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異世界エルフは人間という種の根絶を願う 全人類救済装置

杉村まさゆきは異世界転生で得たスキル「全知全能」を封印し、一般庶民としての人生を選んだ。

結婚し、定年まで勤め上げ、子供と孫が生まれ、その生涯を全うした。

しかしスキル「全知全能」取得時のショック死を拒否したまさゆきは、死そのものに拒否される存在となっていた。

死を得るためには、全知そのものへ自身の精神を押し上げなければならない。

精神拡張の旅路の第一歩として、まさゆきは魔王に転生した。

そして魔王まさゆきはスキルを使い、人間が暮らす一地方を焦土に変えた。

 魔王まさゆきとレムレースは、どこかの時空から切り抜かれた横浜家系ラーメンのカウンター席に座っている。

 まさゆきはビール、レムレースは小盛りを頼んだ。張り紙に、スープにひたした海苔をご飯に巻き、さらに胡椒をかける食べ方がオススメされている。

「俺は悪魔だ…悪魔なんだ…」

「はっはっは、どっからどう見てもそうじゃろが。そのナリはコスプレジジイではないぞ」

 レムレースは手鏡を取り出してまさゆきを映して見せた。ビビットピンクの肌は色褪せ、落ち窪んだ目玉は血走り、頬の肉が落ち痩せこけている。額からは二本のツノ。背中にはコウモリの羽が生え、仙骨から尻尾が伸びている。


「悪魔が人を殺すのになんで悩む必要があるんじゃ」

「ああ、なるほど。言われて見ればその通りだ。あの若い冒険者もそんな風に、モンスターを殺すのが当然だと刷り込まれて来たんだろうな。それでなんの疑問も抱かずに…」


「そうじゃな。

不思議なことに人間という生き物は、どこまでも慣れることができる。殺しもそうじゃ。ラーメンも最初の一口が一番うまいんじゃが…」

「ラーメンと殺しを同列にしないでくれ。

分かった、分かったよ。やればいいんだろ。どうせこれは夢だ。いや、日本人として生きたことが夢だったのかも…」


「夢か。確かにそうじゃな。その通りじゃ」



 ラーメンを食べ終わって、レムレースが言った。

「ところでまさゆきよ。指揮や経理や打ち合わせといった魔王業の雑務は、いちいちお前さんがやらんでいいぞ。管理職なんぞ前世でもう十分やったじゃろ。そこにあまり労力を割いてしまうとコンセプトというか…味がぼやける。ガツン系の魔王味がな。

ナンバー2に全業務を丸投げするのじゃ。スキル"全知全能"で部下の脳みそをいじってやれば良い。必要な知識を流し込むだけで十分に働ける者もおる。適当な世界じゃ。適当な指示でもいい感じに運ぶじゃろ」


「え、それはやってもいいんだ?

スキルはなるべく使いたくない。…けど俺が下手に浅知恵で回すよりは全然良いんだろうな」

「そやつの指揮ひとつで人が大勢死ぬじゃろうが、それをやらせるのはあくまでお前さんじゃよ。何せ人類と魔族で戦争やっとるからの」




 魔族が例外なく馬鹿であったため、まさゆきの魔王軍には参謀がいなかった。

 スキルによって参謀を仕立て上げるにしても、四天王では基礎となる知能が足りず、脳の構造変化などの大幅な調整を加えなければならない。一から命を作り上げることと同様に、それはまさゆきにとって忌避すべきことであった。

 そこで全知全能の改変工程が軽微であること、そして本人の処遇改善も兼ねて、まさゆきの世話役をしている奴隷のエルフが適役だという話でまとまった。

 そのエルフは名前をリナータという。彼女に魔王まさゆきからの言伝という体で、実質の指揮を取らせる。彼女に与えるのは知性と知識のみで、種族の寿命や身体構造には決して手を加えない。


 まさゆきがわざわざ寿命の件を強調したのは、スキル"全知全能"のおせっかいによって、レムレースのような存在を作ってしまうことが無いようにである。スキルの完全さのために、完璧な魔王代理人…それこそ永遠に業務を取り行ってしまう者が生まれてしまいかねない。

