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数多の世界の可能性  作者: 鈴木 啓
7/20

7話


ティファニー邸はフランジット領という領地の端の方に位置する貴族屋敷だ。

本来、貴族というのは領土の中央、最も栄えている所に居を構えるのだがティファニー邸は理由あって領土の端にある。

ティファニーのフルネームはティファニー・フランジット、つまりフランジット領主の娘なのだ。

フランジット領主には二人の娘がいる。

長女は淑やかでよく気が付く気立ての良い娘。

次女であるティファニーはその真逆、幼い頃から剣を振り回し自由奔放な娘だ。

それ故政略結婚の為に適当な貴族の元に出してもだいたい二日で相手の家から送り返されてくる。

結局、各地で家の恥を晒すくらいなら目の届く所で大人しくしていろとばかりに領土の端の屋敷を与え今のティファニー邸がある。

そんなフランジット家の目の上のたんこぶであり恥であるティファニーは今カーネを連れて街の中を闊歩している。

何故街に繰り出したのかというと、それはその日の朝に遡る。

「カーネを自慢したいわ」

このティファニーの一言で街行きが決定した。

当初の予定では護衛の為護身術を学んでいるメイドを二、三人ついて行かせる予定だったのだが

「カーネがいるから大丈夫よ。むしろ他の者は邪魔なだけよ」

というティファニーの一言であえなく却下され、殆ど強引に屋敷を飛び出したのだった。

一応、護衛ということで陰がティファニーを遠巻きに監視してはいるが不安の残るメイド長のシトリーの胃を痛める結果となった。


「外は気持ちがいいわねぇ、ね?カーネ?」

「はい!ティファ様!」

カーネはいつもの黒衣にグローブ、背中には雅桜が白い布で包まれたまま背負われている。

ティファニーは露出の多いプレートメイルを装備しているだけでこれといった武装はしていない。

「ところでティファ様?街って物騒だって言っていましたよね?」

「ん?そうよ?気付いたら攫われているなんてことは無いけど私くらいの身分ともなると防衛手段も無しに歩くのは自殺行為ね」

「じゃあ、ティファ様危なくないですか?今」

ティファニーはキョトンとした表情を浮かべると

「私?私はちゃんと武装しているわよ?」

と、さも当たり前の様に言う。

「え?どこに武器が?」

頭上に疑問符を浮かべキョロキョロと周りを伺うカーネの頭をくしゃりとティファニーは撫でると誇らしげに言い切る。

「カーネを連れているわ!」

「えぇ?いいんですか?それで?」

「いいのよ、何も心配要らないわ!」

真っ直ぐ向けられる信頼にくすぐったい思いをしつつカーネはティファニーの側を歩く。

「あ、そういえばどこに行くんですか?」

「あら?言ってなかったかしら?ギルドよ?」

カーネは聞いたことのない単語に小首をかしげる。

「ぎるど?何ですか?それ」

「うぅん、簡単にいうと仕事斡旋所、つまりお仕事を紹介してくれる所ね」

「ティファ様仕事するんですか?」

「正しくはしていた、ね。今回はカーネの身分証を作る為に行くから仕事はしないけどね?」

しばらく街の中を歩くと正面に見上げる程の大きさのテントが姿を現す。

入口には木の看板が下げられておりベンチャーギルドと書かれている。

入口の垂れ幕をくぐるとむわっとした熱気がティファニーとカーネの顔を撫でる。

中は丸机が並べられそこでは屈強な男や身体の至る所に傷を作っている女等が昼間にも関わらず赤ら顔で酒をあおっていた。

年齢層は下は十八、上は五十前後とかなり幅があるが誰もが様々な武器を携帯している。

奥にはカウンターと掲示板が交互に並んでおりカウンターには若い女性が笑顔で接客している。

人が多い事に警戒心を抱いたのか、カーネは無意識にグローブをはめた拳を握り締める。

ティファニーは何の気負いもせず酔っ払いの間を縫うように進んで行く。

その途中でカーネの三倍はあろうかという巨体がティファニーの前に立ち塞がる。

