表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶のPiece  作者: 織乃 鈴花
無くしたカケラ
3/4

記憶喪失

看護師さんに案内され、舞子ちゃんと2人で診察室へ入った。


先ほどの態度が気になり、舞子ちゃんの顔を見ると目が合ってしまった。

いつもどおりニコっと微笑む舞子ちゃんに、ホッとしたような…なにかモヤモヤしたものが残る。



診察室内は患者用の椅子と、おそらく付き添いの人用のソファが一つずつと、主治医の先生のデスクにデスクと同じ素材でできた椅子…どれもお洒落で壁紙も爽やかなグリーンに小鳥の模様が描かれている可愛らしいものだった。


私は椅子に、舞子ちゃんはソファへ座る。


「こんにちは、紫さん。おかわりはないですか?」

パソコンのカルテを見ていたのだろうか?主治医の豊田美希とよたみき先生は体の向きをこちらへ正しながらいつもの決まり文句を言った。

「特にかわりは無いです。」

私はいつもどおり、そっけなく答える。

その後に、

「新しく思い出した事は一つもありません」

と付け加えた。


豊田先生はカチャカチャとキーボードを叩き、私の発言をパソコン内のカルテに残している。

一通り、入力が終わるとまた私の方へ向き直り

「じゃあ、夜は眠れてますか?」

「はい、寝てます。」


「では、食欲はありますか?」

「はい、あります。」



この後、幾つかの質問責めがあり、全てそっけなく返答しながらも少し疲れてきた頃、先日あった事を思い出したので報告してみた。


「月を見て、泣いてしまったの?」

豊田先生は少し驚いた感じだった。


「はい、私もよくわからないんですが。」


豊田先生は少し考えた後、

「今回が初めてかしら?」


パソコンのカルテに打ち込みながら質問してくる。


「いえ…わからないです。」

本当の事だった。 もしかしたら以前にも同じ事があったのかもしれないが、私にはわからないのだから。



パソコンのキーボードの音が止むと、先生は私の方を向いた。


「あのね、紫さん。現段階で貴方が失った記憶をすぐに全部思い出させる事は難しいわ。何年もかかってしまうかもしれないし、今回みたいに何かの拍子にいきなり思い出す可能性もあると思うの。」


私は内心〝うわっ!はじまっちゃったよ!!〟と逃げ出したい気持になった。


「記憶喪失を治す薬なんてないのよ。催眠療法を用いる事もあるみたいだけど私はあまりオススメできないの!やっぱり紫さん自身が思い出そうと色々チャレンジしてみたらどうかしら?たとえば…〜」


いい加減ウンザリしてきたが、豊田先生の熱弁は終わるどころか加速していく。


チラッとソファに座る舞子ちゃんを見たら察してくれたのか助け舟を出してくれた。


「あの、豊田先生。私も紫もこの後に予定がありますので、来月の予約をお願いしたいのですが…」


舞子ちゃんの声ですっかり我を忘れていた先生が熱が冷めたようにストンっと椅子に座った。


「そうですね…ちょうど1ヶ月後だと新学期にぶつかっちゃいますね。4月の中旬…この日はいかがですか?」

先生がカレンダーを指さしながら言う。


「はい、そうですね。その日でお願いします。紫も大丈夫だよね?」

手帳を開きながら私に微笑む。


「うん、大丈夫だよ。」

特に予定も無いのだから大丈夫であたりまえ。


「では、紫さん また来月お会いできるの楽しみにしてますね!その間、少しでもかわった事があればメモしていただけると助かります。あ、あと念の為〝抗不安剤〟を頓服で出しておきますので。」


あ、お薬…出るんだ。


「紫さん、新学期で色々あるかもしれないけど気にしちゃダメよ。」

帰り支度をしていた私に先生が言う。


「私、何も気にしてませんし 何を気にするんですか⁉︎」

私はまたそっけなくかえす。


私、ほんとにこの先生が苦手らしい。





「有難うございました。」

私と舞子ちゃんは豊田先生に挨拶をして、診察室をあとにした。

薬とお会計待ちで、待合室の今度はオレンジ色のふかふかソファへ座った。



「はぁ…」

ソファへ座ったとたんにため息がもれた。


「紫、お疲れ様。」

ふふっ と笑いながら舞子ちゃんが言う。


「私、やっぱり豊田先生あわないかも…凄い苦手。」

受け付けの人に聞こえないように小声で話す。

「あれ?紫はてっきり楽しんでると思ったわ。」

舞子ちゃんがイタズラっぽい笑顔で言った。


私は首を横にブンブン振りながら、

「だって説教くさいんだもん!結構無神経だしさぁ」

と全否定した。


クスクス笑う舞子ちゃん。


「伏見紫さーん」

受け付けの人が呼んだので慌てて舞子ちゃんと2人、会計を済ませ頓服で出された薬の説明をしてもらい受け取った。


「お大事にー」

受け付けの人の声と共に外へ出る。


室内との気温差もあり、特別寒いような気がした。

「寒い‼︎」

私が叫ぶように言うと、舞子ちゃんが鞄から

「使う?」

と、手袋を出してきた。

私はそれを受け取ると、すぐに両手を入れた。

「有難う!すごく暖かいよ‼︎」

私がそう言うと、舞子ちゃんは満足そうに微笑んだ。



あ、そういえば…


手袋で思い出した、診察前の出来事。

どうしてもモヤモヤが晴れなかったので聞いてみる事にした。


「舞子ちゃん、あの時呼んでも返事無かったし…どうしちゃったのかなぁーって。」


私は舞子ちゃんを見上げながら聞いた。


ふと、舞子ちゃんは私から目をそらす。

「…ごめんね!気づかなかったみたい‼︎室内暖かくて、つい居眠りしちゃったのかも!」


「紫、怒ってた?」

そらしてた目がまた合って、申し訳なさそうに聞いてくる。


「……ううん!怒るわけないじゃん!舞子ちゃん、お仕事忙しいし…」


「そっか、よかった…。」

安心したのかいつもどおり可愛く微笑んだ。


「紫、帰ろっ!」

こっち こっち と、手を振りながら車まで小走りして行く。


私はそんな舞子ちゃんを眺めながら


「舞子ちゃん、嘘つき…」

ポツリと呟いた。


だって、声をかけた時に私は見てる。


下を向いたままの舞子ちゃんの目があいていた事、ちゃんとまばたきもしていた。


それに、


「紫」って呼んだでしょ?


私の手をつかんで。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