死亡症候群
人々の雑踏に流されながら歩いて行き、交差点の前につく。
信号機が変わったのを確認して、白い線たちの描かれた道路の上を歩き出す。
ふと、妙に空が気になって立ち止まって見上げる。
青い、青い、雲ひとつない空。
吸い込まれそうだという錯覚に陥りそうになり、見上げるのをやめて、前を向き歩こうとする。
刹那、
「危ないぞー!?!」
誰かからの大きな声と、クラクションの音。
混ざりあった音の方向を見ると、自分の目の前にまで迫ったトラックが見えた。
衝撃と共に身体が宙へとはねあがり、痛みで痺れを起こす。
地面に叩きつけられ、息が詰まる。
自分から流れ出る暖かい何かを感じながら、周りに集まってくる野次馬たちを最期に見た。
死んだのはこれで何回目だろうか。
【死亡症候群】
目を覚ますといつも通りの自分の部屋で、朝になっている。
ベッド脇にある小さな棚に乗ったデジタル式の時計を確認すると、日付が先程死んだ日に戻っている。
この現象がおきはじめてから、私の生活は一変した。
最初は、ただの悪い夢だと思っていたが起きて学校へ向かう途中で死ぬのを何度も繰り返すとこれが夢ではないのだと納得せざるを得なくなった。
しかも、死にかたも一定ではない。
花瓶が頭に落ちて死ぬ。
歩道橋から落ちて死ぬ。
通り魔に殺される。
車に轢かれる。
様々だ。
今回はどの死にかたで死ぬのだろうか。
人ごみがざわざわと騒がしくなる。
今回は通り魔か。
私の前から人がどんどん散らばっていく。
この現象の前では運命に抗うことは出来ない。
逃れられないのだ。
あと1分もしないうちに私は殺される。
覚悟をきめたその時だった。
「待て!?このっ!!」
「離せ!!離せよ!?うあああああ!?」
予期していなかった事態だった。
警察官が駆け付け、私の前で通り魔を確保したのだ。
黒いフードに無精ヒゲの目付きの悪い男。
いつもの通り魔だった。
こんなことははじめてのことだった。
警察から話しかけられ、連絡先を聞かれるまで私はボーッとしていた。
二、三度の簡単な尋問の後私は学校へと行くことを許された。
学校につくと、不思議な感じがした。
今まで越えられなかった時間を越えて、新たな世界を見れた。
友人たちの挨拶にも感動を覚えた。
私は自由になれた。
もう死など気にする必要もないのだ。
喜びにうち震えながら、私は友人たちの輪へと入っていった。
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「先生、娘の状態は……」
「極めて危険です。おそらく、もう手遅れでしょう。」
白髪の男性が白衣をきた厳格そうな男と話していた。
白髪の男性は疲れきったような顔で、皺の数が苦労を物語っていた。
白衣の男はひょろりとした長身で切れ長の目には何の感情も浮かべていないようだった。
二人の男の間には髪の長い女性が横たわっていた。
青白い肌にこけた頬はまるで死んでいるかのようだった。
白衣の男はカルテを見て難しそうな顔をしながら言った。
「脳内のストレスホルモンがどんどん減っています。おそらく、死亡症候群のループを抜けてしまったのでしょう。」
死亡症候群。
近年稀に見られる奇病で、感染者は深い深い眠りに入る。
そして、脳内で仮死状態を何度も経験し回復してはを繰り返す。
未だに明確な治療法は見つかっていない。
「死亡症候群を完治させた人はストレスホルモンが極限に増したときに目を覚ますんです。しかし、逆にどんどん減っていくと仮死状態から本当に死亡してしまうんですよ。」
「そんな……じゃぁ、娘は……」
「本当の死が近い状態です。」
白髪の男性は絶望に満ちた表情で涙を浮かべながら女性をみつめた。
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私は友人と談笑しながら幸せな気持ちに満ちていた。
ああ、生きている。
私は生きているんだ。
視界が少しずつ歪んでいくのを気にも止めず、私はわらいつづけていた。