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誰かが彼にキスをした――初めては頬で――


 俺は難を逃れて図書室に来ていた。


 そこは二年D組の教室より一つ上のフロアにある。

 隠れる場所にしては、すぐ見つかってしまいそうなところだけど。


 まあ、どうせ昼休みが終わったら教室に戻らないといけないし。

 緑奈と小葉子も、午後の授業が始まる頃には頭も冷めているだろう。そう思いたい。



 しかしそれにしても、今の自分の状況が信じられない。


 今まで俺は、付き合った女子はおろか、話し相手になってくれるような女子さえ居なかった。


 中学生の頃から恋愛シミュレーションゲームやライトノベルに興味を持ち、その中での学園生活を疑似体験しては、「自分も高校生になったらこんな恋がしたい」と思うこともあった。


 しかし中学生が高校生になってもそう大きくは変わらないわけで。


 生徒のほぼ半分は女子だというのに、自分に好意をもって寄ってくる女の子など居ない。


 それなら自分の方からアプローチすればいいんだろうけど、俺みたいなやつが下手にオシャレしてもカッコよくなんかならないし、他のモテ男みたいに、女の子とうまく喋ってすぐ気に入られるなんてことはできなかった。


 自分はこのまま女子には縁のない高校生活をまっとうするのかと思っていたけれど――。


 それが今では、学年でトップを争う美少女二人が俺をめぐって争っている。


 こういうのを「ハーレム展開」というらしい。



 緑奈とか小葉子は、いったい俺のどこを気に入ったんだろう。


 昨日知り合ったばかりなんだ。いくらなんでも展開が急過ぎる。


 それとも、俺を好きでいてくれている気持ちは、しょせん幻影であって、しばらくすればもう俺のことなんか見てくれないかもしれない。


 こんな風に逃げているうちに、向こうが俺から離れていきはしないだろうか。


 そうなった時に俺は、後悔しないだろうか。



 ――ダメだ。考えても答えが分からない。


 あの二人だけじゃない。俺も頭を冷やす必要がある。


「ふあぁ……」


 あくびをかみ殺す。時計を見ると昼休みはまだだいぶあった。


 昨晩もゲームにふけっているうちに寝るのが遅くなってしまった。


 よし、静かな図書室だし、少し昼寝するか。


 腕を組み合わせて、そこに自分の顔を置く。


 目を閉じたら、あとは頭を空っぽにして、眠りに入るのを待つだけだ。



 真っ暗な視界に、夢の世界へ移行しようとしているのか、ぼんやりと、ある映像が浮かんできた。


 俺と向き合って手をつなぐ、制服姿の女の子。


 顔は分からない。

 ただ、それはいつか出会える、自分の本当に好きな人なのだと分かった。


 その人は俺の肩に手をそえると、恥ずかしそうにしながら、俺の頬にキスをした。


 やわらかくて甘酸っぱい感触が、俺の頬に触れる。


 女の子のぬくもりというものを、肌に感じた。


 ふっと、次の瞬間にはくちびるが離れ、耳元で誰かがささやいた。


「好きだよ」


 細くかすれたその声では誰のものか分からなかった。


 俺の耳をなでる、誰かの吐息。


 ――え?


 これは夢じゃない。

 俺は今、眠っていなかった。


 はっとなって、目を開ける。


 顔を上げると、やや汗ばんだ頬を、春の風がなでた。


 一瞬、視界の隅に映ったのは、書棚の陰に消える人のかげ。


 ライトブルーのスカートの色だけが見えた。


 俺は追いかけることもできず、その場で静止した。


 頬に残っているのは、さっきの甘酸っぱい感触の余韻。


 手で触れると、わずかに湿っていた。

 やはり誰かのくちびるが、ここに触れたのだ。


 胸がドキドキした。とても冷静でなんていられない。


 なんというか、幸せな気分だ。


「あ、もうすぐ昼休み終わっちまう」


 俺は図書室をあとにした。




「あ、フミヤ!」


 トイレの前で小葉子とバッティングしてしまった。


 その小葉子だが、さっきと雰囲気が違う。


 そう、なぜか髪形がポニーテールになっていたのだ。

 その結び目には、オレンジ色のリボンがあしらわれていた。


「小葉子、お前どうしたんだその髪形」


「これはちょっとね……さっき水沢が言った通り、負けた方が勝った方と同じ髪形にする。つまり負けた方は自分のトレードマークを捨てるというわけよ」


「そうか。お前、水沢さんとの勝負に負けたのか。で、何で勝負したんだ?」


「腕力」


「え?」


 普通だ。普通の喧嘩だ。


「今日だけだって約束だけど、こうしてフミヤの前に出てみると、その……恥ずかしいわね」


 小葉子は頬を赤らめ、くちびるをとがらせて目をそらした。


「べつに、その髪形でもぜんぜん変じゃないと思うぞ」


 もともとツインテールでもばっちり似合っていた小葉子だ。ポニーテールももちろんオーケー。

 というより、水沢さんをしのいでいるかもしれない。これで罰ゲームといえるのだろうか。


「変じゃない? わたし、この髪形でも超かわいい?」


「ん……まあ、いいと思うぞ」


 自分で超かわいいとか言うのはどうかと思うがな。


「そっかー、うれしい」


 小葉子が猫みたいに目を細めて笑った。しかしすぐに、


「でも水沢さんと同じ髪形にしてフミヤに好かれてもなー。わたしのトレードマークはやっぱりツインテールだし。明日からもとに戻そ」


 真顔になってそう言った。


「はっ! そうだ、おトイレ!」


 思い出したように叫ぶと、膝と膝をくっつけるようにして、下半身をもじもじさせる。


「もう休み時間も終わるから、早くした方がいいぞ」


「分かってるわよ。今からトイレに行くけど、のぞいちゃダメだからね!」


「んなこと……するわけないだろ」


 俺は溜息まじりに言った。


「の、のぞくんなら、せめてお風呂とかにしなさいよ。トイレなんてのぞいたら、それこそ犯罪だよ!」


「風呂のぞきも犯罪だけどな。いいから早く行ってこいよ」


 こうしてやっとその日の昼休みは終わった。



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