宿“サーガン・モーツ”
本日は3話まで。
明日以降は少しずつ更新できるように頑張ります。
「すみません、“破寒”のお二人はいらっしゃいますか?」
目立つといけないからと左大門扉から右大門扉へと移動し、詰所までの道の途中で街に入れてもらったクレアはそこから北広場に向かって真っ直ぐ歩き、北広場から見える中央城ルリオロン兵団本部に向かって真っ直ぐ歩く。
その広場の終わりあたりにあるのが“サーガン・モーツ”の宿。馬屋も完備されている少し大きめの宿であった。
入るとすぐに受付に恰幅のいい女性が立っており、中ではパタパタあっちこっち走り回りながら箱の中にあるカードを入れ替えている少女がいた。
クレアが中に入ると大きな声で「いっらしゃませ!」と元気よく声をかけてくれたのは、その少女である。
クレアが冒険者の二人について尋ねると恰幅のいい女性は「ああ、あの子たちなら今は部屋じゃないかな?向こうの食堂に呼んであげるからあっちでお待ち。ネーリ、グラウトたちを呼んできな」「はーい!」とやり取り後、上階に駆け上がっていく少女を見送り、クレアを食堂に案内してくれた。
「もうすぐ夕食時間だから騒がしくなると思うけど、気にせず利用していきな」
クレアは入口すぐの席に座って二人を待った。
クレアが席に着いてからそんなに待たず食堂に顔を出したのは、クレアに丁寧に説明をしてくれた冒険者だった。
クレアの前にくると「思ったより早かったのだな」とクレアの向かいに座る。
「あ、ごめんなさい。断りを入れるのにきたんです。どうやら父の知り合いの方が泊めて下さるそうで、今晩はそちらで一緒に頂くことになりまして……」
「わざわざそれのためにきてくれたのか、気にしなくてよかったのだがな。わかった。あいつもすぐ降りてくると思うが……」
「あ、まだ時間大丈夫です!この食堂に来られた人でどう見ても子どもにしか見えない人が入ってきたら時間だって言われたので」
「なんだ、その曖昧な時間制限は……」
クレアもなんじゃそりゃとも思ったのだが、モルバルトが真顔で「服装は大人なのにどうみても子どもにしか見えない者がきたらそれが迎えなのでその方と屋敷に向かってくれ」と言ったのだ。すぐわかるのだろう。
「そういえば自己紹介をしていなかったな。私はルーファウ。冒険者ギルドに所属のパーティ破寒のメンバーだ。といっても二人だけのパーティなんだがな」
「ふふ、私も名乗っていませんでしたね。クレアです。ご存知のとおり、アンガロリア出身です。大変お世話になりました、ルーファウさん」
「クレアさん…?」
「クレアでいいですよ、ルーファウさん」
「わかった、私のことは呼び捨ててもらっても構わない」
自己紹介をしたあとに滞在期間はどのくらいなのか、これからどうするのかと聞かれたクレアは今日の食事会がダメになったこともあり、後日食事会をすることにした。
クレアがお礼をしたいと言うと、ルーファウは「じゃああいつと一緒に今度飯に付き合ってくれ」と言われればクレアに断る理由などない。
「お嬢ちゃん!!!はえな!!!!」
二人が和やかに会話をしていると突撃!と言わんばかりに食堂に入ってきたのは破寒のもう一人のメンバーの彼である。
ルーファウが間に入り一通り説明すると「俺、嬢ちゃんの名前聞いてねえや!俺、グラウト!」と手を出して握手を求めてきたのでクレアもルーファウのときと同様に名乗り、握手に答えた。
「じゃあクレアちゃんは明日も予定わかんねェよな?飯は、三日後の夜にしようぜ」
「わかりました、滞在先の方にもそのように伝えておきます。あ、グラウトさん。クレアでいいですよ」
「クレアちゃんが言いやすいからクレアちゃんでいい。嫌ならクレアと呼ぶが」
「いえ、クレアちゃんでいいですよ、グラウトさん」
三日後の夜にご飯を共にすることが決まったが、クレアとしては街も案内して欲しいと思ったためお願いできないか尋ねると二つ返事で了承してくれたので、合流は昼過ぎからとなった。
「すべて回るなら午前からがいいがな」
「この近辺だけで十分ですよ」
約束を交わした三人は、どこに行きたいか、どの辺りをクレアに案内するかとワイワイ盛り上がっていると、徐々に食堂にはちらほらと人が入ってくるようになった。
クレアはさり気なく入ってくる人を見ては厳つかったり、すっごい美人だったりと言われている人物でないことを確認している。
この宿についてモルバルトからはじめ紹介される予定だったことを伝えると、そりゃそうだとグラウトたちは笑った。
この宿は、この街の管理者の大商会が管理する宿の一つ。主に冒険者ランクが高い者や商会の従業員などが使用することが多いため、紹介制となっている安全な宿である。冒険者ランクが高くても、評判の悪い冒険者は冒険者ギルドでそもそも断られるシステムである。
かといって冒険者や商会の従業員向けに作られているため、内部はシンプルで高位の人物が宿として利用することはほぼない。まれにお忍びで使用することがあるくらいだ。
破寒の二人がここに泊まれる理由はグラウトがこの宿に婿入りした旦那の弟で身元が明らかだからであった。
グラウト曰く、兄も含めた四人でパーティを組んでいたが、兄はここの女将に惚れて婿入りすることを決め、もう一人はそれを機に自分も元あるべき場所へ戻っていったという。そのため破寒は二人だけのパーティとなったのだ。
そんなわけでこの宿はかなり質のいい宿の一つで安全性も高いため、女性利用率は高く、ましてやこの街の兵団所属のモルバルトであれば候補としてここが上がるのは当たり前なのだ。
「あ、本当に大人なのにどうみても子どもにしか見えない人が迎えにきてくれたようです……」
グラウトたちが振り返ると確かにピッシリとした服を着ているし、身長も平均的なのに顔がかなり幼い。十代前半と言われても遜色ないほど顔が幼い。まるで服に着られているようである。それでも身長はクレアよりもしっかりあるので、顔とスタイルがちぐはぐだ。
中を一瞥するどころか、しっかりクレアを見ているその人と目が合うと、トコトコという表現が似合う歩きでクレアの下まで辿り着く。
「クレアか?」
声も中性的で男なのか女なのか判別がつかない。しかもやっぱり声は幼い。
思わず見入ってしまったクレアは返事もせずただぼーっと目の前に立つその人を座ったまま見つめていた。
「クレアだろ?」
クレアだと確信して声をかけているらしく、クレアの唇に触れそうなくらい顔を近づけて話してきた。
近すぎる顔に我に返ったクレアは「はい」と小さく返事をしていた。
すると目の前の子どものような大人は顔の距離はそのままで手を広げると、クレアは惹かれるように抱きついていた。
「会いたかったよ、クレア」
そう耳元で呟いたその声音がすごく懐かしくなり、クレアの胸はキューっとなる。ずっとずっと離れていた人と会えたような気持ちが溢れ出す。自分がとても愛されているのがわかるほど、優しさと温かさとほんの少しの切なさを混ぜた声と、クレアを抱きしめるその優しい腕はクレアの心にすっと染み込んだ。
「エスティ兄様……」
クレアから自然と出たその呼び名は、エストレミオンにとってずっとずっと待ち望んでいた呼ばれ方で、目の前の人物はずっとずっと待ち望んでいた人物だった。




