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異世界転生地獄

杉村まさゆきは異世界転生で得たスキル「全知全能」を封印し、一般庶民としての人生を選んだ。

結婚し、定年まで勤め上げ、子供と孫が生まれ、その生涯を全うした。

しかしスキル「全知全能」取得時のショック死を拒否したまさゆきは、死そのものに拒否される存在となっていた。

死を得るためには、全知そのものへ自身の精神を押し上げなければならない。

精神拡張の旅路の第一歩として、まさゆきは魔王に転生した。

まさゆきは異世界「ウィンドウリッカーズランド」における史上最悪の魔王として、人類を蹂躙する。

 魔族の襲撃により廃墟と化した、とある人間たちの都市。その宮殿跡に、リナータが指示して作らせたドクロの山が積み上がっている。ドクロの数は二万を下らない。偉大なる魔王まさゆきへの捧げものだ。


 死の表現と言うよりもっと直接的な、死そのものの塊であるモニュメントを前にして、まさゆきは言った。

「…レムレースちゃん。こうなることはあらかじめ決まっていたのか?」

「さあのう。ワシが"何もかもが決まっておる"とか、"人間に自由意志は存在しない"などと言えば、お前さんは馬鹿みたいにそれを信じるのか?」

 レムレースはアイスバブルティーを飲みながら言った。タピオカミルクティーに似た、観光地などで好まれている飲み物だ。


「…俺は結局、君の言った通り人を殺してしまった。こんな地獄を作り出した。俺は答えを知りたいだけだ…これが一体何なのか……」

「そうか。ワシが調べたところによると、生命・宇宙・その他諸々の究極の答えなら42じゃ。インターネットにそう書いておったから間違いあるまい」


「ふざけるなよ……こんなのってないよ。ゲームの背景じゃ無いんだぞ。この骸骨。全員殺されて…肉を落とされて、洗って乾かしてここに置いたんだ。全部、生きていた…殺された人間の骨だぞ」

「そうじゃな」


「お前さん、今地球で起こってる戦争がどういうものか知っとるか?爆弾を乗せたドローンをモニターで操作して、逃げ惑う兵にぶち当てるんじゃ。まるでゲームみたいじゃよ」


 まさゆきは地面にへたり込む。

 レムレースはストローでタピオカを吸い取っている。やがて全てのタピオカを吸い尽くすことを諦め、言った。

「…まさゆきよ、ワシはお前さんのそういうところが嫌いではないぞ。

わざわざお前さんが負わずとも良い他人の命の責を、曲がりなりにも見据えようとしておるところじゃ。スキル"全知全能"や、ワシのせいにすることだって出来るじゃろ。

あれのせいこれのせいだと投げ出して、素知らぬ顔で命を奪うような者も多いが…お前さんはそこの所、ちゃんと人殺しの顔をしておる。殺した数はちょいと多いがな」


 レムレースは続けて言った。

「流石は一度このスキル"全知全能"を封印しただけのことはある。何でも出来るにも関わらず、未だにやりたい放題やろうともせんしな。ワシの手前であることを差っ引いても、お前さんのような者はなかなかおるまい。

まさゆきよ。"責任"の一点において、お前さんはまさに真の男じゃ」


「……それ褒めてるの?レムレースちゃん。はははは」

 まさゆきは泣き笑いで言った。

「そうじゃ、褒めてつかわす。はっはっは」

「狂ってるよ。君は本当に狂ってる…これだけの人を殺しておいて、責任感があるねって褒められるんだ。ははは…」





 リナータが指揮する魔王軍と人間達による戦争は、ほとんど一方的な虐殺であった。軍がぶつかる前から人間達は仲違いし、内戦を起こす。そうなるようにリナータが仕組んでいたためである。魔王軍は疲弊した人間たちの首をただ刎ねて行けば良い。

 悲惨な戦争の一方で、親切な部分もあった。魔王まさゆきとは電話で事前にアポを取れば直接戦うことができる。魔王城への直行通路も完備されており、一報を入れればジープによる送迎付きであった。当然ながら、その道中で魔物の邪魔は入らない。部下にも人間にも余計な血を流さず済むようにという、まさゆきの悪あがきの産物である。

 そして人間達のわずかな希望が、転生の勇者に託された。どんな生物でも殺せるという魔法の剣の使い手である。彼が魔王を倒しさえすれば、この泥沼の戦争は終わる。


 魔王城玉座の間に訪れた勇者に、まさゆきは言った。

「やあ勇者くん。どうか俺を殺してくれ。俺ははやく死にたいんだ」

「厭世感があって悪くない言い回しじゃな。生きるのに飽いた、そういうタイプの魔王もおるよな」

 レムレースはデニッシュにたっぷりのソフトクリームとチェリーが乗ったデザートを食べながら言った。彼女が座る椅子とテーブルは空中に固定され、勇者と魔王の戦いの妨げにならないよう完璧に配慮されている。


