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クラフト×クラフト  作者: カキナ サイ
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序章②

序章②



 学院に入学するため、入寮手続きをするために学院内を本校舎に向かっていたクライネとアイネの歩みは、メインストリートからはずれた一軒の店で一時停止する事となった。

 軒先にぶら下がっていた『イーゼル魔法工具店』という看板に釣られてしまったクライネが、アイネをほっぽりだしてわき道へと駆け込んでしまったからだ。


 人通りも多く、軒を連ねる商店も大きなメインストリートと比べると、クライネが立ち寄ったわき道はお世辞にも賑わっている、とはいい難い。

 大通りの商店の多くは、店先に大きなショーウィンドウを所有し、見事な造形のなされた剣や弓、盾や鎧といった様々な武器防具を陳列している店をはじめとして、一目で何を扱っている店なのかわかる。

 しかし『イーゼル魔法工具店』なる店が存在する横道は、通路も狭く、店も小さく密集していて外からではなんの店かよくわからない店が多い。

 一応、目の前の店のドアの上には鋸と金槌がクロスしたレリーフが掲げられており、かろうじて工具店であることが伺える。

 中の様子は外からではわからないが、おそらく、いや絶対に客は入っていないだろう。

 クライネを追って工具店の前までたどり着いたアイネは、そんな印象を持ちつつ店のドアに手をかけた。


 クライネはドアを開けるやいなや店の中に突撃していく。


 うらぶれた印象の店構えから、店内も推して知るべし、と覚悟していたアイネは、予想に反して綺麗に整えられた店内に好感を抱いたようだ。

「人はいないけど、さびれてるというか、嫌な感じはないわね。もしかしたらさっそく穴場的な店を見つけちゃったかもしれないわ」

 独り言をつぶやきながらアイネも『イーゼル魔法工具店』の店内に足を踏み入れた。



「いらっしゃい。ずいぶんとまぁかわいらしいお客さんだね」


 年老いた、しかし上品な女性の声がクライネとアイネを迎える。



「おはようございます!お店の中を見せてもらってもいいですか?」

「お、おじゃましまーす。ちょ、ちょっとクライネ落ち着きなさいよ!」


 やけにテンションがあがってしまっているクライネの後に押され気味のアイネが続く。


 クライネはもともとこんなに活発な話し方はしないし、初対面の人に対しては人見知りしてしまうタイプなのだが、武器や防具、装飾品やそれの作成に用いる魔法工具の話題になると、なんというか、人が変わる。

 昔からそうだった、とアイネは昔を思い出していた。

 クライネはいつもオドオドしていて意気地なし、自分に自信が持てずに口癖は「ごめんなさいごめんなさい」という、なんというか、いじめられっことしては満点の素質を持つ少年だった。


 そんなクライネが唯一前向きに、積極的になれることが『造形術』だった。

 この世界で造形術といえば武器防具を作り出す、いわば兵器を作り出す手段である。

 しかし、クライネはどちらかというと彫像や装飾品といった、純粋に芸術性を求めた造形を好んでいた。

 もちろん、一般的な少年らしくかっこよさを求めた剣に憧れないこともなかったが、彼にとっては武器も『キレイ』『美しい』『かっこいい』を表現するものでしかなかった。


 クライネは物心付いたときには両親がおらず、祖父によって育てられた。父と母がどうなっているのか、アイネはもちろんクライネも知らない。

 祖父は何か知っているようであったが、口にするつもりもないようだった。


 クライネの祖父は昔、王都で造形士として生計を立てていたらしいのだが、過去についてもあまり話したがらなかった。

 しかし、造形の腕前は非常に高く、幼かったクライネは祖父の作る家具や農具に憧れた。

 生来の内向的な性格もあってかすぐに造形術にのめり込んだクライネは、祖父に教えてもらいながら、さまざまなモノづくりに励んでいた。

 もっとも、武器やそれに類するものは危険だから、という理由で固く禁止されてはいたが。


 一方、幼なじみのアイネは外で遊びまわるのが大好きな娘だった。村にはほかに同じ年頃の子供がおらず、彼女は何とかしてクライネを森や山に連れだそうとした。

 しかし、そんな幼なじみの努力も虚しく、クライネは毎日毎日祖父宅の工房にこもり、様々な素材を相手に造形にハマっていったのだ。


 アイネは相変わらずの造形バカだな、と思わないではなかったが、一つのことにこれだけ熱中できるクライネが少し羨ましくもあった。



 幼馴染からそんなことを思われているとはつゆ知らず、決して広くない店内を目を輝かせてはしゃぎまくるクライネだった。


「そんなに大したものは置いてないんだけどねぇ」

 店主の老婆は優しげな口調でなんとはなしにアイネに話しかけた。


「あ、あはは......ごめんなさい騒がしくって。あいつったら造形術が絡むといっつもこんな感じなんです」


「こんな店でよかったらいくらでも見てもらって構わないよ、どうせ私の店は年中開店休業さね」


「そんなこと......確かに裏道だから目立たないかもしれませんけど、とっても良い雰囲気のお店だと思うわ」


 店主の老婆はとても優しげで、王都の中心、学院の構内で店を構えているにしては、なんというか田舎のおばあちゃんレベルが高すぎるような印象を受ける。少なくとも商売っ気があるようには見えないな、とアイネは思った。

