「俺、要らなかったかな」
今回は少し短めです。
再びあの薄い布切れに着替えて、外に出た。
周りの人は特にこちらを気にする様子もない。露出狂並みの露出度だが、本当にこの服装はスライム娘にとってなじみのある服装のようだ。
ベルと一緒にテクテク歩くこと数分。
すぐにあの泉に着いた。この前見たときと変わらず、人が1人つかればいっぱいになるようなサイズだ。いや、変わってたらそれはそれでおかしいんだけどね?
「じゃ、私が先に入るね~」
「おう」
そういって先に泉に沈んでいくベル。
しばらくはぶくぶくと泡が立っていたが、それもすぐになくなる。前と同じだ。
「さて、いくか」
まだ少し不安なのもあって、声に出してみる。
少しだけ勇気が出た気がする。
ベルと同じように、泉の中に入る。
違う行動をして何かあっては困るし、これもベルと同じくぶくぶくと泡を立てた。
息が続かなくなってきたため、顔を上げる。目に飛び込んできたのは、俺がチュートリアルクエストから逃げ出してきた初心者の草原。
「あ、来た?じゃあ行こうか」
らんらん♪
と言った感じにスキップをして草原のほうに進むベル。
狩りをすると言うのにそんな適当でいいのか。そんなに音を立てて歩いていては獲物が逃げるだろう。普通に考えて。
そういえば、狩りをすると言っていたが武器とかはなくていいのだろうか。
モンムスの世界観的に銃はないだろうから、狩りをするには弓矢か?
気になったので聞いてみた。
「なあ、ベル。狩りをするのに武器がなくて大丈夫なのか?弓矢とか......」
「弓?そんなの使うよりも魔法を使ったほうがラクじゃん」
「魔法?でもそんなはずは――」
モンスター娘の中にも魔法を使えるやつはいたが、最序盤から魔法を使うキャラが出てきても困るだろう、と言う運営の配慮と言うかRPGの常識と言うやつでスライム娘は魔法を使えない。
ゲームの設定的には確か人型の生物ならたいてい魔法は使えるがスライム娘などはあえて戦闘では使っていない、とかいう多少無理がある設定だったと思うので、現実になったこの世界では俺もベルも魔法が使えるのだろうか。
俺もこの世界にスライム娘で来たと分かった瞬間からてっきり魔法は使えないモノだと思い込んで、無意識のうちに忘れていたが――
「ほら、こんな風に。――“水よ、切り裂け”」
指を草原の誰もいないほうに向けると、ぼそりと呪文っぽい言葉を口に出した。
その瞬間、指先から結構な勢いで細い水が噴出された。水圧で物を斬る機会があるというのは聞いたことがあるが、そのようなものだろうか。
「ケイにも使えると思うよ。基本的にスライム族なら使えるし」
ほう、つまり俺にも魔法が使えるということか。
それは確かにロマンだ。是非とも使ってみたい。
「普通に“水よ、切り裂け”って言うだけで――きゃう!」
どうやら魔法は呪文を唱えるだけで発動するようで、発動の呪文をベルが口に出した瞬間指先から一筋の水が飛び出し、地面をえぐった。
地面は10cmほども削れており、その威力が伺える。
「あは、ははは」
ベルが乾いた笑いを漏らす。
もしあれが俺に当たっていたらと思うと......笑い事じゃない。
......もしかしてベルって、あほな子なんじゃないだろうか。
その後はそういったハプニングもなく、俺がベルほどに威力はないが、普通に魔法が使えることが判明した。
魔法と言うのは意思の力(以下略
それによって世界の事象を(以下略
神が(以下略
さっきあほな子とか思ったのがばれているのか、と思ってしまうほど次々にわけの分からない知識を詰め込まれた。
結局分かったのは、『とにかく魔法なんてものは意志の力でどうにかなる。意志が強ければ威力も発動条件も自由自在』、と言うことだけだった。
「さて、ケイも魔法が使えるようになったことだし、狩りに行こうか!」
そういって再びスキップを再開するベル。
俺ははぁ、と溜息を付くと、せめて俺だけはできるだけ音を立てずに歩こうと決心した。
少しの間抜き足差し足で歩いていると、
「ケイももっとスキップして!」
と謎の注意を受けた。
「なんでスキップするんだ?獲物が気づいて逃げるだろ」
「逃げない!魔獣は他の生き物を見つけると襲ってくるの!」
「魔獣?」
なんか不穏なワードがベルの口から発せられた。
「私が探してる魔獣は音で索敵するから、音を立てるほうがいいの!」
ベルが言うには、音で索敵をして襲い掛かってくる魔獣という生き物がいるらしい。
もちろん、そんなものはゲーム時代にはなかった。
魔獣とはなにか聞いてみたところ、変な特徴を持った獣の凶暴なやつ、との答えが返ってきた。詳しい正体はまだ知られていないらしい。
旅人を襲って殺したりするのでたびたび討伐隊が編成されているのだとか。
知らずにいたら殺されていたかもしれない。
やはり、ゲーム時代の知識はあまり役に立たないのかもしれない。
スライム娘が魔法を使うことといい、ゲームと同じだと思って草原に出たあいつ(プレイヤー)は慌てふためくだろうな、と少しいい気になった。
俺もベルがいなかったらそうなっていたであろうことはこの際忘れることにした。
と、そんなことをしているときだった。
どこから沸いて出たのか、気が付けば目の前にウサギとドーベルマンを足して2で割ったような見た目をした、凶悪すぎるほど凶悪な顔つきのウサギ(?)がいた。
ウサギには特徴的な、体と同じくらいの大きさがある尻尾が生えていた。尻尾は、先端のほうだけ淡く赤色が付いている。
ウサギはすでにこちらを敵と判断しているようで、こちらに尻尾をぐりんぐりんと千切れそうなほど振り回しながら突進してきた。
高速で回る尻尾が徐々に熱を帯びたように赤く染まっていく。
これがベルの言っていた、魔獣に備わる変な特徴か。
「水よ、切り裂け!」
ベルがウサギにびしっ、と指を向けると、呪文を唱えた。
ビシュッ!
およそ水とは思えないような音を出して、銃のように指先から水の弾丸が発射される。
それはさっき俺に見せたときとは別次元の強さでもってウサギの体を貫いた。おそらく、これがベルの言っていた、『魔法と言うのは意思の力(以下略』ということなんだろう。
ベルが放った魔法は一撃でウサギを屠ると、ついでに後ろの地面も削ってからぱしゃりと落下した。
「ふう、危なかった」
「どこが?」
掻いてもいない汗をぬぐう動作をするベルに、これは俺要らなかったかもなぁ、と思い始める俺であった。