入都方法
「次の者」
門兵に呼ばれて目つきの悪い冒険者が胸元からギルドカードを出すと、受け取った門兵は長方形の道具の間の凹みにカードを通し、冒険者の彼がゲートのようなものを通り抜けたことを確認し、カードを返却した。
「今のが入都許可持ちのギルドカードを持つ冒険者や商人の許可書確認方法だ。お嬢さんは入都許可証は、紹介状だったな?それを門兵に渡せばいい」
コクン、と頷いて門兵の「次の者」という声で門兵に父に言われたとおりの言葉を伝えた。
「あの、モルバルト・リューイン様はどなた様でしょうか」
クレアの言葉に「え?」と固まったのは門兵だけではなかった。
冒険者の二人は「知り合い!?」と固まり、門兵は「え?この少女何?隊長名指し?え?」といわんばかりの表情で固まっている。
「あの、この封筒、紹介状だとは思うんですが…。父から、父テオズミウルからモルバルト・リューイン様に渡すよう言われてまして……。門兵の誰でもいいからモルバルト・リューイン様に直接渡すよう言われているのですが……モルバルト・リューイン様はいらっしゃいますか…?」
固まっている門兵の目の前で手をひらひらとするものの反応がないため、クルッと後ろを向いて後ろにいた別の門兵に同様に問いかけた。
すると意識を取り戻したのか、最初に尋ねた門兵が大声で「たいちょー!!たいちょー!!!」と叫んだ。
え、隊長さんだったの? とクレアは驚いていると、後ろからものすごいスピードで「うるせえ」と門兵さんの頭を殴る男性が現れた。
彼はどうやら、門兵さんの後ろの扉から出てきたようだ。
「で、要件なんだ。ペーペー」
その名前やめてくださいよ!と言いながら、目の前の少女から隊長の名前が出たこと、お父上の名前がテオズミウルであること、紹介状を直接隊長に渡せと言われたことなどをクレアの代わりに説明してくれた。
部下からの報告を聞いていたモルバルトは、クレアの父の名前を聞いた一瞬だけ眉間にシワを寄せた気がしたが、そのあとは何事もなく現れたときと同じ真面目な顔をしていた。
「なるほど、お嬢さん。申し訳ないがこちらに来てもらってよいか?」
モルバルトが親指でクイッと指したのはどうやら大門扉左の方で、そちらは大商会や貴族の門だ。クレアが頭を振れば、モルバルトは「いや、この詰所の中だ」と付け加えれば、クレアはついていくことを承諾した。
「あの、モルバルト・リューイン隊長。親切にしてくださった冒険者の方に挨拶したいので、すみませんが少しお時間ください」
お伺いを立てたクレアの視線の先は入都の際にお世話になった冒険者二人に向いており、モルバルトは「構わん」と手を振って自分は部下たちに指示を出しに向かった。
「あの、短いお時間でしたけど、お世話になりました…!お礼に伺いたいので、滞在先を教えていただいてもいいですか!?」
ガバッと勢いよく冒険者の二人に近寄ってお礼を言うと、二人は笑いながら「困ったときはお互い様だ」とクレアの頭をふわっと撫でた。
「お嬢ちゃんの紹介状はモルバルトのおやっさん宛だったんだなァ。大物じゃねぇか……」
「私たちは“サーガン・モーツ”という宿に滞在している。受付で破寒の名前を出せば私たちのどちらかに取り次いでもらえるはずだ」
「わかりました、“破寒”ですね」
「夕飯でも一緒に食おうぜ。モーツは飯だけでも問題ねえかんな」
「はい!」
何度か宿の名前と破寒をぶつぶつと繰り返し呟き、よし覚えた!というところで二人に頭を下げて重ねてお礼を伝える。
「いいから行けって」
クレアの背中を押して手を振れば、クレアも手を振って辺りを見回し、モルバルトを見つけて駆け寄っていった。
モルバルトのところへ行くのを見届けた二人は「行くか」とその場を後にした。
「お待たせしました!」
モルバルトに声をかけると「もういいのか?」と聞かれ、十分だと伝えるとすぐに詰所の中に通された。
クレアがモルバルトの後ろをついて行くと、モルバルトは詰所ではなくやはり貴族寄りの待合室だと思われるところに案内した。
