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壊れかける日常――あなたとキスするのはわたしだ!――

 翌日――。



 昼飯を終えて教室に戻ってくると、水沢さんがいつものマスコミキャラで話しかけてきた。


「永堀君、あなたが能見さんとキスをしたっていう噂を耳にしたのですが、今のお気持ちを聞かせてください」


「は?」


 水沢さんが俺に小型マイクを向けてきた。

 っていうかどこから出してるんだ? スカートのポケット?


「えっと……。そんな事実はない、っていうのが今の気持ちです」


 普通に捏造だし。


「でも、昨日のお昼休みに中庭の遊歩道で二人がくっついてるのを見たって人がいるんですよ」


「ああ」


 小葉子がキスしてって誘ってきたあれか。


 本当はしてないんだけど、誰かが見間違えたのか、あるいは噂に尾ヒレがついてこうなったのかも。


「キスなんて、もちろんしてませんよ」


「嘘だ! フミヤはわたしとキスしたもん!」


 窓際の席で黙っていた小葉子が急に大声を出して立ち上がった。


「してないだろーが……」


 本気で相手にしないよう、俺はテンション低めに答えた。


「そうですよ。フミヤさんが小葉子さんとキスするなんて、ありえません」


 緑奈が間に入ってきた。


「なんだよ、フミヤみたいなB級男子が、S級女子のわたしとキスするのが、そんなにありえないの?」


「それもそうですし――」


 何が「ですし」なんだよ緑奈。そこは否定して欲しいところだが。


「フミヤさんはしてないって言ってるんです。わたくし、フミヤさんは嘘ついてないと思います」


「ふんっ。緑奈はどうせ、わたしをねたんでるだけなのよ。そんな事実はないって信じたいだけなんだわ。でもね、わたしみたいな女子が誘惑すれば男なんてちょろいものなのよ」


 小葉子は腕を前で組み、くいっとアゴを上げ、尊大ぶって言った。


「だったら、教えてください。キスがどんな味だったかを!」


 緑奈は負けじと言い返す。


「ほんとにしたのなら、リアルに答えられるはずですよね。キスの味を!」


「うっ……」


 小葉子が気迫におされてたじろぐ。ツインテールのお下げがピクンと跳ねた。


「さあ、教えてください。キスの味を、フミヤさんのくちびるの感触を、ベロのぬめり具合を、唾液の味を!」


「うう……」


 小葉子が返答につまった。

 っていうか緑奈、大丈夫なのか、そんなこと口にして。


「さあ、教えてください。もし本当なら、せめてあなたの体験談でもいいから知りたいんです、フミヤさんとのキスの味を! どうか、お願いですから教えてください!」


 口調は上位者のように強気だが、言っているセリフは土下座まじりだった。


「お願いです、教えてください! 何でも言うこと聞きますから!」


「それは……」


 小葉子は頬を赤くし、目を細めながら、自分の指をもごもごとしゃぶりはじめた。


「ぷあっ」


 よだれをまぶした指が抜かれた。


 それは太陽に照らされ、雨上がりの小枝のようにきらめいた。


 小葉子はジーっとその指を見つめてから、


「……ソースの香り?」


 と首をかしげた。


「それはあなたがさっき食べたヤキソバパンの香りです! やっぱりあなた、フミヤさんとはキスしてませんね!」


「もー! そうだよ、わたしはしてないってばっ」


 小葉子が悔しそうに地団駄を踏んだ。


「でも、ほんとにあと一歩で落とせそうだったんだから。フミヤだってわたしに気があるんだよ!」


「いやいや、フミヤさんのファーストキスの相手はわたくしになるはずなんです」


 緑奈が言う。

 「ファースト」って勝手に決めるなよ。当たってるけどさ。


「フミヤさん、わたしとだったら、キスできますよね?」


 緑奈がこっちを向いて言った。


「フミヤ、わたしとだったら、キスどころか、結婚だってできちゃうよね」


 小葉子もこっちを向いた。


「二人とも、落ち着けって」



「「チューしてくれるまで落ち着かない!」」



 二人の声がきれいにそろった。


 どうしよう。二人が俺の方に歩み寄ってくる。


「ムフフフフ」


 今まで黙って見ていた水沢さんが、不適な笑みを浮かべていた。


「ここはわたしに任せて、君は逃げな! 永堀君!」


 カッコよく宣言した水沢さんは、目を光らせて歩み寄ってくる緑奈と小葉子の前に立ちはだかった。


「す、すまん。そういうことなら、頼む!」


 俺はお言葉に甘え、教室を抜け出した。


「そこをどけ、ザコめが!」


 後方で奇声が聞こえた。すごんでいる声だが、小葉子の声だと分かった。


「ザコはどっちかな。あなたなんて、片手でひねりつぶしたうえ、そのトレードマークのツインテールをわたしと同じポニーテールにしてやるわ!」


 水沢さんが叫ぶのを遠くで聞きながら、俺は走った。


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