第1章⑥
第1章⑥
「「ごめんくださーい」」
昨日の今日で、再び訪れることになったイーゼル魔法工具店のドアを、クライネが元気よく開けて入っていく。
「おやまぁ、いらっしゃい。今日も来てくれたんだねぇ、ありがとうよ」
大通りから少し寂れた裏道で、昨日と変わらずひっそりと営業する店の中では、昨日と変わらず店主のイーゼルが温かく迎えてくれる。
ちなみに、今日もお客さんはおらず貸切状態だ。
「昨日は買い物もせずにごめんなさい。今日はこの造形バカの幼馴染が工具を買いたいってことで、またお邪魔しました」
昨日は慌てて学院の手続きに向かってしまったため、冷やかすだけになってしまったことを詫びるアイネ。
「そんなこと気にしないでおくれよ。こうして遊びに来てくれるだけでも、私はとっても嬉しいよ」
そんな律儀な少女に、イーゼルは笑顔を浮かべそう答えてくれる。
「あと、その他にもおばあちゃんに教えてほしいことがあって……僕たち、まだこの街で知ってる人が少ないから、教えてほしいなって……」
遠慮しがちにそう伝えるクライネに対しても、
「あら、なんだろうね。私でもわかることならいいんだけど……」
と、親身に答えてくれる。
「あのね、武器を作りたいんだけど……必要な素材を揃えられるところを探しているんです。あと、できれば自由に使える作業場もあったら嬉しいな。 学院にもあるみたいだけど、まだ入学前だし……」
武器を作りたい。
そう伝えてきたクライネに面を食らったのか、目をパチクリとさせて驚くイーゼル。
「武器を作りたいって、アンタ、そんなことできるようには見えないけど、本当にやるつもりかい?」
確かに、クライネの見た目からはとても想像ができないのはよくわかる。
普通武器を造形するのは、鍛治職人などを主とした、いわゆるゴツい系の職人の仕事だ。
しかし、クライネにはその技術がなくても造形を行うことができる魔法がある。
「あー、そいつ、実は造形魔法師なんです。確かに重たい金属素材とかは自分で運ぶのもやっとなモヤシなんですけど、造形術自体はできますよ」
アイネがそう補足すると、イーゼルはたいそう驚いた様子で声をあげた。
「……!! 本当かい? 人は見かけによらないねぇ…」
王都でも、両の指で数えられるほどしか存在しない造形魔法師。いずれも、王城近くに工場を構える大店の武器屋のお抱えになっているか、自分で武器屋を営業している親方タイプしかいない。
「学生のうちからしっかり武器を造形できるレベルの造形魔法師ってのは珍しいねぇ……」
感心したようにそう呟くイーゼル。
「あ、実は武器を作るのは今回が初めてなんです。今までは危ないからって、おじいちゃんに禁止されてて……」
「村では、主に農具とか、アクセサリーとか作ってもらってたんです。でもでも、クライネの作る道具はどれもとっても使いやすいんですよ! だから、学院の教練用の武器も作ってもらおうって思って」
今まで当然のように造形魔法師である幼馴染とともに育ったアイネは、造形魔法の珍しさが麻痺しているようだが、イーゼルの反応で改めて幼馴染の魔法の特異さを実感した。
実際、造形魔法師が作った武器を手に入れようと思ったら、通常はかなり値が張るものだ。
「なるほどねぇ、そう言うことなら、お試しでうちの裏の作業場を使ってみたらどうだい? そんなに数は多くないが、素材になるものも何個か在庫があるよ。商売柄、工具の使い心地を試したい客も来るから、簡易的な工場を持ってる工具店は多いのさ」
少し得意げな様子でそう言ってくれるイーゼル。
「ほんとう!? とっても嬉しい! 工場と素材をみせてほしい!」
「ちょっとクライネ、落ち着きなさいよ! イーゼルさんに失礼でしょう! ……あの、本当にいいんですか、そこまでお世話になってしまって……もちろんとても助かるんですけど……」
彼女のおばあちゃんレベルが高いのか、クライネの孫レベルが高いのか、あるいはそのどちらもなのか。
とにかく予想以上に世話を焼いてくれるイーゼルの申し出に、2人はありがたく甘えることにした。
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優しい店主に案内され、店の裏手の工場に移動するアイネとクライネ。
そこは店の半分くらいの大きさの工場になっており、炉や金床、ノコギリに金槌など、一通りの道具が揃っている小さな工場になっていた。
作業場の一角には、雑多に入れられた金属や木材、毛皮などの魔物由来の素材などが雑多に詰め込まれたボックスがある。
工具の性能を確かめるための場所、と言うにふさわしく、様々な素材が少量ずつ取り揃えられていた。
壁は柔らかい印象の木目調で揃えられており、高い天井に開けられた天窓から暖かな日差しが降り注いでいる。
「わぁ! 小さいけど、とっても素敵な作業場だよ、おばあちゃん! 必要なものは全部揃っているし、手入れもしっかり行き届いているよ!」
「お店と同じく、素敵な雰囲気ですね」
こじんまりとした作業場だが、アイネとクライネは一目で気に入ったようだ。
もちろん本格的な工場としては小さすぎるが、クライネが1人で造形に打ち込むには十分な環境が揃っていた。
「でも、お試し用だから、武器を作るには素材が足りないかもしれないわね……全部使わせてもらうのも申し訳ないし、メインになる素材は私たちで調達してきます!」
「そうだねぇ……基本的には切れ味を試したりするだけだから、本格的な加工には向かないねぇ。申し訳ないけど、そうしてくれるかい? 細部のアクセントにしかならないと思うけど、この箱の中身は自由に使っていいからねぇ」
クライネが、作業場に目を輝かせてあちこちを見ている間に、アイネとイーゼルは話を進めていく。
「それで、どこかで素材を調達できるところありますか? できれば今日、この後に用意しに行って、明日またここを使わせてもらいたいんです。あのバカの魔法があれば、造形自体は1日あれば終わると思いますから……」
思いがけず作業場まで手に入ってしまったが、今日の本来の目的を思い出したアイネがそう尋ねる。
「それなら、街の北側の広場に大きな市場があるから行ってみるといいさ。海産物は流石に海辺の市場の方が揃いがいいけど、その他のものなら大抵手に入るからねぇ」
どうやら、メインとなる市場は昨日足を運んだ港の市場ではなく、北の市場だったようだ。
目的地がはっきりしたので、アイネは夢中になって金床の具合を確かめているクライネの耳を引っ張り、無理矢理に連れ出すことにした。
「イーゼルさん、何から何までありがとうございます。明日、またお邪魔させていただきますね」
「ちょっ…! アイネ、痛いってば! それにまだ炉の中とか見てないし……」
そんな2人の様子を見ているイーゼルは、自分に孫ができているような微笑ましい気分になりつつ、歳をとったことを実感するのだった。
いつのまにかシワが増えてしまった手を振り、2人を送り出す。
「はいよ、いつでもいらっしゃいな。作業場の掃除でもして待っているよ」
優しい声に見送られ、アイネは裏口のドアを開き、太陽が燦々と降り注ぐ外に出る。
耳を引っ張り続けられているクライネが悲鳴を響かせつつ、2人は北の市場に向けて歩き出した。