お泊まりイベント(4)――彼が探し続けるのはあの日のキスの感触――
夜も十時をまわった頃――。
俺は二階の一室で、緑奈と小葉子が寝る布団を敷いていた。
ここは俺の部屋の隣の隣に位置する。普段は使っていない部屋なので、客の寝室にはちょうどいい。
その緑奈と小葉子は今、二人して入浴中だ。
「先にシャワー浴びてくるね」
と言う小葉子は、「先に」というのをやたら強調していた。
「念入りに洗っておきましょうね、小葉子さん」
と緑奈は言っていた。
二人がどんなつもりか知らんが。
いや、なんとなく分かるけれど。
はっきり言って、俺は何もするつもりはない。
俺が好きなひとは今でも変わらない。
そう、言うまでもなく、あのキスの相手だ。
俺は二人に出会ったばかりの頃、図書室でうとうとしていたすきに、誰かにキスをされた。
くちびるではなく頬へのキスだったが、あの感触を今でも忘れることができない。できればそのひとに出会いたい。
キスをされた上に、耳元で「好きだよ」と囁かれた。
俺が顔を上げると、そのひとはもう居なかった。
ただ女子の制服であるライトブルーのスカートがチラリと見えただけだった。
「好きだよ」の声も、ささやき声だったので誰のものか分からない。
その時から俺はずっと、緑奈と小葉子のどちらかがキスしたのだと思っていた。
しかし今では、どちらでもないと思っている。
今日の放課後、二人は昇降口で俺を待ち伏せしていた。
そこへ現れた俺をつかまえて「フミヤの家へ泊まりに行く」なんて言われて、現在に至るわけだ。
しかし二人とも、図書室に居た俺を迎えには来なかった。
俺が図書室に居るかもしれない、という発想はなかったのだろうか。
キスをされた時だって俺は図書室に居たのだ。図書室は俺が安息を求める時によく行く場所である。
これだけでは証拠としては不充分かもしれない。
昇降口で待っていれば俺がいずれは現れるわけだし、図書室に行こうとして俺とすれ違いになる可能性もある。
でも大事なのはそこじゃない。
あの二人には「違和感」があるのだ。
キスをされた瞬間に感じたのは、初恋のような甘酸っぱい感触。
だが緑奈や小葉子からは、そういったものが感じられないのだ。
ひょっとすると、俺にキスをしたひとは、普段は緑奈や小葉子みたいに大胆になれないひとなんじゃないか。
だからこの場にも居ないんじゃないか。
――なんて思っていると、階段をのぼる足音と二人の話し声が聞こえてきた。
「フミヤさん、お風呂あきましたよ」
自分の部屋に戻ると、ベッドに緑奈と小葉子が座っている。
「待っててあげるから、フミヤもさっさと入ってきなよ」
二人に何もする気のない俺は、やや冷たいくらいの言い方で返す。
「俺はまだ入らない。向こうの部屋に布団を二つ敷いといたから、そっちで寝てくれ」
「嫌です。わたくし、フミヤさんと一夜をともにする覚悟です」
「そうだよ。お風呂で奇麗にしたんだし、わたしたちと一緒に寝ようよ」
「バカなこと言ってないで、大人しく向こうの部屋で寝てくれ」
「二対一っていうのも、ありじゃないの」
「ねえよ。なに微妙に流行ってんだよ、そのフレーズ」
クール過ぎる俺に対し、さすがに小葉子が声を荒げて立ち上がる。
「今日やらないでいつやるの! オトコを見せるんだよフミヤ!」
「そうです。フミヤさんの男の子な部分、見せてください!」
緑奈も立ち上がって、ぐいっと俺に近寄ってくる。
う……湯上がりの二人から漂ってくる、この匂い。
今まで感じたことのない匂い。湯上りの女の子の匂い。
それと、風呂から出てきた瞬間は意識しなかったけど、二人の今のかっこう。
二人とも肩ヒモの細いタンクトップで、鎖骨までよく見えている。
ぎりぎりまで短いショートパンツからはすらりとした奇麗な脚が伸びていて、素足だから分かるが足の指までいちいち可愛い。
髪を下ろした小葉子なんかも学校と雰囲気が違って新鮮だ。
能見小葉子――。ちょっと子供っぽくて口が悪いけど、俺を好いてくれている、学年で一か二を争う美少女。
「フミヤさん、わたくしのことも見てください」
塚地緑奈――。たまに頑張り過ぎて俺を困らせるけれど、そういう一生懸命な性格で、なおかつ小葉子と並ぶくらいの美少女。
そんな二人が俺を求めてくれている。
少女の身体は触れることさえ許されない気がして、俺は後ずさる。
せまい部屋の中では簡単に追いつめられ、ベッドの上に尻もちをついた。
左に緑奈、右に小葉子という状況。二人が俺を見ている。
「フミヤさん……」
緑奈が両手をベッドの上について、俺に迫ってくる。
ちょうど緑奈の両手が、俺の左膝をはさむような姿勢で。
タンクトップの前部分に空間ができて、鎖骨よりもっと下の方まで見えている。
「くっ!」
俺は緑奈の胸に目がいってしまい、慌てて視線をそらす。