 勇者は憤る。

「ふざけるなよ…ふざけるな。死にたいなら勝手に死ね!お前のためにどれだけの人間が犠牲になったと思っている」

「いや、ホントそうだよね。ごめん…」

「謝ったって許さねえぞ!地獄に落ちやがれえ!!!」


 勇者の剣がまさゆきの身体を切り裂いた。豆腐のごとくスイスイと光の刃が入る。しかしまさゆきはいくら細切れにされても、早送りにしたキノコの成長映像のようにニョキッと元通りになる。

「俺にとっては、この異世界生活がすでに地獄そのものだよ」


 細切れと再生のループが一時間ほど繰り返されると、勇者の息が上がり、顔色がどす黒く変わってきた。報告にあった魔法の剣もこの程度かと、落胆と共にまさゆきは言った。

「オーケーオーケー、もう分かった!…具合悪そうだし、帰って良いよ。ジープで送らせるから。勇者くんじゃ俺を殺せない」

「くっ…残念だがそうはいかない。俺のスキル"ライフブレード"は、生命力を引き換えに究極の攻撃力を得るのだ…貴様に勝とうが負けようが、俺の命はここで尽きる」


「…どうしてそんなことするの?もっと命を大事にしろよ!」

「貴様にだけは言われたくないっ!!!」





 しばらく後、二人目の勇者が魔王城へ向かう。相手のスキルや魔法を封印するスキルを持っているという。

 玉座の間に訪れた勇者を待っていたのは、狂乱し、右往左往しながら叫ぶ魔王であった。

「うわああ!頭がどうにかなっちゃうよお!誰か助けてくれえ!レムレースちゃーん!どこー!?」


「よーしよーし、良い兆候じゃ。その狂気を超えた先に新しい視野が開けるじゃろうなー」

 その声の主の姿は無い。


「気狂いめ…」

 勇者が日本語で呟くと、魔王はその血走った眼を初めて勇者へ向けた。

「あれえ?勇者くん、日本人なの?」

「お前こそ。魔王が転生者という話は本当だったのか。なぜこんなことをしているんだ?日本人のくせに、こんなことを…?」


「ええ?俺はやらされてるだけだよ。神様を殺すための神様になるために必要なことだって神様が言うことをやらされてるんだ。君こそなんでこんなことしてるの?」


 魔王は早口でまくし立てる。

「なんでなんで?ねえ何でこんなことしてるの!異世界転生?勇者ごっこ?誰に言われてやってんの!?

いいか、お前にそれをやらせたやつは正真正銘のクソ野郎だ!それを馬鹿丸出しで従ってるのがお前だぞ!!!」

「違う!俺は俺の意志でやっているんだ!」


「茶番だそんなもん!お芝居だよ!楽しいのは最初だけで、後は無限に続く地獄なんだ!

考えてみろ。"お前の異世界転生がたった一度だけ"って保証がどこにある?

お前が死んだら、どっかのクソ神がまた新しいクソスキルを寄越して最初からやり直すんだ。何度も何度も、お前が本当に死にたいと願っても、それが終わらなかったらどうだ、ええ?

再び別の存在として生き返ることが祝福か?馬鹿が、それは呪いだ!

前世の記憶を持ったまま、全く別の存在として生まれ変わることがどれほど恐ろしいことか!

俺を見ろ!

たった二度の転生でこのザマだ!三四五六七八九十百千万億兆!

閻魔さまや蜘蛛の糸が無いだけで、その上っ面を剥いだ本当の姿は無限の地獄だ!」


 まさゆきは叫んだ。使命に燃える転生の勇者に伝わるなどとは思っていない。それは異世界に向けた叫びであった。


「…お前を倒せばその地獄も終わる!死ね、魔王!」

「バアーーカ!!バアーーーカ!!!」





 魔王まさゆきは殺しても殺す事ができない。そこで人々は、魔法使いを多数含む百人の決死隊によって魔王を封ずる策に賭けた。囮が魔王を抑え込む隙に、転生者を含む魔法使い達の秘術で封印するのだ。囮役の先頭を務めるのは、女神より不死のスキルを賜った勇者。

 彼らの出発に伴い、人間の王都で式典が行われていた。


 その上空に魔王まさゆきが現れる。王都の全ての人間がその声を聞いた。

「…フハハハハハ…愚かな人間どもよ。遊びの時間は終わりだ。

…苦しみこそ我が喜び。さあ、滅びを受け入れるが良い」


 突如現れた魔王に混乱する人々を見下ろしつつ、魔王がカアーーーペッと痰を吐く。

 痰が地に落ちるや否や、王都全体が炎に包まれる。

 魔法で凌いだ百名の決死隊の他は、全て炭クズになった。



「だいぶ魔王が板に付いて来たのう。ちょっと入れ込み過ぎているようじゃが…ふむふむなるほど、交代人格を作り上げたか。異世界特有の都合の良さを生かした作戦というわけじゃな」