「ふむ。ワシとしてはむしろ、お前さんが魔王を辞すると問答無用で消滅する、という条件でも付け加えることをお勧めするがの」

「いつ死ぬってこっちが決めちゃうのも可哀想だろ。実質死刑宣告だ。話が変わってくる」


「エルフの設定は異世界ごとにピンキリじゃが、ここのエルフは千年以上平気で生きるぞ。

明確に死を定めておいた方が親切じゃが…お前さんが気乗りしないのならまあ良かろう。スキル行使の主導権はあくまでお前さんにある。

…ただし余計な親切心が、かえって残酷な結果を迎える場合があることは覚悟しておけ」


「またなんか悪いことが起きるなら、先に教えてくれよ。今より悪いことなんて俺には想像できないけど」

「いいや、今のお前さんの価値観から鑑みても、これは良いとも悪いとも決め難い。

それに、何もかもが分かっていてはつまらんじゃろ?先が分からないというのは、今のお前さんに許された贅沢じゃ」



 当然ながら、まさゆきはリナータ本人にも確認を取った。魔王軍の指揮を委ねるとともに、運営に必要な知識を授ける旨を伝え、もしリナータがやっても良いのであれば、と。もちろん断っても構わないし、リナータの生活で何か不自由があれば諾否に関係なく改善する旨も付け加えた。

 リナータはひれ伏して言った。


「あなた様こそ、魔王の中の魔王です。地獄そのもの。

たかがエルフの娘ひとりに魔王軍の全指揮を委ねるなどと、なんと残酷な遊びを思いつきになられるのでしょう」

「そう言われてみればそうかも…しかしどうだろう。君にとってもそれほど悪くない話だと思う」


「ああ……過去にも未来にも並ぶ者なき偉大なる魔王まさゆき様は、その知恵と試練の他に、もう一つ大きな歓びを、私めに授けて下さろうとしております。

それはあの薄汚い人間どもを殺すという歓びです。

人間の根絶という一点では、全てのエルフと魔族の思いは合致しております。何卒お任せくださいませ」


「えっ……?」

「喜んで、奴ら人間どもを根絶やしにして見せましょう」


「いや、別に喜んでやらなくても…戦争が終われば、和平でも何でも結べるだろう」

「何を仰っているのですか。もし本当にそうお望みでしたら、あなた様の御力で全ての人間を洗脳してしまえばいい。

セックスが99%で残りの1%を暴力と金とシャブが占める連中の小汚い自我を残したままで、和平?それは不可能なことです」


「シャブって。いや…人間だって、良い奴くらいいるよ?」

「そんな。クソの中にも形の良いクソがある、といったお話をされても……愚かな私めには、気の利いた返答が思いつきません。魔王様のジョークは光の一切射さぬ暗黒よりもなお、ブラックが過ぎます」


 リナータは続けて言った。

「あなた様ほどの御力がありながら、なぜ奴ら全員を今すぐ地獄に落としてしまわれないのか、私の浅知恵では全く理解が及びません。奴らの自我を残したまま、全てナメクジに変えてしまいましょう。それが一番の平和です」




「レムレースちゃん…エルフ、というかほとんどの種族が人間嫌いっていう情報なら知っていたけど、こんなに嫌われるもの?あの娘が特別口悪いって話じゃないよね」


 レムレースはTシャツスパッツスニーカーの装いで、室内バイクを漕ぎながら言った。

「そりゃそうじゃ。この異世界で最も繁栄した人間が、あらゆる種族の中で最も殺しておるのは必然じゃろう」


 室内バイクのメーターは99999キロ漕いだことになっている。何かしらのチートで、運動したという結果だけを持ってきたのだろう。レムレースはいつの間にか泡風呂のバスタブにつかっている。ここは歴代の魔王の居室だ。


