3話……ダーリンさん、本当に自重して下さい
プロットでは3話でしたが、空の好感度が上がらないので2話突っ込みました……書いて初めて分かる、空の嫌われ度
夕食の時間、我が家では全員で……黒服さん達とも一緒に食卓を囲む
彼らは叔父さんの弟子で、冒険者試験に挑む為に鍛練を積みながら、ハウスキーパーとして働いている
だから北野さん(最古参三十五歳)を除いたらみんな二十歳前後だ、試験に合格した人や挫折した人は去って行くので、基本三~五年で全員入れ替わるらしい
入れ替わりそうにないのは、叔父さんの若手育成の理念に共感した北野さんと、叔父さんに惚れている南さんくらいだ
年の差三十歳も寿命が長い魔石持ちには誤差みたいだ……もっとも、よくもあんな「うわっ」な強面に惚れたもんだとは思うけど
今もおさんどんさんをして必死にアピールしている
何故いきなりそんな話をしたかというと、良いアイデアを閃いたからだ!
早速実行に移す
「ねえ星羅に叔父さんに南さん、今度の日曜って予定ある?」
「え……私は……」
星羅は僕の言葉に身を強ばらせた……予定が無いと言ったら僕が変な事を頼むと思ってるんだろう
正解だよ、そしてそれを断れない状況にする為に、叔父さん達にも聞いたんだ
「何か用があるなら俺に言え、星羅くんを煩わせるな」
「私も予定が空いてますから、娘に手出しはさせませんよ」
「あ、あの南さん、私は娘じゃ……」
薄々気付いてたけど、甥であり養子である僕より、偽装結婚してる星羅の方が大事にされてるのって、おかしくない?
この国の法律では、養子は実子扱いなのに酷くない?今度からパパと呼んでアピールしようかな
「良かった、三人とも空いてるみたいだね、なら日曜日に四人でダブルデートしよう」
「え?」「なっ!」「ほほーう、詳しく!」
僕は予想通り食い付いた南さんの方を向くと、ニヤリと笑った
「星羅とデートしたいけど、どうせ二人っきりになるのは許さないでしょ?だから監視に叔父さん達も来てよ……でもデートの雰囲気を壊されたくないから、二人もデートをしてね」
「そういう事なら致し方ありません、付き合いましょう」
「待って下さい南さん、私は…」
「あれー、もしかして星羅は断っちゃうの?いつもお世話になってる南さんを悲しませる気なのー」
「くっ、あなたという人は……分かりました、私も異存はありません」
しゃー!大勝利!
一人ガッツポーズを取る僕に、叔父さんはため息をついた
「お前な、嫌がる星羅くんの為に、俺が南とだけデートに出掛けると言ったらどうするつもりだ?」
「別にそれでもいいよ」
「「え?」」「は?」
「将来家族になるかもしれない南さんが喜ぶなら、デートが一回ポシャるなんて安いもんだよ、叔父さん一度もデートしてあげた事ないでしょ?」
叔父さんも満更ではなさそうなのに、焦れったいんだよね
正直さっさと付き合うなり結婚なりして欲しい……まぁ、この女性に免疫ない叔父さんが出来るとは思ってないけど
叔父さんはガシガシと頭を掻くと諦めたような表情になって
「わかった俺の負けだ、星羅くんも悪いが付き合ってくれ、変な真似はさせないように見とくから」
「あっはい、分かりました」
ヘタレた!
せっかく二人でもいいと言ってるんだから行けばいいのに……
「クズだと思ってましたけど変な所で律儀ですね、でもありがとうございます、これは借りにしときますね」
「マジで!じゃあ星羅に水着を痛ーーい!」
隣に座ってる北野さんが、俺の足を踏んでる!ゴリラみたいな筋肉ダルマが僕の足をー!
「坊っちゃん、エロは約束に反してますぜ」
「はいすいませんでした!出来心だったんです!」
その後謝り続けて、やっと足を退けてもらった頃には、みんな食事を終えていた
───
──
─
待望の日曜日!
