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クラフト×クラフト  作者: カキナ サイ
3/11

序章③

 イーゼルの店を後にした二人はどこかほっこりとした気持ちで入学手続きのための事務室がある本校舎に向かっていた。


 ほっこりとした気分の理由はもちろん、イーゼルとの出会いだ。

 初めて大人抜きで遠出をしてきたこともあり、知らず知らずのうちにため込んでいた不安とストレスを彼女との会話の中で幾分か和らげることが出来たらしい。


「ねぇアイネ、入学の受付をした後はどうするの?」


「うーん、特には決めてないのだけれど……取りあえず

 どこかでお昼ご飯を食べない?その後のことは食べながら決めれば良いと思うわ」


「そうだね、どうせ八の月はあと3週間もあるし、のんびりしてればいっか。良いお店も見つけちゃったし、なんだか楽しみだなぁ!」


 そう言いながら歩くクライネの表情からは先ほどの工具店に入り浸るんだ!

 という強い意志のようなものがにじんでおり、アイネはため息をついてしまう。


「あのねクライネ、確かに3週間あるけど、別にやることがないって訳じゃないのよ?

 学院の制服だって仕立てて貰わなくちゃいけないし、工具の他にも戦闘教練用の模造武器とか、教科書とか揃えなくちゃいけないんだから」


 そう、これから二人は五年間もの期間、この街で暮らしていかなくてはならないのだ。

 アイネが言ったように、学院生活で必要なものの他にも、日常生活をおくる上で揃えなくてはならない必需品も買わなくてはならない。

 そのことを改めて思い出させられたクライネは、ゆっくり観光したり、趣味に走ったりする時間がないことに落ち込んでいる様子を見せる。どうやらいまいち遠足気分が抜けてないらしい。


「お母さんたちも言っていたでしょう?遊びに行くんじゃなくて学院に通うのだから楽しいことばかりじゃないって」


「それはわかってるんだけどさぁ…」


「とにかく!先のことはあとで考える、まずは手続きを終わらせちゃいましょう。ほら、もうすぐ校舎に着くわよ」


 学院の門をくぐり1キロほど歩いただろうか、ようやく二人の前に本校舎の正門が現れる。

 校舎と言っても見た目は完全に城であり、間近で見ると改めてその迫力に圧倒されてしまう。

 城の頂点は雲に届きそうなほど高く、資料によれば横幅・奥行きもそれに見合った規模で作られているらしい。

 その上、城の後ろには戦闘の実地訓練に使える広大な森や沼地、研究所や図書館など、多数の施設が用意されているというのだから恐れ入る。

 いかに国が人材育成に力を入れているかが分かるが、それにしたって手がかかりすぎているのではないかというのが市井の一般的な見解である。


 二人はそんな豪華な城に足を踏み入れた。

 瞬間、イーゼルの店から続いていたどこかほんわかした気分は蜘蛛の子を散らすように霧散した。


「「うわぁ……」」


 同じ音が二人の口から漏れ出る。

 生まれてからずっと田舎の村で暮らしてきた二人には街の建築事情は分からない。が、この建物が桁違いだと言うことを改めて実感させられた。


「外観は今までも資料で見てたから意外と驚かなかったけど…」


「流石は学院、と言ったところかしら。中身もとんでもないわね」


 入り口から入った瞬間に目に飛び込んできたのは一面に広がる白。

 綺麗な大理石で敷き詰められた床が天井や壁からの光に照らされて美しく輝いていた。

 そこは大きな広間になっており、学期が始まれば多くの生徒たちで溢れかえるロビーとなる。

 所々にソファーやテーブルが置かれている以外は、全校生徒に向けたアナウンスが張り出される巨大な掲示板と学内の案内板が置かれている程度だ。


 現在は学院の制服を着た2~3人の生徒のグループが広い空間の中にまばらに席を取り談笑しているが、門から入ってきたクライネたちに特に関心を示している様子はない。

 この時期に手続きにやってくる新入生が珍しいものではないからだろう。

 一目向けるとすぐに談笑に戻っていった。


 アイネとクライネが城の内部に圧倒されながらもロビーをぐるりと見回していると、部屋の一角にガラス張りで区切られた空間があり、中で何人かの大人が作業しているのが見えた。

