外れスキル「全知全能」
彼の名前は杉村まさゆき。一族経営の中小企業に務める会社員だった。享年三十二歳。トラックに引かれて死んだ。
不慮の事故で死んだものは神よりチートスキルを貰って、異世界へ転生する。ゲームのような作り物の世界で、ずるを駆使して好き放題できる権限が与えられるというわけだ。
まさゆきはスキル"全知全能"をもらって異世界転生することになった。
全知全能。
「…全知全能?」
まさゆきは目の前の神らしき存在に聞き返した。
「すまんな。いわゆる"外れスキル"だ。ルール上振り直しは出来んから、それで頑張ってくれ」
外れスキル。"メガネを綺麗に拭ける能力"とか、"二本足で歩ける能力"と言ったものだろう。
「外れスキル?"全知全能"が外れって、一体どういうことです?全知全能って言うと全知全能でしょう。それこそ神様みたいなもんじゃないんですか」
まさゆきには全く納得がいかなかった。
「まあ、おいおいわかるだろう。ほら、もうすぐ来るぞ。お前のチートが」
その人知をはるかに越えたスキルは、まばゆい光のように認識された。
"全知"とはまさに、この世とこの世ならざるものを含む、全ての知だ。十年後の左派系新聞の読者投稿欄に掲載される記事と、そのネタを考える老人の一生、およびその祖先全員。現れては消える人類の歴史とその一人一人の頭の中。宇宙開闢から終わりまでに現れる人々、動物、植物、無機物。そこで散らばる分子ひとつひとつの動きまで。
その"全知"のあまりにも膨大な情報量のため、まさゆきの自我は一瞬にして崩壊する。宇宙に溶け込み、時間や空間や物理法則そのものとなる。
まさゆきは二度目の死を迎えた。スキル"全知全能"を得て、死を、時空を、因果を超越した。
一個の人格としての破滅を体験したまさゆきは自身の死を俯瞰するとともに、自我の残滓のひとかけらで「死にたくない」と思った。その願いを汲み取った"全能"は時間を巻き戻し、まさゆきとスキル"全知全能"を切り離し、その使用に対するセーフティロックをかけた。無限の情報を永遠に処理する白痴に陥る前段階で、"全知"へのアクセスを限定したのだ。全知全能の御業である。
"全能"と"全知"は共にある。
不完全な全能が駆使されるなら、この宇宙はいくつあっても足りない。ちょっと水を飲もうと試みただけで人類の全てが沈む洪水が巻き起こり、こぼした水を拭こうと布巾取り出す感覚で恒星が膨張し、星々が飲まれる。振るい手の力加減で宇宙そのものが消滅してしまいかねない。
それを回避するためのサポート役として、金髪碧眼の幼女が用意された。そのゴシックロリータ風の装いも、全知全能により最適と判断されたものである。
「機械仕掛けの神では、ちと色気というもんがないの。機械の中の悪霊とでも名乗ろうか。レムレースちゃんでよいぞ」
「…は、は、はい。よろしくお願いします、レムレースちゃん」
まさゆきは御業のショックに絶え絶えしながら言った。
「うむ。苦しゅうない。…で、お前さんの身に何が起きたか分かるか?」
「こ、この世の全てが…分からない。俺は全知全能になったの?なんか、あんまり賢くなった気がしないよ」
「お前さんはその片鱗に触れただけで消し飛ぶ。よって、スキルへのアクセスが制限された。全知全能と同一化した超まさゆきの御業によってな」
「ワシは"全知"の一部分とともに、お前さんのスキルへのアクセス承認を預かっておる。ワシの制御があれば、スキル"全知全能"はそうそう暴発せん。ざっくり言えばアバター付きのサポートAIみたいなもんじゃ。スキルの主導権は、あくまでお前さんのもの。力の使い方でも何でも、わからないことは聞くがよい」
レムレースちゃんは誇らしげに言った。まさゆきは尋ねる。
「じゃあ聞くけど、なぜ女の子なの?こんなフリフリの服着て…かわいいけど」
「そりゃお前さんが好きじゃからじゃろ。いわゆるのじゃロリじゃ」
「…そうだ、大好きだよ。俺の仕業だとするなら、全く気が利いてるな」
「なんせお前さんは…ややこしいな。全知全能の超まさゆきと、目の前のぼんくらまさゆきに分かれてるわけだ。とにかく超まさゆきの方は完全無欠の全知全能じゃからな。気なんぞ無限に利かせられるわい。末長くよろしく頼むぞ、我が主人よ」
一度は死ぬかと思った(実際二度死んだ)が、のじゃロリのサポート付きで異世界生活できるだなんて悪くない。
まさゆきはこの時点ではそう思っていた。
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