レムレースの完全無欠性 魔王まさゆきによる就任の挨拶
杉村まさゆきは異世界転生で得たスキル「全知全能」を封印し、一般庶民としての人生を選んだ。
結婚し、定年まで勤め上げ、子供と孫が生まれ、その生涯を全うした。
しかしスキル「全知全能」取得時のショック死を拒否したまさゆきは、死そのものに拒否される存在となっていた。
死を得るためには、全知そのものへ自身の精神を押し上げなければならない。
精神拡張の旅路の第一歩として、まさゆきは魔王に転生した。
闇の森の奥深く、古に作られし魔王城。
ダークリッチ、アークゴブリン、ワーウルフ、マンティコア、デーモン、ドラゴン、ヴァンパイア、オーガ、サイクロプス、サキュバス…いずれも種族の長で、強力な力を持つネームドモンスターだ。千の魔物を束ねし百の大悪魔たちと、その頂点に立つ四天王が魔王城玉座の間でひれ伏した。
その玉座に腰掛ける魔王は、ついこの前まで末期ガンの痛みにもがいていた老人、杉村まさゆき。彼はこの異世界に、グレーターデーモンとして転生している。彼のスキル"全知全能"によって作られた全身ピンクの大悪魔の肉体を器に、その精神のみが入ったのだ。
まさゆきは七十余年真面目に生きた日本人である。
彼は跪くモンスターたちを見ながら、故郷である日本のことを思った。妻と娘と孫たちと、まだ生きている友人たちが彼の葬式をやっているところだろうか。妻よ娘よ孫たちよ、俺は今地獄にいるぞ。
やがて魔物の一匹が進み出て、銀の器を差し出した。この聖杯に注がれし生き血を飲むことで、新たなる魔王就任の儀は完成するのだ。
「タンマタンマあ!ちょっと一旦止めて!?レムレースちゃーん!」
「なんじゃ、騒々しい」
スキル"全知全能"が行使された。
全宇宙の時間が静止し、その中でまさゆきとレムレースだけが動くことを許された。
それから二人に都合のいいように、呼吸や重力や光などもほどよく許されていた。こうした微調整はまさゆきの思いが及ばないため、サポート役のレムレースが実質のスキル行使を取り仕切っている。
魔物たちは石のように色を無くし、まさゆきにひれ伏したままの姿勢で完全に静止している。この無害な彫像のままであるなら、単なる現代アート作品だとまさゆきは思った。
「辞めて良い?こんなのジジイがやることじゃないよ」
「お前さんにとって茶番でも、これはマジのガチのリアルじゃよ。往生際が悪いのう」
「いや…これが俺の精神を進歩?進化?させるために用意された、ある種の修行ってのは分かってる。
でもさ、なんかもっと他に方法あるでしょ…魔王ってなんだよ。それにめちゃくちゃ怖いんだけど、こいつら。鬼とか蛇とか意味わからん形のやつとか、この状況って地獄そのものじゃん」
「やれやれ、正しく認識できない問題を過小評価する、人間の頃の癖が抜けておらんようじゃな。これは全知によって妥当であると判断されたことじゃ。間違いはない」
「こいつらみんな、人を殺したり食べたりする生き物なんだよね…?」
「こやつらが葉っぱが大好物の生き物に見えるか?この鋭い爪と牙でタンポポを摘んで食べるのか?」
「俺が…ほんとに人を殺すの?人を殺すこいつらを指揮するの?」
もはやレムレースは返事もしない。メロンソーダを飲んでいる。
「でも、俺は人間だよ?おじいちゃんだよ?」
「……お前さんは少し、スキル"全知全能"の御業をナメておるな」
「えっ?」
バニラアイスにストローを突き刺し、レムレースの表情が険しくなった。まさゆきは彼女のそんな表情を初めて見た。本気で怒っているようだ。
「今のお前さんは正真正銘のデーモンで、魔王じゃ。スキル"全知全能"がそう作ったからな。
良いか。"全知全能"がそう作ったということは、絶対じゃ。完全無欠じゃ。
人が用いる相対的な善悪や正誤なんぞを遥か彼方にかっ飛ばす、圧倒的な正しさ、無限の善なのじゃ。
お前さんがどう感じようと勝手じゃが、スキルが定めた事実は茶番でもなんでもないぞ。
全宇宙がそれを支持しとるということじゃ。宇宙でただ一人、お前さんだけがそれを否定しておるのじゃ。
自分を人間のおじいちゃんだと思い込んでおる頭のおかしなデーモンじゃとするのなら、それも良かろう。
しかし四十代小太りの無職が本当の自分は可愛い女児だと主張していたら、お前さんはどう思う?
お前さんの言っとることはそれじゃ」
「でも…同意も無しにそんなことやらされるなんて、納得行かないよ。俺からしてみれば、精神以外の全部すり替えられたような状態なんだからさ」
「たわけ!スキル"全知全能"はお前さん自身じゃと最初から言っておろうが。同意もクソもあるかい。そもそもお前さんが全知との同一化を拒まなければ、こんな七面倒なことにはならなかったのじゃぞ」
「たわけ、なんて言われたの、生まれて初めてだよ…レムレースちゃんって何歳設定なんだ」
「やかましい!