 学内案内板によるとどうやら事務室はあそこらしい。


「アイネ、僕たちすっごい場違いなんじゃないかな……」


「今は私服だし、余計にそうかもね……」


 不安そうなクライネをいつも叱咤する立場のアイネも今回は流石に歯切れが悪く、苦笑いしながら答えた。


「制服さえ着れば、見た目はそれっぽくなると思うわ。見た目はね。あとは私たちの慣れ次第でしょうね」


「早く手続きを終わらせて外に出ようよぉ……」


 とても恐縮してしまっている二人だが、この場の雰囲気に最初から違和感を感じないのはもともと街にに住んでいる貴族階級の子どもたちくらいなもので、この二人が特別な訳ではない。


 二人はおそるおそると言った表情でロビーを進み、ガラス張りの事務室のドアを遠慮がちに開けるのだった。




------------------------------------------------------------------



ガラス張りの事務室の内部に足を踏み入れると、それまでは聞こえなかった室内の喧騒が二人の耳を打った。


 どうやら学院の職員が新学期が始まるに当たっての事務仕事に追われている様だ。

 室内には15名ほどの事務職員が詰めており、カウンターの向こう側の作業スペースで書類の整理をしたり手紙をしたためたり、皆が忙しそうに動き回っている。

 部屋の広さは15名が動き回っても狭くない程度はあるようだったが、中におかれている書類の山や備品とおぼしきパイプ椅子などのせいで手狭に見える。


「(イメージより雑多な感じ……)」


 などとクライネが考えていると、入室してきた二人に気がついた20代半ば程の女性事務職員がカウンターにやってきた。


「あー、君たちは見たところ来月入学の新入生かな?入学の手続きかしら?」


 彼女は職員にしては少々軽い口調で二人に話しかける。


「はい。北の田舎からやって参りました、アイネと申します。こちらは同じくクライネといいます。手続きをお願いしようと思って来たのですが、お忙しいようなら日を改めたほうがよろしいでしょうか?」


 アイネは少し緊張した様子で実家に届いた入学案内を出し、用件を伝える。

クライネのことも紹介したのは、初対面の人に対して名前と用件を伝えるのはクライネにはできないだろう、という長年の経験によるもので、実際にクライネはその横でおずおずと案内を取り出し、出会い頭に謝り始めた。


「あの……ほんとに忙しかったら大丈夫です……ごめんなさいごめんなさい」


 そんな対照的な二人を見ていた職員は思わずポカンとしてしまうが、すぐに気を取り直して対応してくれる。


「いやー、いいよいいよ。今から手続きしちゃおうか。時間20分位かかっちゃうけど大丈夫かな?」


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします!」


「……お願いします」


 ============================



「ほいっと。じゃあサインしてもらうのはこの書類で最後ねー」


 手続きの開始から約5分後、ざっくりとした説明を受けながら次々に出される書類にサインを書き込んでいたアイネとクライネ。やっとのことですべての書類にサインを書き終え、貸し出されたペンをカウンターに置く。


「さて、それではいよいよ学院での注意事項やらなんやらのめんどくさい説明をするわよ。さっき渡した冊子に一通り書いてあるから目で追いながら聞いてね」


「は、はい。よろしくお願いします」


 どうやらこの女性職員は相当ノリが良い……というか、有り体に言えば軽い性格のようである。これで学院の事務が務まるのだろうか、と疑いの念を持ちながらもアイネは先を促す。



マニュアルなのだろうか、詳細な説明に入る前に職員は姿勢を正し、1つ咳払いをしてから話し始めた。


「まずは学院の基本的なシステムについてよ。もう知っているとは思うけど規則だから説明させてもらうわ。この学院は王立、その名前の通り国王、ひいては王国が運営している高等教育機関です。10歳からの5年間、様々な勉学に励んでもらいます」