「ティファ、久しぶりだな」

褐色に焼けた大男は野獣の様な野卑な笑みを浮かべる。

いつの間にかティファニーとカーネを囲うように五人の男達が位置どっていた。

「……誰かしら?」

「おうおう、俺様を忘れるたぁ随分じゃねぇか」

大男が周りの男達に目配せすると下品な笑い声が当たりを包む。

「今日は護衛を連れずに来たみたいだが、誘ってんのかい?」

大男のギラついた目は終始ティファニーの双丘に注がれている

「ふ、下でしか物を考えられないなんて哀れね」

「あ?やんのか?クソアマ、調子にのんなよ?」

ティファニーの挑発にいとも簡単に乗った大男はティファニーの肩を掴もうと右手を伸ばす。

それと同時に素早くカーネがティファニーの前に出て大男の腕を掴む。

大男は突然出現した少年に腕を掴まれ驚いた表情を見せるが構わずその手を振りほどこうと右腕に力を入れる。

しかし、どんなに力を入れてもカーネに掴まれた右腕はピクリとも動かない。

「ティファ様に触るな汚物。声をかけてもらえるだけでも贅沢なのにあまつさえ触れようなどと」

カーネの華奢な腕からは想像出来ない握力でひねり上げられた大男は信じられないような物を見る目で自分の腕を見る。

「おいリーダー!何遊んでんだよそんな餓鬼さっさと吹っ飛ばしちまえよ」

「お、おう。糞ガキ離しやがれ!」

仲間に喝を入れられ気合を入れ直した大男はカーネに前蹴りを繰り出す。

大男の蹴りはカーネの顔面にまともに直撃する。

しかしカーネは倒れない。掴んだ腕を離さない。

「ティファ様から貰った服を……汚したな……?」

カーネは掴んでいた腕を引き寄せるとつんのめった男の首を左手だけで掴み、そのまま握りつぶす。

大男は断末魔を上げることなくその巨体を沈める。

一拍遅れて野次馬していた人達は我先にとティファニー達から距離をとりだす。

「てってめぇ!よくもリーダーを!」

先程大男に喝を入れた男が半狂乱になってカーネに剣を向ける、切っ先はガタガタと揺れ溢れ出す恐怖を隠せないでいる。

仲間の男達も遅れて剣を構えるが皆震えている。

「ティファ様、僕の後ろに」

ティファニーを後ろに下げカーネが一歩前に出ると四人の男達もジリジリと下がり始める。

「逃げるのか?別にいいけど、逃げる前に全員殺すからな?」

「へっ言うじゃねぇか餓鬼、四人同時に相手出来んのかよ」

「来るなら来いよ?まとめて相手するから」

カーネが不敵な笑みで挑発するとリーダーを殺され怖気ついていた男達の目に再び鈍い光が戻りだす。

「ちっクソ餓鬼がァ!!」

一番喋っていた男が素早く剣を振るう。一般人とは思えない太刀筋で真っ直ぐカーネの首筋を狙って振り下ろされた剣は吸い込まれるように直撃する。

「……は?」

剣は振られていた。

しっかりと当たっていた。

だがカーネの首が空を舞うことは無い。

鮮血が迸りもしない。

刃は止まっている。

カーネの首筋にピッタリとくっついたままそこから先にいこうとしない。

「何すんだよ、首が切れる所だ」

カーネは無造作に刃を摘むと圧力をかけるだけでべキリと刃を根元から砕いてしまう。

「何でだ!一体どうなって……」

男がその先をいうことは無かった。

飛ぶはずだったカーネの首は飛ばず、代わりに男の首が高く打ち上げられる。

カーネの手がいつの間にか斜め上に振り抜かれており血で汚れている。

「二人目」

カーネは笑っている。

酔ったように上体を揺らしながらグローブに付いた血を舐めとっている。

「う、うわぁあああ!」

「助けてくれぇ!」

狂気に満ちたカーネの様子に恐れをなした二人は腰を抜かして逃げていく。

「逃がすか」

逃げ惑う男達の前に後ろにいたはずのカーネがフワリと着地する。

カーネが降り立ったのは正面向かって右側の男の頭の上、小柄な少年なのにも関わらず男の頭蓋はいとも容易く粉砕される。

「三人目」

カーネの歌う様な声が更に恐怖をそそる。完全に腰は抜け男は半泣きで後ずさりする。

