序章⑤
「アンタたち、朝から入学手続きしてたんじゃ昼飯はまだ食べてないだろう?よかったら私が作ってやるから食べてから出かけな!」
ティタからのありがたい申し出に2人は是非もなくご馳走になることにした。
男子寮の1階にある食堂は、通常であれば一度に100人弱ほどは食事が取れるそうだ。
もちろん、その分厨房も料理人も多く、学期中は常時20名ほどの料理人が学生のためにその腕を奮ってくれるらしい。
現在はガラガラの食堂の隅っこの席(もちろんクライネの希望で)に座った2人は、他愛もない話をしながらティタの料理を待つ。
程なくして、厨房から食欲をそそる匂いが漂ってきた。
「お待ちどう!今日は記念すべきアンタらの初日だからね、腕によりをかけて作ったよ!滅多に揚がらない深海ザメのステーキさ!」
香ばしいソースの匂いが2人の食欲を刺激する。
朝食に東門の前でボソボソした保存食を食べたっきりの2人は、一口目からティタに胃袋を握られたようだ。
感想を言うこともなく、とにかく口を動かした。いつも少食なクライネもお代わりをしたほどだ。
(アイネは3度お代わりを要求した)
「……ふうっ、あーお腹いっぱい!ティタさん、とっても料理が上手なのね!お母さんより美味しかったかも!」
「ごちそうさまでした、ぼくも、もうお腹いっぱい……」
「はいよ、お粗末様。そんなに喜んで食べくれると作り甲斐があるねぇ」
「これからずっとこんな美味しい料理が食べられるなんて幸せだわ!……あっ、でも男子寮にこなくちゃティタさんの料理は食べられないのよね……」
「おだてたって何も出ないよ。それにいつでも私が作れるわけじゃない。まぁ他の料理人も、もちろん女子寮の料理人も、私以上のコックばかりだから安心おし」
「都会はすごいなぁ……」
いまいち都会というものに対するイメージが曖昧なクライネのつぶやきでひとしきり笑った後、楽しい昼食の時間はお開きとなった。
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「さてと、お腹も一杯になったことだし、早速街を見て回りましょうか!といっても、広すぎてどこから見たら良いかいまいちわからないけど……」
「そうだね、僕はイーゼルおばあちゃんのお店だったら何時間でもいられそうだけど」
寮で少し早めの昼食をとった後、2人は早速ルーアンの街に繰り出した。
田舎の村で育った2人にとっては見るもの全てが珍しく、街の大きすぎるスケールのせいもあり、どこから見物しようか悩んでいた。
「入学まではまだかなり余裕があるから、基本的には学院で必要なものを揃えるために買い物をしつつ、何か気になる場所とか店があったらいってみましょ!」
寮の前の大通りを期限が良さそうな足取りで歩くアイネがそう言うと、不安ながらもワクワクが隠しきれないクライネも同意し、学院用品店が並ぶ一角へと足を向ける。
学院の職員の話によれば、教科書や制服、教練用の武具など、学院生活で必要なものに関しては一部の高級品を除き、基本的に学生証を提示すれば無料で買えるらしい。
日々の食費についても、3食寮で食べるならば支出は発生しない。学生として最低限の暮らしをするのであれば、無一文でも十分すぎるほどの環境が整っており、国がこの学院にどれほど力を入れているのかがよくわかる。
しかしそこは遊びたい盛りの年頃、必需品ではないが、アクセサリーやお菓子、ちょっと背伸びをした剣など、学生の購買意欲を掻き立てるアイテムもたくさんある中、全てを我慢するのは酷と言うものだろう。
そんな学生への救済措置として、学院内では街の内外から出されるさまざまな依頼を学生に斡旋し、達成報酬を得られるシステムもある。
建前上は高等教育機関だが、実質的に兵士育成機関の色が濃いこの学院には、魔獣の討伐やレア素材の採集など、一見学生に出すのは憚られるような内容の依頼も混ざりこんでいるようである。
閑話休題。
まず2人は、仕立てに時間がかかるであろう制服を用意するため、学院指定の服飾店に向かった。
「なんか、びっくりするくらいさらっとおわっちゃったね」
「そうね、しかももっと時間がかかるかも、と思ってたのに、今日の午後にはできるなんて……やっぱり私たち、相当早く着きすぎちゃったみたいね」
仕立てといっても、やることは基本的に決まったサイズの指定制服を選び、裾上げなどの確認をするだけだったため思いのほか早く用事が済んでしまった。
しかも今は八の月が始まってすぐ、入学、進級準備のために街に滞在している学生が少なく、服飾店も暇を持て余していたようだ。
「でもクライネ、ギリギリでも入るサイズの制服があってよかったわね?それでも結構ブカブカだったけど…ふふっ」
「気にしてたんだからそんなに笑わないでよ……それに服屋のお姉さんも男の子はすぐ大きくなるから、って言ってたもん!」
一番小さいサイズの制服を、さらにギリギリまでサイズ直しをしてもらったクライネが珍しくアイネに噛みつく。小さいことは彼の最大のコンプレックスだった。
「別にバカにしてるわけじゃないわよ、それにクライネは小さくて可愛らしい方が似合ってると思うわ。背が伸びて頼り甲斐のあるクライネなんて想像できないもの」
昔からの幼馴染といっても、普段から姉と弟のように接しているアイネは悪気なくそう言うが、そんな幼馴染(姉)の発言にさらにほっぺを膨らませるクライネだった。