 細かな学則事項まで載っているであろう、そこそこ分厚い冊子に目を通しながら説明を受けていく。


「ご存じのようにこの学院の存在意義は安定した国防力の確保にあるため、適正があるとされた生徒は卒業後、兵士としての任についてもらうことになるわ」


 アイネの横で説明を聞いているクライネが不安そうな瞳で手元の資料に目を通している。

 高等教育の形をとっているこの徴兵制度は、この国に育ったものであれば常識として生まれた時から知っているものなのだが、いざ自分が軍人として取り立てられる可能性を前に改めて気分が沈んでいるらしい。


「(だからクライネみたいなのが軍属になる訳ないってさんざん言ってるのに。むしろクライネと一緒に村に帰れるように私はそこそこ手を抜かないとかもしれないわね……)」


 見た目の印象からいくと、アイネは少し小柄なかわいらしい女の子であるが、実は相当に高い身体能力を持っている。と言っても、とてつもない怪力という訳ではない。身のこなしがずば抜けているのだ。


 暮らしてきた田舎では同年代の子どもはクライネしかおらず、彼は引きこもりがちな少年だった。

 もちろん、クライネを誘って外で遊ぶことが無かったということはないのだが、自然とアイネは一人森や山で遊ぶことが多かった。

 野ウサギを追いかけたり、木に登って蔦を使って他の木に飛び移ったりしているうちに、いつしかアイネは自然の中を野生動物もかくや、というスピードで走り回れるようになっていた。

 そしてその敏捷性は、今日の軍の戦闘技術において最も重要視されていることを彼女は知っているのだ。


 この世界における戦闘はその大部分を武器防具の性能に頼っている。


 この世界の武器防具とは、岩や木、鉄など、その素材となったありとあらゆる素材が内包する魔力を引き出し、素材に造形を施すことでその力を付与・固定したものである。

 一番有名で世間一般で広く使われているものとしては、樹齢が長い木の木材から「生命力」に特化した魔力を抽出し、その木材を鋭く研磨したものに付与させた剣があげられる。

 その剣の特性は『再生』、芯から砕けない限りは、刃こぼれしても折られたとしても次第に刃が再生するため、切れ味が落ちることなく戦闘を継続する事ができるのが最大の利点だ。

もちろん、いくら鋭く研磨したと言っても、もとが木材なので鉄を切ったりすることはできないが、獣駆除用などとしてならば、十分以上の性能が保証されている。


 素材や抽出する魔力の質によって攻撃力や防御力が決まってしまうため、扱う人間の膂力はそれほど重要視されない。強い攻撃をしたかったら攻撃性能の高い武器を使え、と言うわけだ。

 そのため、強力な攻撃をいかに敵に当て、相手の攻撃をいかに躱すのか、すなわち敏捷性こそがもっとも重要な要素となってくる。


 もし学院での5年間本気で鍛錬を行えば、自分が兵士として取り立てられることになる確率が高いだろうとアイネは考えており、そしてその考えはあながち間違っていない。

 卒業後はクライネと一緒に村に戻り、面倒を見てあげないと!と考えているアイネとしてはあまり優秀な成績を出して目立つのは避けた方が良いだろう。


 アイネはそんなことを考えながら、さらに長々と続く女性職員からの説明をぼんやりと聞き流し続ける。

 彼女としては、どうせ手元の冊子に詳しく書いてあることを読んでいるだけなのだから入学前に自分でしっかり確認すればいいだろう、というのが本音だ。

 しかし、横で聞いているクライネは根がまじめなのか、聞き流すという発想に至ってないらしく、不安な表情で説明を聞き続けていた。


 授業内容の説明を受けた時に、造形学の授業について話を聞いたクライネがそれまでとは打って変わって食い気味に女性職員を質問責めにするという場面もあったが、おおよそ時間通り、20分と少しで二人の入学手続きは終了した。