クレア的には別に詰所の方でも入ってすぐの兵の休憩室でも良かったのだが、モルバルト曰く、客用の部屋は右大門扉の方には用意されておらず、兵の休憩室では自分の存在で他の兵たちが休憩できない上に、妙齢の女性を招く場所でもない。貴族だけじゃなく大商会も利用する左大門扉の中に複数の待合室が用意されており、その中で一番質素な待合室に案内してくれたようだ。
二人が部屋の中の真ん中に設置されたソファに向かい合って座ると、モルバルトが早速要件を切り出した。
「で、お嬢さんはあいつから誰宛の封筒を預かってんだ?」
「こちらです」
懐から取り出した封筒を机の上に取り出してモルバルトの方へ寄せると、モルバルトはそのまま受け取り裏表確認すると中を検めると、中には二枚の手紙が入っていた。
一通り目を通したのか「ふぅむ」と呟くと、開いた紙を畳んで封筒に収めた。
「お嬢さんはあいつの娘なのか……一人でここまで?」
「いえ、国境までは兄たちが送ってくださいました」
「……そうか。中には来月から王都の学院に入学するって書いてあるが、もうこの国にきたのか。早くないか?」
「家族には反対されたんですけど、うちの国って他の国に比べて色々と常識が常識じゃない気がしたんで……早めに慣れておこうかなと。王都の学院には一般生が多いと伺っていますし、この国を知ってから学院に入りたくて……。そう伝えたら、父からこの街に最初に行くようにと申し付けられたので」
困ったような、でも家族に心配されるのが嬉しいような、ちょっと恥ずかしげにはにかむ姿は、まだまだ少女らしい。
「あいつはそんな親バカだったのか……」
自分の父が親バカであることはクレアが一番知っていたが、他人に改めて言われると外での父がどんな人なのか娘としては気になるところである。
「とりあえずエストレミオン様にはすでに連絡済みだがまだ折り返しがない。申し訳ないが待ってもらっていいか?」
「もちろんです。……あの私の今日のお宿ってご紹介いただけますか?」
「ああ」と少し離れたところにある書斎机に向かうと、立ったまま机上に置いてあったメモ帳にサラサラと書き込み、ビリっとメモ台から紙をちぎって持ってくるとクレアに手渡した。
クレアが紙を受け取ると、どこからか鳥が飛んできた。その鳥はモルバルトの肩に乗るとモルバルトは「緊急連絡だ、すまない」とクレアから少し距離をとり、反対の手で鳥を掴んだ。掴まれた鳥はそのまま紙となり、モルバルトが中に目を通すと“インセット”と呟いて燃やした。
クレアの向かいに座ると、クレアに渡した紙を回収した。
「どうやらエストレミオン様は自宅にお嬢さんの部屋を準備しているらしい。夕食も一緒に食べようとご連絡がきた」
どうやら先ほどの緊急連絡はエストレミオンからのもので、緊急ではないのに緊急連絡で返事を寄越したようだ。
どうやら怒っているらしい。できるだけ真顔に勤めているようだが、眉間が少し険しい。
「わかりました。まだ日が明るいので今のうちに先ほどのお二人に今日のお誘いのお断りを入れてきます」
「いや、こちらで手配しておこう」
「エストレミオン様はすぐお戻りになられるのですか?」
「恐らくまだ少しかかると思うが」
クレアはお願いするか少し考えたがまだ日は出ている。エストレミオンもまだなのであれば言いに行くくらいはできるだろうと、モルバルトの申し出を断った。
「ありがたい申し出ですが、自分のことです。まだ少しお時間がかかるのであればお散歩がてらにお断りしてこようと思います」
「妙齢の女性を一人にはできん」
「うふふ、ありがとうございます。ですがこの街は兵の皆様のおかげで安全と先ほど冒険者のお二人から伺っています。場所もわかってますので大丈夫です」
「場所がわかる?」とモルバルトが疑問を口にすれば「地図まで頂いたので」とクレアは微笑んだ。
そう、モルバルトがくれたメモにはモルバルトが紹介する予定だった宿とその地図が書かれていた。その場所は冒険者の二人が滞在している宿“サーガン・モーツ”だった。