。



 それに、書きたいことがまとまっているこの状態なら、それを読んでいけばなんとなく躓いた理由も理解できる。



「ねえ、ちょっと?」



「これ、確かこの資料に似たようなことが書いてあったはず。……ほらここ」



「えっ?」



「それと、もしかしたら民法の歴史に関する本を持ってきた方がいいかもしれないな」



「ちょ、ちょっと……?」



「少し待っててくれ。探してくる」



「れ、零斗?」



 その場を離れて、目的の本を探しに出かける。あとは多分、どう文章をまとめるのかにも悩んでいるのだろうから、その辺も少し考えないとだな。それと……。




「……なんでそうやって、カッコいいことばっかりするのよ……」



考えるのは得意そうだけどデフォルメ化するのは苦手な陽里。そのための零斗なんですよね。

零斗はやり始めたら手を抜かないし止まることもないです。


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