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全知全能者の異世界転生

 まさゆきはスキル"全知全能"を得て異世界に転生した。

 彼が気が付くと、辺り一面草原であった。金髪碧眼幼女のレムレースが佇んで、ゴシック風のドレスをたなびかせている。一方のまさゆきは、会社へ向かういつものよれたスーツ姿だ。

 遠くで馬のいななきと、金属を弾く音を含む喧騒が聞こえる。何だ、とまさゆきが思った時にはすでに、レムレースと共に上空から、小さな森の側の現場を見下ろしていた。

「うわー!怖い怖い怖い!」

「床があれば良いのか?」

 レムレースがそう言うと、空中に畳が一枚生えた。それは全能の力でしっかりと相対座標が固定されている。本物の畳の上で、まさゆきは気を取り直した。


「あ、あれだ!馬車が野盗に襲われているぞ」

「そう、転生もののお約束というやつじゃ。転生者の能力開示とコネ作り、話を転がす上で都合の良い舞台装置じゃな。乗っておるのは小国のおてんば姫様じゃ」

 小さな二人がけの馬車と、それを操る御者。三人組の野党が馬を傷付け、御者らしき者と剣を打ち合っている。

「助けよう!…できるよね?」

「まあミジンコ仕事じゃな。しかしどうやるんじゃ?」

「野盗を全員気絶させるとか、御者とお姫様だけワープさせるとか、何でもあるだろ!」

「…ふむ、しかしちょっと考えてみろ。あの野盗どもが襲撃に失敗したなら、今後二度と仕事は回ってこないじゃろうな。あんなやくざ者たちでも妻子がおる。親はともかく、やがて子は売られるか路頭に迷い…まあとにかく不幸な目に会うじゃろう」

 眉すら動かさず平然としたレムレースを、まさゆきは怪訝に思った。

「え…何?この状況で野盗目線?」

「ワシはな、お前さんの軽率なスキル使用を諌める役割も兼ねておるわけじゃ。誰か一人を助けるつもりで多勢を殺してしまうような、望まぬ結果を招きたくはあるまい?」

「…まあそれはそうだけど。うわっ御者が!首が吹っ飛んだ!マジで殺意満々だろあいつら!」


 レムレースは薄い金色の髪をかきあげてから、淡々と言った。

「あの姫様は、殺されるだけのことはしておるからな。貧しい民の上で胡座をかいて、のうのうと税金で飯を食ってるわけじゃ。にも関わらず冒険者になるなどと息巻いて、本来の職務を全く省みておらん。それだけで万死に値するとは思わんかね」

 姫は自ら剣を取り、野盗たちと打ち合いを始めた。レムレースの言葉によると、あの姫様が置かれている状況は自業自得なのだ。全知の一部を預かるレムレースの言うことに間違いはない。まさゆきが固唾を飲んで見守る中、レムレースはさらに言った。

「…中々粘るな、冒険者を気取るだけはある。とは言え御者の時間稼ぎの上でなお、女の細腕で男たちと競おうなどと。蛮勇、浅はか、愚かを通り越して、もはや悪とは言えまいか」

 姫の剣は弾かれ、ついに追い詰められた。

「悠長に解説してる場合かよ!ああ、ほんとに殺される!レムレースちゃん、何とかしてくれ!」

 まさゆきは取り乱し、レムレースに縋った。レムレースはまさゆきを押し返した。

「そう慌てるな、やかましい。どうせ殺されても生き返らせられるし、なんなら時間を巻き戻すことさえできる。それとワシはお触り厳禁じゃ!イエスロリータノータッチという言葉を知らんのか」


「ああ…あんなに滅多刺しにされて…かわいそうに」

 人質に取られるでも陵辱されるでも無く、その姫は確実に殺された。それが依頼主の意向を忠実に守った結果だとレムレースは言った。

「だいたいな、今この瞬間に世界でどれほどの命が散ろうとしているか考えてみよ。目に付いたという理由だけでいちいち引っ掻き回すのか?お前さんはスキル"全知全能"の所持者として、もうちょい巨視的な視座を持たんかい。全く」

「でも、お姫様だろ。女の子があんな風に殺されるのは…やっぱ嫌だよ、俺」

 まさゆきは弱々しく言った。下心を抜きにしても、人が殺される様を見ると心が痛む。暴力そのものを忌避することは、まさゆきのような一般的日本男子にとって普通の感性であった。

