僕をモテる男にしてください
「あー、イケメンはこの世にいないのか。いやあれだわ、イケメンは確かに存在してるけど私の生活圏に入ってくることはないんだ。まじで辛い」
アプリでまたハズレを引いた、みんな写真盛りすぎ、あんな店のチョイス、服装、振る舞いじゃあちゃんとした職に勤めていてもモテないはずだとひとしきり愚痴った後、沙織の口からいつもの台詞が転がった。
「まあ、新宿とか行けばイケメンが生息してることは分かるよね。そのへん歩いてるし」
藍もまたいつもと同じ同意の言葉を返す。沙織とは高校からの仲だが、卒業してからも同じような会話をしていることに呆れつつ少し笑えた。
「そう!いるんだよ!ちゃんと」
但し、と沙織は真顔になった。
「漏れ無く女を隣に連れてるけどな!」
いつもなら、ここで「あの子たちと私らの違いはなんなんだろうね」となり、美容院行って可愛くなるとか料理するとか、些細な決意表明をし合う展開になるのだが、今日は違った。
「あ、あの、もう少し静かに話した方が」
そういえばそうだったと、沙織と藍は声の主に顔を向ける。同じテーブルにつきながら全く彼の存在を忘れていたことに気が付いた。やぼったい伸びかけの暗い茶髪は自分で染めたのかな、なんてどうでもいいことが沙織の頭をかすめる。
「え?そんなうるさかった?
居酒屋なんてそんなもんでしょ。まあでもごめん。てか」
「あんた、何しに来たの」
沙織の言葉に間髪入れず藍が続けた。
「いやいや、連れて来たの藍じゃん。なんでこうなったん?無視して愚痴ってたの私だけど」
沙織は挨拶もそこそこに、先日の不満をぶちまけていたことを謝った。
「ごめんね、えーと」
「佐々木です」
「健介くん、だよね?」
沙織がにっこりと微笑んで上目遣いに首を傾げると、青年は不健康そうに細い腕を少し震わせた。
「僕の名前、絶対覚えてないと思ったのに」
「一度自己紹介してくれた子の名前は忘れないよ。まあ、これも職業病かな」
そう言って沙織は凶器のように尖った爪をきらきらさせた。本当は生活の上で不便だし、自爪は痛むし、個人的には全くイケてると思えないので華美なネイルアートは嫌いだった。ただ、それっぽい風貌にした方がなんだかんだ指名率が上がるためしているだけだ。初めは、仕事がなく帰る家もなく途方に暮れていた自分を唯一受け入れてくれる場に何とか生き残ろうと、NO.1っぽく見えるよう、現役NO.1を見て形から真似ていった。沙織が本当のNO.1キャバ嬢になるまで、それほど時間はかからなかったものの、引き換えに多くのものを失ったなと思う。例えば、普通の恋愛とか。
「そうだよ!沙織ってNO.1キャバ嬢だったよね。なのになんで、というかだからこそハードル上がりまくって彼氏できないんだと思うんだけどさ」
「藍急にディスるのやめてよ。自分が一番よく分かってますー」
この掛け合いもいつものパターンだ。口を尖らせる沙織は確かに可愛いのに、と藍は思ったが、それには触れず健介の方を向く。
「その話ししたらさ、健介が、あ、さっきも言ったけど、会社の後輩なんだけどね。まじで全くにこにこできなくてさ。本当いつも困ってるんだけど。一応客商売なわけだし。キッチン志望なのに包丁持つと手は切るし皿は割るし。でも他に行くとこないっていうから、簡単にクビにもできないしさ。あ、別にクビにしたいわけじゃないからね?健介が何とかホール頑張ろうとしてるのも分かるから」
藍は自由が丘のカフェで社員として働いている。飲食業界はやはり年中人手不足で、そこに最近入社したのが、こう言っちゃ悪いが、この見るからに仕事の出来なそうな健介らしい。まだ大学を卒業したばかりの22歳。きっとその若さを買われて入社したんだろう。ただ、それが上手く言っていないのは藍が話した通りだ。
「もうその辺にしてあげなよ。藍」
沙織は俯く健介を哀れに思った。そうだ、この子はまだ22歳だ。数年しか違わずとも、まだ社会人になったばかりの彼と自分では、埋まらない可能性の溝があるように思えてならない。沙織は大学を出ていなかったが、高校を卒業し家を出た自分が、一人の大人として他の大人と関わることがどんなことか全く分かっておらず、色々と不安でやらかしていたことを思った。窘められた藍は、
「ごめんね。お説教するつもりはなかったんだけど」と健介に笑いかけ、話を続ける。
「それで、何だっけ。そうだ、健介がさ、カフェの飲み会で私の友達にNO.1キャバ嬢がいるって話をしたら、次の日急に会わせてもらえませんか、って言ってきたんだよね。そんで、理由聞いても会えたら直接話すって何も教えてくれないからさ、気になって連れて来ちゃったんだけど。そうじゃん。健介、今こうしてご対面出来たわけだけど、なんで急に会いたいとか、言い出したわけ?」
「あれかな?キャバ嬢に惚れちゃって口説き方教えてーとか?絶対やめた方がいいよ。みんな嘘つきだし」
「がいます」
「え?」
「違います」
沙織がキャバ嬢の裏話に移行してしまう前に言わなければと健介はぐっと歯をくいしばった。この人達はすぐ話がそれるし、しかもその話の殆どに意味がない。しかし、その二人を見下すわけにいかないと彼は恥を捨てる決意をした。自分のためだ。これは未来の自分のため。そう言い聞かせ、わなわなと震える唇に力を込める。
「ぼ、ぼぼ僕を」
健介はやっぱりやってしまったと思いつつ、これ以上噛まないようもっと大きな声を出さざるを得なかった。
「僕をモテる男にしてください!」
一瞬の空白。健介の心臓はバクバクと脈打ち、嫌な汗がじわじわと手や額に浮かぶ。やっぱりこんなこと急に言いだして頭のおかしな奴だと思われただろうか。ああなんてことをしてしまったんだ。でももう言ったことは取り消せない。二人ともいっそなんか言ってくれ。笑ってくれ。そして罵ってくれそしたら、とぐるぐる考えていた健介の顔はみるみるうちに耳まで真っ赤に染まっていく。
「は?」
沙織と藍の息がぴったりと合わさった。