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数多の世界の可能性  作者: 鈴木 啓
4/20

4話

いつも通りのよく晴れた朝のことだった。

午前七時、目を覚ましたカーネは隣で眠っているティファニーの頬に口付けをしてからいつもの黒衣を身に纏い静かに扉を開いて教師の元へとかけていく。

両手には鰐革のグローブをしっかりとはめている。

 屋敷には朝早くから起きて掃除をしたりティファニーの身の回りの世話をしているメイド等が数人しか居らずこの屋敷の建っているフランジット領の領民からは無人屋敷と呼ばれているほどらしい。

そんな屋敷の中も、今はカーネのおかげで楽しそうな笑い声と確かな活気で溢れている。

「あ、カーネ様!おはようございます!」

あくびを噛み締めながら廊下を歩いているとまだ幼さの残る可愛らしい声に呼び止められカーネは歩みを止める。

振り返ると黒を基調としたエプロンドレスを身に纏った茶髪の少女アネットが立っていた。

「おぉ、おはようアネット。カーネでいいよ?様は要らないって」

「で、でもティファニー様の愛人な訳だしメイド見習いの私より全然偉い訳だし呼び捨てにしたら先輩に怒られちゃうっていうか……」

アネットの慌てた様子に和みながらカーネはクスリと笑って頭を撫でる。

「ええええ?何で撫でるんですか?」

撫でられたアネットは驚きながらも抵抗はせず気持ち良さそうに目を細める。

 気が済むまで撫でたカーネはアネットの頭を軽く叩くとまたねと手を振りながらその場を離れた。

 アネットと別れてから少し歩くといつもの勉強部屋の前にたどり着く。

扉が半開きになっているということはカーネの教師の教授が先に部屋についているということだろう。

 カーネは気配を消し半開きの扉から中をうかがうと案の定教授は教卓に突っ伏して居眠りをしていた。

靴を脱ぎ足音静かに部屋に入ると黒板の前に立つ。

チョークを握り締めできるだけ教授に近くに立つ。

教授の安らかな寝息しか聞こえなかった部屋に突如として耳に障る甲高い音が鳴り響く。

「うわあぁ!!」

驚いて飛び起きた教授はその勢いで思い切り教卓を蹴飛ばしてしまう。

普段勉強ばっかりでまったく鍛えていない教授のキックでは教卓はなんともなかったが教授に足のほうにかなり大きめのダメージが入る。

激痛に対し反射的に身をかがめてしまった教授は教卓に頭を強く叩きつけてしまう。

軽い脳震盪でふらついた体を支えようと教卓に手をつこうとした教授は目測を誤り虚空を支えにしてしまい、まるで喜劇でもしているかのようにこけてしまう。

その一部始終をカーネは腹を抱えて笑いながら見ていた。

「カ、カーネ君、大人をからかうのは止めなさいと何度言えば分かるのですか?」

「まずは起きたらどうです?教授」

「私のことはいいのです。席に着きなさいカーネ君」

教授に注意されカーネは肩をすくめつつ席に着く。

教授は今度こそしっかりと教卓を掴み立ち上がると一度咳払いをしてからカーネに向き直る。

「はい、では今日の授業を始めたいと思います」

「よろしくお願いします」

いつものくだらないじゃれあいの後、午前の授業は始まっていった。


教授の授業は殆どのカリキュラムを終えており簡単なお復習をした後は一方的にカーネが質問する事で授業は進んでいく。

教授は人差し指で銀縁の眼鏡を押し上げ一息入れ気合を入れ直す。

カーネの質問攻めはその位の気合がなければ捌ききれないからだ。

「教授、質問」

「何でしょう?」

「並行世界って本当にあるんですか?」

とうとうこの質問が来た、教授は頭を出来うる限りの速度で回転させる。

「まず、並行世界の定義をおぼえていますか?」

「はい、軸となる世界の数多の可能性の具現化ですよね?」

「その通りです。約三十年前までは只の小説のネタでしかありませんでしたが、並行世界人の来訪により事実である事が判明しました。」

「並行世界人、ですか…」

訝しげな表情を浮かべられると分かっていたのか教授は仰々しくさて、と前置きを入れると若干熱を込めて語り出す。

「最初の来訪では只の世迷い事だと断じられたのですがその並行世界人の伝えた文明利器が常識を逸脱したものが多くその中の最たる物として並行世界を渡る門というのが並行世界があると言う決定的な証拠品となったと言われています」

