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彼女の告白(3)――今日まで君のことを想ってきました――


 高校生になっても、女の子たちの話題といえば、どの男子がカッコいいとか、誰と誰が付き合ってるとか、告白したとか、そんなのばかり。


 わたしだって永堀君なんかじゃなくて他の男の子も見てみたらって思わなくもない。


 でもやっぱり怖いんだよ。

 恋人どうしがする、あんなことやこんなことを、実際にリアルに経験するってなると怖く感じた。


 少なくとも永堀君にはそういう怖さがなかったから。



 高校生の永堀君は相変わらずオタクみたいで、もうわたしのことなんか、顔すら忘れてるみたいだったよ。


 帰りは同じ電車に乗ることもあったのに、永堀君は漫画を読むのに夢中で、わたしの視線に気づいてくれやしない。


 中二の時の、あの会話は奇蹟だったのだろうか。一回きりの。


 これじゃ次に話す時は初対面も同然だね。


 あーせめて永堀君とお話がしたい。わたしの顔と名前ぐらい、覚えてもらいたい。


 そのきっかけを、どうやってつかめばいいか分からなかった。




 ある昼休み、わたしが一人で中庭を散歩していると、能美小葉子さんを見かけた。


 あんまり可愛くて目立っているから、能美さんのことは入学してすぐに覚えていた。

 向こうはわたしのことなんか知らないけどね。


 その能美さんが、一人の男子と校舎裏へと歩いていく。


 一緒に居る男の子を、わたしは知っていた。

 昨日、塚地さんに告白して、振られた男の子だ。


 つまり今日は今日で、別の女の子に告白してるっていうの?


 わたしはまさかと思い、跡をつけていった。


 そうしたら、やっぱりそうだ。能美さん、告白されてる。


 昨日も同じ場所。校舎裏だった。



 男の子の告白を黙って聞いていた能美さんは、「どうしようかな?」っていう目で、相手をじろじろ見ている。


 男の子は爽やかな笑顔と一緒にこう言った。


「俺、優しいやつだって友達には言われる。能美さん、今、彼氏居ないんでしょ」


 わたしも知ってる。

 同じ学年のうち、可愛い子にはもうほとんど彼氏が居るのだ。


 きっと彼は調査済みなんだろう。やるなー。


 能美さんはムスッとした顔のまま、今、自分で自分のことを「優しい」と言った男の子を見つめて、


「目がエロい」


 と呟いた。


「は?」


 男の子は聞き返した。


 能美さんはビシッと指をさして、


「優しい雰囲気作ってても目がエロい。女の子を『獲物』と見ている目だ!」


 そう言い放つ、怖いもの知らずな能美さん。


 男の子は呆気に取られてフリーズした。


 能美さんはそんな彼を置いて、立ち去っていく。


 告白を断わるにしても、「ごめんなさい」とかじゃないんだ。

 能美さんって、けっこう酷いこと言うなぁ。あの男の子が気の毒だ。


 なんて思ったけれど、その男の子も、一ヶ月すると彼女ができていたよ。きっと必死で「彼女を作る活動」したんだろうね。いったい何人に告白したんだろう。



 塚地緑奈と能美小葉子――。わたしから見れば、学年で一、二を争う美少女だと思う。


 それなのに彼氏の一人もできないのは、普通と違う、変わったところがあるからかな。


 ああいう子を恋人にできる男の子って、どんなんだろう。


 塚地さんはナイーブっていうか、雰囲気がおっとりしてるから、ベターな出会い方も似合いそうだ。


 物語に例えるなら新学期初日に、遅刻しそうで慌てていたら、曲がり角で男の子とぶつかっちゃうのが始まりとかね。


 能美さんの場合は、そうだなー。最初は憎まれ口から始まるんだよ。さっきの告白の断わり方からしても、やっぱきつい性格だと思うし。


 生意気なだけに、デレた時とのギャップがたまらないタイプだ。「ツンデレ」なんてもう陳腐かもしれないけど、それを素でやれる能美さんが羨ましい気もする。


 あーあ、わたしにもそういう「キャラ」があればなぁ。


 それでもって、素敵な男の子にエンカウントするんだ。もちろんイメージするのは永堀君のことだよ。


 ラノベの読み過ぎかな。

 でもリアルの学園生活がうまく行きっこないわたしには、こうやって妄想することしか許されなかった。


 わたしなんか、塚地さんみたいな「メインヒロインタイプ」は無理だし。


 能美さんみたいなツンデレの貧乳ロリッ子タイプでもないし。


 もとより、自分から話しかけることもできないんじゃ、永堀君にわたしを認識してもらうことも、「攻略対象」にしてもらうこともできない。


 どうやったら彼とお喋りできるかなぁ……。


 高一の春休み、わたしはそんなことばかり考えてた。




 で、春休みが終わって、新学期がやってきて、二年生になって、運良く永堀君と同じクラスになれたんだけれども。


 君はわたしとどんな会話をしたのか覚えてるかな?