最後の男に止めを刺そうと一歩近づいたカーネはツンっとした匂いに顔をしかめる。

「お前……ティファ様!抜刀の許可をお願いしてもいいですか?」

ティファニーは怪訝な表情を浮かべ、チラリと男の腰のあたりに目を向ける。

すると納得した様に頷くとハンドサインだけで許可を出す。

カーネは許可が出た事を確認すると背中に背負っていた雅桜を構える。

白い布がバサリと膨らむと桜色の輝きがカーネの顔を妖しく照らす。

「四人目、アンタで最後だ」

「あ……ぁあ…たのむ……やめ…」

雅桜が男の足元に溜まった液体に触れると触れた端から黄金へと変わっていく。

「たっ頼む!…死にたくない!」

一閃、男の腕が形を変えながら転がっていく。そして続けざまに二閃三閃と太刀を浴びせあっという間に黄金の塊が出来上がる。

カーネはその結果に満足げに微笑むと雅桜を丁寧に布で包み足早にティファニーの元へと駆け寄る。

「ティファ様、大丈夫ですか?」

先程までの剣呑な雰囲気は吹き飛び無邪気な笑顔をティファニーに向けるカーネの顔や手足は鮮血で汚れている。

雅桜を包む布もカーネが巻き直したせいで血の手形がベッタリと付いている。

ティファニーはハンカチでカーネの顔と両手を拭ってやる。

「いつもに増して可愛く見えるわ」

「は?」

「何でも無い。さぁ、行くわよ?カーネ」

緩みきった顔のティファニーはカーネの手を引いて更にテントの奥へと進んで行った。


酒場を鮮血の海に沈めた狂気の二人組が去った後、ここら辺ではあまり見ない格好をした年若い男がフラリと姿を現した。

灰色の生地のしっかりとした長ズボン、黒のシャツの上にくすんだ青色のフード付きの上着を羽織った男は背中に背負った大きめのリュックサックから分厚い本を取り出す。

「『フィクションメーカー』この惨劇はタダのフィクションであり、実際の団体名、個人名共に実在するものでは無いという事をご了承ください。」

長々しい説明の様な呪文の後、本の一頁を破りとると床にパサリと落とす。

一枚の紙を起点に光の線が円形に広がって行く。惨劇をすっぽり包む程度まで円が広がり終えるとフードの男がパンッと本を閉じ口を開き、仕上げの呪文を発する。

「リアレイ・ロアレイの名の元に、実行せよ」

閃光が部屋の中を満たしその光に気付いた酒場の客達が何事か、と殺到する。

閃光が収まった後に現れたのは元の惨状ではなかった。

金に変えられた男は床に顔を貼り付けて倒れている。

数々の惨殺死体は僅かに痕跡を残して消え去っている。

黄金に変えられた男は自身の首を抑えて荒い呼吸を繰り返している。

フードの男は分厚い本を仕舞うと男に近づく。

「大丈夫っすか?」

フードのせいで顔は分からないが女性にしては少し声が低く、背が高い所から何となく男なのだろうと見て取れる。

「あんたら、ギルドの人?それとも冒険者?」

死んだ筈だと混乱する男にやや苛つきながらも辛抱強く話しかけるフードの男。

「おい!てめぇ!何した!?」

努力虚しく大男はフードの男の質問を無視して自分の疑問を最優先する。

「ええぇぇ、説明しなきゃダメ?」

「俺は!……あ、あの化物に!」

「うん、知ってる。見てたし、すんげー強かったな、あの少年」

「じゃあ!何で!」

「あー、おっさん知ってる?並行世界人」

段々と彼らの周りには野次馬が増えていく。

皆不思議な男に興味津々なのかザワザワと騒ぐことなく注視している。

「並行世界人?」

「そうそう、流石に知ってるっしょ?」

「そりゃまぁ、知ってるがよ」

「名前は?」

「そんなの有名すぎて子供だって知ってるぞ?」

「リアレイ・ロアレイ、つまり俺の事な?」

彼らの周りに集まっていた野次馬共が興味を無くしたようにバラバラと離れて行く。

「は?何十年も前の人間だぞ?てめぇみたいな若造な訳無いだろがよ」

「ホントだって、証拠見る?」

「なんだよ証拠って」

リアレイと名乗った男が人差し指でフードを少し持ち上げるとフードの下に隠されていた素顔があらわにされる。