僕と叔父さんと南さんは待ち合わせ場所に来ている、星羅は土曜日は実家に泊まるので、一人だけまだ来ていない
とりあえず星羅が来るまで暇だから、今日のスケジュールを説明する事にした
「今日行くのは映画館と水族館だよ、食事は映画の後に軽食と水族館の後にレストランの予定」
「映画に水族館か……またベタだな」
「私は楽しみですよ、水族館なんて子供の頃に行ったきりですから」
「う、うむ、そうか……楽しみならいいんだが」
南さんの嬉しそうな顔に照れる叔父さん
強面なのに反応がウブ過ぎて反応に困る
「叔父さん、王道はみんな好きだから王道っていうんだよ、変に気張らずに楽しむのが相手の為でもあるんだよ」
叔父さんの為に、会話が無くても楽しめるプランにしたのは黙っておく
「くっ、まさか空に諭されるとは、俺ももう歳か」
この叔父さんの中で、僕の立ち位置はどうなってるんだろう?
たまにすっごく子供扱いされるんだけど……
「すみません、遅くなりました」
問いただそうた思ってたら星羅がやって来た、一言で言うなら「いいだろー、これ僕のお嫁さんなんだぜ!」
白のシャツに青のロングスカートがとっても清楚で、とっても可愛い!
「いや、俺達も今来たところだ、そんなに慌てなくていい」
おっと、見とれていたら定番の言葉を叔父さんに取られた
だけど構わない、僕の楽しい一日はこれから始まるんだから!
「デート初心者の叔父さんに今日はお手本を見せてあげるよ、先ずは女の子と手を繋ぎます」
星羅の手を取ろうとしたら、サッと避けられた
「嫌です」
「え?」
「エッチな事は禁止されてるはずです」
「え?手を繋ぐのってエッチなの?」
そんなはずないよね?と叔父さん達を見ると
「うむ、空は約束を守るように」
「子供の癖に手を繋ぐとかハレンチです、でも私達は大人なので繋ぎます」
言いながら手を叔父さんの方に伸ばす南さん、それを恐る恐る恥ずかしそうに握る野生の猛獣もとい叔父さん
「では出発しましょう、ダーリンは先導して下さい」
「あ、うん……」
手を繋げなかったのは悲しいけど、なんか勝ち誇った顔の星羅も可愛いし、これはこれでいいか
「じゃあ行くけど、叔父さんは身体大きいんだから、なるべく歩行者の邪魔にならないように南さんとくっついて歩いてね」
「う、うむ」
「ナイスアシストです未来の甥よ」
「甥じゃないよ息子だよ!」
「そんな気遣いが出来たのですね、少し驚きました」
そこは驚かないで見直して欲しい
あと叔父さんが南さんに引っ付かれてすでにいっぱいいっぱいなんだけど、これ今日一日持つのかな?
目指す映画館にはすぐに着いた
僕が席を買う間に、残りの三人にはジュースを買いに行ってと頼んだのに、何故か星羅は僕に付いて来た
「あっちで待ってて良かったのに」
「変な席を取らないように、監視に来ました」
「信用ないなー、叔父さんもいるのに下手な真似はしないよ」
「ダーリンには大恩がありますが、信用できるかは別です」
「酷い、こんなに自分に素直な人間は他にいないのに!」
「お願いですから自重して下さい、そんな態度では素直にお礼も言えません」
「お礼とか要らないよ、お互い……ごめん席買っといて、叔父さんの身体が大きいから端の席四つね、これ財布」
「え、ちょっと」
星羅に片手でごめんと謝って、僕は壁にポツンと立ってる叔父さんに駆け寄った
両手にジュースのカップを持って固まっていて、まるで銅像みたいだ
「叔父さんどうしたの?南さんは?」
「お、おう、空か、俺はちょっとトイレにだな……」
僕は気まずそうな叔父さんの態度で全てを悟る
トイレに行くのにジュースを持って行かないよね?
「要するに、二人でいるのに耐えきれなくなって逃げて来たと……シャイボーイですか!」
「そ、そうは言うけどな、今まで女性と二人っきりになるなんて経験がなくてだな……何を喋っていいか……」
本当にいっぱいいっぱいみたいだ
僕の言葉に怒るでもなく言い訳を始めるだなんて……南さんのアプローチを見てから、僕の豪快で頼もしい叔父さんのイメージは見る影もないよ
僕は少し考えると、言葉を選んで言ってあげた
「そうだね、ここは南さんの好きな事を聞いたらいいんじゃないかな」
「好きな事をか?」
「うん、叔父さんの事だから、南さんとは事務的な話しかしてないでしょ?南さんの趣味とか知ってる」
「う、うむ……そういえば知らないな」
「だったらこの機会に、南さんの趣味や好きな物や行きたい場所を聞いておきなよ、次に繋がるからさ」
「お、おう、分かった」
分かったと言いながら駄目そうだ……これ、星羅にもフォローを頼むべきかな?
