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数多の世界の可能性  作者: 鈴木 啓
17/20

17話

ドサりと誰かが倒れる音が聞こえた。

カーネが視線を上げるとどうやら倒れたのはグレイシアのようだ。

顔色は真っ青に染まり、ガタガタと震えている。

カーネはその様子を虫けらを見るような目で見下ろしている。

「そ、そそ、そんな……『陰剣』が負ける、なんて………」

カーネが1歩踏み出す。

「ひぃぃぃ!ち、近づかないで!化物!!下がりなさい!!」

また1歩踏み出す。

「下がれ!殺すぞ!ティファニーを殺してもいいの!?」

カーネは呆れたように肩を竦める。

「今の状況分かってる?今お前はティファ様のお陰で生き延びているようなものなんだぞ?」

「はぁ?……な、なにを……」

やはり分かってなかったか……、とカーネは苦笑する。

「いいか?ティファ様を殺してみろ……。

何が何でもお前を引き裂いてやるからな……?」

カーネの全力の殺気がグレイシアを襲う。

いつもならグレイシア自身が施した術のお陰で平気だが、本人が酷く動揺しているせいか全く効果が現れない。

背筋が冷え、息がし辛い。

自分より小さい筈のカーネがどうしようもなく大きく感じる。

この時、カーネは完全にグレイシアを追い詰めていた。

逃げ場を完全に無くし、精神的に追い詰め、唯一の勝ち目であった『陰剣』も潰した。


勝った、このいけ好かない女をここまで追い詰めてやった!


しかし、カーネは追い詰めすぎてしまった。

窮鼠猫を噛む。

グレイシアは考える。

このままこの化物に敗れた場合自分がどうなってしまうのか。

この数ヶ月、あらゆる任務に就かせたグレイシアだからこそ分かる事。

それは、カーネが人を殺す時何の呵責もない事だ。

食事をする、睡眠をとる、呼吸をする、その延長線上に人を殺す、という項目があるのだ。


このままならどう足掻いても殺される。


ならば、どうするか。

グレイシアの頭の中に様々な案が湧き上がっては潰れていく。

不毛とも取れる思考の末、辿り着いたのはただ一つの願望だった。

もはや、意地と言っても過言ではないそれは、自分を踏み台にして幸せになんてさせてやるものか、酷く子供じみた嫉妬と恨みだった。

それ故に、グレイシアは最悪の選択を選んだ。


どうせ死ぬなら道連れにしてやる。


グレイシアは袖に隠していたナイフをカーネに投げつける。

カーネにとっては躱す必要性も無いくらいの攻撃だったがカーネはグレイシアを更に追い詰める為にそのナイフを空中で掴み取る。

それがいけなかった。

カーネの意識が一瞬ナイフに向いた隙を突いて、胸元に隠していた隷属の首輪の制御用水晶を破壊してしまった。

その瞬間、

「ああああああああああ!!」

ティファニーの叫び声が響き渡る。

「ティファ様ッ!!」

カーネは一足飛びでティファニーの元へ行き着く。

そこで見たのは、かなり危険そうな色で明滅する隷属の首輪と苦しげに首を掻き毟るティファニーの姿だった。

カーネは慌てて首輪を破壊すべく首輪を掴む。

が、しかし、首輪はびくともしない。

「クソッ、何でだ!」

「あ、あああ、ぁぁああ」

どんなに力を込めても首輪は罅の一つも入らない。

「だったら……!」

力押しで取り除けないならば、とカーネは雅桜を抜く。

しかし、どんなに刃を押し当てても首輪が黄金に変わることは無かった。


これで駄目なら一体どうすれば!!


困惑するカーネの耳に笑い声が聞こえる。

「お前!!いったい何をしたんだ!!」

笑い声の主はグレイシアだった。

床にへたり込み、壁に背を預けて両手を投げ出しながら、枯れた笑い声をあげ続けるその姿は、もう何もかも投げ出してしまったようにも見える。

「は、はは、終わりよ終わり……。

首輪はもう外せない……。」

バンッ!!と大きな音がした瞬間グレイシアが壁に押さえ付けられる。

カーネが襟首を掴み壁に叩きつけたのだ。

「ふざけるな……!」

「ゲホッゲホッ……ふざけて…ないわ……。

ふ、ふふ、道連れよ……。

私だけ殺そうなんて……冗談じゃないわ」

「なんでッ!!何でそこまでしてッ!!」

ギリギリと重圧を上げていく。

「ガハッ!!ガ、ガ、ガァァァ……」

カーネは逡巡する。

グレイシアを殺せば魔力の供給が切れ外せるかもしれない。

だけど、もし術者から魔力供給が必要ないタイプだった場合本当の意味で詰みとなってしまう。

迷いから込める力が弱まっていく。

「殺りなさいよ、ゲホッゲホッ……。

殺ればいいじゃない……。

簡単な事でしょ?今までやって来たように殺ればいい事じゃない、……。」

「黙れッ!!」


あの水晶を割った瞬間にティファ様の首輪が締まり出した。

なら、アレが制御装置の役割をしていたと考えていいだろう。

やはり、ティファ様を助けるには供給元を絶たなくてはいけないか……?


