13話
カーネは懐かしいあの屋敷の前に立っていた。
フランジット領の端にあるそこそこの大きさのある屋敷だ。
使用人の数が少ないせいか少しくすんではいるものの、貴族としての最低限の見栄が貼られている懐かしいあの屋敷。
カーネはすぐに気付いた。
ああ、これが明晰夢というヤツなんだな、と。
カーネは屋敷に向かって歩き出す。
門をくぐり、玄関を開け、屋敷の最奥、ティファニーの部屋へと向かう。
夢の中でくらい会えるといいなぁ… 。
とうとうティファニーの部屋の前に着き、何の迷いもなく扉を開く。
しかし、そこは見慣れたグレイシアの私室だった。
カーネは若干悲しげに溜息をつく。
夢の中でも会えないとは……自責の念が強すぎるのか分からないが夢くらい自由にさせてほしいな…。
ふと、視線を上げた時、夢だという事も忘れカーネは激しく動揺することになる。
グレイシアが立っている。
立っているだけなら良かったが彼女は片手にナニカを持っていた。
「あ………あ、あ、あ、あ、」
その手にぶら下げているもの、それは丸いものだ、金糸のような美しい髪を伸ばしているものだ、整った造形で何時も自分に優しく微笑んでくれていたものだ。
「あああ……ああ…ああああああ!」
それは、ティファニーの生首だった。
「うわあああああああああああああああああああああああ!」
カーネは飛び起きる。
急いで周りを見渡すが、悪夢の残滓はどこにもない。
「はああああああああ…」
カーネは安堵と共にパタリと横になる。
改めて周囲の確認を行う。
どうやら大きめのテントの中のようだ。
床はそのまま地面になっており、申し訳程度に敷かれた布があるだけだ。
そして、自分のすぐ左を見た瞬間ビシリと固まってしまった。
そこに居たのはリアレイ・ロアレイだった。
あの時の本を引っ張り出して読んでいる。
「………ん?あ、気がついた?」
リアレイはカーネが起きたのに気が付くとサッと本をしまいカーネの方に向き直る。
「とりあえず、自己紹介しましょっか。俺の名前はリアレイ、リアレイ・ロアレイ。平行世界人です」
「………はぁっ!!?」
平行世界人。
突然飛び出したおかしなワードにカーネは思わず大声を出してしまった。
そして、怒鳴られた本人はというと、はいはいわかってた、とでも言いたげな表情で頷いている。
「うん、分かってますよ。何が言いたいのかもね。」
リアレイは、はぁ、と一つ溜息をつく。
「どうせ、こんな若造なわけないとか、ゴッコ遊びも大概にしろとか言うんでしょ?……何でみんな1発で信じてくんないのかなぁ、そんな嘘吐いたって何の得にもならないの分かるだろうに…ブツブツブツブツ」
「あ、あの……」
「ん?おっとと、すんません愚痴っぽくなっちゃって」
「いや、それはいいんですけど……ホントなんですか?」
まだ半信半疑のカーネは恐る恐るリアレイに問う。
そのカーネの様子を見てある程度察したリアレイは自嘲げに笑う。
「ホントです。証拠もあります。見ます?十字瞳」
その言葉にカーネはまたしても驚かされた。
「十字瞳ってあの?」
「あぁ、はいそうです。これだけはどんなに幻影の魔術が上手くても再現出来ないですからね」
リアレイははにかみながらそう言うとバサリとフードを外す。
現れたのは東洋風の特徴の薄い顔立ち、その中でも異彩を放っているのが瞳だ。
色は赤、グラデーションなどは全くない血のように赤い瞳が十字に裂けている。
「信じてもらえました?」
目の前に平行世界人がいる。あの屋敷に居た頃、教授と話したあの平行世界人が。
なんとも言えない感慨深さを感じるカーネだったが既のところで興奮を押さえ込みリアレイに向き直る。
「はい、間違い無いみたいですね…」
「おお、そうすか。そりゃ良かった」
信じてもらえた事が嬉しいのかリアレイは破顔する。
「はい、だから残念です。」
カーネは言い終わるや否や腕を伸ばしリアレイの首に手をかけようと迫る。
───バチィィィィ!
