1話……あなた絶対にいい死に方しませんよ
一話は、ほぼ短編と同じです
科学が進んで自動運転のクルマが発売されても、人類は魔物の脅威に怯えている
だからだろうか、学校でも戦闘訓練があるんだ……もっとも実際に魔物と戦うのは軍人か、超難関な試験を突破した冒険者だけなんだけどね
それでも訓練があるのは、一応護身ぐらいは出来るようになれって事だろう
現に年に数人くらいだけど───壁の内側で自然発生したダンジョンから出てきた───魔物に襲われているそうだから
そしてなんと!僕はその数人の内の一人だったりするんだ
うん、突然出来たダンジョンに飲み込まれて、家族全員死んじゃったんだよ
三日程ダンジョンに孤立したんだけど、叔父さんからダンジョンのいろはを教えて貰ってなかったら死んでただろうね
その後ダンジョンで魔物を生で食べてる所を救出されたんだけど……何故か親戚一同ドン引きしちゃって
僕を養子として引き取ってくれたのは、冒険者をやっている叔父さんだけだったよ
お陰で葬式が済むなり、そのコネで冒険者学園へ転入する事になったんだ
ホント大変だっんだよ、十六年の人生で……この一週間は濃過ぎて、一生分の人生経験を積んだ気分だよ
てな感じの自己紹介をしたら、クラスメートが何とも言えない顔をした
いい忘れていたけど、僕は今、学園の教室で転校生として自己紹介をしている
「そう言えば名乗ってなかったね、僕の名前は空、木令空。重い空気とか苦手だから、家族の死とかは気軽に弄ってくれていいよ、みんな仲良くしてね」
(((無茶言うな!!)))
とびっきりの笑顔で言うと、みんなの思いが一つになった気がした───どうやら自己紹介は大成功みたいだ
さて自己紹介も終わったから席に着きたいんだけど、どこに座ったらいいか分からない
だから先生の方を向いたんだけど、クラスメートと同じく引き吊った顔をしながら
「あー、家族が死んでまだ混乱してると思うから、みんなも察してやってくれ」
とても失敬な事を言われた
混乱なんかしてないよ!僕はとっても冷静だよ!
バタンッ!
思わずそう反論しそうになった時、教室のドアが乱暴に開けられ一人の少女が入って来た
「ハァハァハァ……」
すらりと伸びた肢体に大きな胸、腰まで伸びた少し癖のあるピンク髪、ちょっとタレ目がちだけど愛らしい顔立ち
それがドアを片手で抑えながら、必死な形相で教室をみている
「木須田遅刻だぞ、それからドアはもっと静かに…」
「誰か、ポーション持っていませんか!!」
先生の言葉を大声で遮ぎる少女
それが僕と彼女の出会いだった
───
──
─
二日前から住み始めた叔父さんの家、木令家は一軒家……大きな日本家屋である
僕が来るまで独り暮らしだったのに無駄に広いこの家は、常駐のハウスキーパーさん達に管理させているみたいだ
そんな豪邸の居間で、僕は学園を早退して叔父さんと対面している……電話したら運良く在宅中だった
あの後、木須田さんの言葉にクラスメートはみんな悲しげに顔を振った
察したのだ、必死な形相でどんな傷でも治す魔法の薬を欲しがる理由に───そしてその予想は当たっていた、彼女の母親が事故にあって死にかけているらしい
今すぐにでもポーションをつかわないと危ないそうだ
でもポーションは非常に高価な上に希少だ、欲しがる人が多過ぎて、年単位で予約が必要だと聞いたことがある
そんな希少なポーションを常備している唯一の例外は、魔物と日夜戦っている軍人と冒険者くらいだ
何故なら、魔物の素材こそがポーションの原料なのだから
んで、誰もがみんな口々に励ましているのにムカついた僕は
つい「僕の叔父さんは冒険者だから、持ってるかも」と言ってしまった
それが故に、木須田さんに頼み込まれて早退する羽目になったのだ……転入初日に早退だけど、人助けだからしょうがないよね?
何よりプロポーション抜群な美少女だから、これを機に仲良くなりたい
等と居間に座りながら現実逃避しているのは訳がある
───叔父さんが極道にしか見えなくて恐いからだ!
短く借り上げた黒髪に鍛え抜かれた体は、何故かよそ行き用の黒いスーツを着ている
父の兄と言うことは五十前なのだろうが、三十代にしか見えない風貌は、一言で言うなら擬人化された大型の虎
葬式の時も思ったけど……戦いを生業にしているせいか、正装されると組長にしか見えない!