カーネは長い逡巡の後、グレイシアに視線を移す。

グレイシアは酸素を求め、餌を求める金魚の様になっている。

「クソッ…………クソがぁぁぁぁぁあああ!!」

カーネは決断した。

たとえ、賭けだとしても可能性が在るならその価値はある、と。


───ゴギリ


鈍い音と共にグレイシアの首があらぬ方向へ曲がる。

長くカーネを苦しめた存在はなんの感慨も無く、呆気なくこの世を去ったのだ。

「ティファ様ッ!!」

カーネは急いでティファニーの元へ駆け寄る。

「クソッ!駄目なのかっ!」

しかし、ティファニーの首輪は緩む事無く嵌ったままだった。

ティファニーからは隙間風の様なヒュー、ヒューという音が鳴るだけ。

カーネは少しでも緩まる様にと、必死に首輪を掴む。

「だめっ……駄目です……」

しかし、無情にも首輪はティファニーの生気を奪っていく。

「嫌だ…死んじゃ嫌だ!ティファ様ァ!!」

もう既にティファニーの顔色は青を通り越して白くなり始めている。

その時、初めてカーネはしっかりとティファニーの顔を見た。

痩せこけた頬、隈の出来た目、青い唇、どれをとっても以前とは変わり果てた痛ましい姿だった。

それでも、その瞳だけは変わってなかった。

いつも自分を見つめる慈愛に満ちた瞳、「しょうがない子ね…」と少し呆れた様に下がった眉、そのどちらも以前のままだった。

だからこそ、カーネはやっと帰って来れたようにも感じたし、これから奪われてしまうのだと強く感じた。

「カ……ネ……わた……の、カァ……ネ……」

「はいっ………!はいっ!ここです!!ティファ様!僕はここに居ます!!」

うっすらと目を開き、掠れた声でティファニーはカーネを呼ぶ。

限界が近いのか何度も目を閉じそうになっているが、懸命に目を開きカーネを見上げていた。

「カァ……ネ、き…いて……?」

「はい!聞いてます!聞いていますよ!」

「ふ……ふふ……ほ……とに、かわ…いこ…ね……」

「ティファ様ァ……」

弱々しくティファニーの手がカーネの頬を撫でる。

カーネは久々に感じたティファニーの温もりがただ嬉しかった。

何時だって優しく抱き締め、撫ででくれたティファニーの手は血の気が引いて少しだけ冷たい。

「カァ…ネ?わた…しね?……しぬ…の…怖く……ない…のよ?………でもね……でも…」

ティファニーの手が弱々しくカーネの目元を拭う。

「あなた……のこ…して……死んで…しまうの…が…こわい……。

ひ…とり…に…な…た…カァ…ネ…が…くるし…むの…は…ハァッ……嫌なの……」

「ティファ様!ティファ…様ァ……お願い…もう喋らないで……しっかりと息をしてください!もう少し…もう少しでリアレイが来ます!アイツならなんとか…!」

カーネはティファニーの手を握り必死に呼びかける。

少しでも支えになれるように、自分の温もりが少しでも伝わる様に、強く強く手を握る。

「だから……ね……?お願い……カァ…ネ」

ティファニーは焦点の合ってない瞳でカーネを見つめる。

「誓いを……ちょう……だい……?

わた…しを…忘れ…ないで…でも…前を…向いていて……」

カーネは滂沱の涙を流しながら、

ティファニーの唇に自分のそれを重ねる。

唇を通して命の灯火を感じた。

弱々しくも、静かに激しく燃え上がるその火は儚くも美しい。

互いの唇が離れると、カーネの気持ちを代弁する様に銀の橋がかかる。

ティファニーは唇をペロリと舐めると、カーネにとっては懐かしい、嫣然とした笑みを浮かべた。

その笑みは何だか酷く胸騒ぎのするものだった。


「生きて……カァ…ネ…。

最後…の…その…瞬間…まで…生きて…」


ティファニーの手から力が抜け、スルリとカーネの手から滑り落ちる。

うっすらと開けられていた目は閉じ、その姿はまるで………眠っているようだ。

「嘘でしょ……やだ……いやだ……!!」

カーネは慌ててティファニーの手を握り直す。

だが、そこにはゴムの様な感触とうっすらと残る自分の体温しか残っていない。

「嫌だ!!嫌だよ!!ティファ様!ティファニー様!!目を開けてよ!死んじゃダメだ!!生きていなきゃダメだ!!もう少し!もう少しでリアレイが来るから!!アイツなら助けてくれるから!!だから……だから……!!目を開けてよ!」

必死に揺さぶっても、手を握ってもティファニーは眠ったまま、静かなままだ。

「見て!僕を見て!ティファニー様!目を開けて!!お願い……お願いだから……僕頑張ったんだよ……酷い事されても……酷い事言われても……必死に生きて……ティファ様の元に帰るまで頑張ろうって……頑張ってきたのに……。

いつもみたいに褒めて、撫でて、抱いてくれなきゃ嫌だ……独りは…嫌だ……!!」

カーネの慟哭が屋敷に響く。

誰もいないこの場所にカーネの悲しみだけが広がっていく。

「ああ…あああ…わぁあああああああああ……ああああああぁぁぁ……」

ティファニーの遺体をしっかりと抱き締め、カーネは泣く。

あらん限りの力を込めて、神にこの悲しみが届く程、泣いた。

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