「懐石料理だ」
一連の寸劇が終わった後、俺は大きな屋敷に連れて行かれた。
寸劇が衝撃的(笑撃的?)過ぎて気がつかなかったが、馬車が止めてあるすぐそばに屋敷が立っていた。屋敷は相当な大きさで、ゲームでも自分の家や館は手に入るのだが、これはゲーム内で手に入るぎりぎりくらいはあるんじゃないだろうか?
といっても、パソコンの画面越しなので正確なことはわからないのだが。
俺を強引に捕まえた男二人がベルを、百合好きの青年が俺を見張りながら、屋敷の主だと思われる太った奴隷商についていく。
奴隷商って儲けるのかな、なんてアホなことを考えながら、屋敷に入った。
屋敷の中は、一言で言えば質素だった。
普通、屋敷の中といえば豪華できらきらとした、所謂お金持ちな感じをイメージするが、ここはまったく違った。
屋敷にデフォルトで付いていたであろうシャンデリアはそのままだが、それ以外の内装がからっきしだった。豪華な絵画があるというわけでもない。高そうな壷があるわけでもない。赤いカーペットが敷かれているわけでもない。
それらのイメージは俺の偏見かもしれないが、それでもさすがにここまで質素なのはどうなんだろう。
でも、お金がないというわけでもなさそうだ。
実際、体には趣味の悪い宝石をキラキラキラキラ鬱陶しいぐらい着けていたし、お金は持っていそうだ。
どちらかというと、金はあってもどうやって飾り付ければいいかわからない、という感じがする。
お金があるにしてはあまりに質素な屋敷に驚いていると、奴隷商は身に着けていた宝石類をさっさと外して片付けた。その時の表情から察するに、つけたくてつけていたわけではないみたいだ。
歩き出した奴隷商についていく。
二人の男も一緒についていこうとしたが、
「あ、君たち二人はもう帰っていいよ。仕事はここまで、ありがとね」
男たちがうろたえる。
だが、奴隷商の有無を言わさぬ圧迫感に押され、帰っていった。これが金の力というやつか。
「さて、じゃあ行こうか」
そういって歩き出した奴隷商についていくと、大きなドアの前についた。
奴隷商はドアノブの上あたりについている魔方陣に指を当てると、何事か小さな声でつぶやいた。すると、魔方陣が一瞬ぽうっ、と光ったかと思うとドアからがちゃりと鍵が外れる音が聞こえた。
ドアを開けて中に入る奴隷商と一緒に中に入ると、その瞬間――
「お帰りなさいませ、ご主人様、お客様」
――左右にずらりと並んだメイドたちがいっせいに頭を下げた。メイドたちはよく見ると猫耳や尻尾が生えていて、モンスター娘であることが伺える。
中には大きな傷跡がある子もいて、モンスター娘であることが今までの人生にどう影響してきたのかがすぐにわかった。
それにしても、なぜ玄関に入ってすぐではなくてここにいたのだろうか。普通ならば玄関のところにいるものだと思っていたが.....。
それも所詮ラノベ知識だったということかな。
そう考えていると、顔色から察したらしく
「ああ、メイドたちが玄関ではなくここにスタンバイしているのはね、私のお客が全員モンスターに理解があるわけではないから....」
つまり、モンスター娘に対して理解がある人間だけをこの奥へ入れる、ということか。確かにさっきの二人はモンスター娘には理解はなさそうだな。ここに入れたら暴れだしそうだ。
奴隷商の合図でわらわらと散っていくモンスター娘たちに萎縮したのか、ベルは俺の袖をぎゅっと握っている。
「さて、君たちもお腹が空いただろう?まずはご飯を食べよう」
その言葉に誘発されたように、俺とベルのお腹がぐぅ、と鳴った。
ご飯を食べる、というのは本当だったようで、今俺たちは食堂のような場所に座っていた。
それではあんまりにも疑いすぎではないかとも思ったが、いくらモンスター娘に対して理解がありそうだとは言っても、乱暴な方法で俺たちを連れてきた人だ。何をされるか分かったものじゃない。
もしかしたら食事と称して毒を飲ませてくるかもしれないのだ。