どうだ?言わんばかりの表情を見せる教授。

しかし、未だにカーネの表情から疑惑の色は抜けない。

「本当にそんな物が?」

「あります。権威のある大国の首都には必ず一つはありますよ?ティファニー様にでも頼んで一度見に行かれては?」

ほう、と関心したような声を上げたカーネは軽い調子でじゃあ、と話を続ける。

「並行世界間交流とかもあるんですか?」

カーネの問いに教授は残念そうに頭を振ると溜息と共に答える。

「そういったものは行われていません」

「何でですか?」

「軸となる世界の数多の可能性の具現化が並行世界なのは分かっていますね?」

「はい、さっきも確認しましたよね?」

「では、私達の居るこの世界は?」

「可能性の一つ、じゃないんですか?」

「違います。この世界は全ての世界の根本なのです。」

「え?」

唐突な言葉に驚いたのか素っ頓狂な声を上げたカーネを無視する形で教授は話を続ける。

「初めは分裂した並行世界等は根本の世界が枝分かれして数を増やしていったと思っていました。」

「違うんですか?」

「えぇ、違いました。この世界に来訪した並行世界人は永年の研究の結果、門による移動で全ての世界を行き来することが可能になりました。その時に判明したのが根本の世界は継続しており、その他の世界は根本の世界から枝分かれして増えている、という事が分かりました。」

「成程、で?それと並行世界間交流は何の関係があるんですか?」

そんなカーネの様子に珍しく理解が遅いなと思いつつ

「分かりませんか?この世界の人間が並行世界に行くという事は即ち、現状と違う事をしている可能性のある自分に会う可能性があるという事です」

「それは全部の世界に置いても言えることじゃ?」

「その認識は誤りです。この世界以外の世界は変化することで多様化していったのに対して、この世界は変化しない事を選択したのです。よってこの世界が変化してしまうと今在る世界全てが消滅してしまう恐れが出てきたのです」