「姫がどうした。恩を売ってフラグを立てて、ハーレムでも作るか?そんな回りくどいことをせずとも、お前さんは好きな女を望む様に作り出すことができるぞ。このワシが良い例じゃ。お前さんのことが好きで好きでたまらん金髪巨乳エルフでも作ってみてはどうだ?赤毛のツンデレツインテールも、幼馴染設定ごと生やすことができるぞ」

「マジかよ…そんなの、超魅力的じゃん」

 まさゆきは、それをやろうかどうか本気で考えた。しかしその発想に違和感を覚えて、まさゆきはレムレースに尋ねた。

「でもさ、それって一回やるともう一生面倒見なきゃいけないわけだろ。…エッチなことがしたいだけなら、そういうお店に行った方がいいよね」

「ふん。作った女に飽きたら、その存在記録ごと消滅させてしまえばいい」

「…本物の人間を使った人形遊びってこと?すごく悪いっていうか…ほんと、邪悪過ぎるだろ、そんなの」

「その通り。しかし通常の恋愛が人形遊びではないと言えるじゃろうか?ほら、Jポップの歌詞にもあるじゃろ。人間の恋愛なんぞ、お互いに幻想と現実の着せ替えをさせているだけじゃ。ましてやご主人の場合、そのチートスキル"全知全能"でコツコツ恋愛フラグを立てることと、強制催眠にかけて無理やり服従させること、ゼロから命を作りあげることも同じではないかね。女が欲しいなら、後者の方がより割り切りが良いと思うがね」


 やがて襲撃者が去ると、今度は森の中から緑色の小男たちが現れ、御者の遺体を漁り始めた。

「あれはゴブリンじゃな。転生者の試し切りにうってつけじゃが、当然あの生き物にも生活がある」

「まさか、あれを倒したら経験値的なものが貰えるのか」

「その通り。モンスター、レベルアップ、スキル習得、魔法、ギルド、冒険者、魔王。ここはそういう世界じゃ」

 レムレースは大雑把な異世界のシステム面を、まるでPDFファイルをダウンロードするかのごとく、まさゆきの脳内へ直に流し込んだ。まさゆきは目眩がしたが、自我が崩壊するほどの情報量ではなかった。

 その資料によるとこの異世界は、まるでゲームを模したかのような一種のテンプレートに倣ったものであった。

「おお…マジで異世界転生したんだな、俺」

 なぜか空中に表示されたステータスウィンドウを見ながらまさゆきは感慨深く言った。攻撃力、素早さ、器用さ諸々。現実世界では見ることのできない数値が可視化されている。まさゆきは健康診断表のガンマGTPや中性脂肪の値を連想した。

「まあ冷や水ぶっかけることを言えば、こんなもんはただの箱庭じゃ。家でファミコンやってる方がいくらかマシじゃろ」

「…ファミコンって古いなあ。でもこの世界にはゲーム機すらないだろ」

 レムレースは、まさゆきのように強力なスキル保持者が、ゲーム的世界をわざわざ追体験することに意味はないと言いたいのだろう。確かにレムレースの言う通り、今時分ゲーム的体験ならバーチャルリアリティでも何でもある。

「そりゃそうじゃ、この世界にはぴゅう太もPC−98もないのう。この世界には、な。ちょっと茶でもしばこうか」


 まさゆきとレムレースはどこか街の食堂と思しき場所に瞬間移動し、ケーキセットとウーロンハイを注文した。ウェイトレスは人型の猫で乳房が異様に大きい。まさゆきにはなぜかこの世界の言語が分かった。

「俺ってさ…やろうと思えば、いきなり魔王をやっつけてエンディングを迎えることができる状態なのか。糞ゲー…じゃなくて文字通りのずる(チート)だ」

「その通りじゃ。本当にゲームであれば、バグったエンディングで一度も会ったこともない連中のその後の生活が表示されるじゃろうな。ワシ個人としては、バグのような不条理系のネタは結構好きじゃがな」

「え、レムレースちゃんって好みとかあるの?」

「当たり前じゃ。ワシは完全無欠の全知全能により作られし、完全無欠ののじゃロリ、レムレースちゃんじゃ。茶葉の好みもあれば排泄もする。身体構造で言えば、あの獣人よりもよっぽど人間に近い」

