クレアの認識
本日もう一話できたので投下!
クレアは待ちきれないかのようにいつもより少し早く目覚め、いつもより早く日課の訓練をし、ルリオロン家のいつもの時間に朝食を済ませ、みんなを見送ったあとは着替えるとすぐにルリオロン子爵邸を飛び出した。
「何度も何度も気持ち悪いのよっ!!!もう来ないで!!!!!」
聞こえてきた怒声に足を止め、聞こえた方へ意識を向けた。
今日のクレアは、以前エストレミオンと歩いた貴族街を抜けて職人街のある左回りで冒険者ギルドへ向かっていた。
この道はクレアが来た翌日はマリーに禁止されていたが、エストレミオンとの外出のときに歩いており、遠目に冒険者ギルドが見えたことでだいたいの距離は把握済みだった。
マリーに禁止されていたのも知らない土地だから近くわかりやすい道を教えてくれたのだろうとクレアは考えていたのだ。
早めに子爵邸を出たクレアは、自分一人でまだ歩いていない反対回りの道を歩けばほどよい時間になると考え、反対回りで冒険者ギルドを目指していたところに、大通りで怒声が響いたのだ。
「い゛っ…!ふ、ぐァッ…!うっ…うぅ゛…っ」
女の人に何かを投げつけられ、頭から血を流す男の人が声を押し殺してうずくまっているのにクレアは出くわした。
その出来事は一瞬で、ちょうど大通りが交差する通りの奥、その隣の細い通りに面した扉から男の人が扉から投げ飛ばされたと思えば、女の人が丸い何かを男の人に叫びながら投げつけて扉の中に戻っていった。何かものを投げられた男の人は扉から投げ飛ばされてすでに転がっていたのだが、ものが頭に当たった衝撃でうずくまった。
大きい通りが交差するところなので人は多く、クレアのように足を止めて見てしまった人はそれなりにいるが、血を流していろうが誰も近づかない。
「あの、大丈夫ですか…?よろしかったら止血に使ってください」
傷口はそれほど深くないが、こめかみあたりを切っているようで、それなりに出血していたのを確認したクレアは、いつも持ち歩く無地の白いハンカチを男の人の血が流れているところに当てた。
男の人は頭が痛いのか体中が打ち身で痛いのか少し呻き、クレアにお礼を言おうと上げた顔は涙でぐちゃぐちゃだった。
そのぐちゃぐちゃの顔でクレアにお礼を言うと、大通りを横断して、追い出された扉とは反対の細い通りへふらふらと入っていった。
その背中を見送ったクレアは、心配ではあったものの見たところ深い傷はないと判断して追いかけることはしなかった。なんせ男の人が入っていた細い道は裏通りだ。土地をわかっていない自分が通れば迷子は確実だ。
むしろ、遅刻かもしれないと時刻を確認して大急ぎで冒険者ギルドを目指した。
「クレア、君は危機感が欠如しているのか?」
結局人助けをしたことでお昼を少し過ぎてしまったクレアは、会ってそうそう冒険者ギルドで待っていたグラウトたちに何もなかったかと聞かれたクレアは道中に遭ったことを話していた。
「ルーファウ。俺、もうクレアちゃんがどういう嬢ちゃんかわかったわ」
「え、嘘!?グラウトさんすごいですね!」
「クレアちゃん、俺、前会った時言ったよなァ?好奇心旺盛なのはいいが気を付けねえと痛い目みんぞって」
「今回のは好奇心じゃないですよ、人助けですよ。人前で回復魔法使わなかっただけ褒めてください!」
「ちなみに回復してたらどんなもんよ!」
「う、うーん?治ってましたね!多分!」
「自己判断で人前で使わなくてえれぇ!……じゃねェよ!それは確かに偉いけど、マリーちゃんとやらになんで確認取ってねえのにそっちからきたァ?アン?」
「エスティ兄様と近くまできたことあったからって言ってるじゃないですか」
「エスティ兄様ァ…クレアちゃんのツメが甘いですぜェ……」
「同意する」
クレアが回復しなかったのも自然に治癒される程度の怪我で大きな怪我ではなかったからであって、もし大きな怪我であれば確実に治療していただろうことはすでにグラウトたちは察していた。
「嬢ちゃん、お待たせ」
クレアに対して二人が色々話しているのだが、やっと出てきた食事にクレアは目をキラキラ輝かせてもう二人の会話は聞こえていない。なぜなら二階の食堂でご飯が出てくるのを待ちながら経緯を説明し終えたクレアは、まだかまだかと食堂のおっちゃんをチラチラ伺っていたのだ。
クレアはそもそも気が付いていないのだが、ご飯が出てきたタイミングは完全にグラウトとルーファウの采配によるものだ。
最初は道中の話を二階に向かいながら聞こうとしていた二人だがクレアは「早く出たんですけど、怪我をした人助けしてたら結果的にちょっと遅れちゃいました」と言うだけだった。
ルーファウは朝から商人街の朝市に出かけていたため、もし何か事件があれば知っていたはずである。なんせクレアが早く出たと言ったのだから。
