「全知全能」が外れスキルである致命的理由
スキル「全知全能」を得て異世界転生した杉村まさゆき。
しかし彼は神のごとき力と立場を拒否し、スキルを封印した。一人の人間として生き、その生涯を全うした…はずだった。
死んだはずのまさゆきの前に、スキル「全知全能」の総合サポートとして作られた、のじゃロリのレムレースちゃんが再び現れる。
ステージ4のガンに侵された老人、杉村まさゆきは、三度目の死を迎えた。
「おお…君は誰だっけ…のじゃロリの。久しぶりだなあ」
「いえーい、レムレースちゃんじゃ。久しいの、我がご主人よ」
「いやあ…ガンを舐めてたよ。割とみんな罹るくせに、あんな苦しいものだとは…本当に死ぬかと思った」
「お前さんはもう死んどるぞ」
「ははは、そうかそうか」
「そうじゃそうじゃ。はっはっは」
まさゆきの闘病生活と鎮痛剤のために呆けた頭が、だんだんとはっきりしてきた。ここは彼が四十年ほど前に一度訪れた、チートスキル"全知全能"を与えられた場所だ。しかし当時のまさゆきはスキルを使わずに封印し、一人の人間としてその一生を終えた。
「ここはあの世みたいなところなのかな。
死後の世界…俺はこれからどうなるんだい。死後について書かれた本はいくつか読んだけど、どれもピンと来なかったな」
「ふむ。そういった諸々を説明するためにワシがいるというわけじゃ。少々長くなるが教え進ぜよう」
レムレースは言った。
「全能の神は、自分が持てないほど重たい石を作ることができるか?」
老人まさゆきは埃を被った記憶の書庫から、適当なことばを見繕って答えた。
「ああ…その問題、昔聞いたことがあるな。
持てない石があれば"全能"を否定することになるし、持てないほど重たい石を作れなければ、やはり"全能"の否定になる。いわゆるパラドクスというやつだ」
「よくご存知じゃの。伊達に七十過ぎまで生きとらんというわけじゃ」
「はは。いやいや、結局孫まで生まれたよ。君に会った頃は、結婚なんて考えもしていなかったなあ」
「それで、作ることができると思うかね?」
「うーん、分からないな。この手の問題は、答えがないのが答えなんじゃないのかね」
「いいや。この問題の場合、答えはある。それは"作ることができる"のじゃ」
「よいか、自己言及に関わる全能の御業とは不可逆なのじゃ。
持てない石を作ったら、それは全能であっても持てない。持ち上げてしまえば、それを良しとされた御業の否定になるからな。
同様に、"全能には持ち上げられない石を持ち上げられる者"を創造することもできん。
これは全能における特例のルールのようなものじゃ」
「ほほー。そりゃ面白い話だねえ。しかし俺はもう歳だ。難しい話なら、若い奴に聞かせてくれないか」
「いやいや、お前さんにとっては他人事ではないぞ。
なにせ全知全能へのアクセスを一時的に絶っているとはいえ、彼の全知全能はまさしくお前さんなのじゃ。
この奇妙な自己同一性を保っていることも、全能の御業のひとつよ」
何やら話の雲行きが怪しくなってきた、とまさゆきは感じた。彼は人として生き、人として死んだつもりだった。冴えない普通の日本男子として、悪い遊びはいくつかやったが、人の道からは外れまいとする誇りがあった。それにも関わらず、今更こんなふざけたチートスキルの解説をされるとは。
「レムレースちゃん、もう俺のことはほっといてくれ。孫の顔も見れたし、もう十分生きた。
人生は、そう何度も繰り返すようなもんじゃない。
輪廻転生でも無でも何でもいいから、他の人間と同じようにしてくれよ。もしも地獄に落ちるなら嫌だけど…」
「そうはいかんのじゃ。もう忘れたかも知れんが、お前さんは過去に全知全能スキル取得時のショックで死んだ。