 新学期の初日、永堀君と塚地さんはそろって仲良く遅刻してきたんだよ。


 いつの間にか二人は仲良くなっていて、休み時間になっても話していた。


 そこへわたしが声をかけたんだ。


「お二人さん、ちょっといいかな!」


 ってね。


 すると塚地さんは、


「あなたは確か……水沢さん?」


 と首をかしげた。まるで「水沢さんで合ってるよね?」というように。


 実はあの瞬間、すごく冷や冷やしたんだよ。


 わたしたちは、友達ってわけではなかったけれど、塚地さんはわたしがこんな風に話しかけるようなタイプじゃないってことは知っていたんだ。


 それが新学期になると急に雰囲気が変わってる。わたしのね。


 だから塚地さんは変な気がして、首をかしげたんだ。と思う。


 でもわたしは勢いのまま、できるだけ明るい声で話し続けた。


「そうですー。わたしは水沢咲です。新学期初日から仲良く二人で登校、しかも遅刻してきた二人の関係は、いきなりスクープの予感がしたのでねー!」


 これは、あの時わたしが喋ったセリフそのままだよ。覚えてないかな?


 永堀君はこんなわたしに、どんな印象を持っただろう?


 明るい子とか、よく喋る子とか、そんな印象を持っていてくれたら嬉しい。


 どうせ永堀君は以前のわたしのことなんか忘れてるんだもの。


 だったら、できるだけポジティブな性格でもって、永堀君に出会いたかったんだよ。


 そう。これはわたし本来の性格じゃない。

 演技だったんです。


 あるいは、わたしが春休み中に作った新しい性格。

 性格というか、「キャラ」かな。


 中二の秋に君を好きになってから、中学を卒業して、同じ高校に入れて、高校一年生を終えるまで、わたしは君とまともな会話すらできなかった。


 内向的で、自分から話しかけることのできない自分の性格を悔やんだよ。


 つい現実の恋愛を遠ざけてしまい、恋愛シミュレーションゲームをやったり、ライトノベルを読んだりしては、妄想に耽る日々……。


 そうこうするうちに、二次元とか三次元なんていう区別も、意味がないように思えてきた。


 自分は現にこういう性格ですから。だから男の子に縁がないんです。


 これが現実。これが三次元の世界。

 とっても、つまらない。


 だったらそんなもの、自分の思うように変えちゃえばいいじゃないか。


 わたしは自分に「キャラ」をつけた。


 それは気になることがあると、ズケズケ前に出ていって、なんでも聞き出そうとする性格だよ。


 クラスメイトの恋愛沙汰なんかにすぐ首を突っ込んでいく、レポーターみたいな役割で。


 情報通っていうのかな。

 図々しいから、時には相手に嫌がられることもあるけれど。


 それがきっかけで、永堀君と会話ができるなら、やる価値あるよ。


 ちょうど塚地さんっていえば学年で一、二を争う美少女なのになぜか彼氏を作らない変わったひとだったし。


 わたし自身、塚地さんには興味あったから。彼女と永堀君が仲良くしていれば、「スクープだ」って言って、前に出ていくことができたんだ。


 春休み中もわたしは、夜中になると鏡の前に立ち、明るく喋る練習はしていた。


 髪形がもっと可愛く決まるようにいじってみたり、ニッコリ笑う練習をしてみたり。


 寝る前に窓を開けては、星空に向かって「永堀君と同じクラスになれますように」と祈ったり。


 そうして春の夜風を吸い込んでは、「わたし、できるかも」って気になって、ワクワクしたこともあったよ。



 で、新学期の初日。


 わたしと永堀君、同じクラスになれた。


 塚地さんがわたしより先に仲良くなっていた上、「フミヤさん」なんて、名前で呼んでいたのは意外だったけど。


 永堀君の魅力に気づく女の子って、やっぱ他にも居たんだね。


「永堀君!」


 わたしが呼ぶと、


「んー? 水沢さんもフミヤでいいよ」


 と言って、すっかり緊張のほどけた顔を見せてくれた。


 永堀君がわたしを認識してくれた。わたしのこと、覚えてくれた。


 それだけでも嬉しかった。けどさすがに、


「そそそ、そんな……。フ、フミ……ヤ君だなんて、恥ずかしいっ。永堀君でいいよ。ここ、恋人とかじゃないんだしね」


 下の名前で呼ぶことだけは、遠慮してしまったわたしだった。


 その直後、どういうわけか能美さんまでもがわたしたちの輪に入ってきた。


「あーもう、こんな冴えない男に女の子が二人も寄ってくるなんて、展開がおかしいんじゃないの?」


 能美さんの第一声はこれだったけど、覚えてる?


