第1章⑤
第1章⑤
港での魔獣騒ぎの話を聞いた翌日、アイネとクライネは再度ルーアンの街をぶらぶらしていた。
「昨日はあんなことを聞いちゃったから、あんまり買い物に身が入らなかったわね」
昨日、港でアッシュとアリサの先輩二人組と別れたあと、引き続き入学準備の買い物のため、街の中央部に戻った二人だったが、魔獣のことが頭から離れず、特に何を買うでもなく午後を無駄にしてしまっていた。
「ねぇアイネ、必要なものの買い出しも必要だけどさ、魔獣が現れた、ってことは僕たちも何か、武器とかさ、鎧とかさ! 揃えておいた方がいいんじゃないかな!」
少しワクワクした様子でクライネがそう提案する。いつもより2割り増しで声も大きいので、かなり興奮しているようだ。
彼の性格を考えるとアッシュのような戦いたい衝動からくるものではないだろう。
「クライネ、あなた、武器の作成はおじいさんから禁止されてたんじゃないの? 村では一回も作ってたことなかったわよね?」
「う……それはそうなんだけど。でもやっぱり危ないし、それに学院の授業で使う武器も持ち込みOKって言ってたから、できれば自分で作ってみたいなって、ずっと思ってたんだ!」
おじいちゃんっ子のクライネとしては、祖父の言いつけを破ることに対して、罪悪感でバツが悪そうに表情を崩す。
しかし、それでもやはり自分たちで使うものを自分の手で作りたい、と言う思いが強いらしく、握りこぶしを作りながらやや早口でアイネに畳み掛ける。
「もちろん、王都の武器屋さんですでにできているものを買ったりするのが普通だと思うけど、僕には造形魔法があるし、素材さえ手に入れば作れると思うんだ! もちろんアイネの分も作るし、自分で作るからどんな武器にしたいか決めて、それ通りに作れると思うよ! たしかに武器は作ったことがないけど、村でも鍬とかの農具はいくつかつくったことあるし、鎧とかを作るにしても服飾の知識は役に立つと思うんだ! 僕の作った道具は魔力を引き出しやすいって、アイネのところのおじさんおばさんも褒めてくれたことあったよね? 絶対に使いやすいいい奴を作るから、だから自分たちで用意しようよ! じいちゃんはダメだって言ってたけど、それは危ないからでしょ? どうせ学院に入学したら武器を扱うことにもなるんだし、今から慣れておいた方がむしろ危ないかもしれないよ!」
過去に見たことがないほど興奮してまくし立てるクライネ様子に、アイネはその大きなハシバミ色の目を見開いて驚くばかりだった。
どうやら、造形バカの幼馴染にとっては『自分の武器を自分で作る』と言うことに対して強烈な憧れがあるらしい。
村ではおじいさんに禁止されていたが、ルーアンで学院生になる、と言うこともあって少し気持ちも浮ついているようだ。
単純に、保護者の言うことに反抗したい、と言う年相応の気持ちも、もしかしたらあるのかもしれない。
「はぁ……わかったわよ。確かにあんたの造形魔法で作ったものはどれも普通のものより性能が良かったしね」
それに何より、学院に入ったらどうせ必要になる、と言うクライネの言い分は確かに正しいので、アイネも最終的には賛成するのだった。
「そうこなくっちゃ! じゃあ早速、どんな武器にするか考えようよ。 僕はあんまり運動が得意じゃないから、基本的には杖とか、魔法発動媒体の機能のみに特化したやつがいいかなって思うんだよね……アイネは、どんなのが欲しい?」
アイネも、いつもよりはるかにテンションが高い造形バカの勢いに押されつつも、自分の獲物のイメージについて考える。
「私が使えるのは身体強化系、それもスピードを上げるタイプの魔法だけだから、あんまり重いヤツは嫌ね……あんまり珍しい武器だと、学院に入ったあと教えてくれる人がいなさそうだから、シンプルに片手剣とかでいいと思うんだけど」
歩きながら少し悩んだ末、アイネもそう結論を出す。
身体強化の魔法を使える人間はかなりの数がいるが、彼らが使っているのは片手剣や小太刀、あるいは小手などの、自分の動きを阻害しない取り回しさ重視の形状をした武器が多い。
素材へ魔力付与により、優れた攻撃性能を持つ武器が存在するこの世界においては、『相手に攻撃を当てること』が何より重視されるからだ。
方針を決めた二人は早速素材を揃えに行こうと思ったが……
「「素材って、どこで売ってるんだろう……?」」
造形魔法が使える人間はとても少なく、大きな武器工房の親方クラスなど、ごく一部の人間に限られている。造形魔法が無くとも、時間をかければ武具の作成・魔法の付与はできるのだが、どうしても出来上がる物の質で一歩劣ってしまうらしい。
要は、一般人は武器作成のための素材など、基本的には必要としないため、扱っている店がかなり少ないのだ。
「それじゃあさ、イーゼルおばあちゃんの所に行って、素材をどうやって手に入れるか教えてもらおうよ! 必要な工具も揃えたいし!」
名案を思いついた! とばかりに顔を輝かせるクライネ。お気に入りの魔法工具店に行く理由が見つかったことがとても嬉しいようだ。
この街に来たばかりの二人にとって、困った時に頼れる人はまだまだ少ない。
造形術に関わることということで、半ば必然的に、イーゼル魔法工具店に足を運ぶことにしたのだった。