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ひと月早い入国の理由

 応接室を出ると、エストレミオンがまるで幼子と手を繋ぐように自然とクレアと手を繋ぎ、そのままダイニング室まで手をひいた。

 部屋に入ると食事の準備は済まされていたが、執事やメイドはいなかった。エストレミオンが気を使って、どうやら下げてくれたようだ。

 マーバラは湯の準備などをするためと言って部屋を下がり、家令であるサーメット以外が席に着くとサーメットが別室に下がっていく。数分ほどで食事を載せたカートを押して戻ってきた。

 主人であるエストレミオンから、モルバルト、セネルダ、クレアの順に配膳を終えると、それぞれのグラスの奥に三種類ずつ飲み物を置き、最後に別室の扉の前で頭を下げるとその部屋へ下がっていった。


 「クレア、こちらのマナーも同じだから気にしなくていい」


 その言葉だけでクレアはお客様ではなく、家族として扱うと言われたも同然で嬉しくなった。

 通常主人が最初に配られ、それからお客様、最後に家族の順となる。

 主人が最初に配られるのは、味の確認、温度、毒見を兼ねているからであり、最後に家族が配られるのは皿が選べないからである。

 高位な順で客に配るのは、自分で皿が選べるようにするためと言われているが、今の時代で選ぶことはほぼない。選ぶという行為は相手を信頼していないとも取れるからである。

 正式な食事会であれば食事を配膳する者が一人に一人付けるようになっているし、飲み物も並べて用意せず担当が決まっているものだ。

 お客様がいるのに簡易な食事会というのは親しい間柄であることを示す。

 モルバルトやセネルダがセカンドネームを持っていることも考えると、彼らも爵位持ちなのだろう。

 エストレミオンがクレアの父であるテオズミウルを知っていてクレアが末席扱いということはつまり、クレアを家族として扱うと示したようなものだ。


 それぞれがいつも同じ飲み物のようで、モルバルトもセネルダも勝手知ったる振る舞いである。

 クレアは自分が用意された飲み物が何かを確認するようにそれぞれを一口ずつグラスに注いだが、実家で用意されるのと同じ配膳で驚いた。


 「エスティ兄様、ありがとう!」

 「テオたちから聞いてたからね」


 誇らしげな顔と破顔を混ぜたような表情を見せてくれるが、やはりどこか幼い顔のためおませな男の子みたいである。実際はおそらく年齢が高いはずなのに。


 食事はどれも美味でクレアはどっちの国も変わらないことに安心した。たとえテオズミウルの知人である人物の家であるとはいえ、初めての外国での食事に不安がなかったわけではない。

 しかしエストレミオンである。クレアの好物は事前に情報収集済みであったが、それをクレアは気がつかない。もちろんエストレミオンは気がつかせない。



 「そういえばクレア、もっくんから聞いたんだけど、本当に一人でここまできたのかい?テオたちが護衛を付けないとは思わないんだけどなぁ」


 クレアはドキッとしたが表情に出さないように努める。


 「え、父様はそんな心配性なイメージなんですか?確かに国境までは、お兄様たちが見送ってくれたんですけど、護衛は王都で合流する予定のはずです」

 「……そっか、じゃあ王都に行くまではゆっくり観光してお行き。ここは商業都市だから、色んなものが集まる。……行きたいところがあれば事前に言うんだよ」

 「ありがとう!」


 クレアはエストレミオンたちに嘘をついた。

 この嘘がのちに、クレアの後悔となる。

 クレアが後悔するのは、ルリオロン子爵邸に滞在してから一週間後であった。


 「エスティ兄様」

 「ん?」

 「私、記憶がないんですけど、エスティ兄様やサーメットとお会いしたことがあるんですか?」

 「もちろん、僕はクレアの小さい頃を何度も見てるよ。君はいつだって僕にとって可愛いお姫さんだよ。な、サーメット」

 「はい、エストレミオン様。……いつも愛らしゅうございます」

 「そっか……名前、忘れててごめんなさい」

 「いいえ、いいえ。クレア姫様が忘れてても仕方のないことです。お気になさらなくて構わないのですよ」


 二人の表情がとても慈愛に満ちていることに気が付くのは、クレアという少女と今日はじめて会ったモルバルトとセネルダだけである。いつだって愛など知らないのではないだろうかというくらい容赦のない主であり上司である年齢不詳少年が、ここまで誰かに愛情を注いでいるのを、部下である二人は初めて見たのだ。