「あー、やっと終わったわ。あなたたちもお疲れさま。まぁ全部その冊子に書いてあるから不明点は復習でもして補完しておいてね。一応私は週末の休養日以外はこの事務室にいるから、なにかあれば訪ねてきてちょうだい」


 事務の女性職員が大きな伸びをして体をほぐしながら二人に話しかける。

説明の時に言葉遣いが丁寧になるのはやはりマニュアルだったのだろうか。


「はい、あ……ありがとうございました。今日から気をつけなくちゃいけないのは寮の規則くらい……って認識で大丈夫ですか?」


 さすがに30分近く話していて緊張が解けたのか、クライネがおずおずと職員に問いかける。


「そうね、その認識で問題ないわ。街の治安も問題ないし。後は入学までの間に制服とかの必要なものを全部調達しておくこと。基本的には全部学院の敷地内にある商店でそろえることができると思うけど、こだわりがあれば学外で買ったものを持ち込んでも構わないわよ」


「了解しました。今日はお忙しいところ本当にありがとうございました。このあとはとりあえず寮に挨拶にいって、それから必要なものの準備を始めたいと思います」


 アイネが礼儀正しくお礼を述べ、事務室を後にしようとしたとき、


「いいのよ、これもお仕事だから。……それより、ずっと気になってたんだけど二人は姉弟なのかしら?双子にしては似てないけど、完全にお姉ちゃんと弟くんって感じよね。それとも、まさか恋人だったり?」


 フフッと笑いながら、好奇心全開で聞いてくる。


「えっ、あの、私とコイツはそういうのではなくてですね、単なる田舎村の幼馴染です」


「そうです、僕たちの村は子供が僕らしかいないからいつも一緒だったし、アイネはいろいろ助けてくれるのでお姉ちゃんみたいですけどね」


お互いに一切意識していない2人は、からかわれたという意識もなくそう答える。

 


 イーゼルの店を後にした二人はどこかほっこりとした気持ちで

 入学手続きのための事務室がある本校舎に向かっていた。


 理由はもちろん、イーゼルとの出会いだ。

 初めて大人抜きで遠出をしてきたこともあり、

 知らず知らずのうちにため込んでいた不安とストレスを

 彼女との会話の中で幾分か和らげることが出来たらしい。


「ねぇアイネ、入学の受付をした後はどうするの?」


「うーん、特には決めてないのだけれど…取りあえず

 どこかでお昼ご飯を食べない?その後のことは食べながら決めれば良いと思うわ」


「そうだね、どうせ八の月はあと3週間もあるし、のんびりしてればいっか。良いお店も見つけちゃったし、なんだか楽しみだなぁ!」


 そう言いながら歩くクライネの表情からは先ほどの工具店に入り浸るんだ!

 という強い意志のようなものがにじんでおり、アイネはため息をついてしまう。


「あのねクライネ、確かに3週間あるけど、別にやることがないって訳じゃないのよ?

