序章①
序章①
「こんな大きいお城でこれから過ごすの?」
不安そうな少年の声。
「今さらなにビビってんのよ、さっさと行くわよ!」
勝ち気な少女の声。
とてつもなく大きく、豪奢な門の前に二人の少年少女の声が響く。時刻は早朝、天気は快晴。
二人の冒険の幕があがる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
街の中央部には大小様々な店が軒を連ね、そこかしこにうるさいくらい客引きの声が飛び交っている。
まだ早朝にも関わらず、ここまで賑わっているのは、この街が国内でも最大級の港町であり国の重要機関、建築物が固まっている所謂「王都」と呼ばれる街だからだ。
街の北側は、草原につながるなだらかな丘陵地帯になっていて、春先には暖かな風が温もりを運んでくる。
街の南西は大きな海に面しており、海沿いから街の中心部にかけて、大きな市場と人の生活する居住区になっている。
国内最大の港湾都市「ルーアン」
その街の東門で入門手続きの列に並ぶ2人の少年少女がこの物語の主人公だ。
「ねぇアイネ、本当にぼくなんかが入学してもいいのかなぁ……やっぱりじいちゃんのところ帰りたいよぅ」
不安そうな声の主の名はクライネ。先月10歳になったばかりの少年である。
体つきは小さく、顔立ちは幼く、同年代の子供たちと比べると一回り年下に見えてしまうのが彼の密かな悩みだった。
まっすぐ切りそろえられた前髪から覗く瞳は涙に潤んでおり、どことなく小動物を連想させる。
一言で言ってしまえば、かなり保護欲をかき立てられる少年である。
「はぁ、クライネってばほんっとうに暗いわね……別にギャグじゃないわよ。入学案内送られてきたじゃない。そもそも10歳になったら入学しない方が問題あるのよ?」
そんな彼を叱咤する少女、アイネ。
女子としては平均的な発育だが、横の少年と並ぶとどうしても年上のように見えてしまうが彼女の悩みだ。
栗色の髪を片側だけサイドでまとめ、かわいらしいチェック柄のベストを羽織った彼女は、あきれるような視線を傍らの少年に投げつける。
今は疎ましげに細くなっている目も、いつもなら吸い込まれるように大きく、世間一般に言わせれば間違いなく美少女だ。
弱気な弟と勝ち気な姉とも見えるこの二人の関係は、生まれたときから一緒に育てられたいわゆる幼なじみである。
「でもぼく、別に兵隊さんになりたいわけじゃないのに……今までみたいにじいちゃんの手伝いしてられればなぁ」
十歳になってから初めて迎える九の月、この国にに暮らす子供たちは全員、ある教育機関への入学を義務づけられている。
五年間の高等教育の中で適正があると判断された場合、卒業後には国の防衛を担う兵士の任を賜ることになり、それ以外の場合は日常の暮らしに戻ることになる。
教育の名を謳ってはいるものの、実質的には徴兵制である。
古からの伝統である徴兵制度が形を変えて残っているだけではあるのだが、高等教育を受ける選択肢がほかに無い上に、在学中にかかる費用はほとんど税金でまかなわれるため、現行制度に対して特に反対意見はでていない。
「クライネは絶対適正ナシで村に戻れるから安心しなさいよ。私も一緒に戻ってあげるから。ね?」
「でもアイネは強いんだし、兵隊さんになっちゃうかもしれないじゃないか」
「そんなのならないわよ!あんたは私がいないとお祖父さん以外の人とロクに会話もできないじゃない!!とにかく今から心配してもしょうがないでしょう?」
ふたりはそんなほほえましい会話を続けながら手続きを終え、門を抜ける。
門の先には大小さまざまな店が軒を連ね、台車を引いた商売人や売り子が道行く人に声をかける。
路地は非常に入り組んでいるが、目の前に悠然とそびえるメインの建造物までは一直線だ。
村では見たこともない不可思議なものを売っている出店に目を奪われつつ、2人は目的の敷地にたどり着く。
地上何メートルあるのかもわからないほどの超高層建築。
様々な形の尖塔を持つその建物は見るものに感動を与えるほど美しい。
歴史を感じさせる古い形状の城は、一切の汚れがない純白の壁に守られており、正面の立派な門の両側には、ローブを着込み魔法使い然とした女性と、勇壮な戦士の銅像が鎮座している。
敷地はどこまでも広く、畑や森林、湖に洞窟など、自然界に存在するあらゆる地形が用意されていた。
王立国防アカデミー
国中から集められた若人たちの中から、将来国の防衛を任せるに足る優秀な兵士を育て上げることを目的とした施設である。
もちろん、全員が兵士になるわけではないが、在学中に受けることができる高度な教育のおかげで、卒業生はみなそれぞれの道で活躍している。
「まずは入学の手続きをしましょう。九の月はまだ先だけど、手続きだけなら一年中やってるらしいから」
およそ街の半分を占める広大な敷地の中を、アイネを先頭に地図を頼りに進んでいく。
学院内-といっても規模が大きすぎて学校という印象はまるでない-を校舎に向かって歩き続ける。
本校舎へと続く大通りにはたくさんの人が行き交っているが、彼ら以外の学生はほとんどいない。
なぜなら今は八の月初旬、九の月に入学してくる新入生は普通であれば入学の三~五日前に入寮するのが一般的だからである。
上級生たちも夏休みを利用して帰省しているものが多く、この時期に学園内にいるのは学校職員、学内で商店を経営している者たちと実家がこの街にある一部の学生だけだ。
しかしクライネたちは住んでいるところが街から離れていたために、余裕をもってかなり前に出発していた。
地方にすむ学生たちは、例年、皆早めに集まるのだが、それにしてもクライネとアイネは早すぎたようである。
「でも、本当に早く着きすぎたね……この後どうしよっか?」
クライネが困ったように訪ねる。
「寮にいる分には生活で困ることもないでしょうし、入学の手続きが終わったら寮に行ってみましょう。残りの三週間はゆっくり街の見物でもしてればいいんじゃないかしら」
それに対するアイネの答えはいつも通り模範解答だ。幼いときから変わらない安心させてくれるアイネの言葉に、クライネは満面の笑みで
「うんっ!」
と答えた。
「わ、私が付いてるんだから、クライネは何にも心配しなくていいのよ!」
向けられたクライネの笑顔に不意をつかれたアイネは赤面してしまうが、肝心のクライネはすでに出店に視線を奪われていて気付いた様子がない。
「はぁ、いつまでたってもあれには慣れないわね……」
なかばあきらめた様子のアイネは、何かを見つけて走り出してしまったクライネの後をため息混じりに追いかけるのだった。