と、そういや放置してた、やばっ
「じゃあ僕は席を買いに戻るから、叔父さんも頑張ってね」
「う、うむ」
ぎこちなく動き始めた叔父さんを尻目に星羅の所へ戻ると、ちょうど買い終わった所だった
疑惑の眼差しで僕を見ている
「ごめんごめん、任せて悪かったね」
「お義父様とお話されてたみたいですが、何かあったのですか?」
あー見られてたか、というか見える所に叔父さんがいたから、僕も行ったんだけどね
「うん、叔父さんああ見えて女性に免疫がない純情シャイボーイだから、南さんと二人っきりだと会話が出来なくなって逃げて来たみたい」
「?……冗談ですよね、家では南さんのスキンシップにも動じてませんし」
「あれ固まってるだけだからね、どっしり構えてるんじゃなくて、頭の中真っ白になってるだけだから」
「すみませんけど、とても信じられません」
「……別に信じなくてもいいけど、会話が無くなったら、二人の趣味とか好きなものを聞いて、フォローしてあげて」
「それは構いませんけど……もしかして本当なんですか?」
「嘘だったらよかったんだけどね、それよりそろそろ始まるみたいだから二人の所に戻るよ」
「ちょっと待って下さい、それ本当に本当なんですか!」
あの組長みたいな見た目だもんね、そりゃ信じたくない気持ちも分かるよ
でもね、その見た目のせいで恋愛経験がゼロらしいんだ
南さんのアプローチで毎回固まる叔父さんにそれとなく聞いたら、あの顔のせいで、南さんが初めて恐がらなくて普通に喋り掛けてくれた女性らしい
五十年間まったく色恋沙汰が無かったと聞いた時は、頭を抱えそうになった……イメージ的にはキャバクラとかでどっしり座ってそうだったんだもん
二人の元に戻ると、叔父さんは南さんに腕に寄り掛かられて固まっていた
会話をしている様子はない……やはり駄目だったか、でも南さんはそれでもニコニコと嬉しそうな顔をしているから、ギリギリOKか?
叔父さんは僕らを見てホッとすると、絡まれてない手に持った二つのカップを差し出した
「遅かったな?席は取れたのか」
「あっはい、通路側の席を四つ取りました」(やっぱり嘘じゃないですか)
こっそり僕へ喋り掛けるけど、星羅の目は節穴か!
どう見てもテンパってるだろ!叔父さんの目が泳いでるのが見えないのか!
僕はゆっくりと首を横に振った
映画が始まるので席に着いたんだけど
通路側から叔父さん、南さん、星羅、そして僕は叔父さんの後ろの席だった……
やられた!確かに通路側の四つだけどさ、デートなんだから僕は星羅の隣でしょ!
くそっ、暗闇の中で首筋に息をふっとしようと思ってたのに!思ってたのに!
映画が終わると、面白かったのか記念なのか、叔父さんと南さんはパンフレットを買っている
僕も面白かったから買おうかと思ったんだけど、なんか星羅の満足した顔に負けた気がしたから止めておいた
そのまま近くの喫茶店に入ってお茶を頼む
すると映画の余韻が残っているのか、南さんがキラキラした笑顔で語りだした
「久しぶりに映画を見ましたけど最高でしたね、特に王女と野獣が種族の壁を越えて愛し合う姿には感動しました」
「う、うむ」
「私は追っ手のクズ商人を改心させる場面が良かったです、大抵の映画では倒してしまう悪役を、まさか改心させて仲間にするとは思いませんでした」
「う、うん」
おかしい、普通は同じ映画を見て話題を共有出来るから、映画館はデートスポットとしても王道なのに
盛り上がってるのは女子だけで、俺と叔父さんは何故か追い詰められている
「やっぱり恋愛っていいですね」
叔父さんへ向けてニッコリと微笑む南さん
「どんな悪人でも改心する事は出来るんですよね」
僕に向かって慈愛の笑みを向ける星羅
映画の選択を誤った!
これ何の罰ゲームだよ、こんなの絶対おかしいよ!
なんとか話を切り上げて喫茶店から出れたのは、それから一時間後だった
僕と叔父さんがげっそりしているので、早く水族館で癒されたい
優雅に泳ぐ魚を見て、精神力を回復したい!
