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「炎に包まれた集落なんて」

 ゴオオオオ......という何かが燃え盛るような音で目が覚めた。

 どうやら現在は真夜中のようで、部屋の中は暗いが何も見えないというほどでもない。窓の外から差し込む、ゆらゆらとゆれる赤い光が部屋の中を照らしている。


「あ、あ、ギャアアアアアアアア!!」


 外から女性のものと思われる、およそ人間が出すとは思えないような悲鳴が聞こえてきた。

 燃え盛る炎の音といい、ただ事ではないだろう。


 寝起きで動きが緩慢な体に鞭打って、俺は起き上がった。

 その際ベッドから落ちてきたのであろうベルを踏んでしまったが、よほど深く眠っているらしくおきる様子は無かった。


 急いで窓に駆け寄り、外を覗く。

 そこには、燃え盛る炎に四方を囲まれた集落の姿があった。


「火事.....なのか?」


 だがその炎は火事というにはあまりにも勢いが強かった。

 まるで大蛇がうねるように暴れる炎は、明らかに何者かの手によって勢いを強くされている。――もしかしたら、魔法か何かかもしれない。

 ゲーム時代には魔法が使えなかったスライム娘に魔法が仕えるようになっているのだ、戦闘時以外にも魔法が使えるようになっていると見て間違いは無いだろう。


「......ベルを起こさないと」


 炎は勢いをどんどん増している。このままだと、ここも危ういだろう。

 早くベルを連れて逃げなければ。


 ベルのそばに駆け寄る。


「ベル、起きろ!ベル!」


 だが、いくらゆすってもベルは起きる気配を見せない。

 多少強めに頬をつねったりもしたが、幸せそうに「マカロン......」と言っただけだった。


「くそっ」


 仕方なく、俺はベルを背負った。

 完全に脱力した人間を背負うのは大変だとどこかで聞いたが、思っていた以上にベルを背負うのは大変だった。

 しかも、ベルは胸に大きな実が付いているのだ。こんなときにもかかわらず、思わずドキっとしてしまう。


 .......って、いかんいかん!気を引き締めなければ死ぬ!


 気合を入れると、俺はベルの家を飛び出た。







 まずはこの集落から出なければいけない。

 おそらく、この炎は止まることなくこの集落を焼き尽くすだろう。そうなる前に早くあの泉から集落の外に出なければ。


 そう思い泉を目指して走ったが、やはりというかただでさえ迷子になりそうなこの街の中、目印になるような建物がすべて焼き尽くされているというのに泉に迷わずつけるはずが無い。


 つまるところ、道に迷った。


「くそ、ここも駄目か......ごほっ、ごほっ」


 あまりにも広いので忘れかけていたが、ここは洞窟の中。つまり、このままだとこの洞窟の中の酸素がすべて失われ、炎に追いつかれる前に酸素不足で窒息死してしまう。

 スライム娘とはいえ、体の機能は人間と変わらないのだ。


 炎と酸素。二つの制限時間から逃げ切るために、俺は全力で集落の中を走り回った。

 しかしどこもかしこも道を塞ぐようにして倒壊した建物や炎が行く先を阻んでいた。


 走行しているうちにも、行動範囲は狭くなっていく。


「はあっ、はあっ!」


 俺の息も上がり、ついに背負っていたベルを落としてしまった。

 俺自身も立つことすらできず、その場に座り込んでしまう。


 もう、駄目なのか。


 ふと顔を上げると、倒壊した建物の瓦礫の向こう側に泉が見えた。

 おそらく、この集落に入るときに沈んだあの泉だろう。だが、俺は体力が尽き、そうでなくとも瓦礫に阻まれている。


(万事休す、か......)


 俺が諦め、目を閉じかけた時。


「水よ、打ち砕け!」


 不意に背後から声が聞こえた。

 それは聞きなれた声だったが、今まで聞いたことも無いような強い意思が宿っていた。


 後ろから高速で飛んできた青い塊は、目の前に立ちはだかっていた瓦礫を吹き飛ばした。

 まさかと思い振り向くと、そこには右腕を上げた状態で片で息をするベルがいた。


「大丈夫?ケイ」


 そういって微笑むベルに安心したのか、俺の意識はそこで途切れた。







「そうか......ケイに迷惑かけちゃったかな」


 誰に聞かせるでもなくそうつぶやくと、私はケイをおぶった。

 ケイの体は小さく、私なら簡単に持ち上げられるほどに華奢だった。こんな小さな体の一体どこから私を背負って走れるだけの力が出てくるんだか。


 現在の状況は詳しくは分からないが、どうやら集落で大規模な火災が起きているということだけは分かる。

  とにかく、ここまで運んでくれたケイを助けるためにもどうにかしてここから逃げなければいけないだろう。本来なら長老のことを助けに行かなければいけないのだが、幸い泉はすぐそこにある。危険はほぼ去ったと見て間違いは――