そんな叔父さんは俺の横に座る女の子を睨み付けながら、ドスの効いた声を出した
「で、ポーションが欲しいと言っている馬鹿はお前か」
こんな不機嫌なのを隠そうともしない叔父さんは初めてだ……僕に言われてないのに滅茶苦茶恐い!
組長との対談ってこんな感じなんだろうか?
「はいお願いします、お母さんが意識不明なんです!私に出来る事ならなんでもします…………ですからお願いです、ポーションをわけて下さい」
おおー凄い、組長相手に物怖じせずに言ってる
だけどそんな木須田の態度に、叔父さんは顔をしかめると
「……なんでもするねー……」
露骨に呆れた声を出した
普段は気の良い叔父さんがこんな態度を取るなんて意外でしかない
僕の家に遊びに来る時は、いつもダンジョンでの生き方や魔物の倒し方を丁寧に教えてくれる優しい叔父さんなのに……
「あの……叔父さん、ポーションが高価なのは分かっているけど、人命が掛かってるんだし何とかならないの?」
「空、そういう問題じゃない……ポーションの無断譲渡は冒険者資格の剥奪もありうる重罪なんだ」
「え?」
「……」
そうなの?と木須田さんを見ると、悔しそうにうつ向いていた
この反応は知ってたみたいだね……でも話を聞いた以上、見捨てるのは寝覚めが悪いし……
「だいたいどうやって譲って貰おうと思っていたんだ?」
「……それは」
言い淀む彼女に叔父さんは畳み掛ける
「大方母親が死にかけているから、何も考えずにここに来たんだろ?」
「っ!……」
あっ、図星っぽい
恥ずかしそうに顔を伏せてるけど、大切な人が死にそうだったら仕方ないんじゃないかな?
叔父さんもわざわざそんな言い方しないでもいいのに
「はぁー……お前のような人間は何人も来るが、ほとんどが今のお前と同じで、後先を考えていない」
「……」
「そして俺の答えはいつも一緒だ……諦めろ」
「!」
木須田さんの体がビクリと震えた
叔父さんが容赦の無さすぎて、見てるこっちがいたたまれないよ
我慢出来ずに思わず声が出る
「ちょっと叔父さん…」
「空は黙ってろ!」
でも凄い剣幕に、僕は口を閉ざした
「お前の母親を助ける為にポーションを譲ったら、俺は冒険者でいられなくなる、そうなったら、俺が今後作れるはずだったポーションを作れなくなり……俺のポーションで助かるはずだった大勢の人間が死ぬ……お前にその責任が背負えるのか?」
「……」
確かにその通りかも知れないけど……何か方法があるはずだ
「ポーションは魔物の素材を原料にしている関係上、生産量に限りがある……可哀想だからと言ってホイホイ使っていては、防衛の為に使えなくなり、魔物に壁を越えられてしまう。だから魔物の素材を自分で取ってこれて自作出来る冒険者でも、使えるのは二親等までの身内のみだ、それすらも報告書の提出が義務だけどな。一応知人にも申請すれば使える事もあるが、余程その人物が社会的に貢献していなかったなら、通る事はない……」
渋い表情で説教じみた説明をする叔父さんの言葉を聞き流しながら、どうすればポーションを使えるか考える
……あっそうだ、簡単な方法があるじゃないか!
「ねえ叔父さん、僕が勝手に盗んで使った事にすれば叔父さんには迷惑掛からないよね?」
「ま、待って下さい!」
慌てる木須田さんをシカトしながら組長の目を見る
すると嬉しそうに口を歪め
「却下だアホ!普通に俺の管理責任を問われるわ!」
馬鹿にされた
駄目かー、良い案だと思ったんだけどなー
「だいたい空も初対面の相手だろうが、何でそんなに気にかける」
何でと言われても……困っては人を助けるのに理由なんか必要ないよね?