「さあ、今夜はたっぷりと食べてくれ。明日からは君たちにもたっぷりと働いてもらうからね」
そういってにやりと笑う奴隷商。
本気で言っているのかはたまた冗談で言っているのか。あごの下にたっぷりとついた肉が表情を分かりづらくしているのもあってか、判断がつかない。
ベルは俺の袖をつかんでふるふると震えている。
奴隷商の言うことを真に受けたらしい。まあ、さっきベルがこの状況を怖がっているというのは分かったし、ここは俺が男らしくシャキッとしなければいけないだろう。
そうこうしているうちに、メイドさんがご飯をお盆に載せて運んできた。
お盆なんて使ってるのか、風流だな。とは思ったが、特にそれ以上は考えもしなかった。
お盆の上に載せて運ばれてきたのは、所謂懐石料理、というやつだった。
色とりどりのお皿に盛り付けられた、俺が見たことも食べたこともないような豪華な食事の数々。鮮やかな赤色をした海老や杏仁豆腐などが、所狭しと並べられている。
「好きなだけ食べてくれ!これは懐石料理といってね、ここでしか食べることができない料理だからね」
うん、知ってた。
俺は既知の事実を説明してる奴隷商――否、奴隷商様のことは放っておいて、俺は割り箸を割って料理にがっついた。
料理を口に含んだ瞬間一言で言うなら――いや、一言で表すなんて食材様に失礼だと思わせるほどに上品な風味が広がった。
一噛みで解けるように口の中で消えていく食材は、高級品であることが料理にあまり頓着しない俺でもわかる。
「お、おいひい!」
思わず口に含んだまま叫んでしまう。
しまった、と思ったときにはもう遅く、奴隷商様が俺のことをじっと見ていた。.....分かりづらいが、微妙に目を見開いている。
「す、すいません....」
恥ずかしくなって、目をそらした。
目をそらした先では、ベルが割り箸を持って悪戦苦闘している。俺の真似をして割ったはいいが、うまく持つことができないようだ。
まあ、そりゃあ初めて箸を使ったなら当然か。
「それはね、こうやって使うんだ.....」
奴隷商は丁寧に箸の使い方を教えているが、目線はちらちらとこちらを向いているのが分かる。
「ありがとうございます.....」
少し気まずいのか、控えめに礼を言うベル。
奴隷商の教え方がうまいらしく、不恰好ではあるが箸を使えるようになっていた。ベルが器用なのもあるのだろう。
おそるおそるといった様子で料理を口に運んだベルは、一瞬後に分かりやすく目を見開いた。
どうやら、口に合ったようだ。
「おいしい!」
それからは、さっきまでの気まずい空気はどこへやら、楽しく談笑しながらうまい料理を食べた。百合好きの青年が百合のよさについて語り始めたときはちょっと、というかだいぶ引いたが、まあ楽しいお食事会だった。
その間、やっぱり奴隷商がちらちらとこちらを見ていたのが気になったが。
食事が終わったあとにつれてこられたのは、質素な二人部屋だった。
家具は机が二つとシンプルなダブルベッドが一つ置いてあるだけの、ほかの部屋と比べるならば段違いに味気のない部屋だ。
しかし俺たちは奴隷にされるために連れてこられた。今までの俺に対する奴隷商の態度は、本当に奴隷にされるのかと驚くほどにやさしかった。
もはや、接客といっても過言ではないだろう。
そのことを考えると、自室まで人数分用意されるこの状況は奴隷としては破格なのではないだろうか。この世界における奴隷の立場なんて知らないが。
「ここが君たち二人の部屋だ。好きに使うといい。あと.....」
俺のほうに少し顔を近づける。
見た目的には不潔っぽいイメージを持っていたが、口から漂う香りは清潔感のあるにおいだった。なんか、ミント的な香りがする。
「君は、あとで私の部屋に来てくれ。話がある」
真剣な声でそう告げられた。
なぜ俺だけなのか疑問に思ったが、きっと大事な用があるのだろう。
俺は、小さくうなずいた。