「永堀フミヤだっけ? なに、たまたまかわいい女の子と知り合ったくらいで、この世の春みたいな顔してんのよ。今までよっぽど女子と縁がなかったんじゃないの?」


 思った通りというか、いや、それ以上というか。

 やっぱり能美さんはこういう性格だったね。



 というわけで、永堀君は新学期の初日から塚地さんみたいな美少女だけでなく、能美さんとも急に仲良くなってしまったわけでした。


 わたしだって同じ日に永堀君と出会えたはずなのに、二人の登場によって、わたしの存在なんかすっかり霞んでしまった。


 でも、永堀君とお喋りすることができて、その日は本当に嬉しくて仕方なかったよ。


 二年生は今日から始まったばかりだ。


 ここから少しずつ、彼と親しくなっていければいいや。


 そう思ったんだけど、次の日になるといきなり「永堀フミヤと能美小葉子がキスをした」って噂が耳に入るじゃない。


 塚地さんがそれに食って掛かって、「キスした」「してない」だの、口論に。


 実際、能美さんはキスをしてなかったんだけど。


 それなら「ファーストキスはわたしが」ということになって。


 塚地さんが「フミヤさん、わたしとだったら、キスできますよね?」と永堀君に迫った。


 負けじと能美さんまで「フミヤ、わたしとだったら、キスどころか、結婚だってできちゃうよね」と、強く迫った。


 それを永堀君が「二人とも、落ち着けって」と止めにかかると、


「「チューしてくれるまで落ち着かない!」」


 二人の声がきれいにそろう始末。


 ああ、なにこのハーレム展開。


 わたしは思わず「ムフフフフ」と笑いがこぼれてしまったわ。


 塚地さんと能美さんがライバルとなれば、わたしもあきらめるしかないと思っていたけど。


 出会って二日目で「キス」だって?

 ふざけるんじゃないわよ。


「ここはわたしに任せて、君は逃げな! 永堀君!」


 わたしも変なテンションになって、言い放ってしまったわ。


 永堀君を教室の外へ逃がし、能美さんを片手でひねりつぶして黙らせた。


 塚地さんはそれを前にして、手も足も出なかったよ。



 永堀君が自分で選ぶなら良かったんだけどね。塚地さんと能美さんのどちらかを。


 二人が結論を急ぎ過ぎるから、わたしも邪魔してしまった。


 教室を抜け出した永堀君は、もしかしたら、今頃は図書室かな。


 そう思ってぶらりと行ってみると、やっぱ居たよ。


 永堀君が、机の上で自分の腕を枕にして寝ている。


 並んだ書棚が目隠しになっているから、静かな図書室で、わたしは眠っている永堀君と二人きりになれた気がした。


 そこでちょっと、魔が差したというか。変な気分になったというか。


 今ならキスできるかも、って思ったんだ。


 いや、「今なら」というか、今しかないかもしれない。


 だって塚地さんも能美さんも、する気満々なんだよ。


 永堀君は最終的に二人のうちどちらを選ぶだろう。


 でもどうせわたしには勝つ可能性ないから。


 それならせめて、キスだけでも先がけちゃおう。



 わたしは永堀君にそっと近づき、その男の子っぽい肩に手をかけて。


 目、開けないでね。そのままだよ。


 と思いながら、軽くキスをした。


 くちびるまで奪う勇気はないから、頬にね。


 チュッと口づけた瞬間、それまでずっと我慢してきたのもあって、ドキドキするのと同時に、とっても幸せなものを感じた。


 初めての感覚、だった。


 ぜんぜん慣れてなくて、生々しい感触っていうより、ドキドキが優る感じ。


 わたしは後先も考えず、つい大胆になって、


「好きだよ」


 耳元で囁いた。


 すると永堀君が反応したから、慌てて姿を隠したんだ。


 書棚の陰に隠れて、危ない危ない何やってるんだ今のわたしって。

 高鳴る胸をおさえて、ほっと息をついた。


 それから、やっぱり君のことが好きだって思ったよ。


 いつか、きちんと告白したい。


 塚地さんと能美さんも、わたしを引っ張っていってくれるんだ。


 あの二人が居なかったら、わたしもせいぜい永堀君とお話ができて満足していたかもしれない。

 同じクラスで、遠くから見ているだけで、それを幸せと思い込んでいたかもしれない。


 でもこのままじゃ、二人に永堀君が取られてしまう。


 それは嫌だって、今は思える。自分は変わらなきゃダメなんだ。



 額の傷のせいで、恋をする資格もなかった自分。


 永堀君はそんなわたしの傷を見ても、否定しなかった。

 中二の秋のこと。

 あの日からわたしは恋をした。


 そして今、自分は好きな男の子に告白する勇気だけは獲得できました。


 いつもと変わらないような朝に、わたしは永堀君の部屋のベッドの上で、目と目を合わせるている。


 そして言った。


「わたしは永堀フミヤ君が好きです。ずっと前から好きでした」


 結果がダメでもいい。でも、これでわたしの気持ちは、軽くなったよ。




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