杉村まさゆき 魔王に転生する(全知全能に至るまでの知的拡張の旅)
杉村まさゆきは異世界転生で得たスキル「全知全能」を封印し、一般庶民としての人生を選んだ。
結婚し、定年まで勤め上げ、子供と孫が生まれ、その生涯を全うした。
しかしスキル「全知全能」取得時のショック死を拒否したまさゆきは、死そのものに拒否される存在となっていた。
円満に終わったはずの彼の人生が、これから粉々にぶち壊される。
「現状をまとめよう」
「そうしてくれ、レムレースちゃん。頭が鈍いし耳も遠い。まだ俺の置かれている状況がよくわからん」
説明されても分からなさそうだ、とまさゆきは思った。脳が一度拒否してしまうと、中々受け付けなくなるのが年寄りという生き物である。
「スキル"全知全能"を持つお前さん、杉村まさゆきが死ぬためには、まずそれを使いこなせねばならん。
そして"全知全能"を使いこなすためには、それに見合った高次元の精神が必要じゃ」
「…わかる」
「つまり、お前さんの精神を全知全能に近いところまで高めていけば良いわけじゃ。"全能"による外的な力ではなく、お前さん自身の内的経験として。
賢い種族に転生し、より多くの経験を積んでいけ。知識と知恵と精神と徳と業をカンストさせろ。
悟りを開き、宇宙の真理を知るのじゃ。数秘を極めろ。それらと一体化しろ。
時空の果てや過去未来に至るまで、まさゆきの愛で満たすのじゃ」
「ちょちょちょい!わかんない!レムレースちゃん、何言ってんの!?まさゆきの愛って何!」
「無論人間的な愛の話ではないぞ。はるか高次元の話じゃ」
「意味わかんない。俺もうあれだよ、最寄り駅まで歩くのだって厳しいレベルだよ?もうちょっと労ってくれよ」
「なーにが労われじゃ。ワシだって設定の上では、生まれた時からロリババアじゃ!」
「レムレースちゃん…見た目年齢は俺の孫と同じくらいなんだけどな。孫は君みたいにスタイルも顔もよくはないけどさ」
目鼻立ちが良くなくとも、まさゆきにとって孫たちは誰よりも可愛い。嫁はともかく、年増の娘たちもまだまだ可愛い。しかし彼女たちに劣らず、怒ったレムレースは可愛く思えた。レムレースがまさゆきのスキル全知全能によって作られたのなら、この子はもしかして俺の娘に当たるのかな、などと彼は耄碌した頭で考えた。
「全く、ワシはジジイの傾聴サービスか。
…まあ全知そのものにならんでも、それを受け入れられるだけの精神構造をお前さんが身につければよいわけじゃ。全知全能はすでにお前さん自身なのじゃからな。
今の己にないもの、そのしなびた脳みその外側にあるものをどんどん取り入れていけ」
「だから分かんないって。具体的には何をすりゃいいの?さっき言ってたような気もするけど…まさか」
「そう、お前さんがやるのは異世界転生。スキル"全能"で目一杯まで盛った、強くてニューゲームじゃ」
異世界へ転生したまさゆきは鬱蒼とした森の中で目が覚めた。
ここは前回来た異世界とはまた別の異世界だと、倒木に腰掛けたレムレースは言った。
結局こうなるのか、とぼやきながらまさゆきが視線を落とし自分の手を見ると、その肌の色がビビットピンクになっている。その身を確認すると、背中からはコウモリのような羽が生えていた。額には突起物、おそらくツノだろうとまさゆきは思った。服装は薄い青の入院着だ。
「あーあーもうめちゃくちゃだよ。俺の人生を返してくれ」
「はっはっは、そのナリでは日本に帰ることは出来んのう。まあ全能を使えば、身体構造なんぞまたいくらでも組み変えられるがな」
今回は肉体を一から作り直したのだ、とレムレースは説明した。まさゆきの自我が死に触れ無い程度の変化。全身ピンク人間なのは、まさゆきの自我の拡張と、そのための"役割"に都合の良い肉体であるからだと言う。
「スキルかあ…なんていうか、好き放題できるとか言われても、できれば使いたくないんだよな。意地みたいなもんだけどさ」
「うむ…お前さんがスキルの類を嫌う理由なら十分過ぎるほどにあるからな。人が自らに課す責任感というものもある。当時大した稼ぎも無かったお前さんが結婚して子孫を残せたのも、それが強かったためであろうな」
「そうなの?なんで俺なんかが結婚できたのか、もう覚えてないよ」
二人が駄弁っていると、木陰から小さな猫が飛び出してきた。
その猫を追って、さらに狼が一匹。
レムレースによると、その猫は神獣ケットシーと呼ばれる生き物で、魔法の力を持っている。もしそれを助けるなら、一生まさゆきに従う強力な使い魔になってくれるそうだ。
「強いなら自分で戦って追っ払えばいいだろ…」
「いいや。たまたま封印されているとか、人と契約しなければ力が使えないとか、何かしらの理由が後付けられているのじゃ。当然、この猫は人型の美少女にも変身できるぞ」
「ああ…ほんのり思い出してきたよ。そういう感じだったっけ、異世界って」
