第1章 ルーアンに忍び寄る影 ①
第1章 ルーアンに忍び寄る影 ①
思いのほか制服の仕立てが早く終わったアイネとクライネの2人はお昼ご飯を食べる前に、もう一ヶ所くらいお店を回って買い物をすることにした。
とは言っても、何か目的があるわけではなく、ぶらぶらと街の賑やかな通りを歩きながら、何か目に留まったものがあれば寄り道をする、と言うスタイルだ。
アクセサリーショップや食事処など、学院生活にはあまり関係ない店舗の軒先を覗きながら、潮の匂いに誘われて、なんとなく港町の方に歩いていく二人。
海が近づくにつれ、一般的な商店は数を減らし、漁師や水兵が利用するであろう食事処、酒場と輸入品などを取り扱うのだろうか、大規模な卸業者の倉庫や直売所が並ぶ一角へとやってきた。
「みて、アイネ!海だよ!海が見える!」
「ほんとね!村からルーアンに来る途中も遠目で見えていたけど、実際に港から見る海はなんだか違うふうに見えるわね」
途中から、これ以上進んでも入学準備のためになるような買い物ができるお店はない、と薄々感づいていた二人だが、山奥の田舎育ちの身としては近くで海を見たい、と言う誘惑に勝てず、港近くの市場までやってきた。
「あら、何かしら……時間的にはもう市場はしまってるはずなのに結構人が集まっているわね?」
アイネが不思議そうにつぶやく。
通常であれば、その日揚がった魚などの取引は早朝から始まり、午前中の早い段階で市場をたたんでいるはずが、市場の敷地の一角ではまだ数人の人間が集まっている。
二、三人であればただの井戸端会議だろうが、遠目で見ても20人以上は集まっており、何やら話し合いをしているようだ。
「……から、原因は置いといて……出てきた魔……理だけでも……!!」
気になり近づいていくと、漁師とみられる男たちが声を荒げて何やら訴えているようだ。
話し合いをしているのは漁師と役人だろうか。数人の水兵もおり、みんな一様に難しい顔をしている。
そんな中、人の集まりの少し外側に、学院の制服を着た男女の姿があった。年の頃は14〜15くらいだろうか。
男子の方は170センチほどの、年齢にしては目立つその長身に見合うだけの肩幅、体格をしており、制服の上からでもわかるくらいに鍛えられた肉体をしている。
髪色はクライネと同じく黒髪で、短く刈り上げた髪型からも精悍な印象を受ける。
整ってはいるが、少し彫りの深い、濃い顔をしており、将来はかなり強面の軍人になることが想像できる。
その両腕にはかなり上等な作りの手甲が装備されており、そのこともイメージ形成に一役買っている。
女子の方は対照的に、少し青みがかかった長髪を髪留めで留めて後ろに流しており、柔らかな印象を受ける垂れ目が特徴的なとびきりの美人だ。
身長はアイネとより少し高いくらいなので、年齢を考えると少し低めだろうか。落ち着いた様子で話し合いを静観しており、穏やかな表情ながらも何か思案している様子だ。
腰には剣帯の代わりに、魔法発動用と思われる杖と、小さなポーチを装備している。この国の魔法兵士の標準的な装備だ。
最初にクライネたちに気がついたのは男子生徒の方だった。
「よう、お前たち見たところ次年度の新入生か?見覚えはないし、制服着てないし……ここは今ちょっと立て込んでるからな、観光なら後にしたほうがいいぞー。ま、もっともセリをしてない市場なんて見ても面白れぇもんでもないけどよ」
見た目に反して、かなりフランクに話しかけてきた先輩(?)に対して、アイネは面食らいながらも姿勢をただした。……クライネは小さくなって幼なじみの背中に隠れた。
「あら、御機嫌よう。気がつかなくてごめんなさいね。アッシュの言う通り、見物なら今じゃないほうが良いと思うわよ」
女子生徒の方も二人の存在に気付き、声をかけてくる。見た目のおっとりした印象とは少し違い、凛とした声でそう話しかけてくる。
どうやら男子生徒の方はアッシュと言う名前らしい。
「あっ……失礼しました、私はアイネと申します。後ろのは私の幼なじみのクライネです。学院に入るために田舎から出てきたばかりで、海を近くでみようとしたらここに着きまして…」