この際じゃから言っておくがな、このスキルをただの道具だと思うなよ。"全知全能"はお前さんそのもので、デーモンの杉村まさゆきより遥か彼方の格上に座す超杉村まさゆきじゃ。それを嫌うのは自由じゃが、最低限の敬意は払え」
危ない宗教の人のようなレムレースの発言に、まさゆきは若干の恐怖を感じた。
「でも、レムレースちゃん、その割にスキルを便利に使ってるじゃん…しょっちゅうアイスとか食べたりして」
「それはそれ、これはこれじゃ。
しかしまあ、善良なお人好しのお前さんが、殺戮会社の社長仕事に気乗りでないということはわかる。
…どれ、お前さんのモチベーションのために、ひとつ良いことを教えてやろうか」
レムレースは空中に地球の模型を作った。まさゆきがその表面をよく見ると、雲や海や陸地や都市が再現されており、そこで暮らす人や行き交う車まであった。彼らは早送りのように生活しており、いくつもの都市が新しく生えては無くなり、やがて地表で動くものは見えなくなった。
雲も海も無くなり、茶色い惑星になった後、それは膨張する太陽に飲み込まれた。
「お前さんは死ぬ事ができんわけだ。
途方もない時間を…ただ時間だけを重ねても、永遠に死へたどり着くことは無い。1をいくら足し続けても、決して無限には到達せん。宇宙が膨張して冷え切るなり、逆に縮小して熱の塊になるにせよ…その時に至ってもなお死ねんじゃろう。
だからこそ、お前さんが"全知全能"を使いこなし、一刻も早く死ぬことができるようにと、このようなイベントが用意された。分かるな?」
「…分かります」
「では、ワシの役割が何であるのか言ってみよ」
「え…えーと、スキル"全知全能"をうまく使えない俺が、スキル"全知全能"をうまく使えるように?
"全知全能"と一体化した方にいる超俺が、気を効かせて作ってくれた…で、あってるかな?」
「そうじゃ。で、それはいつまでじゃ?」
「いつまでって…」
「ワシの総合サポート期間はいつ終わるんじゃ」
「え、レムレースちゃんの寿命とか…俺が、スキルを…ある程度使えるようになったら…?」
レムレースが作られてからすでに四十年が経っている。彼女は出会った時そのままだ。
スキルがある程度使える。ある程度とは一体どの程度か。
「それはお前さんの願望じゃな」
その浅い考えをバッサリと切り捨てられ、まさゆきは泣きたくなった。
「まさか、ずっと?違うよね。レムレースちゃんは、嫌になったら辞められるんでしょ?」
「嫌になったから辞める、などという甘ったれた意志をワシが持つことが許されていれば、あるいはそうであったかも知れんな」
仮にまさゆきがレムレースの死を望めば、おそらく彼女は死ぬことができる。
しかし地球が終わっても、太陽が蒸発しても、宇宙が静止しても、彼女は今と何一つ変わらずに、無から取り出したアイスを食べながら、のじゃのじゃ言っているのだろう。そんなレムレースの死を願えるとは、まさゆきには到底思えなかった。
まさゆきが一兆年生きるのなら、レムレースもまた一兆年サポートする。しなければならない。
スキル"全知全能"によって、そのように作られたためだ。
死を許されない者がまさゆきだけではないという事実に、彼は泣いた。こんなビビットピンクの爺のために作られた、完全無欠ののじゃロリ、レムレースを哀れんで。
「仮に、無限のような時の中で…ワシに何かしらの不具合が出れば、新しい別の者に引き継がれるであろう。
しかしスキル"全知全能"の御業は"完全無欠"じゃ。期待は出来んであろう」
「そういうわけじゃ。お前さんは可愛いワシのためにもシャキッとしてもらわなければならん。そうじゃろ?」
「うん…」
「さあ、レッツ殺戮じゃ。がんばれ、がんばれ」
レムレースは手拍子して言った。
まさゆきは自分の不死を知った時、このスキル"全知全能"を呪いだと考えた。しかしこのスキルの完全性は、呪いなどという言葉では言い表せないほど、もっと遥かにタチが悪いものであった。
時間は再び流れ、魔王まさゆきは口を開いた。
「あー…お前たちの中には、こんな意味のわからん、どピンクの俺が魔王になって、不満を抱えている者も多いだろう」
ある日突然社長の首が飛んで、日本語も話せないような奴がその椅子に座るようなものだ。しかもそいつは顔色が悪くて、礼儀作法もロクに知らない。社員は全員混乱するだろう。
魔物の中の四人が進み出て、跪き、小学校の卒業式のように言った。
「滅相もございません。我ら四天王」
「全存在をかけて」
「魔王まさゆき様に」
「従える所存であります…ククク」
なんの不満もなく余所者に従えるのなら、それはそれで問題があるだろう。一体どういう価値観の生き物なんだ、とまさゆきは思った。
「あの、できれば人間とか、あまり殺さないように頼めるかな…」
魔王まさゆきの発言に、魔物たちはどよめいた。
レムレースによって脳内に直接流し込まれた魔族のポートフォリオに照らし合わせると、自分がいかに奇妙なことを言っているのか。まさゆきには分かっていた。
「まさか、魔王様御自らが…?」
「ククク…全ての人間はあなた様の獲物ということですね」
「なんと恐ろしいおかただ…いやしかし、それでこそ魔王様」
一体この状況は何なんだとぼやき、まさゆきは一息に聖杯の血を飲み干す。
魔物たちから歓声と賞賛の声が上がった。興奮のあまり気を失う者さえいた。
まーさゆき!まーさゆき!まーさゆき!まーさゆき!
魔物たちが声を揃えてその主の名を讃える中、新たなる魔王は叫ぶ。
「全知全能のクソったれめ!!!」
そして魔物たちの一層大きな歓声とともに、杉村まさゆきの魔王業が始まった。
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