猫はまさゆきの足元に擦り寄り、狼から守ってもらいたい様子だ。狼は警戒し、低く唸り声を出している。
まさゆきは考えた。レムレースちゃんの様子から、この状況は恐るべきものではない。しかしこの猫にとって、ツノと羽が生えた顔面ビビットピンク人間の方が狼よりも警戒するべきではないのか?それともこの異世界ではこういった人間が普通なのだろうか。
「箱庭、作り物…今このクソみたいな状況も、神様みたいなやつがいちいち用意してるのか?」
「さてな。異世界と言っても無数にあるからの、法則や神の有無も様々じゃ。しかし、こういった蓋然性の低い出来事…つまり極端な幸運や不運が起こりやすいのは、異世界全体に共通する傾向じゃ」
レムレースの話によると、過去の積み重ねが現在となる現実世界に対し、異世界では幸運な、もしくは不幸な未来から逆算して現在の事象が決定するそうだ。結果ありきの御都合主義的世界とは、言い換えると因果関係が逆転しているというわけだ。
当然ながら、まさゆきがいた現実世界には、幸運というものは滅多にない。
「良く分かんないけど、要するに出会い系のスパムメールで、本当に1億円もらっちゃうようなもんか?」
「概ねその通りじゃ。冴えないぼんくらの若者が、たまさか全知全能スキルを引いてしまうような話じゃな。頭のキレる若者であれば、知恵を駆使してやっと使いこなせる類の外れスキルが当たることじゃろう」
「ぐっ……やっぱ俺、嫌いだよ。スキルとか、異世界とか」
「ふふ。お前さんが嫌おうが禁じようが、これがこの世の現実じゃ」
まさゆきとレムレースが駄弁っている間に、猫は狼に食われた。四十年前のまさゆきとは違い、動物世界の弱肉強食程度で動じることはない。現実世界でもっと残酷なことはいくらでもある。
狼はまさゆき達を相手にせず、去って行った。まさゆき自身も、目の前の不条理をいちいち相手取るつもりはなかった。自分の役目というものがあるのなら、それはすでに終えているというのが彼の心境である。
レムレースは空中にまさゆきのステータスを開いた。立体映像パネルのような画面に数字が連ねてある。
「出たよ、ステータス」
「そう邪険にするな、良いところもあるぞ。ほれ、"スキル習得率"の欄で進捗状況を確認できる。わかりやすいじゃろ?
もちろんお前さんの七十余年分の経験も加算されておるぞ」
「どれどれ、スキル、全知全能…0%なんですけど?どういうこと、俺の人生まるごと0%なの?レムレースちゃん?」
「いいや、小さすぎて表記されていないだけじゃ。内部値はちゃーんと溜まっておる。厳密には10の-15667乗かけ2%じゃよ」
「なになに、おじいちゃんにもわかるように言ってくれない?」
「0.000000…でゼロが15667個並んだ尻に2%が付く。これを99%まで上げることが当面の目標じゃな。がんばれ、がんばれ」
レムレースは手拍子して言った。人の一生を何度繰り返せば99%に辿りつくのだろうか。まさゆきにとって計算はできなくとも、それが不可能であることはわかった。
まさゆきはぼんやりと自分のステータスを見る。自分の七十余年の人生がどのように反映されているのか、何の証も見出せなかった。昔取ったフォークリフトの資格やAT限定、電気工事士の記載も無いようだ。
攻撃力、素早さ、器用さ。レベルアップして器用さが上がると、ルービックキューブが解けるようになるのだろうか、いやパズルの類は知力依存だろうか、などと考えているとおかしな記載に目が止まった。
「ちょっと待って。レムレースちゃん、この職業欄の魔王って何。俺、魔王なの?無職じゃなく?」
「そうじゃ。試しに六百年ほど君臨してみようか。魔物を操り、人々を蹂躙するのじゃ」
「ええ…俺は人間っていうか、クソ雑魚おじいちゃんなんだけど?」
「"元"じゃよ。今は違う。種族欄を見てみよ。デーモンになってるじゃろ」
「あ、ホントだ。七十代でも名乗っていいのかな…」
「ガンも老衰も今のお前さんには関係ない。その精神が死なぬ限り、決して滅びぬ種族じゃ。
そのしなびた脳にまず必要なのは、人間だった頃の常識を取っ払うことからじゃの。人の苦しみを糧とし、恐怖を与えることを喜びとするのじゃ。品性良好人畜無害なお前さんが、絶望の紡ぎ手となるのじゃ。
勇者や転生者がおまえの命を取りにくるじゃろうが、その手で返り討ちにしてやるがいい」
「…それ、マジで言ってるの?」
「マジのマジの大マジじゃよ」
デーモンに生まれ変わったまさゆきは、唸ってから言った。
「レムレースちゃんって…めちゃくちゃ可愛いけどさ、実はひょっとして、めちゃくちゃ悪い子?」
「人間の短かい物差しで言えばそうなるな。しかしまあそういうわけじゃから、はじめっから名乗っとるじゃろ、悪霊と」
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