クラスメイト――能見小葉子と水沢咲――
「けっきょく、遅刻してしまいましたね、フミヤさん」
「ああ。二人してクラスの注目を浴びちゃったね」
休み時間になると、緑奈が早速俺の席まで話しかけてきてくれた。
俺たちは二人そろって遅刻したが、新しい担任は優しいひとで、特に怒られなかった。
授業もまだ始まっておらず、生徒たちが一人ひとり自己紹介をしていくだけで一時間目は終わった。
「お二人さん、ちょっといいかな!」
明るくて元気な声が、俺と緑奈を呼んだ。
「あなたは確か……水沢さん?」
緑奈が「合ってるよね」と首をかしげた。
「そうですー。わたしは水沢咲です。新学期初日から仲良く二人で登校、しかも遅刻してきた二人の関係は、いきなりスクープの予感がしたのでねー!」
水沢さんが早口でまくしたてた。
語尾のだらけた感じの喋り方はコミカルで、場を盛り上げようとしているようだった。
ポニーテールの結び目にクリーム色のリボンがマッチした、親しみやすい雰囲気の女の子だ。
「あの塚地緑奈さんが男の子と二人で登校? しかも今、フミヤさんって呼びましたよね? まさかまさか、カカカカカ、彼氏ですかぁ?」
水沢さんはどこから出したのか、小型のマイクを俺に向けてきた。もちろん電源は入っていない。
「んなっ。ちち、違うよ! 俺と緑奈はそんな」
「りょ、りょくなー? 下の名前で呼んでるじゃないですかー。あなたの名字はフミヤじゃなくて、永堀ですよねー?」
「そ、そうだけど……」
俺はうろたえた。
それにしても水沢さん、よく俺のフルネームなんか知ってるな。
ああ、さっきのHRで自己紹介したからか。
「諸々の事情ですよ。諸事情です、諸事情」
緑奈がにこやかに答えた。
「ショ、ショジジョー?」
「そう。ショジジョーです。ね、フミヤさん?」
「ん? あ、ああ」
緑奈がそれ以上は事情を話さないので、俺も適当に合わせておいた。
諸事情っていうか、ただ塚地って名字が好きじゃないからだよね。
素直にそう言えばいいのに。
「永堀君!」
水沢さんがなおもつっかかってきた。
「んー? 水沢さんもフミヤでいいよ」
俺は言った。
しかし、言ってから、自分が調子に乗っていることに気づいた。「俺のこと、名前で呼んでくれ」なんて、よく考えたらほぼ初対面の女子に言うことじゃない。
「そそそ、そんな……。フ、フミ……ヤ君だなんて、恥ずかしいっ。永堀君でいいよ。ここ、恋人とかじゃないんだしね」
水沢さんは目をデレーっとさせて、人差し指と人差し指をより合わせている。
なんだ、そんなに照れなくてもいいし、そんな真面目に返してくれなくてもいいのに。
「でもまさか、学年トップクラスの美人である塚地さんが、永堀君と仲むつまじかったなんて、おどろきだよ」
水沢さんはまだなおも食い下がった。
あれだ。この子はきっと噂話とか好きで、色恋ざたとか何でも首を突っ込んで聞き出そうとするんだろう。
それにしても、朝の緑奈に続いて、水沢さんともこんな風にお喋りできるなんてな。良いことは続くもんだ。俺みたいな冴えない男子に女の子が二人なんて。
「あーもう、こんな冴えない男に女の子が二人も寄ってくるなんて、展開がおかしいんじゃないの?」
真横からグサリと美少女ボイスのレーザーが俺を突き刺した。
「永堀フミヤだっけ? なに、たまたまかわいい女の子と知り合ったくらいで、この世の春みたいな顔してんのよ。今までよっぽど女子と縁がなかったんじゃないの?」
声の主は窓際の席に座り、尊大そうに足を組んでは俺たちを見下ろしていた。
視線も身長もぜんぜん低いその子は、鼻の穴が見えるくらいまでアゴを上げ、無理やりにでも俺らを見下ろそうとしていた。
「あなたはえーっと、能見小葉子さんだったね!」
水沢さんがビシィッとその女の子を指さした。
デフォルメでもされたかのようなキュートな顔だち。
シャープな小顔をピンと跳ねたツインテールが引き立たせ、その結び目にはオレンジ色の紐リボンがあしらわれている。
今は高校生の制服を着ているが、休日の街でも歩かせれば小学生に間違われてもおかしくない。
「水沢さんは、この子のこと知ってましたの?」
高圧的な目線を向ける能見さんを前にして、緑奈が聞いた。
「いやー、お互いに面識はないんだけどね。能見さんって、一部の人たちの間では有名人なんだよ」
「有名人?」
「そう。なんたって、学年で一位か二位を争う美少女だってね!」
水沢さんは大きな声で言うと、能見さんの方を見た。
能見さんは特におどろく様子も、うれしがる様子もなく、すまし顔で聞いている。
「だから、今年の二年D組は大変なことになってるよ。その一位を争う二人の女子が、同じクラスなんだからね!」
「二人の女子? あともう一人は誰ですか?」
緑奈は「ハテナ?」という顔で首をかしげた。
「それは――あなただよ、塚地緑奈さん!」
「まあっ。わたくしなんかがそんな……」
緑奈はおどろいたように手の平を口でおさえた。
能見さんの方は、さも当然というような顔で受け入れたのに、それとはえらい違いだ。
「永堀君も、納得ですよね? 塚地さん、とっても美しいひとでしょ?」
水沢さんが小型のマイクを俺に向けてくる。
「う、うん……まあな」
俺は恥ずかしくて言葉をにごし、首すじをポリポリかいて、緑奈の方を見た。
ヒロイン――そんな言葉がぴったり合うような女の子だ。
「「っ!」」
緑奈と目が合ってしまった。
照れくさくて、ふいに顔をそむける。
耳の裏が熱くなった。
もしかすると、緑奈も俺のこと、意識してくれているんだろうか。
「バーカ。妄想だよ、モーソー」
俺の心を見透かしたように、能見さんが横ヤリを入れてきた。
このひと、見た目はすごくかわいいけど、性格に問題ありそうだなあ……。






