さんぽ道――花の妖精さん(1)――
策略に失敗したらしい緑奈だが、俺が緑奈の料理を誉めるので、機嫌を直してくれた。
まあ、料理を誉めたのはお世辞じゃないしな。
「フミヤさん、わたくしなら、良いお嫁さんになれますよね」
「んー、そうだな」
つい反射的に、うなずいてしまった。
言ってから「待てよ」と思う。
昨日のキスの相手は誰だったんだ。
あの時、俺は目をつむっていて、開けた時にはもうその人はいなかった。
わずかにスカートの端が見えたことから、女子だったといえる。っていうか、そうでなきゃ大変だ。
相手は俺の耳元で「好きだよ」とささやいた。しかし声があまりに小さくて、普段の声とは違ったと思う。
図書室を出た直後、廊下で小葉子に出くわした。
その時はあいつの髪形の話なんかをしたが、たった今、俺にあんなことをしたばかりだなんて素振りは全然なかった。
素振りを見せないといえば緑奈も一緒だ。
一体、緑奈と小葉子、どちらが犯人なのだろう。
ただ一つだけ確かなのは、今でも思い出せる、甘酸っぱいキスの感触。
初恋の味、とでもいうのだろうか。
あの感触を思い出すと、胸がドキドキする。できればその人にめぐり会いたいって思う。
まあ、その相手が今、俺の目の前にいるかもしれないんだが。
昼休みもまだ時間があったので、俺たちは池のほとりを歩いてみた。
風が運んでくる草木のにおいに心もやすらぐ。
木々の間からもれる春の日ざしに目を細め、遠くまで広がる青々とした水面を眺めた。
アメンボが動いてできた波紋が二つ広がり重なった。
「素敵な所ですね」
歩きながら緑奈が言った。
「わたくし、恋人と一緒にこうして公園を散歩するのに憧れていたんです」
「俺たち、恋人ではないけどな」
「そうですね……他の二人さえいなければよかったんですけど」
緑奈がチラチラ、小葉子と水沢さんを見る。二人は俺たちより少し後ろを歩いていた。
緑奈は俺より頭ひとつ分くらい背が低い。160センチ前後か。
黒くて長い髪に、黒いフリルのついたカチューシャがシックな印象を与える。
横顔を見ていても飽きない。こんな子が俺の恋人なら……と思わなくもない。
「緑奈だけ抜けがけはダメだからね」
歩を速めて、小葉子が俺たちに追いついた。
「フミヤと二人っきりになんてさせないよ。しかしさー、なんだって水沢さんまでいつも一緒なのさ」
小葉子の、文句でも言いたげな視線が水沢さんに向けられる。
しかし水沢さんはけろっとした表情のまま、
「二年D組の報道記者として、クラスで一、二を争う美少女であるお二人の恋の動向というものを知っておかねばならないのですよ」
と言った。
「そんなに報道記者がいいなら、いっそ新聞部にでも入ればいいじゃないのよ」
「それはめんどくさい……いやー、わたしの興味は、我がクラスである二年D組の中にこそあるのです」
「水沢さんがいると、うまくいかない気がするわ。なんていうか、直観的に」
小葉子は小声でつぶやく。緑奈が「わたくしもです」と苦笑いしていた。
「まあまあ。わたしだって他に仲の好い友だちがいなくて休み時間さびしいんですよ。仲間に入れてください」
水沢さんがニコニコしながら言った。
「嘘つけ。そんな社交的なくせに。わたしらのやり取り見て面白がってるだけでしょ」
「そんなことありませんよ。わたしだって友だち居ないんです」
「わたし『だって』って言い方やめろよ!」