そう思って口を開こうとしたら
「言っておくが、困ってる人を助けるのに理由は必要無い等と言う気なら、この話はここまでだ……本心を言え」
すっごく悪い笑顔で釘を刺された
心を読めるのかな?…………さて、それならばどうしよう、と木須田さんを見ると
正座を崩す事なく、真っ直ぐに組長を見ながら事のなり行きを見守っている
でも、膝の上に置かれた手は震えていた、ぎゅっと握られた手は強く握り締めて血の気が失くなっていた
不安なのだろう
当たり前だ、この話の成否に母親の命が掛かっているのだから───でもそれを隠せる強さを彼女は持っている
───彼女を見ていると胸の奥が熱くなる
ああそうか、この感情は
ああそうだ、僕は彼女を初めて見た時から………
「分かったよ組長、僕の本当の気持ちを教えるよ」
「誰が組長だ!」
ツッコミを無視して木須田さんを見る
ぎこちなく僕を見返す彼女……その固く握られた手を取り、優しく語りかけた
「安心して木須田さん、お母さんは絶対に助けるから」
「あ、あなたが……」
微笑む僕に戸惑う木須田さん
それにしてもあなたかー、これからの事を考えると、これは良くないよね
「そういえば自己紹介の時に居なかったっけ……僕の名前は空、木令空、これからは気軽にダーリンと呼んで」
「は、はい、ダーリン………………え?」
更に戸惑う木須田さんを放置して、組長に向き直る
「組長、じゃなかった叔父さん、僕が木須田さんを助けたいのは………………この気丈に振る舞う木須田さんを滅茶苦茶にしたいからです!」
「ほお……」
ニタニタと微笑む叔父さん
「待って下さい木令くん!」
言葉の意味が分からず慌てる木須田さん
「正確にはポーションを対価に嫌がる彼女を恥ずかしめたい!!」
「最低ですこの人!助けを求める人を間違えました!!」
正座したまま畳をダンっ!と叩き悔しがる
「きっと彼女なら母親の命を救った僕言う事を、嫌悪しながらも羞恥に震え従ってくれるでしょう」
「酷いっ、本当に酷いっ!」
「ほら今も、母親の為に逃げ出さずにいるのだから」
「……あなた絶対にいい死に方しませんよ」
軽蔑の眼差しを送る木須田さんを、僕は優しく撫でる
直後にバシンッと手を払われた…………うん、このくらいでいいかな
僕は姿勢を正し、叔父さんの目を真っ直ぐに見た
「叔父さん、さっきの説明で二親等までは事後報告で良いって言ってたよね?だったら僕が木須田さんと結婚したら、彼女の母親にはギリギリ使えるって事だよね?」
「なっ!」
驚く木須田さんを他所に僕は叔父さんの目から視線を外さない
叔父さんは、さっきまでニヤニヤしていたのが嘘みたいに真顔になり
「お前はそれでいいのか?」
まるで全部見透かしたかのように問い掛けてきた
「これが最善だと思うから……僕は後悔しないよ」
「私が後悔します!ふざけないで下さい!何であなたみたいな人と!」
木須田さんが喚いているから、ポンと頭に手を置いて落ち着かせようとするけど、バシッと払われた
僕は払われた手を擦りながら
下卑た笑顔を向けた
「ぐへへへへ、お袋さんを治したかったら僕と結婚するんだな」
「あなたは最低のクズです!!」
罵倒を浴びせながらも彼女は動こうとしない
母親を助ける為には、他に方法が無いと悟ってるんだろう───凄いな、本当にお母さんの事が好きなんたろうな……そしてやっぱり強いなー
「いいのかい、そんな口を開いて?僕と結婚する以外にお母さんを助ける手段はないよ?それとも今からポーションを譲ってくれる人を探す?」
「っ……」
悔しそうに口を噛みながらも、涙は見せない
そんな彼女を見かねて、叔父さんが助け舟を出した
「ハァー、確かに結婚するしかポーションを渡せる手段は無いが、振りだけでいい……監査の目を誤魔化す為に一緒に住んで貰う事になるが、それだけだ。手は出させないと約束しよう」
叔父さんならそう言うよね、基本お人好しだから
でも、それだと僕にメリットがない───それは駄目だ
叔父さんの言葉に顔を綻ばせる木須田さんに、僕は非情を突き付ける
「だけど僕の命令には絶対服従だよ、じゃないと結婚してあげないからね(ニッコリ)」
「っ!…………」
「おい、空!」
「安心して叔父さん、エロい命令はしないから………………ただし合意の場合は除く」
「それって!」
悔しげに悩み始める木須田さんをニコニコしながら見詰める
平静を保っているけど、心臓がバクバク鳴ってうるさい……慣れない事はするものじゃないね
「まったく空は……で、どうする?残念な事にポーションを手に入れる方法はこれと結婚するしかないぞ」
叔父さんの失礼な言葉に木須田さんは、チラッと僕を睨み付けながらも