 学院の制服だって仕立てて貰わなくちゃいけないし、工具の他にも戦闘教練用の模造武器とか

 教科書とか揃えなくちゃいけないんだから」


 そう、これから二人は五年間もの期間、この街で暮らしていかなくてはならないのだ。

 アイネが言ったように、学院生活で必要なものの他にも、日常生活をおくる上で揃えなくてはならない

 必需品も買わなくてはならない。

 そのことを改めて思い出させられたクライネは、ゆっくり観光したり、趣味に走ったりする時間がないことに

 落ち込んでいる様子を見せる。どうやらいまいち遠足気分が抜けてないらしい。


「お母さんたちも言っていたでしょう?遊びに行くんじゃなくて学院に通うのだから楽しいことばかりじゃないって」


「それはわかってるんだけどさぁ…」


「とにかく!先のことはあとで考える、まずは手続きを終わらせちゃいましょう。

 ほら、もうすぐ校舎に着くわよ」


 学院の門をくぐり1キロほど歩いただろうか、ようやく二人の前に本校舎の正門が現れる。

 校舎と言っても見た目は完全に城であり、間近で見ると改めてその迫力に圧倒されてしまう。

 城の頂点は雲に届きそうなほど高く、資料によれば横幅・奥行きもそれに見合った規模で作られているらしい。

 その上、城の後ろには戦闘の実地訓練に使える広大な森や沼地、魔装具関連の研究所や図書館など、

 多数の施設が用意されているというのだから恐れ入る。

 いかに国が人材育成に力を入れているかが分かるが、それにしたって手がかかりすぎているのではないか

 というのが市井の一般的な見解である。


 二人はそんな豪華な城に足を踏み入れた。

 瞬間、イーゼルの店から続いていたどこかほんわかした気分は

 蜘蛛の子を散らす勢いで霧散した。


「「うわぁ……」」


 同じ音が二人の口から漏れ出る。

 生まれてからずっと田舎の村で暮らしてきた二人には

 街のの建築事情は分からない。が、この建物が桁違いだと言うことを改めて実感させられた。


「外観は今までも資料で見てたから意外と驚かなかったけど…」


「流石は王立魔法戦術学院、と言ったところかしら。中身もとんでもないわね」


 入り口から入った瞬間に目に飛び込んできたのは一面に広がる白。

 綺麗な大理石で敷き詰められた床が天井や壁からの光に照らされて美しく輝いていた。

 そこは大きな広間になっており、学期が始まれば多くの生徒たちで溢れかえるロビーとなる。

 所々にソファーやテーブルが置かれている以外は、

 全校生徒に向けたアナウンスが張り出される巨大な掲示板と学内の案内板が置かれている程度だ。


 現在は学院の制服を着た2~3人の生徒のグループが広い空間の中にまばらに席を取り談笑しているが、

 門から入ってきたクライネたちに特に関心を示している様子はない。

 この時期に手続きにやってくる新入生が珍しいものではないからだろう。

 一目向けるとすぐに談笑に戻っていった。


 アイネとクライネが城の内部に圧倒されながらもロビーをぐるりと見回していると、

 部屋の一角にガラス張りで区切られた空間があり、中で何人かの大人が作業しているのが見えた。

 学内案内板によるとどうやら事務室はあそこらしい。


「アイネ、僕たちすっごい場違いなんじゃないかな…」


「今は私服だし、余計にそうかもね……」


 不安そうなクライネをいつも叱咤する立場のアイネも今回は流石に歯切れが悪く、

 苦笑いしながら答えた。


「制服さえ着れば、見た目はそれっぽくなると思うわ。あとは私たちの慣れ次第でしょうね」


「早く手続きを終わらせて外に出ようよぅ」


 とても恐縮してしまっている二人だが、この場の雰囲気に最初から違和感を感じないのは

 もともと街にに住んでいる貴族階級の子どもたちくらいなもので、この二人が特別な訳ではない。


 二人はおそるおそると言った表情でロビーを進み、

 ガラス張りの事務室のドアを遠慮がちに開けるのだった。




------------------------------------------------------------------



ガラス張りの事務室の内部に足を踏み入れると、それまでは聞こえなかった室内の喧騒が二人の耳を打った。


 どうやら学院の職員が新学期が始まるに当たっての事務仕事に追われている様だ。

 室内には15名ほどの事務職員が詰めており、カウンターの向こう側の作業スペースで書類の整理をしたり手紙をしたためたり、皆が忙しそうに動き回っている。

 部屋の広さは15名が動き回っても狭くない程度はあるようだったが、中におかれている書類の山や備品とおぼしきパイプ椅子などのせいで手狭に見える。


「(イメージより雑多な感じ・・・)」


 などとクライネが考えていると、入室してきた二人に気がついた20代半ば程の女性事務職員がカウンターにやってきた。


「あー、君たちは見たところ来月入学の新入生かな?入学の手続きかしら?」


 彼女は職員にしては少々軽い口調で二人に話しかける。


「はい。北の田舎からやって参りました、アイネと申します。こちらは同じくクライネといいます。手続きをお願いしようと思って来たのですが、お忙しいようなら日を改めたほうがよろしいでしょうか?」