「人間が何かやったか、と言えば……思いつくことは全部やったじゃろうな。

ゲームアニメ漫画映画ドラマに出てくる全ての悪役の所業を、現実にやっておるのが人間という生き物じゃ。冗談みたいな悪夢を本当にやらかす生き物じゃぞ。戦争だ奴隷だシャブセクだのは序の口じゃのう…まあ、あえて語るまい。

それらの所業が極一部によるものであったとしても、他の種族から見れば人間全体が凶悪なモンスターそのものに見えるじゃろ。地球の歴史上、人間が殺して来た知的生命体は基本的に同族じゃ。

しかしここは異世界で、人間エルフドワーフ魔族その他、様々な種族が暮らしておる。もし地球で人間が人間にやって来た同じことを他種族にやればどう思われるか。種族の壁は人種の壁より大きいぞ」


 まさゆきは日本のニュースで毎月のように凶悪犯罪が報じられていたことを思い出した。それが一年も経てば風化するのは、まさに"慣れ"によるものと言える。

 この異世界でも人間は犯罪を犯すだろう。エルフの長い寿命の中で、人間が起こす数々の凶悪犯罪を、明晰な頭脳に全て記憶していけばどうなるか。積み重なった恨みにも、ご都合主義的な結末が用意されているのだろうか。


「現代の日本人にはまず縁が無いが、地球の人間同士でさえ、今だに互いの存在を根本から抹消したいと願い合うような戦争を続けておるのじゃ。

やりたくないのにやらされる戦争もあれば、そうでない戦争もある。お前さんは元日本人じゃ。その常識は、魔族と同様ハッピーじゃの」


「くそっ!呑気に風呂に入りながら、のじゃのじゃ上から好き勝手言いやがって。だったら俺たちを救って見ろよ!スキル"全知全能"ならできるんだろ!?」

「ふむ。良いぞ」

 レムレースは事も無げに言った。



「…えっ?えっ?……マジで?」

「そもそもワシはサポートじゃ。スキル発動の主導権は、あくまでお前さんじゃよ?死者の蘇生を拒んだのは、それがお前さんの歩みの妨げになるからという、深いふかーいワシの思慮がためじゃ。

全人類の救済じゃな?お前さんに代わってスキル全知全能にお伺いを立てて、その願いを叶えてやろう」


 そう言ってレムレースは無から金属の箱を取り出した。

 赤いスイッチの付いた金属の箱。まるで漫画に出てくる秘密兵器起動や、自爆装置のボタンのようだった。側面には大きく『救済』と書いてある。レムレースはそのスイッチをまさゆきに放り投げて言った。

「これは全人類救済装置じゃ。そのスイッチを押すだけで全宇宙の人間が救われる。宇宙の法則を塗り変える起動ボタンじゃ。ほれ、押して良いぞ」


 まさゆきは全人類救済装置を手に持った。その計り知れないほど大きな機能の割に、非常に軽い。

「……救われる?何が起きるんだ。まさか全員突然死するとかじゃないだろうな」

「それはまあ、押してからのお楽しみじゃな。全員即死するかも知れんし、苦痛を感じなくなるとか、苦痛そのものが存在しなくなるのかも知れん。実際どうなるかはワシも知らん。スキル"全知全能"が、全知全能的に妥当な救済と判断された状態になる、と考えろ」


「これを押せば、今より本当に良い状態になるのか…?」

「良い状態なんぞ人それぞれじゃろ。

これは"救済"じゃ。人類全体のな。全人類が無限の快楽地獄に落ちるかも知れんな。

お前さんが若い頃流行ったセカイ系のように、人類がひとつの集合無意識と化すのかも知れん。

ワシもあのエルフの言う通り、洗脳してしまうのが一番手っ取り早いと思うがな。幸福しか感じぬ脳みそ。SF世界のディストピアじゃな」


「何が起こるかわからない?押せるわけないだろ、そんなの」

「当たり前じゃ。

全宇宙の命運を一手に担うわけじゃ。お前さんに責任のせの字でも理解があるのなら、そんなものが押せるはずがなかろう。押せるのは想像力の欠落した愚か者か、狂信者だけじゃ。馬鹿馬鹿しい」