 「え、エスティ兄様って三人の子持ちパパなの?……お食事、良かったの?」

 「今日は急だったからねぇ。クレアと食べられて良かったよ。明日は恐らく妻と倅たちも共に取ることになると思う。構わない?」

 「ええ、喜んで!少し緊張してますけど」


 エストレミオンは今までにない柔らかい表情をしていた。

 恐らく、奥方も、三人の子どもたちも、こんな表情は引き出せない。

 サーメットは久方ぶりに見れた自分の主人の表情に心の底から嬉しかった。サーメットもエストレミオン同様柔らかい表情をしていることにモルバルトとセネルダ、そしてエストレミオンは気がついていた。


 明日の家族の食事会がどうなるのだろうと怖々しているのは、モルバルトとセネルダだ。

 自分たちは明日の家族の食事会に参加しなくていいことを願うばかりである。


 案件を抱えているエストレミオンとの仕事のあとはたいてい三人で食事を取る。今から二週間前ほどから三人で食事を取る回数は格段に増えていた。

 それだけ外部に出せない仕事での情報共有があるということなのだが、今日の食事会はクレアにモルバルトとセネルダと顔を合わせておくために呼び出されたのだろう。

 仕事の話はなく、終始エストレミオンは今までのクレアの話を聞きたがる。


 「クレア様はなぜ学院に入る前にこちらへ?」


 疑問を口にしたのは、セネルダである。

 エストレミオンがクレアにあれこれ聞く中に、なぜか学院のことは触れない。

 しかし、モルバルトからの報告の際に同席していたセネルダにとっては、大抵の入学する生徒は移動日程などを考慮してギリギリまで故郷を堪能するか、学院での寮生活に馴染むために早く嘔吐入りするのだから疑問を持つのは当然だった。

 ましてや、このエストレミオンの下にきたのである。王都への移動はもっと楽にできる。早くくる必要はあったのだろうか。


 「プロパエーゼ国を知りたかったからです。国のこと、国に住まう民のこと、魔物のこと色んなこの国のことについて知りたかったのです」

 「では王都に行けばよかったのでは?王都の図書館であれば、この国のほとんどがわかるでしょう」

 「そうでしょうね。でもそれは、学院に入ってからでもわかることです。私が知りたいのは今住まうものたちの表情や声です。それは王都だけでは、本だけでは知り得ません」

 「……そうでしょうな。ですがなぜこの街をお選びになさったのですか?」


 クレアが拗ねた顔をしたのをエストレミオンは見逃さなかった。

 ゆえに、セネルダはエストレミオンに睨まれることとなるが、セネルダは疑問を残しておきたくない質だったためクレアが聞き取れない程度の声で謝罪する。


 「本当は私も冒険者登録をして、ダルトレーリを抜けて王都に向かいたかったのです。しかし、家族に止められました。世間知らずだからということもあったのでしょう。ならばと父様や兄弟たちと話し合い、父様の知人で信頼における相手がいる街でまず学びなさいと言われたのです。でなければ、王都入りするまで家族全員で護衛するとまで言われました。選択の余地ないじゃないですか」


 セネルダは、クレアのわがままなのではなくその周りのわがままなのだと悟り、さっきのエストレミオンとサーメットの反応から見て、もしかしたら家族全員同じなのではないかと想像してしまう。そしてそれはあながち間違っていないのだ。


 「それでひと月もここに?」

 「いいえ!私はまだ諦めてないのです!エスティ兄様の許可をもぎ取り、私は自分の足で王都に向かいます!だからひと月早く国を出ました!」


 初耳だったエストレミオンは思わず、「え、ひと月一緒に過ごせるんじゃないの!?」と衝撃を受け、ショックだと頭を抱えた。


 エストレミオンはどう聞いていたのかをセネルダが問うたところ、テオズミウルからクレアをひと月ほどルリオロンで世間を学ばせてから、転移魔法で王都まで見送って欲しいということだった。

 どうやらクレアVS家族の勝負の折り合いどころは決まっていないようだ。



エスティ兄様子持ちパパです。

しかも三人……。並ぶとあら大変、四人きょうだいです。


クレアちゃんのルリオロンに入った理由がわかりましたね。

絶賛反抗期中です。

ちなみにすでにアンガロリアで冒険者登録しようとしたら断られてます。

なので外国に出てきてますよ。

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