「っ!!?若造!!てめっ!それじゃあ!!」

「信じてもらえた?」

リアレイはニシシとイタズラっぽく笑うとさっと立ち上がる。

「じゃあこれ秘密な?」

「え?あ、あぁ分かった」

「一応適当に説明しとくとあんたらが……。

まぁ、生き返ったって言うと語弊があるんだけと、いっか。

生き返ったのは『フィクションメーカー』のお陰なのですってだけ言っとくわ。

分からんと思うけど」

リアレイはさて、と膝を叩くとリーダーに顔を近づけ小声で問いかけた。

「ギルド所属ってどうすりゃいいの?」



カーネは何となく頭上を見上げる。

外から見た時にも思ったがここの広さは異常だな、と思えてしまうほどこのテントは巨大だった。

中はテントだという事を忘れてしまいそうになる程広く色々なものが集まっている。

入口は簡易酒場らしいし今も周りを見れば雑貨屋や鍛冶屋、武具屋等が所狭しと並んでいる。

それだけのものがあってもまだテントの半分でしかないのだ。

そして今カーネとティファニーはにこやかな受付嬢の立っているカウンターでたわいない会話に興じていた。

「最近何かと物騒ですもんねえ?」

「えぇ、特に女性なんて格好の獲物よ?貴女も気をつけなさいな?」

「そうしますぅ」

どうやらティファニーとこの受付嬢は旧知の仲らしく、初めから親しげに話し続けていた。

カーネはティファニーが自分以外の人と楽しげに話すのにモヤモヤとしたものを感じつつも、もう既に飽きてティファニーの少し後ろで腰を下ろしていた。

ティファニーには話が長くなるから好きな所を見てきてらっしゃい?と、言われていたが先程のような事がまた起きるのではないかと思うとおいそれと離れる事は出来なかった。

何時までも続くかと思われた世話話は盛大なカーネのくしゃみによってやっと本筋へと移っていく。

「あら?そういえば、その子はどうしたんです?」

やっとカーネの存在に気づいたのか受付嬢は驚いた様な声を出す。

カーネはどうやら自分が会話の内容に絡んできたらしい、と感じ取るとやれやれとした様子で立ち上がり愛想笑いをする。

「どうもこんにちは、カーネと申します。」

受付嬢はキャーと騒々しい叫び声を上げると鼻息を荒くしながらティファニーに顔を寄せる。

「ちょっとちょっと!あんたこんなカワイイ子どこで捕まえたの!?」

ティファニーは誇らしげに笑うとさっと横髪をかき揚げる。

「秘密ね、教えてあげない。」

受付嬢は悔しげに歯ぎしりするとハッと嫌らしい笑みを浮かべると

「ちょっとでいいから貸しなさいよ」

とのたまった。

カーネはブチィッ!!と聞こえてきそうなほどの憤怒の表情を浮かべるとティファニーの許可なく(本当は許可など必要無いのだが…)雅桜を抜き放つ。

血で汚れた布からスルリと刃を抜き取ると袈裟がけに振り抜く。

カウンターの一部が黄金に切り開かれ切り開かれたカウンターの隙間から既の所で何とかカーネの刃を躱した受付嬢が尻餅をついているのが見える。

「外したか」

「ひぃっ!ちょちょっ冗談だってば!」

「僕はティファ様以外は絶対に認めない」

「分かった!分かったから!!」

カーネの周りを雅桜の桜色の煌めきが漂いより妖艶により恐ろしく演出する。

「あはははははははははは!もぅ、カーネったら面白いわねぇ」

「ティファ!笑ってないで助けてよ~」

「はいはい、ほらカーネ?分かったからそれ仕舞いなさい」

ティファニーに諭され、渋々といった様子でカーネは雅桜を布で包み背負い直す。

そして、ティファニーの後ろに周り服の裾を摘むと受付嬢の視線から逃れるように半分だけ顔を出している。

「「かっかわいい…」」

危うく思考が宇宙の彼方へ飛んで行きそうになるのをなんとか戻しつつティファニーは本題へと入っていく。

「今日はね?ギルド登録をしようと思って来たのよ……」

「あぁ……その子の?」

何故か憔悴しきっている二人は言葉の端に溜息を混ぜつつ会話を進める。

「ええ、この子身分証とかそういうの一切持ってないから」

