8話
今回は短いです
カーネが扉を開くとティファニーは静々と部屋に入り席に着く。
カーネはピタリとティファニーの傍に侍り、瞑目している。
ティファニーが入って来ると同時に執事然とした初老の男はサッと立ち上がると恭しく一礼する。
ティファニーが軽く手を振って応えると男はピンッと背筋を伸ばしたまま腰を下ろす。
「お久しゅうございます、妹様」
男は、好々爺然とした微笑を浮かべ目礼する。
「えぇ、久しぶりね、ランプ。元気そうで何よりだわ」
ティファニーは外用の笑顔を見せ、応える。
ティファニーのそんな様子が面白かったのかランプは相好を崩し、クククッと喉の奥で噛み締めるように笑った。
「妹様が貴族のように振舞われるとは、なかなかどうして不思議な気分になりますなぁ」
ランプの目から侮蔑の色がありありと伺える。
カーネは閉じていた目を開き、ランプへと視線を注ぐ。
それもただ見るのではなく、両目が零れん限りに目を見開いて〝視て〟いる。
本人は隠しているつもりのようだが大瀑布の如きプレッシャーが溢れ、ランプに襲いかかっている。
当然、ただの執事でしかないランプは瞬く間に殴り殺される自分を幻視し、青ざめていく。
今は意地とプライドだけで何とか意識を保っているがカーネがあと一歩でも接近すれば恐らくは意識を手放してしまうだろう。
「あら?どうしたの?青ざめているようだけど?」
知っていて意地の悪い笑みを浮かべ心配そうな顔をするティファニーをランプは苛立ちと共に「何でもありません」と、止めた。
「そろそろ本題に入らせて頂きましょうか」
ランプが好々爺然とした顔をやめ、仮面でも貼り付けたように無表情となる。
ティファニーもまた、意地の悪い笑みを引っ込め顔を引き締める。
カーネは未だランプを凝視したままだ。
「本日は旦那様より言伝を預かって参りました」
ティファニーの目がスッと細くなる。
「そう…」
ティファニーはそれだけ呟くとソファーに身を沈める。
ランプはティファニーの様子に何か思う所があったのか、さっきまでとは違いリラックスした表情で座り直す。
「すぐに本家まで来い、遅刻は許さん、だそうです。まったく、妹様は今度は何をなされたのやら、旦那様は大変ご立腹でしたよ?」
ティファニーは何も言い返さない。
カーネの目がスッと細くなる。
ランプは言い返さないティファニーに気を良くしたのか大袈裟に肩を竦めてため息をついてみせる。
ティファニー自身、別に言い返さないのでは無くこの老害に言っても意味が無いから言わないだけだったので「さあね」と、一言零すとさっさと席を立つ。
「言伝ご苦労様、では失礼するわね。」
「お待ちなさいっ!妹様っ!」
優位に立っている筈なのに、自分を蔑ろにしていい筈が無いのに、そんな自尊心を、そんなプライドを踏み付けにされたと感じたランプは気が付けば立ち上がり出て行こうとするティファニーの背に怒声を浴びせていた。
ずっと叩きつけられていた殺気が引いたこともありもうランプは荒れ狂う激情を抑え切れず、怒鳴る。
「黙っていれば調子に乗りおって!本当に分かっているのか!自分の立場がわからんわけでもあるまい!勘当寸前の小娘が馬鹿にしおってからに!身の程をわきまえろ!儂を誰だと……!」
「あなた何にも分かっていないのね、なあんにも」
「何をっ!………!?」
ランプの背に再び刺すような殺気が突き刺さる。
それはさっきまでの様な重い重圧では無く、鋭利な刃を深く深く刺しこまれているかのようだ。
視線を向けられているだけそれだけなのに呼吸は荒くなり、足はすくみ、全身から汗が噴き出す。
「一般人の貴方には分からないかもしれないけどね?今、貴方は自分で自分の首を絞めているのよ?」
ティファニーは底冷えのする笑みを浮かべ、クスクスと嗤う。
蛇が背中を這って登って来る様な、踵から頭にかけてゆっくりと凍りつく様なそんな感覚に襲われ、心臓が破れそうな程激しく鼓動し始める。
「はっ…はっ…はっ…い……たい、なに…をっ」
恐怖から逃げ出したいのに恐怖で動けない。その正体を確かめ安心したいのに今や振り返る事すら恐ろしい。
「……………た。………を……した。……い、……に」
背後からの呪詛の様な呟きが更にランプの恐怖を駆り立てる。
「お父様には直ぐに参りますと伝えなさい。それからお姉様には……会える日を楽しみにしていますと」
ティファニーがすました顔のままパチリと指を鳴らすとカーネはランプの襟首を掴み力任せに引き摺る。
「ひぃっ!なっ!何をっ!!」
突然、恐怖の存在から接触を受け、軽いパニックに陥るランプ。
カーネはお構い無しに窓まで引き摺るとゴミ袋を捨てるようにランプを外に放り出した。
幸い、客間は一階にあったので墜落死する事は無かったが、ランプに多大なストレスと屈辱を与えるのは充分だった。
ランプは腰が抜けているにもかかわらず、殊勝なことにティファニーを睨みつける。
「こっ!この事は報告させてもらうからなぁ!小娘風情が!」
「おい……」
先を続けようと口を開きかけたランプを遮るようにカーネがそっと視線を向ける。
そこで初めてランプは恐怖の姿を見る。
それは少年だった。
だが年頃の清涼さやかあどけなさなど一切感じられない真っ黒としか言いようのない少年だった。
漆黒の瞳からは苛立ちや蔑みといった不快気な色しか感じられない。
いつものランプであれば不遜な奴だと腹を立てるところだったがさっきまでと全く同じ寒気が首を絞め、思考がまとまらなくなる。
口からは錆び付いたシーソーの様な声を絞り出すのがやっとで立ち上がる気力すら奪われる。
「これ以上喋ってみろ。挽肉になるまで引き裂いて犬の餌にしてやる。それが嫌だったら一刻も早く僕の前から消えろ」
地の底から響くような声にランプは本能的な恐怖にかられ、ただ無様に這いつくばって逃げ出すしかなかった。