 アイネは少し緊張した様子で実家に届いた入学案内を出し、用件を伝える。クライネのことも紹介したのは、初対面の人に対して名前と用件を伝えるのはクライネにはできないだろう、という長年の経験によるもので、実際にクライネはその横でおずおずと案内を取り出し、出会い頭に謝り始めた。


「あの・・・・・・ほんとに忙しかったら大丈夫です・・・・・・ごめんなさいごめんなさい」


 そんな対照的な二人を見ていた職員は思わずポカンとしてしまうが、すぐに気を取り直して対応してくれる。


「いやー、いいよいいよ。今から手続きしちゃおうか。時間20分位かかっちゃうけど大丈夫かな?」


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします!」


「・・・・・・お願いします」


 ============================



「ほいっと。じゃあサインしてもらうのはこの書類で最後ねー」


 手続きの開始から約5分後、ざっくりとした説明を受けながら次々に出される書類にサインを書き込んでいたアイネとクライネ。やっとのことですべての書類にサインを書き終え、貸し出されたペンをカウンターに置く。


「さて、それではいよいよ学院での注意事項やらなんやらのめんどくさい説明をするわよ。さっき渡した冊子に一通り書いてあるから目で追いながら聞いてね」


「は、はい。よろしくお願いします」


 どうやらこの女性職員は相当ノリが良い……というか、有り体に言えば軽い性格のようである。これで学院の事務が務まるのだろうか、と疑いの念を持ちながらもアイネは先を促す。


「まずは学院の基本的なシステムについてよ。もう知っているとは思うけど規則だから説明させてもらうわ。この王立魔法戦術学院は名前の通り国王、ひいては王国が運営している高等教育機関です。10歳からの5年間、様々な勉学に励んでもらいます」


 細かな学則事項まで載っているであろう、そこそこ分厚い冊子に目を通しながら、説明を受けていく。


「ご存じのようにこの学院の存在意義は安定した国防力の確保にあるため、適正があるとされた生徒は卒業後、兵士・魔法造形士としての任についてもらうことになるわ」


 アイネの横で説明を聞いているクライネが不安そうな瞳で手元の資料に目を通している。

 高等教育の形を謳っているこの徴兵制度は、この国に育ったものであれば常識として生まれた時から知っているものなのだが、いざ自分が軍人として取り立てられる可能性を前に改めて気分が沈んでいるらしい。


「(だからクライネみたいなのが軍属になる訳ないってさんざん言ってるのに。

 むしろクライネと一緒に村に帰れるように私はそこそこ手を抜かないとかもしれないわね・・・・・・)」


 見た目の印象からいくと、アイネは少し小柄なかわいらしい女の子であるが、実は相当に高い身体能力を持っている。と言っても、とてつもない怪力という訳ではない。身のこなしがずば抜けているのだ。


 暮らしてきた田舎では同年代の子どもはクライネしかおらず、彼は引きこもりがちな少年だった。

 もちろん、クライネを誘って外で遊ぶことが無かったということはないのだが、自然とアイネは一人森や山で遊ぶことが多かった。

 野ウサギを追いかけたり、木に登って蔦を使って他の木に飛び移ったりしているうちに、いつしかアイネは自然の中を野生動物もかくや、というスピードで走り回れるようになっていた。

 そしてその敏捷性は、今日の軍の戦闘技術において最も重要視されていることを彼女は知っているのだ。


 この世界における戦闘はその大部分を魔装具アーツの性能に頼っている。


 魔装具アーツとは岩や木、鉄など、自然が生み出すあらゆる素材が内包する魔力を引き出し、素材に造形を施すことでその力を付与したものである。

 一番有名で世間一般で広く使われているものとしては、樹齢が長い木の木材から「生命力」に特化した魔力を抽出し、その木材を鋭く研磨したものに付与させた剣があげられる。

 その魔装具アーツの特性は『再生』、芯から砕けない限りは、刃こぼれしても折られたとしても瞬時に刃が再生するため、切れ味が落ちることなく戦闘を継続する事ができるのが最大の利点だ。