「…狂信者?」

「仕方がない奴じゃのう。どれ、大サービスじゃ。ワシが代わりに押してやろう」

 バスローブ姿のレムレースがまさゆきから全人類救済装置を取り上げると、そのスイッチを押した。連打した。



「うわああああああ!!!!!!」

 まさゆきは叫んだ。

 レムレースが押すたびに、全人類救済装置はピコッピコッと音が鳴る。


 何が起きるかとまさゆきは身構えたが、何も変わらない。

「ああああ?…なんだ、オモチャか……?驚かせないでくれよ」

 まさゆきは安堵した。レムレースはなおも無言でボタンを連打している。


 ピコピコピコピコピコピコピコピコ。

「オモチャだよね?ねえ、狂信者じゃないよね?」

「ふむ。どうやら今すぐに発動する、というわけではないようじゃの」




 レムレースがドライヤーで髪を乾かしている間、まさゆきは床に転がった全人類救済装置を見ていた。

「ワシにして見れば、人間がとりわけ悪い生き物というわけではない。これは自意識同士に隔たりのある知的生命体そのもののサガじゃ。

異世界のご都合主義もここでは関係ない。三角形がどの異世界でも三角形であるように、自己と他者の構造上、争いは必然じゃ。

そして、よりルールを理解し、より優れた武器を使い、より策を巡らせた者が勝つ。この異世界の上っ面はビキニアーマーや奇抜な形のなんとかソードになるが、その戦いの本質も要約するに同じじゃ。

敗者は恨みを募らせる。勝者は憎まれる。これもまた異世界であろうとどこであろうと、同じじゃよ」


 まさゆきは、にやけ顔でゴブリンを狩る若い冒険者たちを思い出した。言葉が通じないというだけで、人はあそこまで残酷になれるのか。いや、言葉が通じたとしても同じことなのだ。

 他者への共感を持たなければ、魔族もエルフも人間も、同族相手に笑いながら狩りができる。人は他人の苦しみがわからないように出来ている。

 まさゆきがどんなに苦しんだとしても、彼の所業の被害者にして見れば、所詮"苦しんでいる演技"のようなものだろう。まさゆきにも彼らの苦しみはわからない。

 お互いの歩み寄りが無ければ、和解というご都合主義は成り立たない。しかしその機会さえも、まさゆきがスキルによって一瞬で蒸発させてしまった。彼は今、この異世界における人類の敵だ。


「いかにご都合主義の世界でも、クズは嫌われるというシンプルな話じゃよ。

特に転生者はその力の大きさゆえ、クズが目立つのう。異世界でシャブを作った馬鹿や、うっかり核爆発を起こした阿保のようにな」


「なんかこう、もっと和やかな感じだと思ってたよ…異世界って。魔法やスキルを便利に使ってスローライフするような」

「まあ異世界人の頭は都合の良くできておるからのう。あっさりほだされて人間と婚姻する、脳みそゆるふわエルフなどもおる。そんなものは所詮、個人レベルの話じゃがな」



 レムレースは歯磨きをしてパジャマに着替え、彼女専用の柔らかいベッドに寝た。着替えの工程は省略されている。

「じゃが勘違いするなよ。

繰り返しになるが、戦争だの善悪だの復讐だの、そんなもんはどうでも良いのじゃ。ただ殺せ、意味もなく殺せ」

「ううー、やっぱりもう嫌だよぉ……俺はもう駄目だ…地獄へ落としてくれえ」


「ふふふ、その地獄をお前さんが作るのじゃ。苦しめ苦しめ」

「ぐぐぐ…この悪魔め!レムレースちゃん、君こそ本当の悪魔だ、魔王を影から操る裏ボスだ」


「はっはっは、何とでも言え。日和りどピンク魔王ボケジジイ」

 ゲームで言えば魔王まさゆきはラストボス、人類が倒せばエンディングとスタッフロールが流れる存在である。クリア後のやり込み要素として戦える裏ボスのレムレースは、笑いながら、ベッドごと異空間に消えた。

読んでいただきありがとうございます。

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