 まぁそのおかげで初対面でも緊張せずに会話ができているのは助かっている。


「私はアイネ、あっちのちみっちゃいのは幼なじみのクライネです。来月から学院に通うことになったから今朝この街に来たばかりなの」


 さらっと自己紹介をするアイネ。もともと人見知りする性格ではないため、年長者に対して話しかけるにはややフランクな口調でそう告げた。


「わたしゃイーゼル。見ての通りこのくたびれた工具店をやっているよ」


 イーゼルと名乗った老婆は人当たりの良い笑顔で孫に話しかけるように応える。


「見て見てアイネ!すっごいよ!こんなに刃がある鋸初めてみたよ、しかもかるーい!......うわぁこっちの彫刻刀セットなんか二十種類くらい刃先があるよ!」


 ちなみに店内にいるもう一人の人間は工具以外は目に入っていないようだ。


「場所柄、工具に興味がある人は多いと思うけどあそこまで熱心なのは珍しいねぇ」

 イーゼルはほほえましい視線をクライネに向けながら話を続けた。


「あいつはちょっとおかしいのよ、普段はてんでダメダメなくせに......でもあそこまで興奮してるのは珍しいかもしれません、この店の工具はほんとにどれも魅力的ですから」


 アイネもクライネの様子を眺めながらそう返した。

 確かに店が繁盛している印象は全くないが、社交辞令だけで言った誉め言葉ではなかった。


 彼女自身はそこまで造形術に興味があるわけではなかったが、度々クライネの祖父の工房に遊びに行っていたため、この店に置かれた工具の数々がどれも素晴らしいものだということは理解できた。

 店内は天井からつり下げられた古いシャンデリアの優しい光に包まれている。

 四方の壁に設置された棚は天井近くまで三メートル半程の高さがあり、壁によってナイフや金切り鋏といった切断系、砥石やワイヤーブラシなどの研磨系というようにざっくりしたジャンルで陳列エリアが決まっているようだった。各壁には移動式の梯子が立てかけてあり上の方にも手が届くようになっている。

 店内の広さは横四メートル奥行き六メートルといったところだろうか。

 棚に陳列された工具たちはどれもよく作り込まれており、刃物は鋭く、ネジは精密に、使い手のニーズにしっかりと応えられるように作られていることが伺える。実際、造形術に一家言あるクライネが夢中になっているくらいなのだから、かなり良いものであることは疑いようがなさそうだ。


「そうかいそうかい、そういってくれるとうれしいねぇ。ゆっくり見ていってくださいな、工具たちも誉められて嬉しそうじゃ」


「ありがとうおばあちゃん。これから五年間は学院の寮に住むことになるから、あの造形バカはちょくちょく遊びに来ると思うわ」


「いつでもおいでなさいな。もちろんアイネちゃんのことも歓迎させてもらうよ」


 そんな感じで二人の会話が一段落した頃、店内を一通り見て回ってきたのかクライネが戻ってきた。


「うるさくしちゃってごめんなさい、おばあちゃん。僕はクライネっていいます」


「いいんだよ、久しぶりのお客さんで私も嬉しいさ。わたしゃイーゼル、一応店主をやっているよ」


 イーゼルはアイネと話していた時と同じく、孫に対するような優しい口調で自己紹介をした。


「ここにいる子たちはみんなすごいよ!おばあちゃんが集めてきたんでしょ?」


 アイネから見て、やはりクライネは舞い上がってるようだった。

 いくらクライネがおじいちゃんっ子で、お年寄りに対して警戒心が薄いとはいえ、初対面の人にこうも臆面なく話しているクライネは今まで見たことがなかった。

 それともイーゼルのあふれんばかりのおばあちゃんオーラに当てられたのだろうか。おばあちゃんと呼んでいたことからその可能性は高そうだな、とアイネは思った。


「気に入ってくれたならよかったよ。聞けば今年から学院に入学するそうじゃないか、うちでよかったらいつでも遊びに来ておくれ」


「うんっ!よろしくお願いします!」


 クライネは元気いっぱい、満面の笑顔でそう答えた。


 クライネがまたも店内をきょろきょろ見回すと、古い時計が壁の端にぶら下がっており、もうそろそろ十時になろうかということに気が付く。


 アイネもクライネの視線を追って同じように気が付いたらしく、


「いけない、もうこんな時間なのね。入寮手続きにどのくらいかかるかわからないし、お昼ご飯も早めに食べたいから、失礼しますね」


「いろいろ見せてもらってありがとうおばあちゃん、また絶対くるからね!」


 二人はイーゼルにそう告げて足早に店を出た。


 イーゼルはそんな二人を後ろから見つめ、どこか懐かしがるような、寂しがるような目で二人を見送ったのだった。


「あんなに純朴そうな子たちでも、学院を卒業したら兵士になっちまうのかねぇ……」


 嵐のようにやってきて、太陽のようにまぶしい子どもたちを見て、しかしイーゼルはため息をつくのだった。


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