12話
それから、数ヶ月の月日が流れた。
その間、カーネはティファニーの生命を盾に酷使され続けていた。
あの日、目を覚ましてから説明されたのは自分にかけられた非道な魔術についてだった。
まず、自傷行為の全てが出来ないようになっているという事。
次に、グレイシアの指示一つでカーネの心臓を止めることが出来るという事。
そして、自分が死ぬ時ティファニーもまた死に至るという事だった。
話を聞くまではティファニーの重荷にならぬように死んでしまおうと思っていた、しかし今となっては死ぬ事すら出来ない。
あのクソ女にこき使われると言うだけで腹立たしいというのに、自分はティファニーを守る事も助け出す事も出来ない。
そんな自分が情けなかった、『陰剣』相手に手も足を出ず一方的に叩きのめされ無様を晒してしまった。
しかし、精神的にも肉体的にも打ちのめされたカーネに構うことなくグレイシアからは様々な指令が出された。
ある時は要人の暗殺、またある時は目に見える武力としての護衛など、そして仕事の合間に『陰剣』による訓練を受けさせられ休む事が出来ない日々が続いていた。
そんなある日だった。
“彼”と出会ったのは…
その日もカーネは満足な食事も与えられないまま仕事へ駆り出されていた。
朝早くから呼び出されグレイシアの足元に跪き、今日の指示を待つ。
今日は一体何をさせられるのだろう。
今までやらされてきた仕事はろくなものがなかった。
欲に塗れた豚のような貴族の暗殺、誠実で真面目な冒険家の殺害、博愛精神の強い貴族の暗殺、酷い時は男児好きの変態貴族の元へ貸し出され屈辱に耐えた事もあった。
まさに、地獄の様な日々だった。
様々な指令のなか、その相手にも様々な言葉をかけられた。
『頼むッ!!助けてくれぇ!金ならいくらでも払う!だから!だから!!』
『何のつもりだ!貴様…グレイシアの手先かッ!!』
『僕なら君を助けられる、でもそのためには君の協力が必要だ。
さぁ、手を取ってくれ…君だってこんな事したくない筈だろう?』
『もうお前に自由なんてない、覚悟することだなぁ、また可愛がってやる、グフフフ』
命乞い、罵倒、慰め、様々な言葉を投げかけられ、その全てを拒絶してきた。
最近では眠ることすら難しい。
「今日の指令を出すわ、心して聞きなさい」
物思いに耽っていると、頭上からグレイシアの声がかかる。
今日は一体何をさせられるのだろう。
「最近ギルドの方で私の周りを探っているネズミがいるらしいの、始末してらっしゃい」
「……はい」
「詳細は『陰剣』に資料を持たせてるから受け取りなさい」
「……はい」
「以上よ、下がりなさい」
カーネは1度深く頭を下げると速やかに退室した。
というものの、以前仕事を嫌がり、すぐに下がらなかった時、また『陰剣』に半殺しにされた事があったからだ。
最近、『陰剣』の言う“技”というものを覚えてきたと言ってもやはりカーネにとって『陰剣』は師匠の様なものだ。
『陰剣』に言わせればまだまだヒヨッコのカーネでは戦闘に置いては勝つことはまだ難しいだろう。
ティファ様を守れないようじゃ当たり前か……。
部屋を出てそんな事を考えながらしばらく歩いていると、よう、と声がかかる。
「相変わらず暗い顔してんなぁ、少年」
「なんだ、師匠か」
「おいおい、なんだとはなんだよ」
そこに居たのはカーネのボソリと呟いた一言を快活に笑い飛ばす『陰剣』の姿だった。
カーネがこっちに連れて来られてから『陰剣』はことある事にカーネに世話を焼いていた。
初めは警戒していたカーネだったが『陰剣』の事情を知った時この人なら信用しても大丈夫かも知れないと思い、今では師匠と呼ぶ程になっている。
「すまんな、少年。俺は守らなきゃいかんのよ……誇り、プライド、信念、全部捨ててでも守らなくちゃいけない奴が居るんだよ」
そう言って淡く笑う『陰剣』の横顔は酷く脆いガラス細工のようだった。
『陰剣』は肩に引っ掛けていた鞄を降ろすと鞄から紙束を引っ張り出す。
「ほら、これが今回の標的だ」
「おう、ありがと」
カーネは『陰剣』から資料を受け取ると軽く目を通していく。
標的の名前は、リアレイ・ロアレイ
年齢不詳、性別は男、中肉中背の褪せた青のフード付きジャケットを着ている。
かなりでかいリュックサックを背負っており、常にフードを被っていて顔は見えない。
「こんなのが今回の標的なのか?随分と楽そうだが……」
第一印象からして雑魚そうだと感じたカーネは不思議そうに資料を捲っていく。
「まぁ、確かになぁ、だが、気をつけなくちゃいかんとこもあるぞ?