 素材や抽出する魔力の質によって攻撃力や防御力が決まってしまうため、扱う人間の膂力はそれほど重要視されない。強い攻撃をしたかったら攻撃性能の高い魔装具アーツを使え、と言うわけだ。

 そのため、強力な魔装具アーツの攻撃をいかに敵に当て、相手の攻撃をいかに躱すのか、すなわち敏捷性こそがもっとも重要な要素となってくる。


 もし学院での5年間本気で鍛錬を行えば、自分が兵士としての任を拝命することになる確率が高いだろうとアイネは考えており、そしてその考えはあながち間違っていない。

 卒業後はクライネと一緒に村に戻り、面倒を見てあげないと!と考えているアイネとしてはあまり優秀な成績を出して目立つのは避けた方が良いだろう。


 アイネはそんなことを考えながら、さらに長々と続く女性職員からの説明をぼんやりと聞き流し続ける。

 彼女としては、どうせ手元の冊子に詳しく書いてあることを読んでいるだけなのだから入学前に自分でしっかり確認すればいいだろう、というのが本音だ。

 しかし、横で聞いているクライネは根がまじめなのか、聞き流すという発想に至ってないらしく、不安な表情で説明を聞き続けていた。


 授業内容の説明を受けた時に、造形学の授業について話を聞いたクライネがそれまでとは打って変わって食い気味に女性職員を質問責めにするという場面もあったが、おおよそ時間通り、20分と少しで二人の入学手続きは終了した。


「あー、やっと終わったわ。あなたたちもお疲れさま。まぁ全部その冊子に書いてあるから不明点は復習でもして補完しておいてね。一応私は週末の休養日以外はこの事務室にいるから、なにかあれば訪ねてきてちょうだい」


 事務の女性職員が大きな伸びをして体をほぐしながら二人に話しかける。


「はい、あ…ありがとうございました。さし当たって今日から気をつけなくちゃいけないのは寮の規則くらい…って認識で大丈夫ですか?」


 さすがに30分近く話していて緊張が解けたのか、クライネがおずおずと職員に問いかける。


「そうね、その認識で問題ないわ。後は入学までの間に制服とかの必要なものを全部調達しておくこと。基本的には全部学院の敷地内にある商店でそろえることができると思うけど、こだわりがあれば学外で買ったものを持ち込んでも構わないわよ」


「了解しました。今日はお忙しいところ本当にありがとうございました。このあとはとりあえず寮に挨拶にいって、それから必要なものの準備を始めたいと思います」


 アイネが礼儀正しくお礼を述べ、事務室を後にしようとしたとき、


「いいのよ、これもお仕事だから。…それより、ずっと気になってたんだけど二人は姉弟なのかしら?双子にしては似てないけど、完全にお姉ちゃんと弟くんって感じよね。それとも、まさか恋人だったり?」


 フフッと笑いながら、好奇心全力全開で爆弾を叩き込んできた。


「えっ、あの・・・・・・その私とコイツはあのえーっと」


「僕とアイネは幼なじみなんです。僕たちの村は子供が僕らしかいないからいつも一緒だったし、アイネはいろいろ助けてくれるんですけど別に恋人じゃあなくって」


 お互いに一切そう言ったことを意識していない2人は、からかわれた、ということにも気がつかずに素直に答える。


「まぁいいや、それじゃあ2人とも、まだ入学まで日があるからゆっくり街を見て回るといいわ。何か困ったことがあったらいつでも訪ねてくれていいからね」


なんだかんだ面倒見が良い、でもちょっぴりお調子者の職員にお礼を伝え、2人は街に繰り出すことにした。

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