二人からの誘い――弁当イベント(1)――
そしてまた翌日――。
俺が図書室で誰かにキスされたことが噂になっていないか不安だった。
しかし何事もなく午前の授業が終わった。
緑奈も小葉子も、そして噂が好きな水沢さんさえ何も言ってこないし、やはり昨日のあれは誰にも見られていなかったのだろう。
昼休みに入った。
俺は学食へ行くために席を立つ。
今日の日替わりランチは何だろうか。昨日は鮭のムニエルだったけど、あまり美味しくなかった。
ああ、そろそろ友達の一人くらいできないかな。
「フミヤさん」
緑奈が声をかけてきた。
「よろしければ、わたくしと一緒にお昼ご飯を食べませんか?」
そう言って緑奈は大きな手さげ袋を俺に見せてきた。
「わたくし、早起きして作ってきたんです」
これはゲームなんかでいう「弁当イベント」というものではなかろうか。
「い、いいね。じゃあそうしよっか」
「ほんとですか? わたくし、もしフミヤさんに逃げられたらどうしようかと……」
「逃げるだなんて、そんな」
俺は苦笑いして、首すじをポリポリかいた。
まあ昨日の昼休みはそうだったけどな。
「フミヤ! わたしもだよ! わたしも行くよ!」
明るい声とともに、小葉子が俺の腕に抱きついてくる。
「緑奈と協力して二人で作ってきたんだから」
俺の肩のすぐ下から、甘えるような小葉子の瞳がこちらを見ていた。
「嫌ですね小葉子ちゃん。お弁当のおかずはほとんどわたくしが作ったんですよ」
「わたしだって手伝ったもん!」
俺の目の前で、二人がムキになって言い争っている。
休み時間ともなればこれだ。
クラス中の視線がこっちに集まってくる。
(塚地さんも能見さんも、なんであんな男を?)
と思っているひとも多いのではないか。
せめて俺がもっとイケメンで成績優秀のスポーツ万能とかだったらみんなも納得したのかもしれないが。
でもそれはそれで妬みをかいそうだ。
やっぱりひとは内面で評価されるべきだと思う。
まあ俺は内面も大したことないけれど。
「フミヤさん、わたくしと二人でランチしましょう!」
「いーや、フミヤ、わたしも連れてってくれるよね?」
いがみ合う二人の顔がそろってこっちを向いた。
「せっかく二人で協力して作ってくれたんだ。俺、二人と一緒に食べたいよ」
俺は言った。
そして流れる静寂――。
「え? どうしたの?」
思わず聞いてしまった。
緑奈と小葉子は、きょとんとしていた。
「だって、今日のフミヤさん、やけに素直っていうか」
「そう。もっと、わたしらのこと迷惑がると思ってた」
「な、何を言ってるんだよ。迷惑なんてことないよ。じゃあ、どっか場所を探しに行こうか?」
俺が言うと、二人は「うん」とうなずいたものの、あっけらかんとした顔のままだった。
昨日は逃げ出したのに、今日はあっさり誘いに応じた。それが変に映ったのだろう。
俺としては、この二人のうちどちらかが、昨日の図書室で俺にキスをした張本人だと思うのだ。
口ではなく頬だったとはいえ、俺にとっては初めてのキス。
緑奈や小葉子にとっては、もしかしたら、今まで何度もしてきたうちの一回に過ぎなかったかもしれない。
でも俺はその一回を大切にしたいと思う。
もし二人のうちどちらかが俺にキスまでしてくれたのなら、それは無駄にしたくない。そう思う。