「それで交流は断念したって事ですか」

「そのようです」

質問の回答はこの位でいいだろう、と授業を続けようとした教授は未だに分からない顔をしているカーネを見てまた一つ溜息をつく。

「まだ何か?」

カーネは申し訳なさそうに頭をかくと、遠慮がちに人差し指を立てる。

「すいません、じゃあ最後に一つだけ」

「分かりました。ではその質問の回答をもって今日の授業は終わりとしますが、いいですね?」

教授が不快げに言うとカーネは首を縦に振り首をかしげながら問う。

「並行世界人は何をしに来たんでしょう?」

教授は手に持っていた教本を取り落とすと驚いたような困ったような表情を浮かべる。

「まったく、あなた一体いくつなんですか?」

「おそらく12、3歳くらいだと思います。」

「並行世界人の素性と目的は彼がやって来た当初からの謎ですが解明は成されていません」

「でした、ではなくて?」

目敏く教授の言葉尻に反応してくるカーネに辟易しつつもため息混じりに答える

「……えぇ、そうです」

「じゃあまだ死んでいないんですね!」

「本当に聡い子ですね、君は」

カーネはまだ見ぬ並行世界人へと思いを馳せながら午前の授業を終えるのだった。


      ※


 授業が終わるとカーネは練兵所へと急いだ。

午後の訓練が始まるのが待ちきれないのかその足取りは軽い。

 更衣室に行き訓練服に着替えると愛用の木刀を手に取る。

ティファニーから与えられた最高級品の木刀は日増しにその形を歪めていき悲壮な雰囲気をかもし出している。

「そろそろこの木刀も駄目になってきたな」

軽く素振りしてから木刀を腰に納めると更衣室の扉を開き練兵所へ向かう。

 カーネが到着する頃、既に講師でありサンドバックである男が仁王立ちでカーネを待ち構えていた。

「一分十二秒の遅刻だぞ!弛んでいるんじゃないか?カーネ」

がっしりとした体格の熊のような男が満面の笑みで重低音の声を響かせる。

額から頬にかけて刻まれた大きな傷のせいで彼の笑みは威圧感あふれる物になっている。

「でかい図体して細かいこと気にしてんじゃねーよグライアス」

不敵な笑みを浮かべ仁王立ちのサンドバッグに挨拶代わりに軽く肩を叩く。

「で?今日はどうすんだ?刀術を続けんのか?」

グライアスは叩かれた肩をさすりながら今日のメニューについて考えをめぐらせる。

グライアスは練習メニューを決めない。

そもそもカーネに練習メニューは必要ないからだ。

 圧倒的な反応速度と的確な動きは基本を学んだ時点で達人の域に達している。

まるで元から全て習得していたかのように基本を知るだけであっという間に到達してしまうのだ。

 そんなカーネに対してグライアスは一種の恐怖のようなものを感じていた。

自分の能力が吸われてる様な妄想にうなされることも多々あった。

グライアスはカーネを見遣る。

父と子ほど年の離れた少年はいまや彼が一撃を入れることさえ叶わない、それ程の成長ぶりだった。

ほんの二~三ヶ月前彼の前に立つ少年は身体は細くひ弱な印象の少年だった筈なのに剣術から格闘術に至るまであらゆる動きや技術を見せる度に驚異のスピードでその技を昇華させていった。

それはまるで忘れていたことを思い出していくように一つのきっかけが塞き止めていた蓋を外すように瞬く間に達人の域に上り詰めていく。

しかし、最も驚くことは技術を、力を昇華させる度にカーネの纏う空気がたった一週間程で頼りない少年から歴戦の戦士の物へと変貌を遂げていったことだろう。

「今日は刀術の最終確認がしたいんだが、頼めるか?」

怪物のような少年、否、少年のような怪物は無邪気に話しかけてくる。

大丈夫、敵ではない、まだ、敵にはなっていない。

「あぁ、どっからでもかかって来い!!」

グライアスの雄々しい叫び声をゴングにして、小さな剣豪は動き出した。

木刀は抜かず自前の筋力と足さばきで五歩程の距離を取る。

腰を落とし木刀の柄に軽く手を乗せ相手の出方を伺う。

グライアスも大振りの木剣をを構え油断なくカーネを睨みつける。

緊張し全神経を相手に向け合う二人にとって永遠に等しい沈黙の中、屋敷の何処かで皿の割れる音とメイドの叫び声が響く。

瞬間、グライアスとカーネは同時に動き出す。

グライアスの木剣が風を裂きカーネの側頭部を襲う。

カーネは持ち前の反応速度でグライアスの剣筋を目で確認してからギリギリのところで避ける。

「クソがァ!お前のそれ反則だろ!」

グライアスは咆哮し全力で剣を振り続けるが既のところで必ず回避されてしまう。

「反則とか言われても出来ちまうんだからしゃーないだろ」

ギリギリで回避しつつカーネはグライアスの隙を待つ。

グライアスはフェイントを織り交ぜつつカーネの死角を狙って叩き込むがやはり分かっているかのように避けられてしまう。

「避けてばっかじゃ勝てねぇぞ!カーネ!!」

「当てらんなきゃ勝てねぇぞ?先生!」

カーネはグライアスの挑発をものともせず不敵に言い返す。

カーネは未だ木刀を抜いてはいない。

グライアスの木剣を躱す度冷静にグライアスの癖を分析していく。

縦から横、一度フェイントを挟んで身体を反転させて頭を狙って横、左脚の蹴りを入れ一度引く。

この流れを無意識の内に繰り返している。

遠心力を利用した豪快な蹴りを躱した時長時間の戦闘のせいか一瞬の隙が生まれる。

「貰ったァ!」

頑なに抜かなかった木刀を掬い上げるように抜き放ちグライアスの木剣を弾き飛ばす。

「しまった!」

カーネの剣圧を上手くいなせず大きく体制を崩してしまい回避に移ることが出来ないグライアスにカーネは容赦無く振り上げた木刀を頭頂部目掛けて振り落とす。

「一・撃・必・殺!」

受け身すら許されない豪の一撃はグライアスの頭に喰らいつき、硬い地面に叩き落とす。

カーネの耳に床の砕ける音と骨が粉砕する音が届けられる。

少し遅れて香ってくる鉄の香りに頭の芯が快感で揺さぶられる。

血の香り!骨の砕ける音!あの日以来感じることの出来なかった死の戦慄!

カーネの全身に熱気と興奮が走り抜ける。

何処か遠くで騒ぐ声が聞こえるが今は余韻に浸っていたいと言うかのようにカーネはただ放心し虚空を見つめ薄く笑っていた。

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