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第九話「呼び出しは唐突に」

「相変わらず、丁寧な弁当だね~」



 一つの机を間に向かい合った与一が、俺の弁当箱の中身を見て感心している。



「まぁな」



 ドヤ顔でそれに応答する。今日のお弁当は珍しく自信作、存分に褒めたたえるがよい。



 とは言っても、基本的には昨日の残り物を中心として作り上げたものだけど。



 自宅が飲食店を経営していて、かつ家事を一通り担当するようになってからというもの、食品の無駄を出さないように常に目を光らせている。



『家庭的だよね零斗って』



『零斗はいいお嫁さんになる!』



 なんて与一や夢によく言われる。……夢、お嫁さんは余計だ。



『ケチ臭い』



 一方の絢華にはそう言われることがほとんど。人に家事をすべてやらせておいて文句を言うなとは思うが、夢にお嫁さんだとか言われる所以な気もして、なんだかやるせない気分になる。



「……それで、三人の助手役になったんだ」



 一方の与一は机に並んだ大量のパンを右から左へ次々と平らげている。……見ているだけでお腹いっぱいになる量だが、こいつはそれを軽々と食べてしまう。



「でもさ、それってチャンスじゃない?」



「チャンス?」



 与一にはこのお昼休みに、昨日起こった出来事を要約して相談した。もちろん、普段の召使い扱いのことについては伏せてあるが。



「だって今まで以上にあの三人に近づいて行動できるんだよ? そしたら三人の一人くらい落とせるんじゃないかな。羨ましいな〜、『文化部の三大美女』とそんな簡単にお近づきになれるなんて」



「…………」



「冗談だって冗談。そんな目で見なくてもいいじゃんか〜」



「……こっちは至って真面目に相談してるんだが」



「分かってるって。でも少しくらい妬んだっていいだろ〜?」



 確かに一見すれば美女三人に囲まれて過ごしているという、他の男子からすればこの上なく羨ましい環境なのだろう。それを妬むという気持ちは分からなくはないし、嫉妬の視線はよく受けているから嫌というほど理解している。



 ただそれでも言いたい、その嫉妬や妬みは俺の、あの部での境遇を知らないから言える言葉だと。



「でもさ、真面目な話だけど今まで以上にあの三人に近づけるというのは事実だよね。それってつまり、あの写真を落としていった犯人を見つけやすくなる。零斗の目的に近づきやすくてもってことでしょ?」



「まぁ確かに」



「それに、今のところロクに調査は進んでないんでしょ?」



「うぐっ、そ、それは……」



「ほらやっぱり」



 確かに調査は難航して一向に進展を見せないということは事実。でもそれを与一に指摘されると、なんかムカつく。



「だからこれを機に、一気に証拠を掴みにいったほうがいいって思うよ。こんな機会、そうそうあるものじゃないしね」



「……言うことは最もだな」



 これを機会に、あの三人の誰かが抱えているであろう秘密を明かしてみせる。



「なーんの話をしてるのさっ!」



「⁉」



 いきなり目の前に手が伸びてきたと思えば、世界が霞む。



「ちょ、勝手に眼鏡を取るなって夢!」



「にゃはは、ごめんごめん」



 すぐに眼鏡を取り返してかけ直す。



「って、夢? 委員会はどうしたんだ?」



 今日も今日とて、委員会だと言ってお昼休みになった途端颯爽と出ていったはずだが?