しかし、今見た映像は頭に焼きついてしまった。
思春期の女の子のおっぱいなんて今まで見たこともなければ、見てみたいって発想すら俺にはなかった。
今、初めて意識した。同級生の女の子のそれ。
「フミヤさん。胸なら小葉子さんよりわたくしの方がありますよ」
緑奈が俺の手を取る。とても優しい手つきだった。
「触っても、いいんですよ」
心臓が高鳴る。
緑奈の胸を触ってみたいなんて、まさかそんなこと思ったこともなかった。
でもそう言われた瞬間、触りたい衝動に駆られる。
男はみんなおっぱいが好きだって、聞いたことがある。
下品だって思っていたけれど、やっぱり本当なのか。俺も同じなのか。
俺の左手が緑奈ににぎられていて、その指先が、緑奈の胸までほんの数センチというところまで来ている。
その俺の指を、
「がぶり」
小葉子が食べるようにかぶりついた。
「痛っ……なにすんだ」
「うるはいわね。むねはろくなの方がおおきいんらから。ずるいじゃないの」
小葉子が俺の人差し指をくわえたまま言う。
うまく発音できないで、小葉子が喋る度に、温かい息が口のすき間からもれた。
じゅるるるる……。こぼれそうな涎を小葉子が飲み込む。
「うぇ……気もひわるいよ。でもフミヤのらから、へーきらもん!」
口内の異物感に顔をしかめ、涙ぐみながらも、頑張って俺のをくわえている小葉子。
今のこいつ……なんかすごく可愛いぞ。
緑奈の胸を意識した時と同じ、初めて起こる気持ちが俺の中に湧き起こりつつあった。
「指、うごかしていいよ」
「あ、ああ……」
ぬめぬめした小葉子の口の中を、傷つけないよう慎重にかき分けていく。
ざらついた舌を撫でるようにして、指を押し込んでいくと、
「うぅっ」
小葉子が気持ち悪そうにして目に涙を浮かべる。
「奥の方は、やっぱ無理か?」
小葉子がコクコクと頭を上下に振る。
「じゃあ入口付近を」
涎の分泌は更に多くなっている。それを指にたっぷり絡みつけて、小葉子の中を探ってみる。
熱々で、ぬめぬめしていて、ちゅるちゅる吸われる感触だ。
歯のギザギザが、指をこすりつける。
小葉子って、歯まで小さくできているんだ。普段は俺に憎まれ口ばっか叩いているのに、ここはしっかり、女の子なんだ。
「小葉子さん、もうやめてください。フミヤさん準備オッケーですから」
夢中になり過ぎる前に、緑奈が俺の手を引っ張った。
小葉子の口から俺の指がとぅるんと抜ける。
「ぷはっ……ちょっと、いいところで邪魔しないでよ!」
怒る小葉子の口から涎のすじがつつつーと零れ、俺のズボンに水溜まりを作った。後でぜったいツバ臭くなるな。
「フミヤさん、心の準備できてますよね」
「え?」
緑奈が俺の肩に手をかけ、目と目を合わせてくる。
「わたくしはもう、その気です。わたくしの身体は、フミヤさんのものです」
「緑奈……」
お前、本気で俺とするつもりなのか。
視線を下げると、目の前には薄手のタンクトップ一枚に包まれた緑奈の胸元。
よく見るとノーブラだったようで、タンクトップの隙間から、緑奈の真っ白な胸の谷間が見え隠れしている。
さっき、生まれて初めて女の子の胸を意識したばかりなのに。
ほんの数分の間に、そんなに目ざとくなっている俺だった。
大人の男は、女性のおっぱいが好き。
それが分かるようになった俺は、大人の階段をのぼり始めたのかもしれない。
やっと、小葉子のことも可愛いと思えるようになったのに。
緑奈のことも、女の子として意識できるようになったのに。
ここから一気に大人の関係になっちゃうのかよ。
そりゃ、やらないよりはやった方が気持ちいいに決まっているけれど。
俺が憧れた、ゲームやラノベの中にあったような恋愛って、もっと子供っぽくて、その分、胸のドキドキするものだった気がする。
大人になる前のそんな過程を大切にして、じっくりと一歩一歩を踏みしめて進みたかった。
「フミヤさん……」
緑奈がうっとりした目で、その奇麗な顔を近づけてくる。
くちびるとくちびるが触れ合いそうになる、寸前で、
「っ!」
俺は顔をそむけていた。
緑奈の湿ったくちびるが、俺の頬に密着する。
緑奈が、俺の頬にキスをした。
「フミヤさん、なんでよけるんですか。わたくしじゃダメなんですか」
拒まれたことで緑奈は、悲しそうな目で俺を見る。
今の感触は……。
俺は緑奈にキスされた感触を、頭の中で再生する。
「左の頬が緑奈なら、右はわたしだよ!」
今度は小葉子が俺の肩に手をまわし、右の頬にキスしてくる。
子供っぽく不器用な、ぶちゅーっとしたキス。
「あーもう、ずるい。じゃあ両サイドから、ダブルです!」
緑奈もじゃれ合うようにして、俺の頬にキスをする。
左の頬は緑奈。右の頬は小葉子。
その感触は、明らかに「あの日のキス」とは違っていた。
俺の恋こがれてきたひとは、緑奈でも小葉子でもなかった。