 レムレースの声は魔王には聞こえていない。しかしまさゆきにははっきりと聞こえていた。耳を塞いでも、仮に聴覚を失っていたとしても聞こえる声で、レムレースは喋っていた。

「……しかし残念じゃ。

とうとう逃げよったな、まさゆき。

お前さんは元中間管理職、ワシはスキル"全知全能"の部分を預かる者。同じ"責任"という言葉でも遥かな次元の開きはあるが、その振る舞いかたはいくらか似ておった。その点、ワシはお前さんを買っておったのじゃがのう」



 炎に囲まれ身構える決死隊の前に降り立ち、魔王は言った。

「魔法で命を思い通りにするのは楽しかろう。チートスキルで他人を蹂躙するのは気持ちが良かろう?こんな風にな!」

 魔王が右手を上げると、ぽつぽつと雨が降り始めた。

 決死隊から悲鳴が上がる。

 酸の雨粒が鎧を溶かし、皮膚に達し、激痛を引き起こす。


 やがて炎が消え、酸の湖が出来ると、そこに立っているのは不死身の勇者と魔王だけであった。勇者は激痛にもがきながら言う。

「…貴様は、貴様は…一体何者だ」

「俺もかつては人間だった。お前と同じ転生者だ…しかし引いたスキルが外れだったのだ。フハハハハ」

 魔王はそう言ってスキル"全知全能"によって、勇者から不死身を奪い取った。


 ただひとり、魔王による王都蹂躙の一部始終を見ていたレムレースは言った。

「ちと寂しいが…全知を使わずとも、いずれこうなることは分かり切っておった。

罪の意識があればこそ、人ひとりが到底背負い切れるものではあるまい。

…それでもお前さんには、この世の罪という罪をしゃぶり尽くしてもらわねばならん。お前さんが都合良く作った、この魔王の人格にやらせれば大層捗るじゃろうな。

まさゆきよ。これから自分が何をするのか、魔王のツラの裏からよーく見ているが良い。ここからが地獄本番じゃ」




 人間と魔族の戦争が繰り広げられた大陸とは別の島、とある森。

 若い冒険者のカップルが、モンスターの集落跡で語らっている。二人は転生者であった。

「西の大陸全土が魔王に滅ぼされたらしいぞ」

「マジ?いつかそんなのと戦わなきゃなんないのかな。私たち、女神様にそう言われたもんね」

「そうかそうか。じゃあその女神様をぶっ殺してやらんとなあ。初めまして、魔王です」

 二人に並んで、いつの間にかピンクのデーモンが腰掛けている。

「まさか……魔王?」

「嘘だろ。雑魚と戦ってたらいきなり出てくるとか、クソゲーすぎるだろ…?」

 最悪の魔王は笑いながら言った。

「ざんねええん。これはゲームじゃありませーん。ただただお前達の人生がクソなだけだ!!」






 ウユニ塩湖のような鏡面空間で、学ラン姿の青年が横たわっている。その傍らにはレースのドレスを纏った女。

「勇者よ。聞こえますか?私はある異世界を守護する女神です。そしてここは、私が管理する転生の間」

 青年は目を覚まして答えた。

「……ああ、聞こえる。俺はトラックに引かれて死んだはずだが…これはまさか、異世界転生ってやつか?」


「そうです。最近の若者は話が早くて助かります。要約して話すと、あなたがこれから転生する異世界ウィンドウリッカーズランドは、未曾有の危機に晒されています。わたしの持てる全ての力でチートガン積みして差し上げますので、何とかしてください」

 そう語る女神に、若者は尋ねた。

「…その前に質問していいか?あそこにいるピンクのおっさんは何なんだ?」

「ピンクのおっさん?」


 魔王まさゆきである。


「へえー、なるほどなるほど。このクソ女が転生者を送り込んでいたわけか」

 ウィンドウリッカーズランドの女神はたじろいだ。

「どうやってここに?ここは私の閉鎖空間。お前のような低次元の存在が干渉できる場所では…」


 魔王まさゆきは歩み寄り、新たな勇者として転生するはずだった者の頭を踏み砕く。それから女神の頭を掴んで言った。


「安全な場所から命をいじくり回す遊びは楽しかったか?楽しいよなあ!分かる分かる、よーく分かるぞ。そんな俺と同類の、お前のための特別出張サービスだ!

力を奪って肉の身体に貶めて、この異世界で生き物が味わった苦しみをぜーーーーんぶ再現してやるよ。なにせ時間も空間も好き放題だからな、全く便利なもんだ。

お前の他にも神がいるなら、そいつも同じ目に合わせてやる。

いいか?これはお前達が先に始めたことだぞ。これがお前達がやっていたことだ!

終わらない命の冒涜!アミューズメントパーク、異世界転生地獄だ!!!」

読んでいただきありがとうございます。

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