「きゃあああああああ!」


 不意に後ろから幼い悲鳴が聞こえた。

 反射的に後ろを振り向く。そこにはしりもちをついて泣きじゃくる幼い少女――長老がいた。その視線の先には、首を切り離された執事が立っていた。


 どさり、と執事の死体が倒れる。

 その先にいたのは、皮製のローブを着た人間だった。


「人間!?なんでここに!!」


 人間が剣を振って血を払った。ぴぴぴ、と血が地面に飛ぶ。

 にたりと笑い、ゆっくりと長老に歩いていく人間。どうやら2人ともこちらには気がついていないようだ。

 

 今後ろを振り返らずに走って逃げれば、たぶん逃げ切れるだろう。

 だが、まだ9歳になったばかりの長老を見捨てることはできない。


 人間は、長老の前に立つと剣を振り上げた。


「なあ......たくないか?......ろして......なん.....」


 場所が遠いため、途切れ途切れにしか聞こえないが長老を殺そうとしているのは確かだ。ここからなら、ぎりぎり――


 人間が、剣を振り下ろす。


「水よ、切り裂け!」


 私が放った水の魔法は、人間が持っていた剣に直撃した。

 水の魔法が当たった剣はくるくると回ってどこかへ飛んでいき、壁に突き刺さった。


 急に手に握っていたはずの剣が消えた人間はうろたえている。チャンスだ。


 私は再び魔法を唱えた。


「水よ、撃ち抜け!」


 水を高圧で撃ち抜くという強い意思を持って呪文を唱える。

 直後に、人間のほうに向けた指先からものすごい勢いで水が射出された。弾丸と化した水は、人間の額に吸い込まれるように近づいていき――


 バシンッ!


「なっ!?」


 間に現れた”見えない壁”によって遮られた。


「ふふふ、その程度の攻撃魔法で俺の魔法障壁が破れるとでも思ったのか?」


 不敵に笑い、余裕すら見せるような態度で壁に突き刺さった剣を取りに行く人間。それを私は何もできずに眺めるしかできなかった。

 今まで私は格下の魔獣だけを狩ってきた。

 生きていくうえで格上を狩る必要性が無かったからだ。


 だが今はどうだ。

 魔法を撃っても”魔法障壁”というなにかに阻まれて効かない。

 それは魔法を主体に狩りをする私にとって致命的だった。


「さて、ではどちらから殺そうかな?」


 そうやって笑う人間の目は、狂気で塗りつぶされている。


「どーちーらーにーしーよーうーかーなー」


 指を私と長老の間でうろうろさせながら変な歌を歌う人間。

 嫌悪感と恐怖が入り混じり、思わず地面にへたり込んでしまう。


「よしっ、決めた!そこのきょにゅーの子からにしよう!」


 私のことを嫌な目つきで舐めるように見てくる。

 剣を構え、ゆっくりと私のほうに近づいてくる。


 来るな来るな来るな来るな。


「水よ、撃ち抜け、撃ち抜け撃ち抜け撃ち抜けぇ!」


 いくら魔法を撃っても見えない壁にはじかれる。私の攻撃は効かない。でも、あの人間はこちらに確実に近づいている。

 死は、確実に近づいてきている。


「いやぁ....」


 目に涙が滲んだ。

 もう、助からないかもしれない。


「そうだ、長老......」


 私が助からないのなら、せめてまだ幼い長老だけでも....。

 そう思ってさっき長老がいた場所を見る。そこにはもう長老はいなかった。私をおいて、逃げたのだろう。

 それでよかったのだ。よかったはずだ。

 長老はこの集落で一番大切な人なのだ。こんなところで死なせるわけには行かない。


 その判断は正しい、はずなのに......。


 なぜ、こんなにも胸が苦しいのだろう。


「さぁて、死んでもらおっかな~!」


 邪悪な笑みを浮かべ、剣を振り上げる人間。

 これで、終わり。


 私は目を閉じた。

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