18話
いつしかカーネは泣き止んでいた。
悲しくなくなった訳では無い。
どうしようもない虚しさがカーネの心を侵食し始めていたのだ。
「………どうしよう」
今のカーネに目標は無い。
唯一の心の支えだったティファニーを失い、完全に心が折れてしまっていた。
不意に、扉の開く音がする。
「カーネ、大丈夫?」
リアレイだ。
声の感じからしても相当疲労しているのが分かる。
リアレイはゆっくりとカーネの前に回り込み、それを目の当たりにする。
「そうか、“やはり”死んでしまったか…」
“やはり”と言う一言を訝しみカーネが顔を上げる。
目元は真っ赤に腫れ、涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになっている。
「やはり?やはりって何だよ…。
まるでティファ様が死ぬのが分かってたみたいじゃないか!!」
リアレイは目を伏せたまま押し黙る。
これがタダの八つ当たりなのはカーネも分かっている。
しかし、だからといって止められる訳ではなかった。
「なぁ!リアレイ!アンタならなんとか出来るんじゃないか!?
並行世界人なんだろ!!ティファ様を助けてくれよ!!」
止まったはずの涙が、カーネの視界をボヤけさせる。
「ごめん、かけられた魔術を解いて本来の姿には出来るけど、物理的に死んだ人間は蘇らせることは出来ない、ごめん……」
リアレイは努めて冷静にカーネを諭す。
「何でなんだよ……何でティファ様が死ななくちゃいけないんだ……神様でも何でもいい、誰かティファ様を助けてよ……」
カーネはリアレイに縋り付く。
どうしようもない理不尽を嘆き、膝をつく。
リアレイはただそれを複雑な表情で見つめていた。
「神様なんて碌でもない者しかいないよ……。
何時だって大事な物から奪って行く……。」
リアレイの呟きに反応してカーネが顔をあげる。
「リアレイ?いったい……なにを……?」
リアレイは困惑気味に見上げるカーネにふっと微笑むと、雰囲気を一転させた。
「そうだったね、後で説明すると約束したね。
分かってる。でも、心して聞いてね?」
リアレイが語った内容はこうだった。
世界は少しずつ違う要素を重ねて多数存在している。
しかし、その中でも良性の要素と悪性の要素は発言しやすくなっている。
その悪性の要素が“世界の悪意”だ。
そして、“世界の悪意”は世界中の良性の要素を持った人間を殺して回るのだ。
つまり、悪意に接触された者は死んでしまう。
だからこその、やはり、だった。
「つまり、ティファ様はこの世界にとって有用だったって事か?」
カーネの素朴な疑問にリアレイは静かに頷く。
「そういう事になる。そして、彼女は悪意の因果によって殺されてしまった。」
今度はカーネが押し黙る番だった。
世界の悪意、良性の要素、悪意の因果、どれも信じ難いがそれを語るリアレイの目に迷いはなかった。
信じられない様な突拍子もない話もリアレイが語るからこそ真実味を帯びてくる。
故に、カーネは納得し、そして理解した。
自分もいずれ悪意の因果によって殺されてしまうのだ、と。
「リアレイ、僕も死んじゃうのか……」
ポツリとカーネが零す。
リアレイは答えることなく静かに目を閉じた。
沈黙が答え、カーネはただあるがままを理解した。
抗おうとは思わなかった。
カーネにとってティファニーのいない人生なんてものは価値がないも同然だ。
むしろ、死んだように生き続ける事の方がカーネにとっては地獄の様なものだ。
カーネの心は決まっていた。
「カーネ、大丈夫だ。
俺は何度も同じ目に遭って来た人達を見てきた。
ティファニーさんは間に合わなかったけどカーネだけなら悪意から守りきれる。
だから………」
安心して、と言おうとしたリアレイをカーネは手をかざして止める。
その表情はさっきまでとは違い、酷く落ち着いた安らかな笑顔だった。
何かを悔いるようにリアレイは拳を握る。
「そうか……“君も”そっちを選ぶのか」
リアレイは今まで何度も見てきた。
大切な物を奪われ、絶望し終わっていった人々を。
何度手を差し出しても彼らが手を取ることは無かった。
ただ、唯一カーネが彼らと違ったのはその目だった。
絶望に染まり、全てを投げ出した彼らとは違い、死ぬ事こそ自分に残った最期の希望なのだと安心しきっていた。
「ごめんな、リアレイ。
でも、これでいいんだ。
死んでもいい、という言葉は今の僕にとってとても安らぐ言葉なんだよ」
カーネはティファニーの遺体を見下ろす。
「死んでしまったらあとは朽ちるだけ。
それは僕もティファ様も同じ事。
でも、こうすることで僕とティファ様は永遠に一つに、朽ちること無く一緒にいられるんだよ」
カーネは雅桜を拾い上げ、刀身に巻いていた布をティファニーに被せる。
その動作はまるで眠るティファニーを気遣い毛布を掛けたようにも見える。
「リアレイ、この刀には鞘がない。
それは今までどんな鞘を作ろうとも全て黄金に変えられ鞘を作り替えてしまうからだ。
それはまるでこの刀が鞘を拒んでいる様だったらしい。
でも、一つだけ方法がある」
そこでカーネは口を止め、雅桜に指を這わせる。
すると、オオォォォォン、という音叉の様な音が雅桜から鳴り出した。
それはまるで刀が喜んでいる様な音だった。
「カーネ……まさか……」
「ああ、そのまさかだ」
リアレイはカーネが何をしようとしているのか理解したのか驚きを露わにした。
カーネはどこか嬉しげに声を弾ませる。
長年の願いが叶えられる。
そんな考えが透けて見えるほどカーネは浮き足立っていた。
「僕とティファ様の血肉を使ってこの刀の鞘とする」
それは、ただティファニーのあとを負って死ぬだけで無く、その血肉すら朽ちさせず永久に保存するという、カーネにとっては最高の終わりだった。