しかしルーファウは何もなく冒険者ギルドに来ていたためグラウトは詳細を聞くことにしたのだ。
しかしクレアは興味が昼食に向かっているため、一度引き離すことにした。ルーファウがクレアの食べたいものを確認し、グラウトが注文しに行く。その時に食堂のおっちゃんに説明して合図があるまで出さないようお願いしていた。話の途中で食事に興味が向いてしまっては、クレアは食べてからにしようというに決まっている。
おっちゃんは顔見知りの冒険者である二人が滅多にない珍しいお願いだったため様子を伺っていた。ちらちら見られている視線に気が付いて、心の中でごめんねとちょっぴり反省していた。
なんせ、クレアが冒険者ギルドに最初に来た日から気にしていたため、こんなに早く食べに来てくれたことに内心嬉しい気持ちがあったからだ。
お腹が空いているのに、目の前に食事が待っているのに、匂いは嗅げるのに、待たされる。これは動物だけでなく人も同様に酷な話だ。
おっちゃんは共犯者としての後ろめたさから、ご飯は気持ち肉多めで、従業員用日替わりデザートをこっそり付けてクレアに出していた。
「で、アンガロリア産は回復魔法についてはどんな感じだ?」
「はふいへはは、はほふへいほ!」
わからん、と二人は互いの気持ちが以心伝心した。
貴族なら普段豪華だろうに…、もっと美味しいもの食ってるだろうに…、という二人の心の声はそっとしまい、クレアの食事が落ち着くまで二人も食事をしながら待った。二人は知らないのだ。貴族の飯より旨い飯どいくらでも転がっているということを。
美味しそうに食べるクレアにほっこりしているのは、どうやら食堂のおっちゃんと周りにいる客だけ。
「回復魔法は軽い怪我が治る程度、かなぁ。魔力量で変わるから人によってやっぱ違うんですけど、割合的に見たら軽い怪我はみんな当たり前に使っている気がします。国民の義務として学校に全員、三年は通うんですけど、そのカリキュラムにも初歩の回復魔法は扱ってますし。プロパエーゼは違うんですか?」
「う゛ーん、こっちも義務教育の一環として文字と初歩魔法とかは学ぶが、全員が魔力持ちとは言えんからなァ。“この国はどんな種族でも受け入れる”と、魔国王の信仰神であらせられる女神様の教えでな、魔力を持っていない種族もいんだ。だから、魔石と魔法陣を使った魔法も教えられる」
「回復魔法が使えるとどうなります?」
「怪我が軽度ならそれほど重要視されない。薬師になる者は軽度の回復魔法が扱える者が多い。軽度なら外で使っても問題ないだろう、グラウト」
「しっかしなァ……」
クレアを分かり始めているグラウトとしては、軽度でも油断すると片っ端から治療するんじゃないかという不安が消えない。そして、それもあながち間違っていない。
軽度の回復なら当たり前に使っているということは、それだけ何度も使用している者が多いということだ。
クレアの魔力量はわかりかねるが、それでもグラウトは数回だけに止めろと言っても聞かない娘だと思っている。
「どうしようもない時以外はあんま使うな。クレアちゃんが危ない目に遭うのは、冒険者のセンパイとしては見過ごせねェ。下手したら教会のもんも出てくっからな」
にんまり笑顔のクレアの返事は大変良く、二人の不安は増すだけだった。
「よっしゃ、じゃあとりあえず今日予定してた街案内でもすっか」
「よろしくお願いします!」
「もうどこか行ったか?」
「一昨日はエスティ兄様に連れられて職人街へ、昨日は雨だったので夫人のサリエンラ様と娘のアスリィちゃんと商人街で買い物をしましたね」
「んんー、貴族の買い物臭がすげェ」
「とりあえず、商人街の露店通りに行ってみよう」
ルーファウの発言で三人はメイン通りにきていた。
雨の日は、貴族であれば移動は基本的に馬車であるし、屋根付きの降車場があるので店が営業していることはよくあるのだが、足のない庶民はわざわざ出かける者は少ない上に、営業している店で屋根があっても表に出てきて商品を並べ売ることは少ない。
庶民にとってのメインストリートは露店通りといわれ、雨の日は閑古鳥状態である。
クレアが昨日通ったのは、露店通りの二つ隣、貴族が使用する馬車通りだったため、同じくらい広いのに、露店が出ているおかげで貴族が使用するような幅の馬車が通れないほどに狭い。
グラウトとルーファウいわく、そのおかげで馬車も通らないこの道は子どもたちだけで通っていても大人たちは安心なのだという。
クレアちゃん…君本当は自由な子だったんだね……
もっと貴族然してる娘だと思ってたけど…グラウトさんの影響か…?
食べ物に執着しすぎだが、なぜだ…?
となりながら書いた今回のお話。
Q:クレアが助けた人は今後関係してくる、イエスorノー




