狙われていた間接キス――弁当イベント(2)――
その後、俺たちはなぜか水沢さんも仲間に加えてランチする場所を探していた。
「昼食代うきました。うれしいー!」
水沢さんは勝手なことを言ってテンションを上げている。ごちそうになる気満々だ。
食べる場所については、小葉子の提案が採用された。
「白幡沼公園に行こうよ!」
そこは学校のすぐ裏にある大きな公園だった。
池のまわりに沿って長い散歩道が続いている。
俺たちはその池を見渡せる芝生の上にレジャーシートを敷き、弁当を広げた。
学校時間内だというのにピクニック気分だ。
うちの学校は昼休みに外のコンビニへ行くくらいは黙認しているし、大丈夫だろう。
問題の弁当の中身はどうかといえば、期待以上だった。
並べられた三つのタッパーのうち一つはおにぎりがぎっしり。一つは唐揚げやタマゴ焼き、もう一つは野菜の煮物。
「すごいな。これ緑奈が一人で作ったのか」
「フミヤさんのお口に合えばいいのですが」
言いながら緑奈は水筒のお茶を紙コップに注ぐ。
「わたしだって! わたしだっておにぎり作ったんだから!」
小葉子がやたらおにぎりをすすめてくる。言われなくても食ってやるけど。
「おにぎり、半分は小葉子ちゃんがにぎって、半分はわたくしがにぎりました」
「そうなのか」
「緑奈、他の料理で忙しいくせに半分しかわたしにやらせてくれなかったんだよ」
「だって、おにぎりは手でにぎるんですもの。フミヤさんが食べるおにぎり、わたくしだってにぎりたいです」
「わたしだけににぎらせてくれればよかったんだよ!」
「いいえ、小葉子さんだけにぎるなんてずるいです。わたくしだって、この手で優しく、なおかつギュッとにぎってあげたいんです。わたくしの手のぬくもりがフミヤさんに伝わるように」
「なんだかよく分からないけど、一つもらうぞ」
俺はタッパーの中のおにぎりに手を伸ばそうとする。
小葉子も上手にできたのか、形だけ見ては緑奈とどちらがにぎったか分からない。
「フミヤ、それわたしがにぎったやつだよ」
「おお、そうか」
「きれいな三角形になるまで何回も何回もにぎりまわしたんだ。手に汗かくくらいに」
「……緑奈がにぎったのはどれだ?」
「ええ! なんで、なんでわたしのダメなの?」
「フミヤさん、わたくしのはそう何回もにぎりまわしてないから、安心してください」
俺は緑奈が指さしたおにぎりを手に取る。
「さしずめ、小葉子さんが十にぎにぎなら、わたくしのは三にぎにぎです」
「そうか。ではいただきます」
言ってから、ひとかじり。
「いかがですか?」
「うん。本当に美味しい」
「そうですか。うれしいです」
目をとろんとさせ、緑奈がほほえんだ。
「能見さんがにぎりまわしたおにぎりも美味しいですよー」
水沢さんがいつの間にかおにぎりにパクついている。
っていうかおにぎりって「にぎりまわす」ものじゃないよな。手垢つけるのがデフォみたいに言うなよ。
「フミヤさん、口を開けてください。あーんて」
緑奈は煮物の中からサトイモを箸に取って、落としても大丈夫なように手をそえて、「あーん」をしてくる。
「ちょっ……いいよ。俺も自分で食べられるから」
「でも、お箸は二膳しか持ってきてないんですよ」
なんだって? もう一膳はどこへ?
見てみると、小葉子がしっかりにぎりしめている。
二人で順番に俺に食わせる気か?
どうしよう。さすがに恥ずかしくてできない。
そこへ水沢さんが、
「じゃあわたしが先にもらっちゃいまーす」
緑奈が俺に差し出したサトイモを、鳥が獲物をさらうように、横からパクッとキャッチした。
「んー、塚地さん煮物も上手ですねー」
水沢さんはほっぺたが落ちそうな笑顔でモグモグする。
ぼうぜんとしていた緑奈だが、
「ちょっと水沢さん、横からなんですか!」
非難した。
「だって、お箸がないんだもの」
「それは悪かったですけど、あなたが来る予定もなかったですし……」
「ごめんねー。実はこんなこともあろうかと、わたし割り箸もってきてました」
水沢さんがスッと出したのは、真新しい割り箸。
「またどこにそんなの隠してたんですか……っていうか自分の持ってるなら先に出してください」
「永堀君のもあるよ」
さらにスッともう一つ、俺の前に出された割り箸。
「なっ! 余計なことしないでください」
「だって、お箸が人数分ないと困るじゃないですか」
「困りません! その方がフミヤさんと間接キスできるんです!」
言ってから緑奈は「しまった」と口をおさえる。
水沢さん、箸を持ってきてくれてありがとう。