やはり、案の定と言った所かカーネの腕はリアレイの首に届く前に見えない障壁のような物で阻まれてしまう。
「絶対に来ると思ってたけどやっぱか‥‥」
「ッ!!」
今の一撃で閉じ込められていると判断したカーネは雅桜を抜くべく手を伸ばす。
「探し物はこれっすか?」
しかし、雅桜はカーネの腰から抜き取られリアレイの手に渡っていた。
「とりあえず、『動くな』」
リアレイが響きの違う声命令する。
カーネは無視して動こうとするが、身体はピクリとも動かない。
「な、なにを……」
「全く、こっちは話がしたいだけなのになんで聞いてくれないんすかね」
リアレイは殺気立った目つきのままのカーネに呆れたのか、やれやれと肩を竦めている。
「まず話を聞いてください。いいすか?」
カーネは段々と困った事になって来た。
任務失敗の責めを受けるのはカーネでは無くティファニーだ。
だからこそ、カーネはやりたくも無い仕事を必死になってやっている。
「でも……」
つまり、仕事の遅れは許されない。
事情を話そうとするカーネにリアレイは手のひらを見せることで止める。
「分かってます、君が今どんな状況に陥っているのかも、どうしなくちゃいけないのかも、どうしたいのかも……」
リアレイは少しだけ辛そうに目を伏せる。
「………………。」
だからだろうか。カーネが二の句を続けられなかったのは…
「だからこそ話を聞いて欲しいんですよ。あと、安心して下さい、此処は時間の概念の外にあるんで時間経過はありませんので…」
否だ。
「ちょっと待てぇっ!!」
「ひぃぅい!」
突然大声を出され驚いたリアレイは思わず奇っ怪な声を上げる。
だが、それよりも混乱しているのはカーネだろう。
今なんて言った?時間経過が無い?概念の外!?いったい何に安心すればいいんだ!!?
「いきなりなんですか!ビックリしたぁぁぁ」
「びっくり?ビックリ!?こっちがビックリだよ!!ちょっとどういう事なのかちゃんと説明しろっ!!」
半狂乱に陥ったカーネは障壁に両手をつきリアレイを睨みあげる。
凄い形相のカーネに睨まれリアレイは若干涙目になっている。
「ヒィィィ、怖ェェ、さっきまでと全然キャラが違うんだけどぉ」
「知るかッ!!答えろッ!!ここはいったいどうなってる!!」
「えええぇぇぇ…さっき説明した通りっすよ?」
「分かるかッ!!」
「しょうがないなァ……」
リアレイが渋々といった様子で本を開き、白紙のページに一本の線を引く。
「いいですか?この一本線が実際に流れている時間です。普通の人間はどんなに頑張ってもこの線から飛び出す事は出来ないんすよ、ここまではいいっすか?」
「……ああ」
「一応この線の枠の中なら死ぬ気で頑張れば割と自由に出来るんすけど、まぁそれはどうでもいいっすね………。
で、ですね、この線は世界とも言い換えられる訳ですよ。
そして俺は平行世界を越えて旅してきてるわけでしてね。
その技術を応用して今のここの空間をどこの世界にも属さない場所にずらしたって訳なんすよ。
だから、他の世界の時間の概念の外にある事になるから他の世界からしたら時間が止まっているって状態になる訳よ」
リアレイはそこまで話終えると、分かりました?と言いたげな表情でカーネを伺う。
しかし、案の定カーネはよく分かっていない様で眉にシワを寄せていた。
「信じてもらえませんか…」
リアレイは困ったように眉を下げる。
その時、カーネの頭に『陰剣』の言葉が蘇る。
「奴を頼れ」と、そう言った『陰剣』の眼差しは酷く痛々しく、必死だった。
「分かりました」
「え?」
「師匠に免じて信じます」
「おお。って、え?師匠って誰?」