移動は叔父さんが予約してくれていたワンボックスのハイヤー
僕が助手席に座ると、星羅が不思議そうに話し掛けてきた
「あの、ダーリンはなんで助手席に座ってるんですか?」
「え?後ろに座って良かったの?」
今日の今までのパターンんだと、僕だけ除け者になると思って助手席に座ったんだけど、後ろに座って良かったのか!
「あの、今日は四人でお出かけなのですから、流石にそんな意地が悪い事は言いませんよ」
「じゃあ映画館のは?」
「あれは席が空いてなかったからです、お義父様の後ろの席は隣が男性だったので……」
星羅のすまなそうな顔に僕は救われる
「なーんだ良かった、嫌われたのかと思ったよ」
あははーと笑いかけるけど、星羅に目を反らされて、僕の笑みは凍り付いた……
「……えっと、もしかしなくても嫌い?」
「大恩があるので嫌いではありません、学園で意地悪ばかりされてますけど嫌いではありません」
「お願い、その言葉は僕の目を見て言って!」
目を反らしながら言われても全然信用出来ないよ!
「星羅くん、今度から学園の話を夕食の時にでも聞かせてくれ」
「私も娘の話を聞きたいです、その方が訓練にも身が入りそうですから」
剣呑な雰囲気を出す二人に、僕は冷や汗が止まらない
「待ってみんな!あれは星羅の泣き顔が可愛いからやってるんだ!」
「はい、なるべく忠実にお話します」
真剣な表情で返答する星羅に、真剣な表情で頷く叔父さんと南さん
どうやら僕の運命は今決まったようだ…………でも止めない!からかう度に恥ずかしげな表情をする星羅を見れなくなるなんて我慢出来ない!
「まっすぐ自分の欲望を曲げない、それが僕の忍道だ!」
「とりあえず今日から空の模擬戦相手は北野にやらせる」
「手加減抜きと伝えて置きます」
「ダーリンさん、本当に自重して下さい」
和やかな会話で運転手さんが半笑いだけど、僕は今日から半殺しになるんだぜ
だからさ、いっそ大声で笑えよ
今さら後ろの席に移れる訳もなく、そのまま水族館に着いた
ここは普通の魚以外にも、ロボティクスで作られた本物そっくりだけど絶滅したる魚や、実在しないアニメや漫画に登場する魚なんかもいるらしい
……半ば聖地化してるとネットには書いてあった
早速中へ入ったんだけど……天井も水槽で出来ていて、まるで水中に迷い込んだみたいだ
そこには触手の先を光らせるクラゲや色を変えながら泳ぐ魚、こちらと目が合うと頭を大きく膨らませるタコ等がいて
まるで別の世界のような幻想的な空間を形作っていた
それは嬉しそうな南さんはもちろん、興味無さそうに入館した叔父さんすら魅了するものだった
水槽を眺め、思わず感嘆の声をあげている
「ほぉー、これは凄いな……悪い空、これはベタなんかじゃない」
「本当です、空くんの誘いに乗って良かった」
これには僕も苦笑いだ
「いきなり優しくされると不安になるけど、喜んでもらえてなによりだよ」
綺麗な物を見ると、人の心も綺麗になるのかな?
星羅も口を開けて見入っているし、どうやらここを選んで正解だったみたいだ
さて、見入っている星羅には悪いけど、叔父さん達が先に歩いて行ったんだよな
だから声を掛けようと思った時、星羅はギギギーと異音がしそうな動作でこちらを向いた
「あの、ダーリンさん……今、網タイツを履いた巨大な魚が居たのですが……」
「星羅早く行かないと叔父さん達に置いてかれるよ、さあ行こう!」
星羅の手首を握ると、僕は足早にそこを去る
せっかく幻想的なんだから、雰囲気をぶち壊すような、煮ても焼いても食えない魚を作って置いとかないでよ!
「あの、ダーリン……」
「うん、なに?……あっごめん」
星羅の目線が握られた手首を見ていたので、思わず手を放した
ヤバイ、エッチな事は禁止なのに手を握っていた、これは叔父さんにバレたら殺される!
「いえ大丈夫です、私がボーっとしてたのがいけないのですから」
心なしか顔が赤い、僕が無理矢理引っ張ったせいだろうか?
魔石持ちは人より力があるんだから気を付けないといけないのに、まだなって日が浅いから力加減を間違えた?