「……ク…ネです…ごめ…い」
「おお、じゃあ来月から後輩だな!俺はアッシュ、よろしくな。クライネ?は声がちっさくてよくわかんなかったけど、とにかくよろしくな!」
「私はアリサよ、ようこそルーアンへ。こんな時じゃなかったら街の案内の一つでもしてあげたいところだけど……そうもいかないわね」
アリサと名乗った女子生徒は、そう言いながら先程から言い合いを続けている大人たちの輪に目を向けて、ため息を一つこぼした。
「あの、何かあったんでしょうか?」
鬼気迫る様子の大人たちを不審に思い、アイネがそう尋ねる。
こういったときに話すのは当然のようにアイネの役割だが、クライネも魔獣の発生は気になるのか、アイネの後ろから出てきて話を聞く体勢になる。
「……実は数週間前から漁獲量が減っていて不審に思ってたんだが、今日は漁船が壊れる被害が出てな…漁師の皆さんの話によると、どうやら水棲の魔物が近海に集まってるようでよ……」
「アッシュ!あなたはまた……っ!彼らはまだ入学前よ、そんなに簡単に執行部案件を無関係の人に口外しないでっていつも言ってるじゃない!」
あっけらかんと事情を教えてくれるアッシュとそれを咎めるアリサ。
アッシュは軽い感じで「わりいわりい」と悪くなさそうに言っているので日常茶飯事なのだろう。
この人たちも自分たちと同じくデコボココンビだな、と場違いな感想を抱きつつ、アイネは興味を惹かれ、さらに踏み込んで聞いてみる。
「海なら魔物がいることはそんなに不思議じゃないような気もしますけど……珍しいことなんですか?」
小競り合いを続けていた先輩二人にそう投げかけると、観念した様子でアリサが答えてくれた。
「はぁ……一番機密だった魔獣の発生はこのバカが早速話しちゃったし、あなたたちもこの話だけ聞かされても不安しかないだろうから説明するわ。でも今回だけですからね、私が執行部の案件を部外者に話すのは」
執行部って何だろう?と言う新しい疑問はとりあえず脇に置いておき、アリサから状況を教えてもらう。
アリサ先輩曰く、ルーアンの港町は国内最大の要所として、防衛設備や水兵の数などが十分に揃えられている。そのため、陸海空問わず、あまり魔獣が近寄らず、今回のように実際に被害出るレベルはかなり珍しいとのことだった。
「そこで、漁師の皆さんから魔獣をどうにかして欲しいって要望が出されたわけだけど、まだ魔獣の種類も数も掴めないし、どうにも対策が打てなくて困ってたんだよなぁ」
髪を搔きあげながら、本当に困った様子でアッシュがぼやく。
「学院にも調査協力の依頼が出されたので、代表として私たちが担当してるのよ。ちょうど今は長期休暇中で、すぐに動ける執行部員が私たちしかいなかったの。本当は会長がいてくださったら心強いのだけれど……無い物ねだりをしてもしょうがないわよね」
どうやら執行部というのは、何かトラブルが起こったときに先頭に立って事に当たる学生の集まりのようだ。名前の響きからは自治組織のような印象も受ける。
正直なことを言えば、先輩にもっと色々聞いてみたいという思いもあったが、自分たちがいても邪魔になってしまうだろうと思ったため、アイネとクライネはこの場を辞す事にした。
「教えていただいてありがとうございました。それと、お邪魔してしまい申し訳ありませんでした、私たちは街の方に戻ろうと思います」
「あの、その、邪魔しちゃってごめんなさい……しつれいします……」
クライネも、慣れないながらも失礼にならないよう、最大限大きな声で挨拶をする。
「あらあら、そんなに緊張しなくても良いのよ。せっかく会えたのにごめんなさいね、よければ今度また改めて挨拶させてね」
「そうだぞ、そんなに気負わないでくれるとありがたい。今度は街でも案内してやるからな!」
初対面の新入生にも丁寧に接してくれた先輩に好印象を抱きつつ、二人に別れを告げて港から街に戻るアイネとクライネ。
今までなかった魔物の発生、という事態にモヤモヤとした不安を抱えた二人だったが、ルーアンの街にジワジワと忍び寄る異常事態は、これで終わりではなかった。