 レムレースは紅茶を飲みながら言った。獣人のウェイトレスがそれを運ぶ過程は省略されている。

「まあ違いを言うならば、立場が違う。ワシの立ち位置は、他の者たちとは致命的に異なる。極一部分ではあるが、全知全能の管理を預かっておるわけじゃからな…」

 レムレースは視線を落とした。まさゆきには思いの及ばない、遥か彼方を見ている。

「そっか…そうだよね、なんかごめん。軽く考えてたよ」

「お前さんが謝ることではないが…まあ悪い気はせんのう。お前さんは全くぼんくらじゃが、それは良さと言えるかも知れんな。はっはっは」

 まさゆきにも、中小企業の名ばかり係長としての立場と責任がある。会社の利益のために、関わる案件を円滑に取りまとめる者としての立場。部下や派遣社員や外注が問題を起こせば、自分が出て行って頭を下げる。逆に、強気に出なければならない機会もある。十年ほどの社会人生活の中で、彼は自分の立場というものを自覚していた。

 全知全能者の立場とは何だろうか。社長や頭取や総理大臣どころか、全人類をまとめる立場?彼ら全てを幸福にも不幸にもできる立場?まさゆきには良く分からなかった。

「立場って話なら、俺もそうなのかな…全知全能の責任ってものが、俺にもあるのかな」

「お前さんは今の所、責任を背負うにしろ、この世界の人間を玩具にして遊ぶにせよ…まだ選ぶ余地がある。ゆっくり考えるが良い、ワシのサポートというのはそれコミコミじゃ。全知全能の超まさゆきの御業に感謝するのじゃな」


 レムレースはこの世界を箱庭と言い表した。都合の良い、全てが意図されたような世界。他の客は鎧を来た人間、エルフ、リザードマン、ドワーフなどがいた。西の魔法王国の竜がどうのとか、ダンジョンが古代神殿にどうのとか、いかにもな話をしている。使い込まれた武器やダンジョンマップなど、彼らの生活の裏付けを読み取るほど、その説得力が増すどころか─まさゆきにとって、それは良く出来たコントのように馬鹿馬鹿しく思えた。

 ゲーム・コミック・アニメ的な中世ファンタジー世界の中で、冷えたハイボールを飲みながら枝豆を食う。転生してしばらく浮かれていたまさゆきも、気味が悪く感じられた。

「カルーアミルクとかあるのかよ。この世界観でドリンク類の充実っぷりがおかしいだろ。レムレースちゃんがやったの?」

「いいや、素でこれじゃ。どっかの余所者が色々やったんじゃろ」

「箱庭…公園の砂場みたいなもんか。他の転生者か誰かが遊んだ後なんだな」

「気に食わないならリセットできるぞ?やってやろうか」

「…やめてください」

 まさゆきは転生前の癖で胸元からスマホを取り出した。当然ながら電波は届いていないし、バッテリーも切れかけている。

 この箱庭世界では魔力を中心とする文化が栄えており、電化製品の類は無い。しかしその気になれば、まさゆきの"全知全能"スキルによって、電気すら作り出すことができるだろう。発電所もインフラもその整備士も、なんならWifiまでまとめて作り出すことができる。


 しかしスマホを使いたいのなら、もっと手早い方法があることにまさゆきは気が付いた。

 それはまさゆきが元いた世界、日本に戻ることだ。

「もしかして俺、このスキルで生き返ることもできるのか。東京都大田区呑川沿いの、我がボロ部屋に帰ることが…」

「当然じゃ。やってみるか?ただ向こうの世界に帰るとなると、この異世界はいよいよお前さんにとって茶番になるが、それでもいいかの?」

「…茶番って、どうして?この世界の人たちだって、本当に生きて暮らしているわけだろ。ゲームとは違う」

「巨大な象に、カイミジンコとケンミジンコの違いを理解してもらうのは難しいじゃろ。泳ぎ方が違うと言っても、象の目には見えんほど小さい。まあ、ものの例えじゃがな」

「その例えはよく分かんないよ。とりあえず分かるのは、帰る方法がある以上…この異世界は、俺が居るべき場所じゃないってことだ」

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