星羅が握られた手首を逆の手で握っている
「手首大丈夫?もしかして痛かった?」
「なんともありません、ちょっとびっくりしただけです」
「ならいいけど……本当に大丈夫?」
「大丈夫です!ほら、お義父様が待ってますから行きますよ」
そういうと、こっちを向いて待っている叔父さんへと、星羅は歩を早めて先に行く
僕も慌てて追いかけた
★★★
星羅は顔が火照るのを見られたくなくて、早足で大地と南の元へ急いだ
それでもつい、さっき握られた手首に意識がいっていまう
今まで男性と付き合ったことがない星羅は、手を繋ぐなんてフォークダンスくらいしか経験がなかった
だから手を握られたくらいで顔を赤くした事に、星羅は戸惑っていた
別段不思議な話ではない、彼女は思春期の女の子なのだ
この年頃なら、男女問わず同年代に手首を捕まれて引っ張られたらドキッとくらいする
余程相手に嫌悪感を抱いてない限りドキッとくらいするものである!
しかし不幸な事に、恋愛経験がない星羅には、そこへ思い至る事が出来なかった
───たかが手を捕まれたくらいで顔が熱くなるなんて、私が彼を意識しているみたいではないですか!
あり得ません!確かに明るい性格で毎日鍛練に励む努力家ですけど、私をからかって「星羅の泣き顔を見ながら食うご飯はうめー」とか言っちゃう、性格がとても難儀な方なんですよ!
そんな方に好意を抱いているだなんて……私はそんな特殊な性癖は持ち合わせていません!
長いので割愛すると
ダーリンを好きになるなんて、私はドMではないのであり得ません!らしい
それでも少しは意識した事で、彼女は空に対する疑問を考えてしまう
───そうです、あり得ません……でも……私が想定していた「恥ずかし命令」を、ダーリンは言わないのですよね
そう、空は恥ずかし命令をするから絶対服従しろと言っていた
それを星羅は震えながら了承したのであるが、思っていたのと方向性が違って戸惑っていたのである
彼女はもっと性的に恥ずかし目に合うと思っていたのだ
それなのに、空の命令はほぼ全て、初々しいカップルぽいことに限定されていた
想像していた大人な恥ずかし命令ではなく、数段下のママゴトのような恥ずかし命令であったのだ
それはそれで恥ずかしく、学園の友人の前でされると涙も出てしまうのだが…………何か違う!
思っていた大人な恥ずかし命令を、なんとか回避しようと日夜考えていたのに、毎回付き合いたてのカップルがしそうな事を要求されるので、逆に反論出来ずにいるのが現状なのだ
だから今日は、初めてデートするカップルがしそうな事を要求されるかも知れないと、対策を練って来たのである
まさか本当に手を繋ごうとしたのには驚いた星羅であったが、用意していたセリフで初めて言い勝てたのが嬉しくて、ちょっと勝ち誇ってしまった
ぐちゃぐちゃになった頭で、星羅は様々な魚達が泳ぐ水槽をぼんやりと見た
まるで異世界をテーマにしたようなこの水族館は、既存の魚に加えて色とりどりで幻想的な魚も泳いでいる
この日常から切り離された空間のせいだろうか、普段なら思わない事を思ってしまった
───最初は良い人と思ったんですけどね
星羅が隣を見ると、空が手首を心配そうに見ていた
未だに掴んだ所が腫れてないか心配しているのだろう
お陰で空のフォローを受けれない大地は、さっきからガッチガチであるが、空も星羅も気付いていない
───悪い人では、無いんですよね?
