11話
遅くなりました
片腕が使い物にならなくなってからは一方的な戦いだった。
『陰剣』は折れて使えなくなった左腕を執拗に狙い、カーネが痛みに呻き、動きを止める度に急所という急所を打ち据えた。
小剣で左腕を打ったかと思えば両手剣で鳩尾を突く。
鳩尾を突いたかと思えばまた小剣で折れた肩を打ち据える。
始めはカーネも何とか右腕1本で雅桜を振るったが万全の状態でも当てられないので、当たるはずもなく、余計に隙を見せることになった。
気付けばとっくに膝をつき無様にも後頭部への一撃で倒れ伏してしまった。
「んー、少年はいい筋行ってるんだけど如何せんゴリ押し気味だね……もっと技術を磨くべきだよ、うん」
血塗れのまま倒れ伏すカーネへ『陰剣』が半笑いの表情のまま語る。
「あとは焦りすぎだね、余裕もって戦わなくちゃ勝てる相手にも勝てないよ?少年」
「ぐっ……がっ……だ…まれ……」
気丈にも倒れたままカーネは『陰剣』に向け殺意を飛ばす。
「やれやれ、血の気の多いことで……」
そこへ、パチリと指を鳴らす音が届く。
その音を聞いて『陰剣』はズタボロのカーネを片手で持ち上げ、グレイシアの所まで持っていきティファニーの目の前に投げ出した。
「言われた通り半殺しにしときましたよ、雇い主殿」
グレイシアは満足気に腕を組むと『陰剣』に向けて下がるように指示する。
指示を受け下がる『陰剣』それを見た白杖を持ったローブの男はその白杖の先端をカーネの首に当てる。
「さて、ティファニー?選ばせてあげる」
目の前にカーネを投げ出されてから放心したようにピクリともせずにカーネを見ていたティファニーがゆっくりと顔を上げる。
「この首輪を貴女かこれのどちらに付けたい?」
訝しげにティファニーが眉根をよせる。
「察しが悪いわね、ならわかりやすく言うわね?」
グレイシアはティファニーの顎を掴み、無理矢理目を合わせる。
「どっちの生命を握られたい?」
間近で見るグレイシアの藍色の眼は暗く澱んだ海の底の様だった。
「ティ、ティファ様…」
もう既に満身創痍で話すことも辛い筈のカーネが血塗れの顔でティファニーを見る。
すなわち、自分を犠牲にしろ、と。
弱々しくティファニーは首を振る。
「選べない……」
選べる筈がない、犠牲に出来る筈がない。
今まで何をしても何も感じなかった。
そんな自分が恐ろしくてわざと享楽的な自分を演じていた。
艶やかに笑い、散財し、危険の中に飛び込んできた。
そんなある日、カーネと出会った。
檻の中で蹲り、奴隷小屋の主人に殴られても、鞭で打たれても、ただ無機質な目をじっとこちらに向けていた。
その目は、鏡でこちらを見つめる自分だった。
だからこそ、カーネを買った。自らのそばに侍らせた。
「選ぶのよ、ティファニー、くふ、くふふ…」
グレイシアが心の底から嬉しそうに嗤う。
悪魔が、選択を迫る。
「簡単な事じゃない、たった一言、死にたくない、と言えば済む話よ?そうしたらこの化物は私が有意義に使ってあげる、酷使して酷使して使い潰してボロ雑巾みたいになったら返して上げるわ、くふふふふ」
カーネからの視線が強くなる。
切り捨てろと、自分を見捨てて生きてくれと、力強い眼がティファニーを捉えている。
その瞬間、ティファニーは決心する。
ティファニーはふわりとカーネに笑いかけると毅然とした表情でグレイシアに向き直る。
「決まったかしら?」
グレイシアが全て分かっているというような顔で答えを待つ。
「ええ、決まったわ」
カーネが苦痛を抑えて顔を上げる。
『陰剣』が辛そうに顔を背ける。
「カーネにそんなもの付けさせない、これが私の答えよ」
※
「ティファ様ッ!!何でッッ!!」
既に限界が近いというのに暴れるカーネを無視する形でティファニーはただグレイシアをじっと見つめる。
「では、この首輪は貴女が着ける、ということでいいのね?」
何処か、呆れたような雰囲気でグレイシアが確認する。
ティファニーは静かに頷き、そっと跪き、金糸の様に美しい髪を右に流し自らの首を晒す。
「一応言っておくけど、どっちにしろ私はその化物を逃がすことはないわよ?」
ティファニーの反応はなく、ただただじっと動かない。
「…そ、ならいいわ」
反応の無いティファニーに飽きたのかグレイシアは手に持っていた首輪をローブの男に渡す。
「さ、さっさと始めてしまいなさい」
首輪を手渡された男は無音のままティファニーに近づいていく。
白杖の規則的な音がカウントダウンのようだ。
「やめろォっ!やめろォっ!ティファ様に近付くなっ!」
カツン…カツン…
カーネの叫びも虚しく、男はティファニーの元へ辿り着く。
そして白磁の如き華奢な首に無骨な黒い首輪が嵌められる。
「貴様ァ!!殺す!絶対に殺してやるからなァ!!」
カーネの怒声を背景に男は重く静かな声を紡ぎ始める。
「其れは隷属の環…他者を支配し愉悦を得る者の罪…縛り…戒め…縊り殺す…彼の者の自由は…奪われた」
男の掌から灰色の煙のようなモノが流れティファニーに嵌められた首輪に染み込んでいった。
「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!」
その瞬間ティファニーは壮絶な絶叫をあげた。
「ティファ様ッ!!」
カーネは残った右腕を必死に動かしながらジリジリと進む。
やがて、ティファニーの絶叫は止み糸の切れた操り人形のようにくたりと倒れる。
「ティファ様ッ!!」
片腕を器用に使ってティファニーの元へと向かうカーネだったが、無情にもグレイシアに踏まれ行く手を阻まれてしまう。
「さぁっ!仕上げが残ってるわよ?早く終わらせて仕舞いなさい!」
グレイシアがカーネを踏みつけにしたままローブの男に怒鳴ると男はまた白杖をつきながらカーネの元まで歩いて来る。
「お前らッ!絶対に殺してやるからなッ!」
怒りに顔を真っ赤に染め上げたカーネに白杖が突きつけられる。
白杖の先端から先程と同じ煙のようなモノが再び漏れだし、今度はカーネの耳の中に侵入していく。
「ぐっ……が、が………あ…」
煙の侵入と同時にカーネの思考が圧迫され耐え難い苦痛が頭の芯を蝕む。
ローブの男は煙が充分に入ったのを確認すると先程と同じ呪文を紡ぎ出す。
「繋ぐは心…魂の接続…逃れられぬ枷…死すら引き裂く事の出来ない絆をここに」
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
脳をねじ切らんばかりの苦痛が頭を貫きそのままカーネの意識は闇へと沈んでいった。




