彼女の告白(2)――君は読書家なんだ。ライトノベルだけど――
風邪が治って、またいつもの朝に戻った――。
学校に行かなければならない。嫌いだった学校に。
でも心のどこかでは、「永堀君に会える」って気持ちも芽生えていたんだ。
この前は彼に「気持ち悪いんだよ、このオタク男子!」なんて言っちゃったから。
とにかくそのことだけは謝っておきたい。
そう思って私は、下駄箱で彼が来るのを待ち伏せた。
「あ、あの……」
登校してきた永堀君に声をかけると、彼はめんどくさそうな声で「ん?」とだけ答える。
呼び止めちゃった。目と目も、合ってるよね今。
本当は「永堀君」って呼びたかったんだけど緊張しちゃってそれはできなかった。
「あのさ……この前は、ごめんね。あんなこと言って」
わたしが用意した言葉を精一杯に述べた後の、永堀君の反応にはがっかりした。
「……はぁ」
なんのことでしたっけ、っていう表情でそれだけ言うんだよ。
確かにわたしは風邪で三日間も休んだけどさ。
三日しか経ってないんだよ? 忘れるにしたって、早過ぎじゃない?
そうだ。そうなのだ。永堀君がわたしを見ている、その目。
その目は、わたし――水沢咲を見ていない。永堀君が見ているのは、一人の「女子」であって、わたしではないのだ。
永堀君にとって女子は女子でしかないんだ。スカートを穿いた、男子である自分とは別種の存在。
わたしはそれ以上、会話を広げることができなかったし、永堀君も「話しが終わりならもう行ってくれ」というオーラを出していた。
仕方ないから、それっきりにしてわたしも教室に戻ったけど。
んー、彼とは席が遠いし、声をかけるほどの用事もないよ。
それに永堀君はオタク男子として女子からは嫌われているっていうか、まあほぼ無視されてるんだけど、そんな彼とわたしが関係あるって思われるのも嫌だった。
永堀君は放課後になればそそさくと帰っていっちゃうし、歩くのも速くて声がかけられない。
呼び止めたって何を話せばいいんだろう。彼は二次元の美少女ばかり見てて、わたしになんか興味ないのに。
あんまり時間が開くと、次に声をかけた時にまた彼に対して人見知りしちゃいそう。
そんなある日、地元の図書館で永堀君を見かけた。
図書館は本がタダで借りられるし、わたしみたいに友達も居ない人間にとっては楽しい場所なんだよ。
永堀君はカウンターまで行くと、職員のひとに何かを告げている。
すると職員さんは奥の方から、本のたばをどっさり持ってきた。
うわ! 永堀君ってそんなに本を読むの?
ってわたしが驚いたら。
……それは全部、ラノベだったんだよね。わたしも好きで読むから知ってる。
職員さんが持って来たのは、おそらく永堀君が予約しといたラノベ。
図書館で予約しちゃえば、全巻セットだろうがタダで読めちゃうんだよ。
「あいつ、どんなの読むのかな……」
永堀君は持ってきたカバンにラノベを詰め込んでいく。
わたしは離れてこっそり見ていたからタイトルまでは分からなかったけれど、背表紙の色なんかは覚えられた。
もしかしたら永堀君も読んでるかもしれないって思って、わたしは同じ背表紙のラノベをたくさん読むようになったよ。
そうなんだけど、中学三年になったら別々のクラスになっちゃって。
図書館では時々見かけた。やっぱり、予約したラノベを受け取りに。
「永堀君、わたしのこともう忘れちゃってるんじゃないの……」
彼がラノベをカバンに詰め込んでいくのを、わたしは適当な本を開きながらのぞき見ていた。
話しかける勇気もタイミングもないまま時は過ぎていく。
中三ともなると、同級生の中には彼氏ができる子も居た。
恋の話とか、毎日してたって飽きないひとたちだ。
わたしは……あんな男の子が好きなだけに、みんなの話の輪には入っていけない。
永堀君は相変わらずオタク男子で、女子には縁がないけれども。わたしも男の子に縁がないわけで。
家で一人、ラノベなんかを読んでると、
「あーあ。自分もこんな素敵な学校生活が送れたらな」
って思わずにいられない。
永堀君が主人公の男の子で、わたしがヒロイン。
朝、家まで行って彼を起こしてあげたりして……。
なんて妄想するだけの日々が過ぎていくうちに、気づいた。
「もうすぐ卒業じゃん! 永堀君と離れ離れになっちゃう!」
これはもう、ほんとに、勇気を出して告白するしかない! そうだよ、卒業までに彼に告白しよう!
そんな決意も結局、実行には至らなかった。
なぜかっていうと、わたしたちの進む高校が同じだって知ったから。
高校でまた三年間、同じ学校に通えるんだ。それなら焦ることないじゃないか。
あの永堀君だもの。どうせ高校生になっても彼女の一人もできやしないよ。
そんな理由をつけて、わたしは彼への告白を先延ばしにした。
「でも……高校生になったら、せめて永堀君とお知り合いになって、喋れるくらいにはなりたい」
そう、やろうと思えば簡単にできちゃいそうな、低い願望を抱きながら。