視線に気付いた星羅が、イタズラ心で手首を逆の手で擦ると、空は明らかに狼狽え始めた
───本当にちぐはぐな人ですね
優しい人なのか悪い人なのか、まったく分かりません
星羅は初めて会った日を思い出す
藁にもすがる思いでクラスメートに頼った日、手を差し伸ばしてくれたのは、初対面の空だけだった
そしてあろうことか、星羅の為に自分がポーションを盗んだ事にしてもいいと言ったのだ……見知らぬ他人を助ける為に、空は犯罪者になると言ったのだ
星羅は咄嗟に待ったをかけたが……これで母親が助かると思ったのも事実だ
もっともすぐに大地によって却下されてしまったが、それでも自分の醜さと、空の気高さに、強い落差を感じてしまい、悔しくて手が潰れるほど強く握り締めてしまった
だからこそ、その後の言葉を信じたくなかった
空はポーションの対価に、星羅を要求したのだ
今まで自分の為に頑張ってたのは、全て自分の身体が目当てだったと気付いた時……星羅は失望した
この人に会えて良かったと思った気持ちは裏返り、ただ茫然自失に彼の提案を受け入れてしまったのだ
しかし、空は一度も星羅の身体を要求して来ない
大地に禁止されているとはいえ、如何様にもやりようはあるだろうに、それこそ力でも脅迫でも出来るだろうに、何もしてこないのだ
命令される事と言ったら
新妻が作るような思いっきりラブラブなお弁当を作れとか、スマホの待ち受けやアイコンを二人のツーショット写真にしろとか、そんなのばかりである
「星羅どうしたの?やっぱり痛い?」
考え事をしていたせいか、星羅はいつの間にか立ち止まっていた
心配そうに空が覗き込んでいる
「そうですね、いつも泣かされてばかりなので心が痛いです」
「ぐっ……そうじゃなくて手首だよ、本当は痛いの我慢してるんじゃないの?星羅は無駄に強がりだから」
───なんですか、その私の事を分かってるような言い方は!
「あなたに私の何が分かると言うのですか!」
つい言葉を荒げてしまった
考えれば考えるほど空の事が分からなくなり、彼女は混乱していたのだ
そんな星羅に空は、少しだけ困った顔をする
「何も知らないよ、だって僕は、星羅の好きな食べ物も趣味も知らないんだから」
「それは…………私も知りません、あなたの事……何も知りません」
星羅が知っているのは、ダンジョンに飲み込まれて家族が全員死んだこと、そして彼一人だけ助けられた事だけであった
自分の中で答えを出す為にも、星羅は知るべきだと考えた
なのに、空はどこか達観した顔を向けると
「知らなくていいよ、どうせ三年後には離婚するんだから…………それでも知りたい?他人になる人の事を」
拒絶した
「……」
星羅は答えられなかった
知らなくていいと言っている自分と、知るべきだと言ってる自分が心の中で攻めぎ合っている
どちらが正しいのか分からない……でも、このままでは良くないとは確信出来ていた
だから
「分かりました、私はあなたと向き合います」
「向き合う?」
「はい、これからはあなたを一人の人間として接します」
「今まで人間扱いされてなかった!」
大袈裟に驚く空に星羅は少しだけだが微笑んだ
それは今まで、空には決して見せなかった笑顔
「私を滅茶苦茶にしたいと言っていた人を、人間扱い出来るとでも?」
「ふっ、反論のしようがないぜ」
おどける空に、星羅はため息一つ
「少なくとも、あなたが私に性的な要求はしないというくらいは信用しました」
「くそ、叔父さんが余計な事さえ言わなかったら出来たのに!」
「今日まで手すら握らなかったのに、本当にする気だったんですか?」
星羅の質問に、空は話題を変える事で答える
「握ったと言ったら手首、手首は大丈夫なの!」
あらかさまに話題を変えた空に、星羅は安堵した
それが答えになっているのだから
───悪い人ではないんですよね
星羅はふふふっと笑い、クルリと背を向けると
「なんともありませんよ、ダーリン」
手をヒラヒラと振って答えるのであった
切りが良いからカットされた、大地と南の会話
───一方その頃───
大地は窮地に追い込まれていた
「そういえば空くんが結婚した日、私はとっても悲しかったんですよ」
「う、うむ」
「結婚届けを貰って来てくれと言われた時、私がどんな気持ちだったか、大地様には分かりますか?」
「う、うむ」
「自室から持って行く時、どれほど幸せな気持ちだったか分かりますか?」
「う、うむ」
頭が真っ白になった大地は、自分を救ってくれるであろう空の事を探す
だが悲しい事に、ここに空はいない、立ち止まった星羅とほんの少し歩み寄っているのだから
「私は大地様の為なら一人で魔物だって狩ります、大地様が育成に専念出来るよう、頑張って稼ぎます」
「い、いや、それは」
「だから大地様、どうか私を側に置いて下さい」
「う、うむ」
水族館の片隅で、大地は言質を取られていた
だが南はこれを言質とは認めない、今のはただ自分の思いを伝えたに過ぎないのだからだ
彼女には野望がある
いつの日か、大地に自分を一人の女性として見てもらい、愛の言葉を囁いて貰うのだ