その際、 "全知全能にもたらされし死"による"全知全能であるお前さんの自我の消滅"を"全知全能の御業を使って免れた"。先の自己言及ルールじゃ。
よって、一度免れたということは、それはもう"絶対"じゃ。
わかるか。杉村まさゆきの自我は死に直面するたび、無限に復活し続けるのじゃ」
「…復活?よく分からん」
「爺様の頭にもわかりやすく言うと、お前さんは、もう死ぬことが出来んのじゃ」
「それはつまり…俺は、死ぬことが出来ないってことなのか?」
「言い換えると、死ぬことが出来ないということじゃの」
「…嘘だろ?」
「すまんの。冗談ではないのじゃ」
まさゆきは絶句した。
彼は、何か呆けた振りでもして誤魔化そうかと考えたが、目の前にいるのは妻や子供たちや看護士ではない。全知全能の御業に作られしサポートセンター、"機械の中の悪霊"を自称するレムレースちゃんである。誤魔化したところで何の意味もない。
「全知全能スキルを手に入れた瞬間、人間は即死する。それをスキルで回避すると、このような事態になるというわけじゃ。御業による即死ハメ無限コンボじゃな。
全知全能に対するデバッガーが居れば修正されたかも知れんが、より上位の存在が居ないのだから仕方がない」
「何か方法はないのか…全知全能なんだろ?」
「まあ、お前さんがどうしても死にたいというのなら助けてやろう。それがワシの役割じゃからな」
平然とした調子でレムレースは説明した。彼女はまさゆきが四十年ほど前に会った時と、何一つ変わっていない。
「…全知全能の御業を総動員するなら自殺できるそうじゃ。
全知全能そのものの死として。
それをやるにはアクセス制限を解除する必要があるわけじゃが、解除した瞬間、再びお前さんの精神は耐えきれずに消滅する。そうなると、また復活してやり直しじゃ。
本当に死にたければ、まずはお前さんが全知全能に耐えうる精神を身に着けることじゃ」
「なんだそりゃ…どうやるんだ。モンスターをやっつけてレベルアップでもしろってのか?」
「そんなもんで精神構造が拡張できれば苦労せんわ。数千年の人類史を経てもなお、人は猿から毛の抜けた程度なんじゃぞ。
…まあワシのサポート下で数百年ほど生きて見れば、今後の方針くらいは分かるかも知れんな」
「…数百年って…流石に盛ってるよね?俺、数百年ずっとこのままなの?」
「数億人に一人、やっと悟りを開く程度が人間の頭の出来じゃぞ。一般おじいちゃんのお前さんが、悟りのさらに先の先の先の…場所に行かなければならん。
全知による適当な試算でも、億兆年は下らんな」
億兆年。まさゆきには考えることが不可能な数であった。彼はぼんやりと言った。
「悟りかあ…座禅でも組めばいいのかな。寝ながらできればいいんだけど…それでもずっと同じ姿勢でいると身体が腐っちゃうんだよね。ジジイだからさ」
「褥瘡の心配はせんでいいぞ。それに関しては良いニュースもある。
お前さんのスキルへのアクセス遮断は"全能"ではなくワシがやってることじゃ。いつでも復旧できる。
ガンの治療、若返り、異世界転生ハーレム無双好き放題、何でもござれじゃよ」
「ええー…もういいよ、そういうのは。ジジイがやることじゃない。若者の空想の中だけで十分だ。
なるべく早めに死なせてくれ…」
「それはお前さんの頑張り次第じゃな」
まさゆきは思った。全知全能は、本当に"外れスキル"であったと。こむら返りを防ぐスキルとか、寝返りが打てるスキルの方がよっぽどマシだった。
むしろこのスキル「全知全能」は、一人の人間として"責任を取り終えた"はずの杉村まさゆきにとって、まさに「呪い」であった。
褥瘡…寝返りが打てない入院患者や老人がずっと同じ姿勢で寝ていると、血が滞って床に面する部分が壊死します。なので看護師や介護士は定期的に彼らの体位を変える、つまり寝返りを打たせるわけですね。