「理由は聞かないでおいてあげるわ、それじゃぁ、この用紙に名前と年齢と使用武器を記入させてちょうだい」

用紙がティファニー経由でカーネに渡されるとカーネは床に座り込んで書き始める。

これは関係ないことだがティファニーや受付嬢、及びその周りで見ていた女冒険者達は終始カーネの一挙一動に胸を貫かれた様な思いと共に目を奪われていた。

「くそ、一々心臓に悪い子ね」

「可愛いでしょ?私のよ?この子」

「ちっくしょ、羨ましいわ」

二人がそんなくだらない事を話していると不意にティファニーの服の裾が緩く引っ張られる。

ティファニーが振り向くと用紙を持ったカーネが裾を摘んでいた。

「ティファ様!終わりました!」

「あら、早いわね?偉いわぁ」

ティファニーは用紙を受け取るとフワリとカーネの頭を撫でる。

カーネはティファニーに撫でられ気持ち良さげに目を細め、それを見ていた受付嬢含め女冒険者達が再び鋭く胸を貫かれた様な衝撃を受ける。

「あんたわざとやってるでしょ、見せびらかす為に」

「まあね、はい用紙」

「くそぅ、ええと?カーネ君って言うのね?」

ティファニーにサラリとまた自慢され悔しげな表情を浮かべる受付嬢だったが、気を取り直してカーネに話しかける。

しかしカーネはあからさまに嫌そうな顔をするとティファニーの後ろに隠れる。

「おうふ、あからさまね……」

「こらカーネ?ダメでしょ?」

カーネの態度にショックを受けたのか受付嬢はカウンターに額をぶつける。

ティファニーは少し困ったようにカーネを咎めるとカーネはティファニーの後ろからまたも半分だけ顔を出すと

「少年趣味のオバサンとは話したくないです」

と、バッサリと言い捨てた。

固まる受付嬢に思わず吹き出し顔をそらすティファニー。

カーネは未だに受付嬢を睨みつけている。

「お……おば、さん、だと!?」

「少年趣味は認めるのねぇ……。」

受付嬢は足元がグラリと揺れたような気がした。

オバサン、オバサン。カーネのその一言がグルグルと頭の中を駆け巡る。

カーネのあんまりな物言いに見かねたティファニーはカーネの頭を軽く小突くと少しだけ眉を吊り上げてたしなめる。

「カーネ!ダメでしょ?女の人に対してオバサンなんて言っちゃダメ!」

「……はい、すみませんでした」

カーネは決して納得はしていないが渋々頷く。

やれやれとティファニーは肩を竦めると段々と正気を取り戻し始めた受付嬢に向き直る。

「ごめんね?懐きすぎて甘えん坊なのよ最近」

「ふ、ふふ、ふふふ。問題無いわ、話を戻しましょう。カーネ君だったわね?今から契約をするからこのプレートを持ってくれる?」

カーネは相変わらずティファニーの後ろから出ては来ないが手を伸ばしてプレートを受け取る。

プレートにはいくつかの注意事項が書かれていた。

「じゃあ、契約の確認をするわね?」

「……はい」

「まず、ギルドは契約者の身分を保証しますがその他の事は一切関与しません。つまり契約後犯罪などを起こした場合契約は破棄され懸賞金がかかった場合全力で捕縛に乗り出すのでそのつもりで」

「はい」

「次にギルドでは契約者以外にも仕事の斡旋はしていますが契約者には優先して仕事を割り振ります。その代わりギルドからの依頼は出来うる限り受けてもらいます。」

「はい」

「そして最後に契約金は不要ですが毎年金貨一枚を収めてもらいます。以上に同意し契約するのでしたらプレートを握り契約と唱えてください」

カーネは静かに頷くとプレートを握り直しギュッと目をつぶり契約と呟く。

プレートはカーネの手のなかで光を放つと注意事項が書かれた面の裏側にカーネの名前と年齢が表記される。

それを見たカーネは感心したように何度も裏返してプレートをまじまじと眺める。

受付嬢は心打たれつつも説明を続ける。

「はい、以上で契約は完了よ。それはギルドカードっていってベンチャーギルドに所属しているっていう証明書みたいなものね、失くした場合再発行はするけど手数料として銀貨一枚支払って貰うからね」