分かるか少年?」
さっきまでの軽い雰囲気はなりを潜め冷水を浴びせるような鋭い目をする『陰剣』。
その雰囲気に若干押されながらもカーネはしっかりと『陰剣』の目を見返す。
「分かってるよ……この名前、あの平行世界人と同じだね」
完全に気圧されることなく返事をしたカーネに満足したのか、『陰剣』は一気に空気を和らげる。
「ああ、その他にもフードをずっと被っているとか、巨大なリュックサックとか、共通点は多い、ただのファンなら問題は無いが、もし本物だとしたら……」
「うん、しっかりと警戒しておく」
「おう、そうしとけ、まぁ本物なんてこんな田舎に来る訳ねぇと思うがな」
『陰剣』はそこまで言うとカーネの耳元に顔を近づける。
「奴を頼れ、俺は何もしてやれんが奴なら何とかしてくれるはずだ。
俺が出来るのはお前に……………」
「え?」
小声だったせいか最後の言葉が聞こえず困惑するカーネだったが、もう既に『陰剣』はカーネに背を向け去って行ってしまった。
カーネは言い知れぬ不安感を残したまま自室へと戻って行った。
日が少し傾いて来た頃、カーネは自室で資料の読み込みをしていた。
資料によると、リアレイという人物は見たことも無い魔術を使うらしく、知れば知る程厄介な相手だという事が分かる。
「ようは、如何にして詠唱させずに切り伏せられるかってとこだな」
この数ヶ月でカーネは技術面においてはなかなかの物になって来ている。
後は、魔術師相手にどれだけ早く距離を詰められるか……
カーネが思考の波に沈んでいると不意に、ゴーンゴーン、と街の時計塔が鳴り響く。
「夕刻の鐘か…そろそろ行くか……」
鐘の音を合図にカーネは部屋を飛び出した。
日はもう沈みかけ、空は茜色に染まり、影が長く長く伸びている。
「師匠……何を言いかけたんだろう」
長く伸びた影に沈み込むようにカーネは進む。
奴を頼れ、『陰剣』はそうカーネに言った。
文字通り捉えるなら平行世界人だと思われる標的に頼れば良いという事になるが、いったい何をしてくれるというのか。
分からないまま進んでいくうちに段々と日は落ち、辺りは闇に包まれていく。
暫く進むと、ようやく目の前に質素なテントが姿を現す。
入口の前には中に何が入ってるかは謎だがパンパンに膨れ上がったリュックサックが放置されている。
「ここか……」
カーネはゴクリと生唾を飲み込むと意を決してテントの中を探っていく。
「いない……?どういう事だ?」
気配が無いことに若干、油断をしていたのかボソリと呟いた瞬間に突然背後から今まで感じたことの無い、異様なプレッシャーを叩きつけられる。
『陰剣』との訓練の賜物か、条件反射で雅桜を引き抜き真後ろに一閃する。
手応えはなく、振るった瞬間大瀑布のごときプレッシャーはピタリと止み、また気配が完全に無くなる。
「クソッ!何なんだいったい!」
カーネは悪態をつきながらも雅桜を構える。
少なくとも刀の届く範囲にはいないことは分かったがその正体はまだ掴めていない。
見たことも無い魔術を使う、カーネの頭に資料の一文が過ぎる。
やはり只者では無い。
改めて標的の危険性を実感し、腰を低く構え直す。
その時、再びあの気配が背後から迫り、カーネは野性的な反応速度で抜刀し、斬りかかった。
────ガギィィィ!
鉄と鉄とが激しくぶつかり合う爆音が鳴り響き、漸くカーネはその正体を目にすることになった。
「あ、あ、あ、あ、ああ、あっぶねぇぇぇ……」
そこに立っていたのは褪せた青色の上着のフードを目深に被り、灰色の生地のしっかりとしたズボンをはいた男だった。
フードのせいで顔が見えないがあからさまに怯えた様子の男はカーネの雅桜を鉄の廃材で受け止めていた。
「ほんとに危ない所だった……もー、いきなり何をするの!」
男は手が痺れたのか廃材をグイッと押して無理やりカーネに距離を取らせると、廃材を投げ捨て手をぶらぶらと振る。
「お前がリアレイ・ロアレイか…?」
カーネは今度こそ油断せぬように雅桜を真っ直ぐ構え、男を睨みつける。
「え?…あ、ハイ…リアレイですが?」
状況についていけてないのか、若干困惑気味に返答するリアレイ。
「そうか、最近この街の領主の周りを嗅ぎ回っているそうだな?」
「え?なんでその事を……」
「知る必要は無い、怨みはないが死んでもらおうか?」
「へ?……ちょっと待って!ちょっと待って!」
カーネはリアレイの言葉を聞き入ることなく再び雅桜を振るう。
今度は下段からの袈裟斬りを繰り出す。
「う、おおおお!」
しかし、リアレイの身体に刃が届くと同時にリアレイは木の葉のようにスルリと躱す。
「待って待って!ここでこれが起きるなら……は………にズレてくる訳だから……なるほど!そういう事か!」
カーネは二閃三閃と繰り返すが、ゆらゆらと揺れているだけのリアレイに尽く躱されてしまう。
そのリアレイはと言うと、カーネの斬撃を躱しつつ考え込むようにブツブツと喋っている。
「クソッ!最近こんなのばっかだ!」
苛立ちから大声を上げカーネは雅桜を横一閃に振り切る。
その次の瞬間振り切った先には誰もいないことに気付いた。
「なっっっ!!」
嫌な予感が頭に過ぎり続けざまに後ろに一閃する。
────ガギィィィ!
再び鉄と鉄との激しい衝突音が鳴り響く。
「ヒィィ…こっわー」
後ろからは情けない声が漏れる。
「同じ技が通じると思うな…」
「はいはい、じゃあ、ちょっと失礼」
リアレイは軽い調子で一言断りを入れると、ヒョイと後ろに下がり鞄から本を取り出す。
カーネはリアレイに追いすがるが本が開かれた瞬間再び凄まじいプレッシャーがカーネを無理やり押さえつける。
「『ルールメイカー』止まる、止まる。ここは隔離される。堰き止め、隠し、誤魔化す」
リアレイの詠唱を聞き、凄まじく嫌な予感がしたカーネは奥歯で舌を噛み、無理やり気合を入れてリアレイの方へ駆け出す。
リアレイは本のページを1枚地面に落とす。
ページを起点にして魔法陣が広がりリアレイの声が響く。
「リアレイ・ロアレイの名の元に、実行せよ」
そして、カーネの意識は白い光に飲み込まれた。