「お、お願いします……彼と結婚すればお母さんを救えるなら、喜んでします……だから……だからお願いです、お母さんを助けて下さい」
手だけでなく、全身を震えさせながらも、彼女は深々と頭を下げた
それを見た叔父さんは、深い深いため息と共に
「わかった、書類を準備する……お前らは本当に馬鹿だ……」
呆れかえった顔で、お茶をイッキ飲みした
その後ハウスキーパーの黒服さんが五分で結婚届けを持って来てくれたので、その日の内に受理してもらい、その足で彼女の母親へポーションを投与した
初めて見るけど、ポーションってチートだね
見る見る内に顔色が良くなり、か細かった心音計が正常な音を奏で始めたんだから
医者から、もう大丈夫ですよと聞いて泣き崩れる木須田さんを見届けると
僕と叔父さんは家へと戻った
───
──
─
「お前は本当に馬鹿だな、素直に一目惚れしたと言えばいいのに」
家に着くなり叔父さんがため息混じりに貶してきた
「やっぱりバレてた?」
「バレバレだ!何年の付き合いだと思っている、俺はお前が産まれた時から知ってるんだぞ」
あははー、と力なく笑う
「でも、ポーションを使うには他に方法が無かったんでしょ?」
「アホかっ、俺が言ってるのは、わざわざ嫌われる真似をした事に対してだ!どうせ下らない事を考えていたんだろが!」
「下らない事か……うん、とっても下らない理由だよ」
自然と笑みが零れた、だって本当に下らない理由なのだから
僕は一週間前に家族を失くした
父も母も爺ちゃんも婆ちゃんも……木須田さんとは違って、家族の為に結婚しろと言われたら躊躇したと思うけど、普通に幸せだった家族を突然失くした
木須田さんにはそんな思いして欲しくなかった
家族を失くすのは想像以上に辛いのだから───でも本当の理由はそうじゃない
僕は泣きながら過ごした葬式の日に突き付けられたのだ───人の醜さを
誰もが表面上は同情しながらも、決して手を差し伸ばしたりしなかった
口では可哀想と言いながら、誰も僕を引き取るとは言わなかった……逆に、遠回しに押し付け合う始末だ
遅れて来た叔父さんが引き取ってくれなかったら……僕はきっと、親の僅かな貯金を手に一人で生きる事になっただろう
───だから僕は同情されるのも、同情されたと思われるのも、大嫌いだ!
特にそれが一目惚れした相手からなんて、考えただけで虫酸が走る
同情されたと思われるくらいなら、嫌われた方がマシだ!
僕の笑みに、叔父さんはため息で応じた
「ハァー、どうするんだこれから?言って置くが別居も離婚も最低三年間は無理だからな、過去に偽装結婚でポーションを横流ししたのが問題になってるんだから」
「と言うことは合法的に…」
「嫌がる相手とヤルとか、死にたいのか?渡すぞ引導」
あっ、これ冗談が通じない雰囲気だ
「や、やだなー、僕がそんな事するわけないじゃないですかー」
「ならいいが、誤解は解けよ……これから一緒に暮らすんだ、ぎすぎすした空気とか、俺は嫌だぞ」
ん?誤解ってなんだ?
僕がキョトンとした顔をしていると、叔父さんは慌て始めた
「お、おいまさか?」
「無理矢理エッチはしないけど、羞恥プレイはOKでしょ?その契約でポーションを譲ったんだから」
「お、お前なー!」
頭を抱える叔父さんを尻目に居間を後にする
これから面白くなりそうだ、とりあえず学園で彼女と無理矢理結婚した事を、それとなくバラさなければならない
空気を読まない自己紹介をやってて良かった、同じようにやれば疑われないだろう
そして僕が惚れてるのがバレない為にも、恥ずかし命令をしよう
最初は軽めにダーリン呼びを徹底させようかな?クラスメートには木令に名字が変わったから、新妻さんと呼んでと言わせようかな?
うん、転入して良かった、楽しい学園生活が送れそうだ
僕は笑顔のまま天井を見上げると
……だからさ、心配せずに天国を満喫しててよ
僕は大丈夫だからさ……
見えない空へ向かって語りかけた
★★★
遥か空の彼方の彼方
雲の隙間から覗いている4つの人影が見える
一人は男、ガッカリしたように肩をすぼめ
「ハァー、意気地がないと思っていたが、ここまでヘタレだったとは」
一人は女、あらあら困ったわねーと手を頬に当て
「大方、好きな子に嫌々ながら結婚されるくらいなら、自分から嫌われようと思ったのかしら?心の中で言い訳してるのが手に取るようだわ」
残りの二人は男と女、まるで幼子を愛でるかのように
「青春じゃのー」
「そうですねお爺さん」
遥か空の彼方の彼方
彼の思う心配はされてなかったが、違う意味で心配されていた
好きな子にだけ意気地が無くなるキャラが好き