プレートに現を抜かしつつもぼんやりと頷くカーネに少し呆れたような和んだような表情を向けるティファニーはさぁ!とカーネの肩を叩く。

「それじゃ、行きましょうか?長居してしまったみたいだし」

「あ、はい!」

カーネは元気良く返事をすると受付嬢に向かって一礼するとティファニーに手を引かれ歩き去って行った。



無事契約を終え家路についたティファニー達はティファニー邸の寝室でくつろいでいた。

緩やかな夜着に身を包んだティファニーは壁に寄り掛かる形で座りカーネを膝に乗せている。

横抱きにティファニーに抱かれているカーネは気持ちよさそうに目を細めティファニーの豊満な身体に沈み込むように身体を預けている。

会話は何も無いがその沈黙すらカーネにとっては心地の良いものだった。

しかし、カーネの顔は幸せその物だったが、そんなカーネを抱くティファニーの表情は優れない。

いつも妖艶な笑みを浮かべている唇は真一文字に固められており、瞳には剣呑な光を放っている。

ティファニーは不安だったのだ。

今まで一切動きが無かったことに不信感を募らせるティファニーは、いつの間にかスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているカーネを撫でつつも眉をひそめ考えていた。


何時もならもうとっくに何かして来てもおかしくは無い筈なのに何故動かないのか。

まだ気付いていないのか。

いいや、それはあり得ない。

あの女が何もしない訳が無い。

なら一体何を……。


すると、コンコンコン、とティファニーの思考を遮るように、ティファニーの疑問に答えるようにノック音が転がり込んでくる。

「入りなさい」

ティファニーが許可を出すと音も立てずにメイド長であるシトリーが入って来る。

「失礼します。ティファニー様、本家より使者が参っておりますが客間にお通ししてよろしいでしょうか」


やはり来たか…


ティファニーは心底面倒そうにため息をつくと寝台から降りる。

「構わないわ、通して頂戴。あぁ、ところでそれはお父様から?」

ティファニーの温もりが無くなったからか目を覚ましたカーネに着替えを手伝って貰いながらティファニーは形のいい眉をしかめる。

シトリーは困った様に眉を下げると申し訳ありません、と頭を下げる。

「お聞きしたのですが、メイド風情に教えることは無い、と言われてしまいまして…」

ティファニーは呆れた表情で肩を竦めると手振りでシトリーを下がらせる。

「ティファ様?大丈夫ですか?」

「大丈夫よカーネ。でももう少しコルセットを締めてくれないと…」

「あ、すいません。……じゃなくて!そうじゃなくて…」

カーネはコルセットを締めつつ伺うようにティファニーを見上げる。

「そうじゃなくて……ティファ様何か嫌そうな顔してたから…」

「…………………。」

気付かれていたとは思わなかったティファニーは、虚を突かれ何も言えずに黙り込んでしまう。

コルセットを締め終えたカーネは、ティファニーの前に立つ。

「見てください、ティファ様」

ティファニーは、意味は理解出来なかったが、改めてカーネを見る。

少し長めの黒髪は、さっきまで寝ていたせいか所々跳ねており、吸い込まれそうな黒い瞳には鋭くも妖しい光を湛えている。

身長はティファニーの胸くらいまでしか無いが、身体つきはガッシリとしていて男らしさが窺える。

ティファニーの与えた上下ともに質素なデザインの黒衣を纏い、背には点々と梅の花の様に赤がちらしてある布に包まれた雅桜を背負っている。

大太刀を背負うカーネはまだ刀を背負っていると言うより刀に背負われていると言った方がいいのかも知れない。

「僕はティファ様を守れます。たとえ相手が誰であってもどんな状況だったとしてもティファ様を守ります」

だから…と言ってカーネはティファニーに誇示する様に指ぬきグローブを両手にはめて拳を握る。

そのグローブはティファニーにとってもカーネにとっても重要な物だ。

初めてカーネがティファニーに貰った物であり、カーネにとって覚悟の象徴でもある。

それをカーネはティファニーの前で改めて嵌めたのだ。

ティファニーはその行為がどういう事なのか理解しハッとなる。

「僕を使って下さい。捨て駒でもいいです。その結果死ぬようでも悔いはありません!」

ティファニーは鷹揚に頷き、サッと背中を向ける。

流れそうな涙を堪えると、声が震えないように慎重に命令する。

「ありがとうカーネ、では命令です。死ぬことは許しません」

カーネの気合の籠った返事を背にティファニーは満足気に微笑むと。

「では、行きましょう」

貴族然とした歩みで進み始めた。

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