「そして、お願いしたい事があります」
「無視ですか……」
リアレイは不満げに息を吐く。
そして、カーネは少し逡巡した後さっきまでとは違う雰囲気を纏いリアレイに向き直ると、
「………どうか、ティファニー様を救ってくださいませんか?」
そう言ってリアレイに頭を下げた。
俯いたその顔を伺う事は出来ないが、小刻みに震える両肩が如実にカーネの想いを現している。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
「どうか……」
さっきまでは無かったカーネの悲壮感に慌てたリアレイは声を荒らげる。
しかし、カーネは縋るように泣きつくように静かにリアレイに向かって頭を垂れ続ける。
「僕は……もう……疲れてしまった………
守る事が出来ない事を悔いるのも、自分の弱さに打ちひしがれるのも……」
リアレイは静かにカーネの頭を見下ろした。
「今の僕は全てを奪われてしまった。生きる意味、喜び、愛した人、愛してくれる人、優しさ、温もり……暖かい物は全て……
最初は復讐の怒りが燃えていたけどその火も次第に弱まり、今となっては燃え滓が端で燻っているだけ………。
僕はもう折れてしまったのだろう………。
だから、どうか……。」
「救ってくださいってか……。」
カーネの最後の言葉を引き継ぎ、リアレイは重々しく溜息を吐いた。
そして、短く息を吸うと……。
─────ゴッ!!!!!
勢い良くカーネの頭の上に拳骨を落とした。
それはただの拳だったが、何故かカーネはその拳骨が堪らなく痛く感じた。
「ッ!!?」
驚いて顔を上げるとリアレイは案の定手を痛めており、振り下ろした拳をさすっていた。
「ふざけんなよ……何奴も此奴も俺に押し付けやがって……いいか、俺はな全部知っててここに居るんだよ…アンタに何があったのかも、どうしてこうなったのかも、これからどうすべきなのかも、なのにアンタときたら……もう疲れた?全部奪われた、?もう折れてしまった!!?」
リアレイの瞳が炎の様に揺らめく。
それはまるで、地獄のどす黒い赤色の炎の様な色をしていた。
「冗談も程々にしろ!!本当に奪われたって言うのはな、世界を渡る力を手に入れても取戻せないものの事を言うんだよ!アンタには分かるか!?死に物狂いでようやく掴んだ答えが不可能だった時の絶望が!!」
カーネは無意識にリアレイから目を逸らしてしまった。
それは、リアレイの瞳の奥の怒りが、哀しみが自分の理解の範疇を超えており、酷く不安定なおそろしいのさものにみえたからだ。
それは病的な程に深い瞳だった。
「アンタはまだ間に合う……だから、諦めんなよ」
リアレイは初めこそ怒りに任せて怒鳴りつけていたがその勢いも段々と衰えていき、最後には懇願するように弱っていった。
カーネはただ、ただ、リアレイを見ていた。
リアレイの深い瞳を、怒りに燃えた表情を、絶望に苦悩する姿を。
不意にカーネの頬に暖かい雫が伝う。
それが感動からなのか安堵からなのかは分からないが、次々と溢れ出すそれを止めることは出来なかった。
まだ間に合う、ティファニーを助ける事が出来る、またあの日々に戻れる。
それだけが嬉しかった。
「本当に間に合うのか……?」
涙に濡れた顔を上げ、カーネは問う。
リアレイはしっかりと頷くと様々な感情を煮詰めた様な笑顔で笑う。
「リアレイ・ロアレイの名にかけて…」
リアレイは右手を差し出す。
カーネは黙ってその手を握り、立ち上がる。
「ありがとうリアレイ、貴方に惜しみ無い感謝を…」
こうして、リアレイと共にカーネはティファニー救出を決心した。




