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お泊まりイベント(3)――三次元女子でもいいですか?――


 夕食はホカ弁に決めた。


 俺は二人を家に置いて、一人でホットモットまで弁当を買いに行く。


 ふう、やっと一人になれた。


 三人分の弁当と、サラダに、インスタントみそ汁も買って用意はばっちりだ。



「ただいまー」


 俺は玄関の戸を開ける。帰ってきたくないけど俺の家はここしかない。


 だが家に入ってみると静まり返っていて、ひとの気配がない。


「あれ? あいつらの靴がないぞ」


 玄関のタタキを見ても靴がない。どういうことだろう。


「ただいまー」


 ガチャリと扉を開ける音がして振り向くと、買物袋をぶら下げた緑奈と小葉子が。


「ただいまじゃねえよ。どこ行ってたんだ? なんだその袋は?」


「見ないでよね、わたしと緑奈の着替えなんだから。近所のしまむらで買ってきたの」


「泊まる気満々か……」


 もう暗くなっちゃったし、しょうがないのかな。


 っていうか、俺たちが居ない間、家のカギは開いたままだったのか。

 まったく、こいつら、ひとの家だと思って……。



「夕飯、部屋まで持っていくから。先に戻っててくれ」


「フミヤさん。わたくし、お風呂の掃除とかしますけど……」


 緑奈が不安そうに俺を見る。


 そうか。女子だし、風呂はやっぱ入りたいよな。


「分かった。俺やっとくから、部屋に戻ってな」


 二人が二階に上がったところで、俺は風呂の掃除をし、「自動」ボタンを押す。これで41度の風呂が勝手にできあがる。


 インスタントみそ汁を作るため、お湯を沸かす。

 俺はヤカンに火をかけると、近くの椅子に座った。


 そこでまた一人、ふうっと溜息をつく。


 本当に、同級生の女の子が泊まりに来てしまった。しかも、母ちゃんが居ない。


 つい二、三ヶ月前まで俺は、恋愛シミュレーションやラノベにハマるばかりで、彼女はおろか、友達と呼べる女子も居なかったのに。


 それが今ではこんな状況に。


 どうするべきなんだろう。

 男としては、こんなチャンス逃してはいけないものなのか?


 高校二年生っていったら彼女くらい居てもおかしくないし、早いひとならもっと早く経験しているものだ。


 ひとより先に経験した男は自信を得たかのような顔をしているし、事実、俺もそんな男から何度も見下されては、悔しい思いをしてきたじゃないか。


 俺だって、そっちサイドの男になりたいさ。


 でもそれだけでは、なりゆきに流され過ぎている気もする。


 なんて思っている間にお湯が沸いた。インスタントみそ汁を作って、三人分の弁当をトレイに乗せて二階へ。



 ガチャリ。ドアを開けた瞬間、俺は叫んだ。


「何やってんだお前らー!」


 小さな座卓の上には、ラノベ、漫画本、雑誌、ゲームソフト。


 それらのジャケットがどれも二次元の美少女、美少女、美少女。


 言うまでもなく俺の大切なコレクションである。見えにくい場所にしまっておいたはずなのに。


「ごめん。エッチな本があるだろうと思って探してたら、違ったの出てきちゃって」


 小葉子はちょうど、ピンクの髪をした魔法少女が表紙のアニメ雑誌を開いていた。


「フミヤさんがどんなエッチ本を見てるか分かれば、わたくしと小葉子さん、どちらがタイプの女性か分かると思ったんですけど」


 緑奈がパラパラめくっているのは、緑色の背表紙のライトノベル。


 なるほど。例えば俺の持っているエロ本が巨乳の女の子ばかりだったら「フミヤはおっぱいの大きな子が好き」と分かるわけね。


「エロ本なんか探したって出てこないよ!」


 俺が言うのは本当だった。


 俺だって男子だから、中学生の頃は我慢できないでエロ画像をネットで集めたりもしたが、あんな画像やこんな画像を見ていくうちに、「なんか違う」って気がして、最近はぱったり止めて未練もない。


