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スキル「全知全能」所持者 杉村まさゆきの一生

 外れスキル「全知全能」を得て異世界転生した杉村まさゆき。

 彼がそのスキルを使えば、奇妙な作り物の異世界でロールプレイする必要もない。それどころか現実世界の家に帰ることさえ可能であった。

 スキル暴発を防ぐサポート役、全知全能の一部を預かるレムレースちゃんに頼み、まさゆきは日本国東京都大田区のボロアパートに帰ることにした。

 トラックに引かれ、異世界転生する直前の杉村まさゆき。

「危ない!」

 信号待ち中にボールを落とし、今まさに飛び出そうとする女の子を、まさゆきは後ろから抱きかかえた。ボールはトラックに跳ねられ遠くへ飛んでいく。

「ごっ…ごめんなさい!」

 女の子の母親は動転しながら言った。まさゆきは抱えた女の子を母親に渡して言った。

「いえ、脅かせてすいません」

「そんなこと…コラ!ちゃんと持ってないとダメでしょ!」


「イエスロリータノータッチも場合によりけりじゃの。女児をかばって死んだとは、中々良い死に方ではないか。その歴史は改変されてしまったがな」

 まさゆきが気がつくと、コーヒーチェーン店のテーブル席に座っていた。前の席ではレムレースがフラッペを食べている。現実世界に戻ってもスキルは有効という事実を示し、レムレースは言った。

「それで、これから会社に行くのか?三世のぼんぼん上司に頭を下げて、夜中一二時過ぎまでの残業生活を再開するのか?」

「いいや。せっかく拾った命だ、好きに生きる。…会社には辞表を出すよ。仕事はちゃんと引き継いでから辞める。一応大人だからね」

「ふうん。こっちには魔王はいないが、地球温暖化とか、テロ組織とか、戦う相手ならいくらでもいるぞ。一応言っておくが、総理大臣とか大統領になることはオススメできん。真面目にやれば中小企業のヒラ以上の激務になる」

「うーん、どうしようかな。…とりあえずスキルには頼らないで、自分で決めたいな」

「お前さんはこの世界の神になれる。日々を享楽に費やすもよい。まあ良く考え、好きにするがいい」



 まさゆきは全能の力で異世界を行き来し、こちらの世界では日本人として暮らし、あちら側で好き放題…それこそゲーム感覚で無双するような生活を想像した。また、新しく箱庭宇宙を作ってその中で神となることを想像した。あまり良くないと自覚する頭で、地球を少しずついい方向へ運ぶことを妄想した。

「これは多分、一度手を出すと止められなくなるんだろうな。…麻薬かな?」

「人間という生き物は皆何かしらに依存しておる。しかしそうじゃな、この八畳間の現実を保ったまま、異世界で無責任に羽目を外すというのは、薬物中毒者が出所の度にキメる構図に似ておるな」

「…よし、決めた」

「キメるのか?」

「キメません。レムレースちゃん、君とはもう会わない。この日本国内で、しかもこんな1Kのアパートで、俺みたいなおっさんと金髪碧眼フリフリ幼女って絵面的にヤバすぎる」

「ふむ。まあ、ご主人がそうお望みならそうしよう。しかしいいのか?ワシのサポート無しに力を使い、お前さんがうっかり人類を滅ぼしてしまっても知らんぞ」

「…めちゃくちゃ惜しいけど、いやホントは心の底から行きたいんだけど…やっぱ異世界にはもう行かない。…全知全能スキルを封印してくれ!はっきり言って、俺の身に余る。俺は象じゃなくて人間だ」

「なるほど。それはワシのような立場にはならん、ということでよいのか?目の前で誰かが死のうと気に止めず、雑草を毟るように悪でも何でも屠れる。宇宙という名の水槽を、管理できる立場じゃ」


 ノブレス・オブリージュ。巨大な力には責任が伴う。全知全能を正しく駆使するのなら、責任(とまさゆきが考えるもの)を果たすことはできるかも知れない。傲慢な社長、馬鹿な上司、嫌味な取引先。世の中そんな人間ばかりである。漫画で悪者が懲らしめられるのは爽快だ。ゲームで敵をやっつけるのは面白い。

 しかしまさゆきのような一般庶民にとって、自分の物差しで他人を"本当に"断じてしまうのなら、それは人の道に外れた行為だ。これは現実世界だろうと異世界だろうと同じことである。

「…うん。俺にはやっぱ無理だよ、そういうのは」

「ほう!ご主人はてっきり根性なしの変態かと思っておったが、意外にも見所があるのじゃな。結構結構。異世界で気持ち良く暮らすよりも、このつらく苦しい現実を生きることを選ぶというわけじゃ」

「…引きとめないでくれ。たぶんこの決意は、すごく、ものすごく簡単に揺らいでしまうやつだ」

「いや、そんなことはせんよ。お前さんの選択は正しい。あくまで一人の人間、杉村まさゆきにとって、じゃがな」

 結局レムレースがデモンストレーションを兼ねて何度か使って見せただけで、まさゆき本人はスキル"全知全能"を使わなかった。それを使い始めれば、スキルをどのように利用するかが彼の生活の中心になったことだろう。人間一人の身の丈に合わないことは明らかであった。

「外れスキルってこういうことだったのかな」

「ふむ、それはどうじゃろうな。スキル中心の思考に陥りがちなのは、異世界転生者全員に言えることじゃ」

 レムレースはまさゆきの部屋の玄関口に立って言った。

「まあ見所なんてものがあろうが無かろうが、全知全能の御前では、ゾウリムシとミドリゾウリムシほどの違いじゃ。では、しばしさらばじゃ、我がご主人よ」

「色々ありがとう、レムレースちゃん。元気でね」



 まさゆきはその後二ヶ月ほどで会社を辞めて、貯金を崩し、長い海外旅行を始めた。バックパッカーとして、アジアからヨーロッパ、南米からニューヨーク、カナダからロシアまでを周った。

 旅行中に出会った日本人の女と交際し、やがて結婚した。二人の娘ができた。仕事も別の業界で再就職し、そこからもう一度別の会社へ移ってからは定年まで勤め上げた。七十半ばで食道ガンを患い、苦しんだ後、妻に見守られながら死んだ。

 年下の上司や娘の結婚相手など納得いかない部分も多かったが、おおむね幸せな人生であった。


 しかし彼は三度目の死に際で、「全知全能」が"外れスキル"である本当の理由を知ることになる。

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