「それが、委員長がまた別件で先生に呼ばれたとかで、委員会自体が中止になっちゃったんだよね~」



「そうだったのか? それはまたご苦労なことで」



「それで、会議はどうなったの?」



「放課後に持ち越し~……。まぁ仕方ないよね~……」



 ため息交じりに席を一個引っ張ってきて、机の横に置く。



「というわけで、私もご一緒させていただきま~す」



 手に持っていた弁当箱を開く。そこまで大きいわけではないが、



「……相変わらず豪華な中身」



 与一が唾をのむ。



 天野夢、彼女はこの辺りでは有名な名家天野家のお嬢様。家の敷地もとんでもなくでかいし、以前客人として招かれたときには使用人やメイドの姿も見かけた。



 そんなお金持ちの夢のお弁当が豪華でないはずがなく、今日も。



「どっかのブランド牛のステーキだとか言ってたな~。どこかは忘れたけど」



 とか言う、超豪華仕様なのであった。



「ブランド……」



「うわぁ……」



 庶民の俺らには想像もできない世界だ。



「そうだ、今度またうちに来て遊ばない? 夕食も一緒しようぜ~」



「それはいいけど……、時間が空いてたらな」



「えっ、何かあったっけ?」



「いや、まず土日は暇してるのを見つけられるとすぐに店に駆り出されるし」



「あ~……。零斗の喫茶店、いつも忙しそうだもんな~」



「それに……」



「零斗はいる‼」



 言葉を遮るように教室の扉を開ける音と俺の名前を呼ぶ声。何事かと三人で振り返ると、そこにいたのは。



「て、照川陽里さん⁉」



「な、なんで『文化部の三大美女』がうちのクラスに?」



 すでに騒然となっていた。有名人の襲来とあっては、クラス中が騒ぎ立つのも無理はないだろう。



「ゲッ……」



 だが俺にとっては、非常に危険な事態の幕開けである。



「っていうか、海野の名前呼んでなかったか⁉」



「な、なんで照川陽里さんが海野を……?」



「確かあいつ、照川陽里さんと同じ部活だって噂があったな……」



「じゃあそれは本当だったってことか?」



「それにしたって、なんでったって照川陽里さんが海野の奴を呼ぶんだよ!」



「いったいどうなってるんだ⁉」



「飯食ってる場合じゃねぇぞ‼」



 ほらやっぱり。男子を中心に色めき立ち始めやがった……。



 そんなことは露知らず、照川は俺のことを見つけると一直線にやってくる。



「な、なにか……?」



「なにか、じゃない! ついてきなさい!」



「は? 行くってどこに?」



「とにかくついてくるっ!」



 言うが早いか、彼女は俺の腕をつかんで引っ張る。



「ちょ、俺まだ昼飯が……」



「そんなのは後で食べればいいでしょ!」



「そんなめちゃくちゃな⁉︎」



 昼休みくらい、平和な時間を過ごさせて欲しい。



「おい海野の野郎、照川陽里さんの誘いを断ろうとしてないか……?」



「なんだって……? あの照川陽里さんの誘いを……?」



「照川陽里さんの誘いを断るなんて、そんな所業が許されると思っているのか……?」



「ギルティ?」



「いや、拷問だろ?」



 なんか男子の中から不穏な会話が聞こえてくる。というかさっきからなんでフルネームで呼んでるんだよ。そういうルールでもあるのか?



 とにかく昼休みまで彼女の召使いは御免だ。役に立ちそうな、目の前にいる二人に助けを求める。



「与一、夢! 助けてくれ!」



「零斗は借りていくわよ」



「どうぞどうぞ~」



「ちょ、与一⁉」



 俺の助けを一切無視したぞコイツ⁉



「仕方ないんだ零斗。僕だって『文化部の三大美女』には嫌われたくはないからね。だから潔く、人柱になってちょーだいな☆」



 駄目だコイツ。俺をご機嫌を取るための貢ぎ物としか見てない。後で見てろよこの野郎。



「夢~!」



 役に立たない与一は置いておいて、もう一人に助けを乞う。



「……………………」



 けれども夢は何が起こったのか状況を飲み込み切れていないようで、ぽけーっとしている。



「ほらっ、抵抗しないで!」



 そのままズルズルと引っ張られていく。



「照川の方こそ、いつもの女子たちはどうしたんだよ!」



「部活だって言ったら普通に送り出してくれたけど?」



 それは知らなかった。学園カースト最上位の連中も、意外といい奴らが多いんだな。



「じゃ、じゃあ昼食はどうしたんだよ」



「もう食べたから大丈夫」



「はやっ⁉」



「むしろあんたが遅すぎるんでしょ? 男の子のくせに」



「男子だってゆっくり食べたいときはあるんだよ……。というか、照川が早すぎるんだって」



 普通食事だとかっていうのは、女子の方が時間がかかるものではないだろうか?



 それにしても、昼休みに俺のことを引っ張り出すなんて、いったい何用が起こったのか。部活のある放課後でならともかく、昼休みに引っ張り出される意味が分からない。先にその説明をしてもいいんじゃないか?



 一体俺に何をやらせるつもりなのか。



「……嘘だろ」



 そうして腕を引っ張られ、主に男子からの憎悪の視線を受けて教室を後にすることとなった。



 (無事に帰れるといいんだが……)



 せめて願うことはただそれだけ、無事に帰ることただそれだけだ。



クラスに突撃してきた陽里、そうして連れて行かれる零斗。

さて次回、帰ってきた彼に居場所はあるのか……?


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