 まあその分、美少女イラストとか大好きだけどな。


「ふ。エロ本やエロDVDが出てくる分にはまだマシだったろうにね。やっぱフミヤってオタクなんだ」


 小葉子がバカにしたような目で、ふっと鼻で笑う。


「……なんだと」


 俺はカチンと来る。


 小葉子もさすがに地雷を踏んだと気づいたようで、


「う……ごめん。今のは謝っておく」


 すぐに訂正はしたが、


「でもさ、一度きりの高校生活を、こういう作り物の女の子だけで満足してるのはもったいないよ!」


 と、説教みたいなことを言ってくる。


「わたくしもそう思いますわ。フミヤさん、現実の女の子にも興味を持ちましょうよ」


「緑奈まで……」


 まあ、心配してくれるのはありがたい。


「わたくしや小葉子さんのことも見てください。『三次元はめんどくさい』なんて言ってないで」


「言ってないし」


 俺だって現実に背を向けて生きたいわけじゃない。

 良い相手が居るのなら、そのひとと一緒になりたい。


 でもその相手が緑奈なのか、小葉子なのか。


 二人とも、というのはありえない。


 俺の中では、どちらか一人に決まっているんだ。しかしその一人が、誰なのか分からない。


 あの日、俺にキスをしたのはいったい誰なんだ?


「緑奈……」


「はい?」


 気がつくと、俺は緑奈と目を合わせ、今まで聞けずにいたことを、聞こうとしていた。


「お前は、いつだったか、図書室で寝ている俺に……」


 ――ぎゅるるるるるるる……。


 カエルの合唱か、あるいは雷か。

 妙に聞き慣れた音が、部屋に響いた。

 誰かのお腹が盛大に鳴ったのだ。


 俺は小葉子に目配せする。

 目が合うと小葉子は「わたしじゃない、わたしじゃない」と手をパタパタ横に振る。


 っていうことは……。


 見ると、緑奈が恥ずかしくて死にそうな顔をしている。


「ごめんなさい。生身の人間ですから。リアル女子ですから、お腹が空くと鳴っちゃうんです」


 真っ赤な顔をして頭を下げる緑奈。


 その頭上から、まさに沸騰したヤカンのように、恥ずかしさの蒸気が吹き上がった。


「いや、謝らないでもいいよ……。じゃあ、夕飯にしよっか」


 テーブルに並べた雑誌やゲームソフトを片付けて、弁当を置いていく。


「唐揚げ弁当に、ハンバーグ弁当に、生姜焼き弁当。それからサラダにみそ汁っと。俺は好き嫌いないから、好きなの選んでいいぞ」


 言うと、すぐさま小葉子はハンバーグ弁当を手に取る。分かり易いやつだ。


 緑奈はというと、まだ恥ずかしそうな顔をしたまま、部屋の隅っこに立っている。


「どうしたの。好きなの選んでいいよ」


「あの、さっきから我慢してたんですけど……トイレ借りていいですか?」


「いいよ。いちいち断わらないで、勝手に使っていいから」


 言われて緑奈は、すぐに部屋を出て行こうとする。心なしか内股だ。かわいそうなことしちゃったかな。


 ドアを閉める寸前、顔を半分だけのぞかせて、申し訳なさそうに俺を見る。


「ごめんなさい。リアル女子ですから……。わたくしのこと、嫌いにならないでくださいね?」


「いちいち『リアルですから』って断わりも要らないよ! どれだけピュアなんだ、俺は!」


 二次元美少女が好きってだけで、女性に完璧さを求める男みたいに思われてるのかな。



 その後、三人でホカ弁を食べた。


 プラスチックのゴミがたくさん出て、部屋に食べ物の匂いが充満する。誰かが泊まりに来ると決まってこうなるものだ。


 食事の間、小葉子なんかが、


「わたしや緑奈に似てるキャラクターって居ないの?」


 といった話を振ってきた。


 緑奈はそれこそゲームパッケージの表紙を飾っていそうな、メインヒロインみたいなタイプの女の子だ。カバンを両手に持って「おはよう」なんてセリフが似合いそうだ。


 小葉子はゲーム序盤では「はー? あんたバカじゃないの?」なんて言って怒ってるけれど、シナリオが進むとだんだんか弱くて女の子らしい一面を見せてきて、守ってあげたくなっちゃうタイプだろうなぁ。


 ――と、こんな妄想を口にしてもキモがられるので程ほどにしておいた。




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